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第223話 尊い存在!

 三日後、後処理を終えたクレイたちは帰国の途につこうとしていた。


 上位の天使や旧神のみならず、魔王や最上位魔神などが集まり、陰陽の氣が入り乱れるこの場に見送りに来れる者は少なく、かろうじてエリザベートとブライアンのみがルシフェルの庇護のもとに見送りに来れていた。


[まあ敵地ということもあって、未熟な小僧に怪我でもさせたら事じゃいと思い、儂も手加減しておったわいのう]


[如何にもその通り。拙者も子供に飼いならされておるような情けない……これは失敬。不甲斐ない相手に本気を出すのも大人げないと思いましてな]


[まあ昨日よりちょっと本気を出したらこんな感じじゃい]


[これはなかなかの馳走。こちらもほんの少しだけ本気を出すのが礼節であろう]


 一部で殺伐とした雰囲気になっている者も二名ほどいたが、全体的には和やかな雰囲気でクレイたち天使とルシフェルたち魔族は別れを告げようとしていた。


 そんな中、クレイは別れの挨拶をしようとある旧神と堕天使に近づく。


「なあ、せっかく見送りに来てるんだからそろそろ機嫌を直してもいいんじゃないか? 俺も悪いと思ったから何回も謝ったじゃん」


[お前今度会ったらマジでぶん殴るわ]


[ハイハイ、またしばらく会えなくなるんだから笑顔で見送ってあげなよ]


 三日前くらいからなぜか機嫌がすこぶる悪く、今日もアスタロトのマントに巻き取られて動けないために口で憎悪を表すバアル=ゼブルに、クレイは形だけの謝罪をしてからルシフェルの方を向いた。


「何か伝言がある人はいない?」


[いる訳がない]


「ふーん……んじゃ代わりに俺から伝えておくよ、納品した甚平をいたくルシフェルが気に入ってたってね」


[気が利くな、魔王の名において誉めてやろう]


 表情をまったく変えずにルシフェルがそう言うと、クレイはうんざりとしたように両手を上げた。


「そりゃどうも。後メタトロンからの伝言を伝えるよ、ミレニアムは変位されるかも知れないってさ」


[だろうな]


 短い、いや短すぎる答えにクレイは顔をしかめ、自分が言ったことをルシフェルがちゃんと聞いていないのではないかと魔王の顔を覗き込む。


 その瞬間に唐突にルシフェルの口が開き、クレイが予想もしていなかった内容が飛び出していた。


[お前が気にしている力とメタトロン本体の力は違う]


「え」


[お前にメタトロンという存在が間借り出来ているのも、お前という存在の……いやお前という成り立ちそのものに起因するものだ]


「いきなり何を……いや……俺は何なんだ?」


 その内容にクレイは驚愕し、動揺し、揺れ動く感情のまま、物心ついてよりずっと考えていた疑問を口にしてしまう。


[ふん。知、力、精神力、どれをとっても大人顔負けと思っていたが、どうやらお前もまだまだ子供のようだな]


「そんなことは俺が一番よく知ってるよ! 俺は一体なんなんだ! 魔族から生まれたってことは聞かされた! だけどそれ以外のことは何も知らないんだ!」


 焦る感情を表に出し、なりふり構わず情報を引き出そうとするクレイの顔の前に、ルシフェルは右手の人差し指を立てて注意を向けさせた。


「遊んでる暇は無いだろ、俺は一体……」


[皆がこちらを向いている]


 ルシフェルの言葉にクレイが周囲を見渡すと、確かにその場にいる全員がクレイとルシフェルの方を向いている。


「まあまあ、どうかなさったのですかお二人とも」


[クレイ魔王に何かされた? セイ歌で慰めた方がいい?]


「どうなさったのですかクレイ様。ま、まさか自警団への出資がこの前の不手際で削られることに……⁉」


「クレイ、もうちょっとルシフェルと距離を詰められない? パースを取るのが面倒なのよ」


「い、いや、なんでもない……です……えーと大丈夫だよブライアンさん。フィーナは黙ってろ」


 それぞれに別れを惜しんでいた人々が、次々と自分へ話しかけてくるのを見たクレイは、慌ててその場を取りなすとルシフェルを睨みつける。


 その様子がおかしかったのかルシフェルはやや表情を崩し……いや穏やかなものへと変化させたようにクレイには見えたが、次の瞬間にはまたいつもの無表情なものへと変化し、一つの助言をクレイに与えた。


[無知を知りて光当たらば意の向きが変わり、新たな無知の影のみならず無意識の闇ができるのみ]


「何だよいきなり」


[お前は知ることについての恐ろしさをもう少し知っておけ]


 それはどちらに向けて言った言葉であっただろうか。


 そうクレイが感じた時、内側からいつものように、これまでとは違う圧倒的な意思を感じ取る。


(いいよ、お前とルシフェルがどんな会話をするか興味もあるしな)


