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第246話 アルストリアからの急報!

「ク、クレイ兄様……?」


 豹変したクレイの顔を見たジョゼが凍り付く。


 これほどの怒りを見せるクレイは見たことが無い。


 ヘプルクロシアでも、ヴェラーバでも、ヴィネットゥーリアやあの教皇領に居た時でさえ、クレイが見せたのは熱意であって怒りでは無かった。


「あらあら、どうなさったのですかクレイ兄様」


 ジョゼの様子を見てただごとではないと感じ取ったのだろう。


 エルザも各国の指導者たちが居並ぶ場での騒ぎはさすがにまずいと判断し、クレイを落ち着けようと声をかける。


「こいつがセイ姉ちゃんたちを魔物に変えた」 


 だがクレイはそう言い放つとエルザを一顧だにしようとせず、アプロディーテーに向かって歩き出していた。


「身勝手な裁きを許すこともなくそのまま放置し、かえりみることもなく、その結果セイ姉ちゃんの姉たちは気が狂い、人を襲うようになった挙句に石像に姿を変えることとなった」


 歩むたびにクレイの髪が燃え上がるような赤に転じていき、瞳と右手に宿った赤い光が強まる。


「弱者を守るべきである強者が、弱きものを虐げその功を誇る卑しさを我は許さぬ。何か申し開きはあるか、オリュンポス十二神の一人アプロディーテーよ」


 だがメタトロンの威を発するクレイに、美の女神アプロディーテーは一歩も引くことは無かった。


「仕える主が誘拐されても嘆くばかりで、恋愛も何もしようとしない者たちに何の価値があると思いまして? これを放置しておいては、怠ける者たちが次々と出てくると考えた故に、全を正道へと導くべく小へ罰を与えたのです」


 凛とした顔で言い切ったアプロディーテーに、クレイが更なる弾劾を加えようとした時。


「控えんかいアプロディーテー」


 間に割って入ったのは分厚い化粧をそのままにしたゼウスだった。


「いいえ、いかに主神たる貴女……いや貴方でも、恋愛に関して口出しはさせませんことよ」


「分かっとる、分かっとる」


 ゼウスはにんまりと笑うとアプロディーテーを庇うように前に立ち、クレイの目を見つめた。


「ヘルメースからセイレーンたちのことは聞いとる。言いたいことはあるやろし、納得できないことも分かる。やけど今日はこのゼウスの顔に免じて水に流してもらえんかクレイ。この通りや」


 そしてゼウスは、衆目の前で頭を下げた。


 全知全能の象徴とも称され、オリュンポス十二神を統率するあのゼウスが。


「……分かった」


 さすがのクレイも、ゼウスの懇願を無視するわけにはいかない。


 そもそもセイたちにも非はあることを知っているため、魔物に変えたことについてアプロディーテーに詫びを入れさせることがクレイの目的ではなかった。


 ただ魔物にしたまま放置していたことは、間違いであったと言わせたかっただけなのだ。


「すまんのクレイ。それじゃ水に流してもらうっちゅうことで、二人に乾杯でもしてもらうかの」


「分かりました」


 さすがにこのような状況では、間近に迫ったゼウスの顔から目を逸らすわけにもいかず、クレイは真っすぐな瞳でゼウスを見つめると、虚ろな心境でゼウスの提案に同意する。


「相変わらず他人行儀なやっちゃのう。今日はお前の成人を祝う日やし無礼講や。ワシもこないな格好しとるし、ポセイドーンですらオッサン呼ばわりしとるお前が、何を遠慮することがあるかいな」


