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第242話 光輝く出場者!

 トロイア戦争。


 増えすぎた人間たちを口減らしするため、ゼウスが画策したかつての大戦のことで、美を競った三人の女神、アプロディーテー、アテーナー、ヘーラーの確執をも呼んだ戦争である。


 三人の女神のうち誰が一番美しいか、それを選ぶ審判員に、最も美しい女性を贈ると約束したアプロディーテーが勝利をおさめたのだが、審判員に与える女性が人妻であったため、それが原因になって戦いは始まる。


 そして幾多の英雄と、数多の兵士の死をもたらしたこの戦いは、有名なトロイアの木馬によって終結を迎えた。


 木馬が城内に入れば、ギリシアが戦争に負けるとの予言が下された。


 捕らえた兵士を拷問した末にそう聞いた城内の人々は、巨大な木馬を通すために自分たちで進んで城門を打ち壊し、城内に木馬を持ち込んでしまう。


 そして勝利を祝う宴で警備が手薄になったところに、木馬の中に潜んでいたギリシアの英雄たちが飛び出し、城内の敵を次々と討ち取って、トロイア戦争はギリシア軍の勝利に終わったのだと言う。


 しかし勝ったギリシア軍の英雄たちもその後は不幸に見舞われ、ある者は暗殺、あるものは帰路に多くの試練に見舞われ、帰国に十年を要した者もいたとの伝説も残る、いわくつきの戦争である。




「立場をわきまえなさい醜悪なるものよ。このアプロディーテーに話しかけることすら、今のそなたには許されるものではありませんことよ」


 女神アプロディーテーを見つけた、ヘプルクロシアの旧神ダグザが彼女に言い寄ろうとした、それが更なる騒ぎの始まりであった。


 アプロディーテーがダグザに冷たく言い放ち、女神の言葉に従うように場が凍り付く。


「ガッハハハ! 許す許さぬを決めるにはまだ早い! 宴はまだ始まったばかりで、陽もまだ高すぎる! 加えて我らの長寿を加味せずに、会ったばかりで決断をするとは如何なものか!」


 しかし侮辱された当人のはずのダグザはそう言い放つと、ドスドスとアプロディーテーに近づいて突き出た腹をパァンと叩いた。


「侮辱した相手の器量を測りたくはないかな? 女神アプロディーテーよ」


「ホホホ、不毛の大地に種をまく愚かさを知らぬようでは、ヘプルクロシアの旧神もたかが知れていますわ。パリスの審判でも最も美しい女神の称号を得た、このアプロディーテーに意が届くとでも思ったのですか」


「ガッハハハハ! それだとさしづめこの俺様がそなたの美を審判するパリスと言ったところか!」


「……ふう、話の通じぬ野蛮人たちの神ともなると、こうも相手がしづらいものなのですね」


「なぁに、むしろ言葉が通じないほうが、心を通じ合わせるまでの間を退屈せずに済むというものよ」


 ダグザはそう言うと、顔に人懐こい笑みを浮かべる。


「交流は流れが交わってこそ意味を持つもの。交わる場所が存在しない今、これ以上の会話をする必要を認めません。失礼いたしますことよ」


 分が悪いことを感じ取ったのか、アプロディーテーは会話を強制的に打ち切り、何人もが陣取っている長机が置いてある方へと歩いて行った。


「助かりましたダグザ様オエッ」


「ガッハハ! 小さい頃より面倒を見てやった娘が困った顔をしていては、何かあったのかと思うのが自然よ!」


「ありがとうございます」


 フィーナは頭を下げ、少しだけ申し訳なく思いながらダグザより視線を背ける。


「それでは参加者はこちらに!」


 と同時にアプロディーテーより号令が発せられ、ゼウスを始めとするいずれ劣らぬ猛者たちが長机の前に並んだ。


「おっとこうしてはおられん。俺様も早く並ばねば」


「頑張ってくださいダグザ様」


 長机の方へ向かおうとしたダグザをフィーナが手を振って見送ろうとすると、ダグザは不思議そうな顔をして足を止めた。


「何を言っとるお前も参加者だろうが」


「え、だって女性は参加しないんじゃ」


 先ほどのダグザと同じような顔でフィーナが問うと、ダグザは目をパチパチとしばたかせ首を振った。


「お前は女神ではなかろう? もたもたしていると参加が締め切られてしまう。さっさと行くぞフィーナ」


「あ、それじゃエレーヌ様も連れて行かないと」


「あやつはアテーナーではなかったか? かつてのトロイア戦争でアプロディーテーに敗北し、ここテイレシアでも敗北するようなことになっては戦いの女神アテーナーの面目が立つまい」


「えーと……色々と言いたいことはありますが、厳密に言うとアテーナーとエレーヌさんの在りようは違うそうです」


 誰が誰に敗北するのかと問いたい気持ちを抑え込み、フィーナが説明するとダグザはふむと呟く。


「では呆けている今のうちに運ぶとするか」


 エレーヌを道連れにすることに成功したフィーナは、長机の前にこっそり並ぶ。


「あらアテーナー、貴女も参加なさるんですの?」


「ハイ、サンカシマース」


「そうですの。歓迎いたしますことよ」


 ダグザがエレーヌの右手を持ち上げ、フィーナがアテレコをすると、アプロディーテーは怪訝な表情を浮かべるどころかニタリと邪悪な笑顔を浮かべ、エレーヌの参加を快諾した。