 クレイがその威厳に敬意を表し、体の権利を委譲すると、いつものようにクレイの茶色の瞳と髪が真紅へと変わり、圧倒する言葉がその口から紡ぎだされた。


「天に在りて導くは北極星のみにあらず。秘匿された英知に踏み込まぬための導き手の一人は闇に落ち、一人はまだ還らぬ。その責任から目を背けるか、かつて明けの明星と呼ばれし者よ」


[いつまで手を引っ張ってもらうつもりだ。お前は俺の手を離れ、とっくに一人立ちしている身であろう天使の王よ]


 ルシフェルはうんざりというような口調でそう言うもすぐに黙り、そして短いため息をつくと腕を組んでクレイ=メタトロンを見つめた。


「どうしたルシフェル」


[自分がこの世界に生を受けた瞬間とその理由が頭をよぎった]


「聞いてもらいたいことかね」


[お前にはまだ早い。クレイには猶更だ]


 そう言うと、ルシフェルは遠い記憶の彼方となった出来事を思い出していた。


 すべての根源たる主の自覚とそれに伴う法則の成立。


 無限大に圧縮されていた情報が展開され、その実現に向けて運行と運用の速やかなる遂行を行うために生み出された原初の天使。


(思えば我々も何も教えてはもらえなかった。それでも何かを成し遂げねばならなかった……)


 自分は成し遂げた、そして失敗した。


 先達としてその経験を後進に伝えるべきか、それとも同じ轍を踏まぬために教えないべきなのだろうか。


(傲慢ゆえに決断が出来る。傲慢ゆえにその責を平然と負える。傲慢ゆえに疑問に思うことは無かったが、これはこれでかなりの重責だったと言えなくもないな)


 安定した人より天使に転じた目の前の少年たちはどうか。


 王と呼ばれるようになっても、貴族としての生き方を実現しようとしているも、自分ほどの揺るぎ無き自信をもって遂行できる精神力を持っているのか。


 そしてルシフェルは今回も決断をする。


[今はこうして話しているが、俺とお前たちとは本来敵対する身だ。その敵に頼ろうとは虫が良すぎる話だな]


 突き放す。


 傲慢ゆえに、いや目の前の少年たちを信じているがゆえにルシフェルは突き放すことを決断する。


「またはぐらかすのかね」


[お前とてすべての答えをクレイに教えているわけではあるまい、メタトロン]


「それを言われては返す言葉が無いな」


[戻る手助けはいるか?]


「我の宿り主はすでに我の扱いには慣れたようだ。先ほど見せてもらった技もサリムとやらで実践しているし、汝の手助けは……いるらしい」


[貪欲な奴だ。貴様以上だな]


 ルシフェルは苦笑すると腰の剣を抜き、クレイの目の前で一閃する。


 するとクレイの瞳と髪は元の茶色へと戻り、それを見届けたルシフェルは傲慢な態度でクレイに言い放った。


[この分の代金はツケておく]


「え」


 予想外の請求にクレイが慌てた瞬間、ルシフェルはまた唐突に口を開く。


[自分の素性が知りたければ、ミカエルを復活させてセフィロトの樹について聞くがいい。さらばだクレイ]


「え、今お前が教えればいいだけの話じゃないの?」


 ルシフェルはクレイの疑問を無視すると、王城へと戻っていった。



「聞いてない振りをしたら教えてくれるかと思ったけどさすが魔王だな。簡単に見破られちゃったよ」


[ルシフェルが相手の都合に合わせる訳ねーだろアホだなお前]


 どうやらバアル=ゼブルの機嫌もそこそこ直ってきたようで、アスタロトのマントに縛り付けられた姿はそのままだが口調はいつものものに戻ってきていた。


「バアル=ゼブルはフォルセールに伝言を頼む相手はいないのか?」


[……あ? 子供が大人に気を使うんじゃねーよ]


「気を使っているように見えるとしたら、それはそっちの問題かな」


[うるせえな、俺も帰る]


 バアル=ゼブルは居心地が悪そうにもぞもぞとアスタロトのマントの中で動くも、マントが外れる様子はまるで無い。


[おい、王城に帰るからマント外してくれアスタロト]


[王になりたいんなら個人の感情を殺せってジョーカーに言われてたよね]


[コッ……コノヤロウ……]


 バアル=ゼブルはギャーギャーと喚くもアスタロトはそのすべてを無視し、クレイに微笑みかけた。


[それじゃ元気でねクレイたん。アルバたんにもよろしくね]


「分かった。アスタロトもエレオノールも元気でな」


 アスタロトの影に隠れるように見送りに来ていたエレオノールは、離れたところで荷馬車の準備をしているサリムを一瞬だけ見た後にクレイに頭を下げた。


[……クレイ、だっけか。サリムを……頼むよ]