 そのクレイの心境を察しているのかいないのか、ゼウスはこの上なく真面目な顔でクレイの肩に手を置くとそう提案した。


「分かったよゼウスのおっちゃん」


 そしてクレイが快諾するのを聞いたゼウスは、笑顔でまずクレイの酒器にワインを注ぎ、次いでアプロディーテーではなく自分の酒器にワインを注ぐ。


「そんじゃ乾杯や!」


「へ?」


 呆気にとられるクレイを横目にゼウスは酒器同士をカチンと合わせ、そのままグイっと一気にあおった。


「よっしゃこれでええな! 二人とも過去のことは忘れてあんじょう仲よくするんやで!」


「いや……え?」


 乾杯はコンテストの優勝者とするのではなかったのか。


 口をぽかんと開けたままそんなことを考えていたクレイは、一人の旧神の豪快な笑いで我に返る。


「ガッハハハ! これは一本取られたわ! まさかこのような形で我らを出し抜いてクレイとの乾杯をするとはな!」


「え」


「まあ気を悪くするなクレイ! この俺様もゼウス殿に頭を下げて頼まれたとあっては、余興に付き合わざるを得なかったのでな!」


「つまり?」


「このコンテスト自体が、ゼウスと貴方の関係を戻すための茶番だったというわけですわ」


「なぬ」


 背後から聞こえてきたエルザの声に、クレイは天を仰ぐ。


「要は女装でいつものゼウスさんの威厳を落としてとっつきやすくして、さらにコンテストの優勝者と乾杯という条件で俺の目を逸らし、意表をつく形で乾杯をさせたと」


「あらあら、クレイは本当にお利巧さんですわね。最初はアプロディーテーに誘惑させてジョゼを怒らせ、その仲裁という形をとるつもりだったのですけれど……まさか貴方があんな形で激昂するとは思っていませんでしたわ」


「アルバ候にセイ姉ちゃんの境遇はよく聞かされてたし、魔物だからって今でも厳しい目で見られてることを知ってるからさ」


 クレイはそう言うとアプロディーテー様を睨みつけるが、気の強いことでも知られるこの美の女神は少しも狼狽えることは無かった。


「何度でも言いましょう。私はするべきことをしない者たちに罰を与えただけですことよ。それに永遠に魔物にしておくつもりだったのに、アルバトールとヘルメース、そしてセイとやらの娘の働きに免じて石化の呪いを解いたのです。逆に感謝していただきたいくらいですことよ」


 それどころか更なる挑発の言葉を口にし、それを聞いたクレイが怒りのままに怒声を上げようとした瞬間。


「ワシの言ったことが守れんか? アプロディーテー」


 分厚い化粧ですら隠し切れぬ威圧がゼウスより発せられ、周囲にいる人間たちはおろか神々ですら圧倒した。


「過去のことをいつまでも愚痴愚痴という殿方は、私それほど好きではありませんの。ごめんあそばせゼウス」


 しかしアプロディーテーだけはどこ吹く風と言わんばかりにそう言うと、ゼウスから空の酒器を奪い取り、自らワインを入れて飲み干す。


 そして余裕たっぷりにクレイの横を通り過ぎる瞬間。


「後のことはセイレーンの娘たち次第です。不当な扱いをあの娘たちが受けぬよう、しっかと監視させていただきますことよ」


 アプロディーテーはそう耳打ちする。


「言われなくても……」


 だがクレイが振り返った時、そこにはもう無数の泡と化したアプロディーテーしかいなかったのだった。



「何の騒ぎだったのかしら……ガビーがどうのこうのと言っていたような気がするのだけれど」


 少し離れた場所から騒ぎの様子を伺っていたフィーナが首を傾げると、ジルベールが苦笑しながらお手上げの仕草をとった。


「やれやれ、乱入者が騒動を起こしたドサクサに紛れ、貴女をもう一度コンテストの場に上げる予定だったのに、どうやら予期せぬハプニングが起きた、というところかな。さてフィーナ殿、先ほど口にしていたアルストリア領への派遣の件なのだが」


「あ、ええと……それについてなのですが、シエスターニャ帝国へクレイが特使として派遣されますので、その随員に選ばれている私としては、その後にお返事をするというのが筋かと。クレイを疎かにしていると思われるのも心外ですので」


