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第216話 再び意思は舞い踊る!

[罰だぁ?]


 バアル=ゼブルが間の抜けた疑問を口にした時、結界の中にいるクレイはアバドンの無比なる一撃をまともに喰らって吹き飛び、そこにベリアルの放った複数の炎の馬車が集中する。


 それらを跳ね返すも、その瞬間に背後に回ったアバドンから今度は背中に強力な蹴りを喰らい、不自然に曲がった体を宙に浮かせたクレイは、そのまま地面に叩きつけられてしまっていた。


[なんかクレイの奴死にそうなんだが……なんの罰なんだかな]


 さすがに止めた方がいいのではないか。


 バアル=ゼブルはそう考えるも、魔族である彼は基本的に天使と敵対しており、更にその昔には自分を信奉する信徒たちを虐殺された憎しみもある。


 そう考えて思いとどまり、しかし立ち上がろうとするクレイを未練がましくじっと見つめるバアル=ゼブルの横顔を、ルシフェルはチラリと見た後に口を開いた。


[アルバトールを無条件で信じ、アスタロトを頭から信じなかった自分への罰。クレイはそう言っていた]


[ほー……なるほど、なるほど]


 バアル=ゼブルは横目でアスタロトの様子を伺い、そして敵対する天使はおろか仲間である魔族にも恐れられている彼女が、ショックでわなないているのを見て苦笑した。


[本当に裏切っちまいそうだな]


 冗談めいたその一言に対するアスタロトの反応は、やや過剰で誰の目にも明らかなものだった。


[……キミの目にそう見えるなら、本当にそうなるのかもしれないね]


 故にルシフェルはアスタロトの機先を制するべく、クレイからの伝言を口にする。


[クレイからの伝言だ。加勢は無用だと]


[どうせボクは追放されるんだ。キミの言うことを聞く義理も無いと思うんだけど?]


[言質は取ってある。これからお前につらい思いをさせるかもしれない、そうクレイは言い、そしてお前もそれを許可していたな]


[こうなることを見越していたってワケ?]


[そういうことだ。お前がここでクレイに加勢をすると、完全な魔族への反逆と認めざるを得なくなる]


 ボロボロになったクレイをじっと見つめながらルシフェルは話を続けた。


[単に追放されるだけなら魔族に復縁も考えられるが、反逆となれば必然的にお前は魔族に復帰することはできなくなり、魔族の後ろ盾を失うこととなり、この先獣人国が魔族と敵対した場合はその守護が満足にできなくなる]


 ルシフェルはそう言い放つと、結界のあちこちに目を配る。


[……やはりほころんできたか。起きろ草薙剣]


 そして腰に下げていた剣を抜くと結界に向けて一閃した。


[こんなところか]


 外に漏れ出ていた戦いの余波は再び収まり、それに従って結界を囲んでいたバアル=ゼブルの風も収まりを見せる。


[応急処置じゃねえ完全な修復ができるんなら最初からやれよ!]


[やれるものなら最初からやっている、単にタイミングを計っていただけだ。ここで次元連結を起こすわけにもいかんからな]


[ああ……ああ? おい、それって……]


 バアル=ゼブルは頭にひらめいた考えを言葉にし、ルシフェルを問い詰めようとする。



「うわああぁぁぁあああんん……天使様が死んじゃう……」」



 だがそれは、けたたましく鳴り響いた子供の泣き声に邪魔されてしまっていた。


[おうどうしたファブリス]


「それが僕はここは危険だから帰ろうと言ったのですが、この子たちが天使様を応援すると言って聞かなかったので、ここで見ていたのですが……」


 バアル=ゼブルは泣き声を発した子供を素早く特定すると、その子供の家族ともいえるファブリスの名を呼ぶ。


 別に自分の発言が邪魔されたことに怒ったわけでもなければ、泣き出した子供を心配したわけでもない。



 ただ恐れたのだ。


 自分が何を口にしようとしたかを。



 それゆえにバアル=ゼブルは子供を口実とし、自分が口にしようとした内容から逃げたのだった。


「天使様があのような姿になってしまわれて……」


 バアル=ゼブルはファブリスの怯えた視線の先を追う。


[あー……]


 その先には体のあちこちがえぐり取られ、骨が折れたクレイの満身創痍の姿があった。


[まー二対一じゃあなぁ……]


 もちろんこれはクレイが自ら望んだ二対一の戦いであり、バアル=ゼブルが引け目を感じる必要は無く、ファブリスが負い目を感じる必要も無い。


 だがそんな理屈では解決できない、心の底から湧き出す感情がそこにはあった。


「僕たちのせいで天使様が……」


「ぼくたちが我慢しなかったから……天使様が死んじゃう……」


[んなこたぁねえって! そりゃまあ今は苦戦してるけどよ、アイツは……]


 子供たちを元気づけるべく奮闘をしようとしたバアル=ゼブルは、自分の立場をそこで思い出して口を閉ざした。


 アスタロトのクレイへの加勢を魔族への反逆だとルシフェルが明言し、そして勝敗の結果への言及が粛清対象となると明言した今、クレイへの肩入れと見られかねない発言はどうかと思ったのだ。


(まあ実際に乱入してムチャクチャにしてやった時のアイツの顔も見てみてえがな)


 バアル=ゼブルは不敵な笑みを浮かべると、勢いが収まりつつあるクレイとアバドンの戦いを見た。


(だがどうする? ルシフェルの目的は魔神へのしつけ。つまり魔神どもを痛い目に遭わせて思い通りにならねえことが世の中にあるってことを教え込むことだが、それは外部組織によるものじゃねえと単なる仲間割れ、後に遺恨を残すだけだ。俺がここで乱入するにはそれなりの理由が必要だが……)


