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第235話 降りかかる災難!

「む? もう帰ってこれたのかクレイ」


「帰ってこれたのか、って……俺をエルザの生贄にでもしたんですか陛下」


「いや、そんなつもりは無かったが、有っても無くても同じような結果を出す御方だからな、エルザ司祭との面談は」



 仮宮殿へ帰ってきたクレイは、エルザとの面会の報告をするべくシルヴェールとの謁見許可を申請していた。


 どうやらシルヴェールはクレイのために予定を開けてくれていたようで、すぐに謁見は叶ったのだが、それすらシルヴェールの罠に見えたクレイは、やや不満そうな顔をしつつも今日エルザと話した内容を報告した。



「ふむ……機械仕掛けの神にセフィラの樹か」


「三位一体の中に科学という新しい価値を内包することが目的で、その価値としての呼び名がデウス・エクス・マキナらしいです」


「なるほど、唯一神としての体裁を崩したくはないということだろうな」


 シルヴェールはそう言うとしばらく口を閉じ、クレイの瞳をまじまじと見つめる。


「それで、報告はそれだけなのか?」


「いえ、他にもあります。一番に報告すべき重要な内容が、そのデウス・エクス・マキナと思いましたので、いの一番に報告させていただきました」


「そうか、では報告を続けよ」


 クレイはシルヴェールの勅命に従い、エルザと交わした話の内容をつぶさに報告した。


「以上です陛下」


「……まことか?」


「俺……私の記憶が正しければこれで全部です」


「もしやエルザ司祭から聞いていないのか?」


「何をでしょう」


 シルヴェールは絶句し、頭痛をこらえるように右手を頭に乗せると椅子に身体を預ける。


「まったくあの方は……よほど人の間を引っ掻き回すのが趣味と見える」


「確かに……それは話している間に嫌というほど分かりました」


「まあ仕方あるまい、エルザ司祭のようなすべてにおいて超越している御仁は、我らのような一般人にはやや理解に苦しむところがあるゆえにな。さて」


 そろそろ謁見も終わりか、と思っていたクレイは、シルヴェールから話題を振ってくるとは思っていなかったため、思わず背筋を伸ばして拝聴する。


「クレイ=トール=フォルセールよ。この度の王国の危機を回避するため、休暇が終わりしだい汝をシエスターニャ帝国への特使へ任命する」


「はっ! クレイ=トール=フォルセール、シエスターニャ帝国への特使を拝命いたします!」


「ついてはエルザ司祭をそなたの補佐につけるゆえ、そのこと胸に留め置くように」


「はっ……は?」


 そして下されたシルヴェールの勅命を直立不動で聞いていたクレイは、あまりにひどい追加の命令内容に思わず復唱を怠り、それどころか聞き返すという失態を犯してしまう。


「不服か?」


「いえ、とんでもありません。ですが不安ではあります」


「私もだ」


 何でそれで命令を下すのかとクレイは言いたくなるも、なんとかそれはこらえて思い浮かんだ疑念を質問へと変える。


「……そもそもこういった特使の役目は、まず王都の司祭だったダリウス様、あるいはベルナール団長、もしくは団長の補佐についているレナ殿、マティオ殿、国家の存亡にかかる案件であれば王族であるジョゼ……フィーヌ様の役目では?」


 クレイは微妙な沈黙を保った後、特使の交代をやんわりと申請する。


 その際にシルヴェールと公式な会見をしている最中にも関わらず、ジョゼフィーヌを愛称で呼ぶのはマズいと思ったのか、慌ててクレイは正式な名で言い直し、その姿を見たシルヴェールはニヤリとした後に口を開く。


