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第219話 俺は馬鹿だ!

[隙だらけだぞクレイ! シ・ムーン!]


「しまッ……」


 サリムが結界内に入ってきたことにより生まれたクレイの動揺。


 それを見逃すようなモートではなく、瞬時に生まれた細かい塵交じりの強大な熱風がクレイへと襲い掛かる。


[点や面ではなく膨大な物量で押し潰すこの術! 防げるものなら防いでみよ!]


 クレイはアイギスを発動させ、モートが発動させたシムーンの術を受け返しながら後退する。


 だがそのクレイの窮地を更に押し込む一撃が放たれる。


[精霊は集まった! これで終わりだ天使よグランダルメ・ルージュ!]


 クレイがモートから距離をとり、術に巻き込む恐れがなくなったために、それを好機としたベリアルが次なる術を放ったのだ。


 ベリアルの周囲に現れた、巨大で無数の炎が多数の軍勢と化し、鶴の両翼のような陣形をとってクレイへと襲い掛かる。


[両翼の弓兵よ眼前の敵へ矢を射よ! しかるのちに中央の騎兵は連動して突撃し、強大なるくちばしを突き立てよ!]


 いわゆる十字砲火がクレイへその牙を突き立てようとした瞬間、フィーナの澄んだ声が結界内に響き渡った。


「我が道を示しなさいビルガ!」


 途端に周囲の景色は歪み、クレイへと放たれていた数えきれないほどの炎の矢があらぬ方向へと転換する。


「我が主の敵は我が敵! 皆殺しにするぞダインスレイフ!」


 そして龍族と見まがわんばかりの硬質な肌とコウモリのような巨大な翼を生やしたサリムが、目にも止まらない動きで炎の騎兵たちをダインスレイフで切り裂いた。


[き、貴様等……いつの間にこれほどの力を]


 先ほど自警団本部で戦った時とはまるで別人のような力にベリアルが震える。


「色々とあって、負けられない理由が出来たのです」


「色々とお世話になってる身としては、そろそろ役に立って恩返しをしておかないと世間体的に不味いのよねー。というわけで貴方にはここで正義の鉄槌を下させてもらうわねベリアル」


[……フン]


 だがフィーナから挑発じみた説明を受けた途端にベリアルの表情は変わる。


[ドラゴンの助力を借りたようだが所詮は人間! このベリアルの敵ではないわ!]


 先ほどと同じく紅蓮に身を包んだ軍勢が、だが込められた力は先ほどのものとは比べられない水準で顕現する。


[非力な生物に生まれ落ちた不運を呪うがいい! グランダルメ・ルージュ!]


「コロニック・ドライヴ!」


「ファイア・メイン!」


 炎の軍勢に対し、サリムの口から放たれた青白い閃光と、フィーナの全身から放たれた真紅の針が激突し、均衡する。


 程なく双方の霧散、つまりは大爆発による終焉を見るも、既に次なる激突は開始されていた。


「切り裂けダインスレイフ!」


[そのようなナマクラがこのベリアルに通用するか! 炎の剣閃によって死ねいシャラーラ・サィフ!]


「戦いにおける頭上の有利さをその身に刻み付けてあげるわベリアル!」


 自分が放った魔術に巻き込まれる恐れがあるため、術が使用しにくい接近戦にサリムが持ち込んだために三者の争いは乱戦模様と化す。


「一段落か」


 膠着を見届けたクレイはそう独りごちた後、仁王立ちになっているモートを見た。


(追撃はしてこないか……バアル=ゼブルとは一味違うな)


 周囲で断続的に戦場に響く爆音、そして拳と拳が打ち合う重低音に、クレイは軽く肩をすくめる。


(おそらくベリアルは俺がモートと戦っている間に、サリムとフィーナを倒すつもりなんだろう……それほど時間に余裕があるわけじゃない。早く決着をつけてベリアルを叩き潰さないと)


 そもそもこの戦いは、ベリアルに対する告発に端を発している。


 さらには罪を認めようとしないベリアルに対し、告発したクレイが罪を認めさせるために戦う、つまりは決闘裁判なのだ。


 もっとも、正しき者に神が味方することを前提とした決闘裁判を、天使であるクレイと魔神であるベリアルとの間で行ったところで、何らかの意味があるとも思えなかったが……


(決闘裁判では殺すことを目的としていなくても、事故で誰かが死んでしまうことはありうる……しまったな、モートを戦いに引きずり込んだのは失敗だったか)


