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第217話 性根を叩きなおしてやる!

[子供だと思って今までの無礼は見逃してやっていた。だがフェルナンの意思をお前のような世間知らずの小僧が語ることは、断じて認めるわけにはいかぬ]


「……何のことだかね、まったく」



 冥府の王モート。


 かつてバアル=ゼブルと覇権を争い、一時は勝利を収めるも、最終的にはバアル=ゼブルがアナトの助力を得たことによって討ち果たされたという経緯を持つ。


 つまりその実力はバアル=ゼブルと互角、もしくはそれ以上ということである。


 盤石の意思を持ってクレイの前に立ちはだかるモートは、明確な殺意を持ってクレイを睨みつけていたが、さらにそのモートを睨みつける者がいた。


[ルシフェル様公認の勝負に水入りをするとは、乱心したであるかモート……!]


[子供にやられ、いまだ地面から立ち上がれぬ弱者が俺に意見をするか。大人しく下がっていろアバドン]


 モートの発した圧に、クレイから受けたダメージから回復していないアバドンはおろか、離れた場所にいるベリアルすら気圧され動きを止める。


 だがこの男だけは別だった。


[おい何やってんだモート! いきなり乱入して戦ってる最中の奴に魔術を放つとか気でも違ったんじゃねえのか!]


[お前が言うな]


[うおなんだよいきなりキレてんじゃねーよ]


 魔族に与する旧神たちの筆頭、バアル=ゼブルがモートを止めようとするもそれは拒否され、さらには魔王ルシフェルすら呆れた顔となって溜息をついた。


[何年か前にアルバトールとアナトが戦っていた時、いきなりアルバトールの背後から攻撃をした奴のセリフとは到底思えんな]


[そうだっけか? まるで覚えてねえな。とりあえずこっち来いモート]


 バアル=ゼブルはとぼけた顔でそう言うとモートに駆け寄り、襟首を掴んで結界の外に引きずり出そうとするが、モートの体が頑として動かないことに気づき、静かな笑みを浮かべた。


[俺の言うことが聞けねえのか? モート]


[相手に言うことを聞かせたいなら、それなりのやり方があるというもの。そんなこともわきまえないとは今まで何をやっていたのだバアル=ゼブル]


[あ?]


[集えマルテ]



――ガッ――



 始まったすべてが一瞬のうちに終結を見せる。


 バアル=ゼブルが顕現させたマイムールの剣閃がモートの首筋に吸い込まれると思われた瞬間、大地から突き出した巨大な槍がモートの手に握られ防いだのだ。


[言うじゃねえか、地下の引き篭もりがよ]


[お山の大将に祭り上げられていた間に、過去の敗北を忘れたか?]


 矛と槍が交わる一点に集中していた気力と魔力が弾け飛び、万色の彩りを見せ、燃え上がり、舞い上がり、そして周囲へと流れゆく。


[やめろ二人とも。目障りだ]


 予定になかったはずの激闘が幕を開けようとした時、魔王の不機嫌そうな声が二人の間に漂う不穏な空気をスルリと切り裂いた。


[テメエは黙ってろルシフェル。こいつぁ旧神同士の揉め事だ。部外者が口出しするんじゃねえ]


[我々は協力関係にあっても従属関係にあるわけではない。これ以上の干渉はそれ相応の実力をもって排除させてもらうぞ魔王ルシフェル]


 だが旧神の二人は引かない。


 それを見たルシフェルは、二人を恐れる様子もなくゆっくりと歩み寄っていった。


[今この場は友人であるクレイと俺の配下であるアバドン、ベリアルが戦っている誇り高き戦場である。その戦いをこれ以上邪魔立てするというのであれば、協力関係を解消して貴様ら二人をまとめて消し去り、残った旧神アナトとヤム=ナハルも滅ぼし去るのみ。分かれば下がれ]


――ザワ――


 ルシフェルの仲裁を聞いた人々は、それが自分たちに向けられたものでは無いにも関わらず体の中心を刃で貫かれたような冷えに身を震わせる。


[チッ……面白くねえが仕方ねえ。オラ、行くぞモート]


 だが旧神の二人はそうでもなかったようで、不機嫌な顔になりつつもバアル=ゼブルは結界の外に出てモートを待つが、炎を纏ったままのモートが動く様子はまるで無かった。


[おい、子供じゃねえんだから我儘もいい加減に……]


[用事が残っている]


[まだ言ってんのかこのバカヤロウが!]


 バアル=ゼブルは引き返してモートの肩を掴むが、それを止めたのは意外な人物だった。


「旧神モートには俺に挑む正当な理由と権利がある」


[んなッ……⁉ お前なに言いだしてんだクレイ!]


