第24話 義父からのお願い!
「我がヘプルクロシアで転生の儀に臨んだ後……何があったのだ」
かすれた声。
銀髪の執事、ベルトラムが開けた扉から部屋に入ってきた男性、アルバトールの平然とした……と言うよりは平坦な表情を見た後、メタトロンはようやくと言ったように声を絞り出していた。
「何もかもが一度に来たのです。彼にとって大切な人たちとの別れが。彼が守ってきた人々を衝動で手にかけた時が。彼だけではなく、大切な仲間たちと共に長年をかけて積み上げてきた……王都奪還の機会を自分の手で潰してしまった過ちが」
メタトロンが姿を消してから、と言わなかったのはラファエラの優しさゆえか。
そのやり取りを黙って見ていたアルバトールは、二人の口が閉じてしまった後、赤茶色から真紅へと変わったクレイを見て静かに口を開いた。
「今度はクレイに力を貸してくれるのかなメタトロン? それとも……力を引き出させるつもりなのかな?」
すらりとした長身と、広い肩を覆うほどに伸びている柔らかな巻き毛を持つ男性。
このフォルセール領の領主アルバ=トール=フォルセール侯爵は、抑揚の感じられない柔らかな声で、だが得体のしれぬ圧が籠った声でメタトロンへ話しかける。
「そのどちらとも違う。まずは座りたまえ天使アルバトール、天使ウリエル」
メタトロンが差し伸べた右手に軽く頷き、礼拝堂に整然と並べられたベンチの一つ、木製の硬い座面に座ろうとするアルバトール。
「アルバ様、こちらの椅子を……」
「このままで構わないよベルトラム。その椅子は四大天使の先達でもある君が……いや、そうだな。ガビーに使ってもらおうか」
それを見た銀髪の執事服の男、つまりベルトラムが即座に身を翻して柔らかいクッションが着いた椅子を持ってくるが、アルバトールは手を上げて断ると、微かな笑みをガビーへ向けた。
「当然ね! この副官を差し置いてクッション付きの椅子にあぎゃぎゃぎゃ!?」
「ガビー、貴女は私の隣です。アルバ様には決して近づかないように」
「わ、わかったから電撃は止めてちょうだいウ……ベルトラム」
しかし椅子を受け取った途端、嬉々としてアルバトールの真正面にその椅子を置いたガビーはその直後に何故か髪の所々がコゲてしまい、ベルトラムが指差した席に怯えながら座ったのだった。
「なるほど、我が転生の儀に臨んでよりの大体の流れは判った」
「そう言うわけなのよ! よって今からあんたはこのガブリエルの手によってしびゃああああ!?」
「だが分からぬことが一つある。あのミカエルまでもが転生の儀に臨んだまでは良かろう。だがなぜ未だ地上に戻ってこないのだ? 通常ならば素体に宿る段階くらいは終えているはずだろう」
ガビーの悲鳴が途絶えた後、メタトロンはそう呟くと祭壇の上で右手をあごに当てて考え込み始め、左手で祭壇の下から漂ってきた異臭を追い払う。
少しの間だけその場を包んだ沈黙を破ったのはラファエラであった。
「散華の段階にまで至ってはなかなかに難しいようです」
「ふむ……だが、やはり信じられぬあのミカエルが……それにこのガブリエルを副官にしたままとは……」
考え込むメタトロン、その眼下で倒れたままのガビー。
ラファエラは痛ましいガビーの顔を隠すかのように再び帽子を置き、それを見たメタトロンは意を決するための息をつき、アルバトールへと顔を向けた。
「天使アルバトールよ、曼荼羅はどうなった」
「未だ成し遂げず」
「なぜ精進をしていない。過去に起きた不善は、現在と切り離されたもの]
メタトロンはそこで再び一呼吸を入れ、何かを振り払うように首を振り。
「だと言うのに君はその過去の不善に囚われ、現在にいたるまで君の回りに不善を生じさせている。このままでは君は未来永劫に不善を振りまく存在と成りかねん」
そして軽く開いた口から苦渋を絞り出すと、やや遅れて一つの後悔を発した。
「あのサンダルフォンと……同じようにな」
メタトロンの苦言を聞いたアルバトールの顔には、それほど動揺は見られない。
だがほんの少しだけ下がった彼の視線が、その場にいる人々の肌に薄絹のように滑らかな、しかし無視できぬ程度に重くなった雰囲気で覆い尽くした。
「そうよ! アンタまたあたしに引っぱたかれたいの!? あ、嘘です何もしないからちょっと待ってベルトラブブブブゥ!?」
「ウリエルよ、少しガブリエルと一緒に部屋を出てもらえるか? 話が進まぬ」
「仰せのままに」
メタトロンは溜息をつき、重くなった雰囲気は異臭と共に部屋の外へ持ち出され、後にはクレイ、ラファエラ、そしてアルバトールの三人が残る。
「君の現状は大体わかった。これ以上の希望を今のアルバトールに強いても受け止めきれまい。話を戻そう」
「……もしやクレイに?」
やや視線を鋭くした様に見えるアルバトール。
しかしそれは弱々しく、メタトロンの口を封じるものとは成りえない。
「我は先ほども違うと言ったはずだが……さて、どこから話したものか……待て少年、もう先ほどの話しは……!?」