 途端に頭の中でメタトロンの説教が始まったクレイは軽く頭を振り、目の前のモートを注視する。


[なぜ追撃をしてこなかったのか、とでも言いたそうな顔だな]


 しかしそれを待っていたかのようなモートの台詞に、クレイは心がザワつくのを感じた。


「よく分かったね」


[この手の台詞を一度言ってみたくてな。貧すれば鈍すると言うが、余裕が出来ると驚くほど細かいところまで気が回る]


「……何が言いたいんだい?」


 訝しげな表情になったクレイに、モートは不敵な笑みを浮かべる。


[魔術の目は完全に等しい存在の結晶、固体である大地を見通す術に乏しい。無論見ようと思えば見通せなくもないが、そうしようと思わぬうちは気づくことすら難しい]


 冥府の王モート。


 大地の奥深くに存在すると言われる(イメージ的なものではあるが)冥府を支配するモートの説明に潜む危険、迫る危機にクレイは気づき、アイギスを発動させる。


[大地の大口に呑まれよクレイ。ボルカノ・シアバ]


「なッ⁉」


 突如として足元に現れた大穴に蓄えられた灼熱の溶岩。


 それが鳴動しているのを見たクレイは、慌ててアイギスを全身に張り巡らせようとするが、光が全身に回る前に足元の溶岩は光を放ち、上空へと噴火した。


「うおおおおッ⁉」


 吹き飛ばされ、結界に激突し、術の余波はルシフェルの張った結界に吸い込まれていくも、そのすべてが吸収されることもない。


[チッ、無駄な力をまき散らしやがってあのバカが。ちったぁ術を制御しやがれ]


 そう愚痴ったバアル=ゼブルが結界を強化してようやく術は収まるも、地獄の業火に焼かれたクレイの体は無事では済まされなかった。


「う……」


[そのまま死んでいれば苦しまずに済んだものを]


 全身から煙を上げるクレイ。


 その肌は焼かれてザラついた硬い見た目の白色へとなっており、アイギスを纏ってさえ尚防げないモートの術の威力を表していた。


「……やるじゃないかモート」


[この期に及んで減らず口か。アルバトールもそうだったが、窮地に追い込まれても目の光を失わぬ所を見ると……]


 動けないクレイにモートが音もなく滑り込む。


「ぐッ……ほ……」


[やはり貴様はここで殺しておくべき男のようだ]


 みぞおちにモートの右拳が食い込む。


 打ち込まれた音から肉が焼ける音に変化した自分の腹部を、クレイは他人事のように見ていた。


(……死ぬのか)


 一対一の戦いの最中であるクレイが発した、何の意思も感情も込められていないその感想に答える者が居るはずもない。


 しかしクレイの内面は別だった。


(今更何を言っているのか。我が何度も止めたというのに君という奴は)


(ごめんよメタトロン。でも俺は俺自身の正体を知りたかったんだ)


(ヴィネットゥーリアでの一件か?)


(うん)


 クレイは焦点が定まらぬ目をモートに向ける。


[まだ生きていたか! この死にぞこないが!]


 その仕草に驚いたモートは体の軸をぶらしてしまい、それによってクレイはもう少しの生を享受することが出来た。


「ぐ……」


 しかし側頭部をしたたかに殴られてしまったクレイは昏倒し、足元もおぼつかなくなってしまう。


(あれから怖いんだ。得体の知れない力をふるい、もしもそれが制御できなくなってしまった時のことを思うと、手が震えて足がすくみ、動けなくなってしまう)


 クレイの脳裏に、幼き頃のトラウマが蘇る。


 いきなり目の前に現れた魔神を倒すためにメタトロンの助力を得たクレイは、その力を暴走させてしまい、守るべき者たちをも傷つけてしまったのだ。


(だから俺が暴走しても止めてくれるであろう魔王……ルシフェルの助力が得られるであろうこの機会を……逃すわけにはいかなかった)


 自分が死んだらアルバトールは泣いてくれるだろうか。


 クレイは自分が昔アルバトールに対してしでかしたことをも思い出し、義母であるアリアの泣き顔をも思い出す。


 頭の中をグルグルと回る後悔により、クレイの判断は鈍っていった。


(……我なら後始末はできよう。だが……)


 クレイの内に在るメタトロンにも自然その悔やみは流れ込み、心痛に耐え切れなくなったメタトロンは、受け入れられることは無いであろう助力を申し出る。


 だがそうする前に、メタトロンにはまだクレイに伝えるべき言葉があった。


(君は約束したのではないか?)