「できるだけのことはする」


[うん……でも、お前に無理はしないで欲しいし、サリムにも無理はさせないで欲しい]


「……できるだけのことはするよ。それより本当に一緒に来なくていいのか?」


 クレイの提案を聞いたエレオノールは、聞きたくないことを聞いてしまったというように一瞬だけ体を大きく震わせ、そしておずおずと口を開く。


[城のこともあるし……それにモートのおっちゃんも心配だから]


「分かった。だけどどうしようもなくなったら、いつでも相談しに来てくれ」


 エレオノールが小さくうなづく姿を見たクレイは、荷馬車に荷物を運び入れていたサリムに手を振って呼び寄せる。


「お呼びですかクレイ様」


「ちょっと見せたくない荷物を運び入れるから、ちょっと離れててくれないか?」


「……承知いたしました」


 クレイの好意に素早く気付いたサリムはエレオノールに笑顔を向け、時間になったら呼んでくださいと言い残して二人で散策に出かけた。


 それを見届けるや否や。


「よし今のうちだ。おいフィーナこの借りは絶対に返せよ」


「分かってるわよ! そっちこそラファエラ司祭に見つからないように気を付けてちょうだい!」


[大事なコレクションだから、ボクと思って大事にしてね]


「もちろんですわアスタロトお姉さま! 感謝いたしますわ!」


「くそう……獣人の国を建国したらフィーナごと送りつけてやる……」


 そして残ったクレイとフィーナは、厳重に梱包された木箱を次々と荷馬車の中に放り込んでいくのであった。



 その一時間後、クレイたちは領境の森の中にいた。



「良かったのか? あんな短い時間だけで」


「血は水より濃いもの。クレイ様がお考えになるよりずっと濃い時間を過ごさせていただきましたよ」


「そか」


 クレイは短く応えると、道の前方に現れた鹿がすぐに逃げていく姿を見ながらぼんやりと考えた。


(でも肉親より俺の元に残る方を選んだんだよな……)


 自分を信じてサリムを預からせてもらったのだ。


 クレイは決意も新たに、疲れた体を休めるべく体を横たえたのだった。



 ガタン



「……もうちょっと静かにならない?」


「道が荒れててこれ以上は無理ですね。クレイ様が荷馬車ごと飛ばすというのなら話は別ですが」


「クレイ、私が膝枕してあげましょうか?」


「我慢しますラファエラ司祭」


 だがこの時代の馬車に振動や騒音を防ぐことは無理だったので、クレイは残念そうなラファエラの顔を極力見ないようにしながら荷馬車に揺られていった。



 そして数時間後、クレイたちの姿はフォルセールの城門が見える丘にあった。



(つまりだ、魔術は因果を操作するものだが、魔法は因果を生成、消滅させることが基本としてあるわけだな)


(ふーん……でも因果を消し去ったら、次の因果を生み出す存在はどこから来るんだ? 因果が世界を構成するすべての情報の元なら、主の存在すら因果に囚われてるってことじゃん)


(そこが我にも分からぬ矛盾点だ。今度こそルシフェルを問い詰めようとしたのだが、今回もはぐらかされてしまったな)


 深層に潜ったクレイがメタトロンと情報交換をしていると、サリムが声をかけてきたためにクレイは意識を深層から浮上させて現世へと帰還する。


「身重の王妃様が自らお迎えって本当かサリム」


「そうなんですが……何か変なのです」


「変?」


 龍族と融合する前から、サリムは常人よりはるかに優れた五感を持っている。


 そのサリムが変だと言うからには何かがクレメンスに起きたに違いない。


 そう判断したクレイは、城門に近づくと緊張を胸に荷馬車を降りた。


「お帰りクレイ」


「ただいま戻りました。それよりお生まれになったんですね、おめでとうございます王妃様」


 変化は一目で分かった。


 クレメンスの手には一人の赤ん坊が抱かれており、生命を宿していた腹部も役目を終えて元通りに(あくまで服の上から見た目では、の話だが)なっていたのだ。


「ああ、ちょっと手がかかる子になってしまったけどね」


「手がかかる……ですか?」


 ややうんざりとした表情のクレメンスを見たクレイは首をひねる。


 たしかガビーの話によれば、クレメンスの中にいた子供は先代の司祭にして天使ミカエルが宿っている尊い存在のはずだが……


「見てみるかい?」


「あ、はい」


 クレメンスがそう薦めると、大事そうに抱えている着ぐるみの中身をクレイは見つめる。


 その瞬間。


「あらあら、随分と大きくなったものですわねクレイ」


「うえぇッ⁉ 赤ん坊が喋ってる⁉」


 着ぐるみの中の正体を見たクレイは、度肝を抜かれて後ずさったのだった。

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