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第243話 新しい挑戦者!

「ルー様……何と痛ましいお姿に」


 フィーナの嘆きを聞いたルーは全身をビクリと震わせ、やや強張った表情になって背中を向けると審査員たちの方を見る……というか睨みつける。


 彼を少しでも知る者なら、その心中を推し量って如何にしてその怒りから逃げだすかを考え、もしくはルーにコンテストに出るよう命令した者にすがりつき、取り成しを図ったことであろう。


「……それではコンテストの続行を」


 そしてその命令した張本人、ルーを陥れた真犯人であるリチャードはそう言うと、こみ上げる笑いを必死にこらえながらエルザへ進行を促した。


「えぇと……ルーさん? と申されますのね?」


「特技は先ほど見せた健やかなる泉による治療、空間渡りによる移動、千手による切断などだ」


「あっハイ。早口も特技のようで何よりですわ」


 これ以上さらし者になることを避けたいとばかりに、太陽神ルーはエルザの発言を先読みすると、恥辱に満ちた顔から呪詛にも思える答えをペペラペーラと早口でまくしたてて答える。


「ルーよ、クレイ殿の成人を祝福するせっかくの宴の余興だと言うに、そのような怖い顔をしては祝いの雰囲気が台無しというものだ。もう少し笑うがいい」


「……恨むぞ陛下」


 しかしそのルーの態度を咎めるようにリチャードからの苦言が発せられ、耳にしたルーが苦虫を噛みつぶしたような顔で答えると、リチャードはやや大仰に肩をすくめてエルザの方を向いた。


「すいませんなエルザ司祭。このルーは先の天魔大戦の折に、アデライード王女を誘拐して騒ぎをもたらした。その罪に対する罰として謹慎を申し付けておいたのですが、どうやら反省が足りないように見受けられましたので、こうして追加の罰として女装を申し付けた次第です」


「あらあら、それはその……お気の毒なことですわね」


「気遣い無用」


「あ、あらあら……」


 どうやらエルザは、ジョゼやアリアと同じように冗談の通じない相手――この場合は女装させられたルーの怒りを恐れているようであった。


「あー、えーと、その……バトンタッチですわ!」


 ビビったエルザは委縮して小さくなってしまうと、とうとうアプロディーテーに進行を任せてしまう。


「こほん。それではルーさん、チャームポイントを教えてくださいますこと?」


 振られたアプロディーテーはここぞとばかりに増長し、ルーに質問するが。


「悪事を見ると思わず断罪の光を放ってしまうくらいに悪を許せない心かな。特に人の醜態を見て喜ぶような女どもなど言語道断だ」


「ハイ、ナルホド、えー、どうやら素晴らしく清廉な心をお持ちのようですことのことですね」


 即座に詰む。


「こ、この美しい出場者の国王としてはどのような印象をお持ちで?」


 困ったアプロディーテーは人間であるリチャードに助けを求め、察したリチャードは溜息をついて腕を組んだ。


「戦いに臨んだ時とはうってかわり、私生活においては何にでも間合いを詰め、人との余裕を取らず、必然的に周囲に狭苦しい雰囲気をもたらす」


「……何ですと?」


 ルーはピクリと眉を上げ、リチャードにその真意を問う。


「だから先の天魔大戦の折、お主を謹慎させたのだ。何ゆえにダグザを主神としたままなのか、何ゆえにコンテストでダグザに先に出てもらったのか、その意味を心中に抱いて下がるが良い」


「ぬ……」


 リチャードの叱責を聞いたルーが言葉に詰まり、そしてゆっくりと息を吐く。


「時が経つのは早いものだ」


「謹慎の期間は十年。我々人間にとっては長くても、お主にとっては泡沫うたかたのようなものであろうに」


 その後に発せられたルーの独白を聞いたリチャードが嘆息すると、ルーは意地の悪い笑みを浮かべてやや上体を反らした。


「五歳になるまでおむつを外せず、ようやく外せるようになったと思えば女中の尻を追いかけまわすだけで、まるで能の無いうつけだと思っていたものだが、この私に薫陶くんとうを与えるまでになろうとはな」