(……約束?)


(モリガンとクー・フーリンが並び立つ未来を守る。そう二人に誓ったのではないか? 名を受け継いだ者が今も君のすぐ傍で戦っている、だが決してその成果を認められることは無い二人に)


(……!)


 鈍っていたクレイの意思は即座に覚醒する。


 忘れていた。


 いや、正確には忘れかけていたのだ。


(……俺は……バカだ……)


 対象者の因果を織り成し、自らの内なる世界に成立させる曼荼羅の術。


 しかしその過程で一たび失敗をすれば、対象となった因果を世から消し去ってしまう、つまりは最初から居なかったことにされてしまうのだ。


 クー・フーリンを復活させるために我が身を投げうったコンラとコンラッド。


 曼荼羅の術者であるクレイとメタトロンのみが覚えている彼らの名だけは、決して忘れてはならない大切なものだったはずなのに。


(俺は……馬鹿だ……何を諦めようとしている……俺は……二人の願いを叶える……叶え続けなければならぬ!)


 魂が目覚める。


 不甲斐なき自身への怒りに内なる世界が連動し、鳴動し、その激しい振動が御魂を熱くたぎらせていく。


 だがその間にも戦況は刻一刻と変化を遂げていた。


[これで終わりだ! 我が槍マルテに貫かれて死ねクレイ!]


[テメエ! どさくさに紛れて何やろうとしてやがるモート!]


 目の光は失われ、どこを見ているかも定かではないクレイにマルテの巨大な穂先が襲い掛かる。


 バアル=ゼブルの怒声もその勢いを止めることは出来ず、クレイの体は大きく吹き飛ばされてしまっていた。


[しぶといね天使どの! グランダルメ・ルージュ!]


 宙を舞うクレイに紅蓮の軍団が襲い掛かる。


「ファイア・メイン!」


[クッ、ドラゴンの力を借りているとは言え、人間がなかなかやる! だがすべてを討ち果たすことは出来なかったようだな!]


 フィーナの全身から放たれた真紅の針が軍団の半数を貫き、爆発の余波が結界の内側を揺るがした瞬間。


[なッ! 何をする貴様!]


 ベリアルの背後をとったサリムが渾身の力を籠め、その体を羽交い絞めにして動けなくしていた。


「貴方は先ほどから術を放つたびに動きを止めていた! それは術の制御にかなりの力を割かなければいけないということだ!」


[フン! それがどうした! 貴様ごときの力で……]


 強がったベリアルの顔が硬直する。


[バカな! どうしてこの僕が人間ごとき振り払えないのだ!]


「フィーナさん! 今のうちにベリアルをゲイボルグで貫いてください! 水の属性を色濃く持つあの槍なら、火の属性を持つこいつを倒せるはず!」


「え、で、でもサリムはどうするの……」


「私なら大丈夫です! クレイ様に術が当たる前に早くゲイボルグを!」


 サリムは宙を舞うクレイの目が虚ろであること、加えて無防備なクレイの体へ集中していくグランダルメ・ルージュを確認すると、焦りを隠そうともせずにフィーナにそう叫んだ。


「で、でも……」


 なおも動かないフィーナの背後に巨大な黒い影が現れ。


[その心意気、気に入ったぞい小僧! 下がっとれいアガートラームの小娘!]


 地面に落ちていたゲイボルグをがっしと掴んだ。


[や、やめ、やめろおおおおおお!]


[そうやって命乞いをする相手に投げつけるのが一番興奮するんじゃい! 死ねい最上位魔神ベリアル!]


 唸りを上げてゲイボルグが宙を切り裂き、ベリアルに吸い込まれる。



[なんてね]



 そう思われた瞬間にベリアルは体を回転させるとサリムを前面に回し。


「ぐッ……ァ……!」


 バロールが投げたゲイボルグは、サリムの体を無惨に貫いていた。

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