 先ほどの考えはただちに否定された。


 それはルシフェルのみならず、肝心のクレイ自身の想いも無駄にしてしまう愚かなものだったからである。


(乱入以外の調停……しかしそれには……)


 バアル=ゼブルは考えを加速させる。


 決して子供の涙を見たからではない。


 太古の昔に雨乞いの勝負で負け、自分について来てくれていた信者たちを大量虐殺されたあの時と同じように、子供たちの涙を見たから動くのではないのだ。


 そう思い込んだ時、結界の中から燃え上がる気勢を上げた者がいた。



「泣くな! 顔を上げて涙を拭け!」



 全身が傷つき、常人であれば既に息絶えていてもおかしくはない状態から振り絞ったとはとても思えない気勢。


 それは激闘のさなかにあるクレイの言葉だった。



「天使様……」


 クレイの声にファブリスが驚き、呆然とした表情で呟く。


 血を流し、苦痛に顔を歪め、だがその口から絞り出される言葉は真夏の日差しのごとく熱いものだった。


「顔を上げろ。じゃないと俺が勝つところを見れないだろう」


「天使様……勝てるの……?」


 クレイの熱い言葉を聞き、下を向いて泣いていた子供たちが顔を上げる。


「ああ、だから心配するな。特上のその席で俺が勝つところを見てるんだ」


 そう言うと、クレイは法術で自らの体を癒そうとする。


「プルミエソワン」


 だが体が完全に癒えることはなく、それでも出血を止めることができたクレイは両腕を構え、アバドンを睨みつける。


 そのクレイの挑発に対し、アバドンは好ましいとばかりに小さく首を縦に振った。


[威勢がいい。お主のような若者は、できれば殺したくはない]


 そして右手を軽く前に差し出すと、合一の気を吐いた。


「……ッ」


 途端に苦しむクレイを見たアバドンは、憐みとも侮蔑ともつかぬ目になると構えを解き、溜息をついた。


[自分は今なにかしらの攻撃を発動したわけではなく、ただ単に大気と大地に身を任せ、その流れによってお主の体調を確認しようとしただけでござる。それなのにお主が苦しむとは、余程知られたくないのであるか]


「そんな……ことは……無い」


[では直接お主の体に問おう]


 アバドンは飛び出してクレイに向けて左拳を軽く繰り出すと、素早く右フックを打つと見せかけて左下からクレイのわきに左拳を埋め込んだ。


「ぐッ……ウ……」


[もはや動くこともできぬようであるな]


 そして今度こそ本当に意識を刈り取る側頭部への打撃、右フックを喰らったクレイは、再び地面へと倒れこんでしまっていた。


「天使様!」


「慌てるな! 今のはアバドンの力を確認しただけだ!」


 だがクレイは起き上がる。


 そして驚くべきことに、先ほど法術で体を治した時よりはっきりした足取りでアバドンへと向かっていた。


[何がお主をそこまでさせるのか]


 アバドンは再び間合いを詰める。


「決まっている」


 今度はクレイも前に踏み出で、だがアバドンに再び右の拳で額を打ち抜かれ、しかし今度は前に出た分だけ勢いを殺すことができたクレイは、そのまま額にアバドンの右こぶしを受けたまま口を開く。


「俺がやることは、魔族によって苦しむ人々を救うことだ!」



 そして光は差し込んだ。



「助けを求める人々よ! 自らの無力さに嘆く者たちよ!」


 クレイはアバドンの右腕をつかむと体重をかけ、一瞬だけ逆らおうとした反動を利用してアバドンを投げ飛ばす。


「悲しみに瞳を閉ざし、立ち尽くすことなかれ! うつむいて下を向いていれば、助けようと手を差し伸べている者に気づくことはできない!」


[わっぱが小癪なことを言う!]


 投げ飛ばされたアバドンは体勢を立て直そうとするも、やはり投げ飛ばされた勢いはすぐに殺すことはできず、そのままクレイにみぞおちを撃ち抜かれてしまう。


[ぬぐッ……⁉ こ、この打撃は……⁉]


 しかも今まで通用しなかったクレイの打撃を受けたアバドンは、この戦いで初めて苦悶の表情を浮かべていた。


「更には怒りで眼差しを曇らすことなかれ! なぜなら燃え上がった怒りは敵を打ち倒す原動力とはなっても、味方を増やす絆を燃やし尽くしてしまう! 誰が味方で誰が敵なのかが見分けられなくなり、団結ができなくなるからだ!」


[だから僕たちは人間たちを愚かだと言うのさ! クアドリガ・ルージュ!]


 アバドンの危機に気づいたベリアルがすぐに術を発動し、それに足を止められたクレイはすぐさまフラム・ブランシェを発動させて追撃を絶つ。


 その間に襲い掛かってきたアバドンに対してはオー・シェインを発動させたまま体当たりをし、ベリアルが迂闊に術を撃ちこめないように対処をしていた。


「前を見ろ! そこに俺はいる! 助けを求めよ! 俺は万難を排してお前たちの元へたどり着こう! 例え途中で力尽きたとしても、俺の仲間がきっとお前たちの元へ馳せ参じてくれる! 決して絶望に心を満たし、闇に身体を委ねてはならない!」


 クレイがそのまま結界にアバドンを叩きつけ、後ろに下がってフラム・フォイユを発動させたその瞬間。



[貴様のような小僧がフェルナンの意思を語るか……!]


「モート⁉」



 一人の旧神から怒りが吹きあがり、万丈の炎と化すと結界の中にいきなり踏み込み、フラム・フォイユごとクレイを焼き払ったのだった。

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