「ふ、なかなかに毒気が……いや生気が戻ってきたではないかルーよ。カティーナを失ったと聞いた直後より神殿から出て来なくなったと聞いた時は、その女々しさに落胆したものだが」


「ぬぐぐッ⁉ よくも言ったものだな! 私の異国土産の菓子を食べすぎ、虫歯になって泣き叫んでいた小童が!」


「何を言うか! あの時はお主の息子であるクー・フーリンの方が痛がっていた!」


 相対する頭脳明晰にして冷静沈着な二人。


 周囲の者のみならず、周辺各国にもそう思われているはずの二人が醜い暴露話の応酬の結果、睨み合いを始めたその時。


「各国の要人に挨拶してる途中だったのに! レースって何なんだよヘルメース!」


「僕は君をここに連れてくるようエルザに頼まれただけだ。後は任せた」


 今日の主役であるクレイが、ヘルメースに先導されて登場したのだった。



「あれフィーナじゃん。ドレスなんて珍しいな……ってお前に各国の首脳たちの警護を頼んでたんじゃなかったっけ?」


 薄い青色のドレスを着たフィーナを見たクレイは、感心したような表情でフィーナに問いかける。


「色々とあってこっちにさらわれてきたのよ。第一回クレイの乾杯は誰がやるかレースに参加しろってね」


「はぁ? なんだよそれ……って、え? その女性……ルーさん? なのか?」 


「……不覚」


 そしてフィーナの説明を聞いたクレイは、ルーの女装に気づいた後に周囲を見渡す。


 そしてそこにあった重厚な二体のオブジェの正体――ゼウスとダグザ――に気づくと、即座に顔を青ざめさせた。


「ば、化け物……」


「誰が化け物じゃい! 極めた芸術の美を愛でる心を持たんかい!」


「ガッハハハ! 化け物じみた美しさとはよく言ったものよクレイ!」


 ピエロのように白と赤に塗り分けられた顔で、ゼウスとダグザはそれぞれの答えを返すと同時に胸を張る。


 そのまったく悪びれる様子の無い二人を見たクレイは、こみ上げてくる吐き気を口を押えることでしのぐと、顔を横に向けて大きく息を吸い込み、汚染された雰囲気を清廉な空気を取り入れることで入れ替えた。


「ップ……まぁいいけど……あれ、姿が見えないと思えば、なんでエルザまでこっちにいるんだよ。俺のエスコートをするんじゃなかったのか?」


「色々と事情があるのですわ」


「……まぁ事情があるなら仕方がないな。ところで第一回俺と乾杯レースって何なんだ? 嫌な予感しかしないんだが」


「色々と事情があるのですわ」


 微笑みを絶やさないエルザを見たクレイは、ふむと呟いて周囲の状況をつぶさに確認する。


 男性は濃い化粧、女性は薄い衣装。


 理解したくない光景を見たクレイは、親しい仲である海神(ドギツイ化粧済み)に手を振って呼びつける。


「ポセイドーンのオッサン、レースって何のためにやってんの?」


「成人したおまんが初めて酒杯を交わす相手を決めるレースじゃ」


「マジかよ、つーか何で俺に何も相談せずに決めるんだよ」


「相談したら反対するじゃろ」


「そういう問題じゃないだろ!」


 ポセイドーンの説明を聞いたクレイは、頭痛をこらえるように眉間に指を当てると改めて周囲を見渡した。



 真昼間から百鬼夜行である。



 せっかくの誕生日に、めでたく成人となった記念日に、何ゆえにこのような化け物たちと杯を交わすという罰ゲームをこなさなければならないのか。


(退路は……あー、まぁフィーナやエレーヌ姉なら全然いけるな。本当にネコ耳つけてるエレーヌ姉に悪いからエレーヌ姉にしとくか)


 周囲から発せられるふしぎなアピールに混乱したクレイはそう考えると、背後に迫ったモンスター二人の無言のアピール、つまり性的なポージングを無視する。


「ガッハハハ! 成人したとは言え、まだまだ中身はお子様のようだなクレイ!」


「仕方ないのう! 恋愛のベテランであるワシらが大人の包容力を教えたるで!」


 ひたすらに無視を決め込むクレイに痺れを切らせたのか、オリュンポス十二神やトゥアハ・デ・ダナーンという神の中でも有力な氏族を率いる二人は、とうとう大人げないことを立て続けに口に出してしまい、見回りをしていた一人の聖職者の怒りを買ってしまっていた。