「ええんかいな」


「だって面白そうじゃありませんこと?」


「せやな」


「審査員がまだ一人、しかも一番重要な方がまだいらっしゃっておりませんが、まあじきにいらっしゃるでしょう」


 ゼウスの異議にもアプロディーテーは笑顔で答え、コンテスト……ではなくレースは始まった。


「ほな言い出しっぺのワシから出場するで! エントリー№一番ゼウス! オリュンポス十二神を束ねる最高神や!」


「知ってますことよ」


「いやアプロディーテー以外にも審査員はおるやろ」


 ゼウスは長机にズラリと並んだ面々を見て呆れたように言う。


 一人はヴィネットゥーリア共和国の十人委員会の№3ジョヴァンニ。


 一人はヴェラーバ共和国の元首、カノン砲ではない方のフランキ。


 そして一人は――


「何してるんですかリチャード陛下」


「そう言うなフィーナ。美を競うコンテストがあるから審査員として参加して欲しいと頼まれてな。他ならぬエルザ司祭からそう頼まれては断り切れなかったのだ」


 ヘプルクロシアの王リチャードは、呆れた顔で問い詰めてくるフィーナを見て苦笑すると、肩をすくめながら自分の右側に座っている少女へ顔を向ける。


「あらあら、私は別に断っていただいても構いませんでしたが」


「盛り上がるために私が不可欠、と聖女様に言われては、断る方が無粋でございましょう」


 その少女、幼くしてフォルセール教会の司祭である――というより無理やりに復帰させられた――エルザは、ニッコリとほほ笑むとゼウスへ質問をした。


「それでゼウス、貴方の特技はなんですの?」


「雷で全世界を崩壊させられるで」


 エルザは怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げる。


「あらあら……それは今回のコンテストにどのような関係がおありなのです?」


「せやな、居並ぶ審査員の皆を脅迫……」


 エルザはニコリと笑うと、×の札をスッと上げた。


「ブッブーですわ」


 エルザの採点と同時に、他の審査員たちも次々と札を上げる。


 〇もあり、×もあり、だがやや×の方が優勢に見えた。


 それを不服としたのか、ゼウスはただちに抗議の姿勢を見せる。


「ま、待たんかい! ワシの特技は他にもあるで!」


「あらあら、ではその特技を言っていただけますか?」


「子作りやな。そのためなら女装でも獣に変身でもなんでもするで!」


「あらあら、いたいけな聖女の前でそんな不埒なことを言う人にはグーパンですわ」



 エルザは右拳をゼウスにねじ込んで退場させた。



「次の方、どうぞですわ」


「ガッハハハ! ゼウス殿が出たとあればこの俺様が出ない訳にはいくまい! トゥアハ・デ・ダナーンの主神、ダグザだ!」


 堂々と順番抜かしを宣言し、出てきたダグザを見てエルザは小首を傾げる。


「お姿を拝見するのは初めてですわね。貴方の特技は?」


「おう! 俺様の特技は飲み込んだ粥を吐き出して敵を殲滅できることだ!」


「あらあら、どうして殿方の神は揃いも揃って野蛮かつお下品なのでしょう。貴方も却下ですわ」


 エルザは×の札を上げ、追い打ちをかけるように他の審査員の全員も×の札を上げる。


「ちょっと待てリチャード陛下! なんでお主まで×に投票しとる!」


「それを一番期待しているのがそなたではないかと思ってな。違ったのであれば詫びをいれるが」


「ぬぐぐ……王の意も汲めぬ狭量と思われるのは心外……仕方あるまい、俺様の度量の広さを示すためにもここは引き下がっておこう」


 ダグザも退場し、本命の二人が脱落という予想外の、いやある意味予想通りの展開に場はざわめき始める。


 次は誰が出るのかという不安の声、出ても二人ほどのインパクトは残せるのかという目的を見失っている声。


 そんな中、少し離れた所で集っているトゥアハ・デ・ダナーン一族の中から、ひと際大きい悲鳴が発せられ、その声の持ち主を予想する声が次々と会場の人々へと伝播した。


「ようやく出番か。審査員を引き受けた甲斐があったというものだな」


「あらあら、やけにすんなりと引き受けていただけたと思ったら、何かしらの思惑があったのですわねリチャード陛下」


「表舞台に戻ってきた……いや私が戻らせたとは言っても、まだわだかまりが残っているようだからな、あの堅物は」


 リチャードがそう言うと、トゥアハ・デ・ダナーン一族の中から、一人の美しい女性の女装をした、光輝く純白のドレスを着こなす人物が長机の前に立つ。


「……トゥアハ・デ・ダナーンの元主神、太陽神ルーだ」


「ル、ルー様⁉」


 羞恥と憎悪と激怒が一緒くたになったその表情に、長机に座った審査員一同とフィーナは、リチャードを除いて凍り付いたのだった。

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