 それはモートに焼かれた傷も癒えていないクレイだった。



「俺にもモートと戦う理由はある。ごく個人的な理由だけどな」


[では仕方があるまい。心変わりはないなクレイ]


「無い」


 言い切ったクレイの目の光を見たルシフェルがモートの参戦を許可すると、バアル=ゼブルは呆れた目でそれらを見届けると黙って引き下がり、一つの疑念を払うべくルシフェルの元へ向かう。


 先刻あれほど戦いの邪魔をすることに怒りを見せたルシフェルが、モートが戦いに加わることにはあっさりと許可したことに違和感を覚えたからだった。


[どういうつもりだテメエ]


[クレイが勝てばよし。負けても天使は人間たちを守れない口だけの守護者だとして噂を流すことができ、俺は利を得られる]


[こんな不公平な戦いを認めたことで魔族の評判は落ちそうだがな]


[今更何を言う、悪評を得てこそ魔族というものだろう]


 飄々とした表情でルシフェルはそう言って見せると、不満げな表情となっているアバドンと、ニヤニヤと笑みを浮かべているベリアルを睨みつけた。


[お前たち何を呆然としている。早くクレイと戦え]


[おやおや、あの天使様はご友人ではなかったのですかルシフェル様]


[友人だからこそ変な気兼ねをせずに済む。分かったらかかれ]


[……承知つかまつった]


 アバドンとベリアルはルシフェルの命を受け、ゆっくりとクレイへ近づいていく。


 その途中には腕を組んで悠然と立つモートの姿があり、アバドンは先ほど受けた侮辱への返礼を含めてモートに声をかけた。


[複数で一人を追い詰める戦いを好むとは、自分は少々旧神という輩を見誤っていたようでござるな]


 しかしその挑発にモートは乗ってこない。


[知らず知らずのうちに戦う相手を見くびっている。その浅慮こそ魔神族の最大の弱点だ。なぜお前に通用していなかったクレイの打撃が、急に通用することになったか考えなかったのか]


[ぬ……]


 モートの指摘にアバドンは再び合一の気を発し、クレイの身体を凝視する。


[……なるほど、一人の力で及ばぬならば二人で打ちこめばよい。実に単純なことであったか]


 してやられたと言わんばかりに苦笑するアバドンに、クレイはニヤリとした。


「さっきの合気に気づかれないようにするにはちょっと苦労したけどね」


[奇策が通用するのは一度のみ。故に自分は分かっていても止められぬ正攻法をもって敵に挑むのみ]


 言うと同時にアバドンは深い呼吸を始め、周囲の大気が吸い寄せられていく。


 その姿を見たクレイは同じように深呼吸をし、そして長い息吹の後にある人物へと呼びかけた。


「だってさ。こいつの相手がしたいって言うから無理を押したんだ。頼んだよバロールさん」


[おうよ、分かっとるわい]


 クレイの体からクレイとは別人の声が聞こえると同時に、左目を髪で覆い隠した黒い甲冑姿の大男がぬるりと盛り上がり、抜け落ちたかと思うとズシンと大地を踏みしめ、アバドンへと笑いかけた。


[初めまして、かいのうアバドンとやらよ]


[これはどうして、なかなかに古なじみといった感じしか受けぬが……]


[ゴワハハハ! そいつは奇遇じゃい! 儂もお前と同じ感想よ!]


 いつもとは違い、2メートルほどの大男へと凝縮した姿のバロールがニタリと笑い、それを合図としてアバドンとバロールの強大な二つの力が激突する。


[あらら、あっちは始めちゃったけどこっちはどうするんだいモート?]


[二対一という数の有利を――]


[天使を袋叩きにしてアバドンと合流だね了解]


 これからの指針を自分から聞いたにも関わらず、答えるモートの言葉を横取りしたベリアルは、モートとクレイが対峙する位置から九十度ほどの角度を取って横に移動する。


[それじゃさっきのアバドンの時と同じ要領で行こうかモート]


[好きにしろ]


 旧神モートと最上位魔神ベリアルが構え、クレイの隙を伺い始めた時。


「残念ですが貴方の相手は私がさせてもらいますよベリアル」


 今度はクレイの体から黒い羽根が舞い上がり、宙に結集すると灰色の長い髪を持つ一人の美しい女性と騎馬戦車の形をとる。


 そして、右手に血色の槍を顕現させると、赤いドレスをはためかせながらベリアルの目の前に撃ちこんだ。


[誰だい君は]


「ダーナ神族が一人にして戦女神の長女モリガン」


[なッ……⁉ ドラゴンが一体、クロウ・クルワッハと融合しているバロールはともかく、なぜヘプルクロシアの旧神がテイレシアに降臨できている!]


[その答えは先に冥府に行ったお前の仲間に聞くのですね! お行きなさい血塗られた槍たちよ!]


 大量の槍がモリガンの背後に浮かび上がり、ベリアルへと押し寄せるも、それらはベリアルが放った炎の馬車、そしてその中から現れた兵士によってすべてが撃ち落される。


「やりますね、さすがは最上位魔神の中でも指折りの実力を持つベリアル。ポセイドーンの祭壇に散ったサミジーナやアモンとは違うようです」


[へえ、君程度の実力であのサミジーナやアモンを倒せるはずが無いんだけどね]


 ベリアルの挑発にモリガンの灰色の髪が逆立つ。


「槍を借りますよクー・フーリン! ラーグ・ボルグ!」


[安いプライドによる愚かな敗北を知れ! クアドリガ・ルージュ!]