「ふむ、なるほど」


 ジルベールは含みのある笑顔でそう言うと、すぐに困ったような表情になって腕を組む。


「それは陛下からの直々の仰せなのかい?」


「はい」


「そうか……それは困ったな」


 本当に困ったように見えるジルベールに、フィーナは慰めの言葉をかけるかどうかの判断に迷う。


「これは国防に関わる重大事項ゆえに、私から直々に君に話す予定だったのだが、陛下はそれすらお守りにならなかったのだね」


「え……」


 フィーナは慌てて周囲を見渡す。


 なぜなら今ジルベールが口にした言葉は、明らかにシルヴェールへの不満であり、そして叛意とも受け取られかねない失言だったからである。


「どうしたのかなフィーナ殿」


「い、いえ……」


 周囲の参加者に気づいた様子は無い。


 だがそう見せかけておいて、実際には耳にしているという腹芸が出来るのが、ここにいる百戦錬磨の猛者たちであった。


「あ、あの、差し出がましいようですが……」


 仕方なくフィーナはジルベールに近づき、小声で忠告をする。


「それもそうだね、気を付けるとしよう」


 口にした言葉とは違い、それほど気にしていない様子のジルベールにフィーナがやや苛立ちを覚えた瞬間、一人の兵士がジルベールに駆け寄った。


「アルストリア領の伯爵、ジルベール様でいらっしゃいますね」


「如何にも」


「アルストリア領にいるマティオ様より法術にて急報が入りました。御領地にヴェイラーグ帝国が攻め込んだとの由。急いで陛下の元へご参内を」


「分かった」


 ありうるべからざる報告、ヴェイラーグ帝国の侵攻。


 だがそれを聞いたジルベールに、まるで慌てる様子は無かった。


「聞いての通りだフィーナ殿。生きてまた会うことがあれば、また話をしよう」


 あまりに平然とした態度のジルベールにフィーナが不信感を抱いた時、すでに動いている者が居た。


「ちくと待つぜよアルストリア伯」


 身を素早く翻し、領主の館に向かおうとしたジルベールの行く手を、一人の海神が塞いだのだ。


「何でしょうポセイドーン様」


「ゼウスからよからぬ噂を聞いちょる。まさかおんし、今回のヴェイラーグ帝国の侵攻を手引きしたのではなかろうな」


「まさか」


 ジルベールは真っすぐな目でポセイドーンを射抜き、これ以上時間をとらせるなら多少の暴挙は辞さないとの態度を露わにする。


 しかしすべての海を制する海神にそんな脅しが通用するはずもない。


 ポセイドーンはジルベールの行く手を塞いだまま、次の口上を述べる。


「侵攻のタイミングが良すぎるんじゃ。アルストリア領を守るおんしは、ずっとクレイの成人を祝う宴への出席を固辞しておった。だが急に快諾し、こちらに向かったという」


「その通りです。ですがそれをもって手引きなどとは笑止千万、これ以上の邪魔立ては、いかにオリュンポス十二神の一人である貴方でも容赦はしない」


「ほう……たかが人間が、この海神ポセイドーンに挑もうちや」


 ついに二人の間に殺気が生まれる。


「やめて下さい二人とも! クレイとゼウス様がこちらに向かっていますよ!」


 フィーナの悲鳴にも二人が気を収める様子はまったく無く、すわ戦いが始まるかと衆目が集まった瞬間。


「……せめてその化粧を落としていただくわけには?」


 先に目を逸らしたのはジルベールであった。


「ちゃちゃちゃ、仕方あるまい、続きは領主の館についてからにするぜよ」


 すると先ほどまでの戦いの気はどこへやら。


 ポセイドーンはあっさりそう言うと飛行術を発動させ、ジルベールを連れて領主の館へと向かう。


 同時に一人の天使がその場に到着し、焦りを隠そうともせずにフィーナを呼んだ。


「フィーナ! 今の話を聞いたな!」


「聞いたわ!」


「俺は先に館に戻る! お前はジョゼを護衛しつつ後から来てくれ!」


 そして瞬時に自らを光の玉と変え、館の方へと飛んで行った。



 幾多の因縁を持つ両国、テイレシアとヴェイラーグ。


 十年の時を超え、その年月に見合わぬ大量の恩讐をたゆたわせ。


 今再び、テイレシアとヴェイラーグの戦いが始まろうとしていた。

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