「これは一体何の騒ぎですかクレイ!」


 腰に手を当て、目を吊り上げるラファエラを見た瞬間クレイの目が怪しく光る。


「あれ、ラファエラ侍祭も出場するの?」


「私が出場? 何のことですか?」


 一網打尽とばかりに、騒ぎの元凶を一掃するべくクレイは直ちにエルザを指さしていた。


「ちょ、ちょっとクレイ! 貴方、私を売る気ですか⁉」


「だそうです」


 慌てるエルザを見たラファエラは、即座にすべてを察する。


「ウフフ……今日は陛下からのお仕事と聞いておりましたのに、またこのような戯れ事をなさっておられましたのね、司祭様……」


「違いますわラファエラ! これはクレイの成人を祝う余興ですわ!」


「あら、そうなのですかゼウスにダグザ」


 ニコリと笑いながら黒い気を放つラファエラに、ゼウスとダグザは首を縦に何度もぶんぶんと振る。


 無論、戦いとなった時に引けを取るつもりはないが、今はアルバトールによる結界で二人とも力は出せないし、何より今日はクレイの成人を祝うめでたい日。


 そんな日に争いごとを持ち込むほど野暮では無かった。



 目の前のラファエラを除いては。



 しかしラファエラもそこはわきまえているのか、溜息をつくとあっさり二人に背中を向けた。


「余興では仕方がありませんね。それでは私は巡回に戻らせていただきます」


「あれ? ラファエラ侍祭は出ないの?」


 何となくラファエラをこういう華やかなイベントに出すと面白くなりそうだ、と考えたクレイは出場をすすめる。


「参加したいのはやまやまですが、残念なことに陛下から騒ぎを起こさないようにしてくれと頼まれているのですよ」


「もう遅いんじゃ」


「ええ、だからこれ以上の騒ぎを起こしたら……分かりますねクレイ」


「ハイ」


 だがその提案は即座にラファエラに断られ、その上に恐ろしく圧のある声で脅迫を追加される。


 コンテストと名の付くイベントに何か恨みでもあるのだろうか。


(うーん、男女比率で行くと、このままじゃ男の方が多い……つまり男が優勝する確率の方が高いんだよなぁ)


 もちろん審査員の得点次第で優勝が決まるとはいえ、肝心の審査員たちの倫理観がどれほどのものかは不明なのである。


(審査員のノリ次第では男が優勝する確率は十分にある……というかこういう祝いの場だと、悪ノリの方を優先させるのが俺の見てきた大人って奴だ)


 クレイは審査員たちが並ぶ長机の方をチラリと見る。


 そこにはいずれ劣らぬ高貴な身分の者たち、つまりは世の快楽や娯楽についてはすでに熟知しており、新しい玩具を見つけることには飢えている野獣たちが、口からよだれを垂らしていた、ように見えた。


(うーん……あ、いい参加者思いついちゃった)


 ノリが良く、後腐れなく、参加者の神々の面々に対して臆面もない。


「と言うわけで新しい参加者を連れてきてくれないかなラファエラ侍祭。俺は特別審査員としてこの場を離れられないから」


「……」


 クレイから頼まれたラファエラは、色々な感情を無言で表情に出した後、飛行術で姿を消す。


 数分後。


「私が出場なのですクレイ?」


「なのです」


「エレーヌ姉様とダークエルフ繋がりでキャラが被ってるですよ?」


「別次元、別時空から干渉される可能性を排除するためにも、そっちの方がいいんだよ」


「……なのです?」


 まったく理解できないことを言うクレイを不思議そうに見つめる新しい挑戦者、ロザリーが参加してコンテストは開催……


「やっぱり私も出場しますクレイ」


「あ、ハイ」


 ロザリーとラファエラが参加し、第一回クレイ(略)は再開した。

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