 バロールとアバドン、モリガンとベリアルが戦いを始め、それに従って結界も巨大なものと成長していく。


 クレイはそれを悠然と眺めると、立ったまま動かないモートを見た。


「こっちもそろそろ始めないかモート」


[ふん、曼荼羅の術か……まさかこんな奥の手を隠していたとはな]


「別に隠してたわけじゃない。さっきやっとメタトロンを説得できたんだ」


 そしてクレイは拳を構えると、上体をやや前傾姿勢とした。


[何を焦っている]


 モートの問いかけにクレイは答えなかった。


 無言のまま体を揺らしつつ、ステップを踏みつつモートに連打を撃ちこむ。


[そう言えば先ほど妙なことを言っていたな。この俺がお前に挑む正当な理由と権利があると]


 クレイがフェイントを交えつつ左右の連打を放つも、モートはそのすべてを右腕一本で捌くと、逆に左の掌底をカウンターとしてクレイのみぞおちに叩き込んだ。


[俺がどうするか、何をするかにお前の許可が必要だと? 何様のつもりだ]


 みしりという鈍い音と共にクレイは吹き飛ばされ、だが何とか体勢を立て直し再び構えを取る。


「……俺が許可を出したのはルシフェルとバアル=ゼブルにだけどな」


[俺の行動がその二人に掣肘せいちゅうされるとでも思ったか!]


 モートが吠え、クレイに襲い掛かる。


「ええと、つまりお前の行動はルシフェルやバアル=ゼブルとは関係ない、二人の意思がどうあろうと邪魔されるものでは無いってことでいいのか?」


[黙れ!]


 モートの左拳の打撃を腕の外側へよけたクレイは、そのままスルリと近づいてモートの背中側へと移動しながら左フックをモートの顔へ叩き込む。


[バロールの助力も無しに貴様の拳が通用すると思ったか!]


 しかしモートは小揺るぎもせず、そのまま左の裏拳で反撃を試みるが、既にその時クレイは間合いを取って離れた場所にいた。


[どうしたクレイ、お前にも俺に挑む理由があると言っていた割には逃げ惑うばかりではないか]


「あっさり終わったらお前の気が済まないと思ってね」


 クレイの言葉にモートの眉が跳ね上がる。


[……なんだと?]


「ずっと待っていたんじゃないのか?」


 モートより発された圧を受け止めたクレイは、それを跳ね返すように右足を踏み込み、気勢を発した。


「やり場のない怒りをぶつける相手を!」


[十年と少々を生きたばかりの小僧が……]


 モートは顔を紅潮させ、一瞬にして魔力を爆発させる。


[旧神たるこの俺の心中を勝手に解釈するか! リプカ=キムブンガ!]


 瞬時に全身を炎で包んだモートは、そのままクレイへと体当たりをした。


「オー・シェイン!」


 しかしモートの攻撃は予想の内にあったのかクレイは余裕をもって術を発動し、二人の力比べが始まる。


「ずっと後悔していたんだろう! 王都攻防戦でエレオノールを守れなかったことを! エレオノールを吸血鬼と化してしまい、人間たちから引き離してしまったことを!」


[この期に及んでまだ貴様の都合のいい解釈を俺に押し付けるか!]


「ずっと思い悩んでいたんだろう! 助けられなかった自分の無力を嘆き! 治すことが出来なかった自分の無能を責め! だが自分を裁いてくれる者が傍におらず! 人間たちを守ることでその虚無感を埋めようとした! 違うかモート!」


[黙れいいィイィ!]


 モートの魔力が更に増大し、弾け、その威力を受け止めきれなかったクレイが吹き飛ばされる。


[この俺に対する数々の侮辱……まさか生きて帰れるとは思っていまいなクレイ]


 あまりの怒りに術の制御すら放棄してしまったのか、自らの表層すら炭化させてしまったモートは、大地を踏み割らんばかりの力強い一歩を踏み出してその威力で炭化した部分を吹き飛ばし、クレイを睨みつけた。


「そんなことはどうでもいい」


 クレイは体のあちこちをケロイド状にしながら答える。


「俺がお前と戦う理由を言ってやる」


[それを聞いて俺の何かが変わると思ったか!]


 突っ込んでくるモートにクレイは右の手の平を向け、気を吐いた。


「お前がムカつくんだよモート! アルバ候を頭から否定し、目を逸らすことで自らの罪の意識から逃れようとする冥府の王! 今から俺は貴様をぶっ飛ばし、その甘ったれた性根を叩きなおしてやる!」


[よかろう! やれるものならやってみるがいいクレイ!]


 二つの炎が巻き起こり、魔王ルシフェルが張り巡らした結界すら揺るがす。


 六体の強大な力が吹き荒れる戦場は大地を割り、天空を割き、それぞれがそれぞれの力を削り取っていくのだった。

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