「常ならばそうであろう。だがシエスターニャ帝国の方に少し問題があってな」


「問題?」


「あちらの皇太子どのがジョゼに以前から懸想していてな。そこに本人を特使として送り込んでは、いらぬ口実をあちらに与えかねん」


「ケソウ?」


 聞いたことのない言葉に目を丸くするクレイに、シルヴェールはやや苦い顔となって溜息をついた。


「……要はジョゼに惚れておるのだ。我らは現代的、直接的な表現をすることをあまり好ましく思わぬゆえ、少しはこういう古風な言い回しに慣れておくように」


「承知いたしました陛下。しかし特使というのであれば、ラファエラ侍祭でも良いのではありませんか?」


「そうもいかぬであろう」


「と、申しますと?」


 キョトンとするクレイを見たシルヴェールは、顔に苦笑いを浮かべる。


「どうも忘れているようだが、今のエルザ司祭は私とクレメンスの子供でもあるのだぞ」


「あー……」


 つまり王族の一員ということである。


 かねてよりエルザは教会の守護者として知られ、在りし日の姿は美しく聖女としても名高かったらしい。


 実際の性格がどうであれ、それらの名声に加えて王族の一員とあれば確かに特使としてはうってつけであろう。


 しかし問題はまだ残されていた。


「しかし陛下、転生する前であればいざ知らず、転生した後の今では同一人物であると証明するものが必要なのでは」


 その問題、つまり晩餐会などでエルザは他国の要人に面通しをしていない、要は信頼が置かれていない、とのクレイの不安を、シルヴェールは一笑に付す。


「喋る赤ん坊という奇跡。紹介としてはそれだけで事足りよう」


「え」


「どうしたクレイ、まだ不安なことがあるのか」


「いえ……その……」


 問題が解決どころか、更に問題が発生してしまった。


 クレイは頭を抱えて転げまわりたい衝動を抑え、報告すべく口を開いた。


「あの、陛下」


「……本当にどうした」


「えと、その、エルザ司祭なんですが」


「エルザ司祭に何かされたのか」


 エルザって本当に信用されていないんだなあ、とクレイは胸の中で溜息をついてから勇気を振り絞って報告をする。


「私が教会に行った時には既に少女ほどの外見に成長されていました」


「なん……だと……」


 そのままシルヴェールは動きを止めた。



 数分後。



「なぜそれを最初に言わぬのだ! 最重要案件ではないか!」


「陛下も既に承知のことと思っていたのです! 赤ん坊と話に行けなどと、非常識きわまりない指示ではありませんか!」


「最初の説明でお前はあの赤ん坊ですねと言い、私も同意したであろう!」


「それはそれ! これはこれ! そもそも赤ん坊から少女へと勝手に成長したのはエルザ司祭なのですから、それを私に文句を言うのは筋違いです!」


 シルヴェールに抗弁するクレイという、珍しい光景がそこにあった。


「まあ済んでしまったことは仕方があるまい……とにかくだ、クレイ」


「はい」


 だがシルヴェールは気分を害した様子もなく、それどころかやや嬉しそうな雰囲気をかもし出しながら話を続けた。


「幸いにも明日にはお前の誕生日と成人を祝う祝宴を開くことになっており、その祝宴には各国からの要人、また旧神も呼ぶことになっている」


「それは聞いております。ですが旧神は自らの信仰心が満ちている土地を離れては存在ができない、とも聞いておりますが大丈夫なのでしょうか」


「未だ民衆に強い影響力を持ち、日頃からこちらに遠慮なく入り浸っているオリュンポス十二神は問題ないだろう。ヘプルクロシアは義父であるルーが腐心してくれるそうだ」


「なるほど。しかしそれだけの大人数となると、仮宮殿の中ではなく練兵や市民の避難に使っている広場で宴を執り行うというのも仕方がないですね」


「うむ、そこでだ」


 シルヴェールはクレイの発言にうなづくと、やや椅子から身を乗り出す。


「お前にはそこで各国との要人との面通しをしてもらうことは聞いているな?」


「御意」


 成人するということは、本格的に国政や外交に参加するということである。


 そのお披露目も兼ねていることはクレイも承知していたが、次のシルヴェールの発言はクレイにとって予想もしていなかったものだった。


「手間を省くために、お前にはそこでエルザの紹介もしてもらおう」


「ギョッ」


 たちまち嫌な顔をするクレイに、気づかぬふりをしたままシルヴェールは話を続けた。


「本来の予定であれば、各国の要人に知られているジョゼにお前をエスコートさせる予定だったが、シエスターニャの皇太子の件だけが頭痛のタネであった」


「し、しかし……私もそれほど各国の要人たちに顔を知られているわけではありませんので……」


 しどろもどろになるクレイに、いよいよシルヴェールは身を乗り出してトドメの一言をクレイに浴びせる。


「ヘプルクロシアはもちろんのこと、融資を頼んだヴィネットゥーリアや途中で立ち寄ったヴェラーバの元首ともすでに顔見知りであろう」


「ハイ」


「見知っていない出席者たちには彼らから紹介してもらうと良かろう。しかしこうなってみると、エルザが少女に成長したのは渡りに船と言うべきだったかもしれんな。クレイ、エルザをよろしく頼んだぞ」


「御意……」


 クレイはシルヴェールの頼みを力なく引き受けると、肩を落としたまま執務室を出て行った。



(マズいな……どうにかならないか、メタトロン)


(これを自らに降りかかった災難ととらえるか、成長の機会ととらえるかは君次第だ)


(お前はそういう奴だよこんちくしょう)


 メタトロンの言っていることは正しいが、要は自分を巻き込むなという意思表示である。


 その意見を聞いたクレイはメタトロンに毒づくと、エルザへの対策を考えるべく自室へ戻っていく。


 その途中。


「キャッ⁉」


「あ、悪いジョゼ」


 エルザのエスコートに対する重圧と、その対策に悩んでいたクレイは、前から歩いてきたジョゼに気づかずそのまま進んでしまい、あやうくぶつかる寸前で気づいて足を止めた。


「いえ、私は大丈夫です。クレイ兄様の方こそ顔色がすぐれないように見えますが、何かあったのですか」


「ああ……実はな……」


 早く自室に戻りたかったクレイは、急く気持ちを抑えながら気もそぞろにシルヴェールに言われたことの説明をする。


「まあ、そんなことが……分かりました、父には私の方からも言っておきます」


「波風が立たない程度に頼むよ」


「お任せください。我を忘れないようにお母さまにも付き添ってもらいますので」


「じゃあ俺は部屋に戻るから」


 そして四半刻ほど後。


 クレイがエルザをエスコートし、クレイをジョゼがエスコートし、三人を未婚であるエレーヌが警護するという複雑な決定事項がクレイに伝えられる。



 だが。



「いやだ!」


 子供のように駄々をこねるエレーヌの説得はこれからなのであった。

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