だからメタトロンの口が封じられたのは、アルバトールによってではない。
「……過去の不善に囚われてるのはお前もだろ、メタトロン」
強制的にメタトロンから体の支配を取り戻したクレイによってであった。
「久しぶりだねクレイ。元気そうで何よりだ」
「……アルバ候、も……俺も久しぶりに会えて嬉しい、です」
しかし再び表に出てきたクレイの表情は冴えない。
透き通った、まるでその向こうの壁が透けて見えるように感じられる義父アルバトールの笑顔。
そのアルバトールにどうやって接すればいいのか分からず困惑しているように、または不用意に近づいて砕け散ってしまうことを恐れているようにも見えた。
「驚いたな。天使に成ったばかりと言うのに、メタトロンの支配から自分の意思と力だけで抜け出すとは。僕も通ってきた道だから判るが、それは決して容易いことじゃないんだよクレイ」
「ありがとう……ございます」
そこで会話は止まり、二人の間には初めて会った他人同士の空気が生じてしまう。
「アルバ候。積もる話もお有りでしょうが、今はメタトロンの問題を解決する方が先決です。クレイ、すいませんがもう一度メタトロンを出してくれませんか?」
それを素早く察したのか、薄衣のカーテンと化したクレイとアルバトールの間の雰囲気を、横で二人を見ていたラファエラが取り払おうとしたが。
「いや、その前に少しだけクレイと話させて欲しい。ラファエラ司祭」
しかしアルバトールが静かにそう言うと、ラファエラは大人しく身を引く。
代わってアルバトールが前へ進み出で、ラファエラへ軽く頭を下げてからクレイを見つめた。
「クレイ=トール=フォルセール」
「はい」
「おそらくお前は天使の叙階を受けた後、クレメンス王妃とジョゼフィーヌ王女を連れて隣国のヘプルクロシア王国へ旅立つことになる。陛下の親書を持ってね」
「それは……行かなければダメなの……で、しょうか? 俺は他国の王族や貴族とうまく話せる自信がまるで……」
クレイはそっとアルバトールの顔を見上げる。
そこにはいつもの優しい――いや、本心を見せることもできぬ儚げな笑顔があった。
「お前が討伐隊に入りたいと突然言い出したのは、うつけと評判のアルストリア領ジルベール伯が、こちらに来訪された少し後のことだったね」
「……!」
クレイは咄嗟に反論しようとしたが、しかし彼はその口に詰め物でもされたかのように声を出すことができなかった。
「その時にジルベール伯からお前が何を聞いたのかは僕も知らない。だけど初めて会った頃は聡明で素直だったあの方が、なぜうつけと呼ばれるようになったかの察しはつく。姉君であるジルダ殿や、弟君であるエクトル殿と仲違いが激しくなり、それを諌めようとする家臣からの具申も頭ごなしに否定している目的もね」
「あの……アルバ候……」
「お前は討伐隊に入って礼儀を軽んじるようになり、口調も討伐隊の者に感化されて悪くなっていった。まるでそうなることが目的だったように、急激に」
自分の考えを的確に言い当てたアルバトールの言葉に、クレイはまるで頭を抑えられたかのように下を向き、黙り込んでしまう。
「お前はおそらく外交に出たくないのだろうね。その理由について思いつくことはあるけど、それをここで口にする必要も意味も無い。ただ……」
「ただ……?」
言葉を選ぶように口を閉じるアルバトール。
それを心配するようにクレイが顔を上げた途端、アルバトールは口を開いた。
「お前が外交に出てくれれば僕たちは助かる。外交に出すに足りる信用を、身内だけではなく他国にも得ている人材と言うのは……本当に貴重なんだクレイ」
クレイは目を丸くし、ぱちぱちとしばたかせる。
「僕はお前を信じている。そしてお前がヘプルクロシアで単に強くなるだけではなく、強くなっていくには、強くなった先には何が必要なのかを得て帰ってくることも」
そしてそのアルバトールの言葉を聞いた直後。
「判りました。クレイ=トール=フォルセール。もし特使の勅命が下った暁には、謹んでお受けいたします」
クレイは胸を張り、アルバトールの目を真っ直ぐに見据えていた。
「頼んだよクレイ。それじゃあ……僕は少しメタトロンと話したいことがあるから代わってもらっていいかい?」
「はい!」
短く答えたクレイの瞳と髪は再び真紅に燃え上がり、同時にクレイの意識は深い森の中に迷い込んだようにおぼろげなものとなっていく。
(ではやはりクレイが……?)
(お役目……確かに経過であって……御業……まさか曼荼羅にそのような目的……)
その間にいくつかの会話がメタトロン、アルバトール、ラファエラの三人によって交わされ、それを聞いたクレイは幾つかの過去と現在、そして未来を知った。
(わかりました義父上……俺はメタトロンと一緒に旅立ち、羽ばたき、必ず……)
クレイは歯を噛みしめ。
(主の力添えとなり、世界中を救い出す存在へと昇りつめます……)
そう決意を固めたのだった。




