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第213話 魔神との戦い!

[遅かったじゃねえかクレイ、暇つぶしにも限度ってモンがあるんだが知ってんのかお前]


「それが思ってたよりルシフェルが面倒くさくてさ……アイギス」


 天より舞い降りてきたクレイは、横からいきなり叩きつけられた一本の熱線に手をかざし、無数の光の筋が寄り集まったアイギスでそのまま術を発動した者へ受け返す。


 だがそれは予想の内にあったのか、術を受け返されたベリアルは眼前に迫った熱線をあっさりと霧散させ、残った残滓を握りつぶした。


[おやおや、これは自警団の相談役に任ぜられた天使様ではありませんか。ご機嫌麗しゅう]


「大丈夫かサリム」


「はい。ですが申し訳ありませんクレイ様、フィーナさんがベリアルに手傷を負わされてしまい……」


「あっちはコンラーズがついてるから大丈夫さ。テイレシアに戻ったら、今度一緒に法術の練習をしよう」


 だがベリアルはクレイにも無視されてしまい、そのきらびやかな顔に深いしわを刻み込ませる。


[相談役クレイ、貴方はこの惨状についてどう責任をお取りになるつもりか?]


「うん、再生はしているみたいだけど、今はそれを待っている時間はないみたいだ。プルミエソワン」


[貴方が親密にしていた人間は、自らの身勝手な欲求を叶えるために同族である人間を人質にとり、その犯人を捕らえようとした我々を、貴方が監督すべき従者が邪魔をした。これは大変に憂慮すべき問題と考えますが?]


 クレイの術によってサリムは癒され、見る間に復活した腕を軽く握りしめる。


「ありがとうございますクレイ様」


「いや、礼を言わなければならないのは俺の方だ……いつも無茶ばかりさせてしまってすまない」


「クレイ様とクレイ様が守りたいすべてを共に守るのが私が自らに課した使命。そのように仰られては私の拠り所が無くなってしまいます」


[聞いているのか貴様等!]


 とうとうベリアルはかろうじて保持していた、冷静に見せるための無表情すらかなぐり捨て、地団太を踏んでクレイを指さしてしまう。


「黙れ俗物。難解な言葉を使えば自分の格を上げられるとでも勘違いしたか」


[何だと……!]


「人にものを伝える時は相手に理解できる言葉で言え」


[む……むむ?]


 クレイの返答に首を傾げ、狐につままれたような顔になるベリアル。


 その隙にクレイは念話で誰かと連絡をとろうとするが、ある人物が不審な動きを見せているのを見た途端、焦りを隠そうともせずにその不審者に詰め寄った。


「うおおおい!? お前何描いてんだよフィーナ!」


「麗しき乙女の柔肌が傷つけられた対価よ! それより早く続きを!」


 アーカイブ術による黄金のプレートに複雑な模様が描かれ、その中心にクレイとサリムが据えられているのを見たクレイは、目の前の邪魔なベリアルを殴り飛ばして止めようとする。


「聞いてるのクレイ!」


「ぎゃあああああああ⁉ 何で裸なんだよ!」


「真実とはいつも裸!」


「お前マジふざけんな!」


[貴様等……もう許さん]


 プレートを巡ってクレイとフィーナの間に醜い争いが始まるかと思った瞬間、さすがに堪えかねたのか地面に転がっていたベリアルがゆらりと立ち上がり、静かに燃え盛る馬車を召喚する。


[だからやめろっての]


[ぐは]


 しかしその不意打ちもバアル=ゼブルに遮られ、ベリアルは頂点が寂しくなった後頭部をさすりながら口角に泡を飛ばした。


[さっきから何がしたいんだ君たちは!]


[そりゃ面白いことだろ、俺たち魔族を何だと思ってるんだお前は]


[僕はまったく面白くないんだが?]


 ベリアルは溜息をつくと真面目な顔となり、先ほどから離れたところで見守っている(その視線が自分の頭頂部に集中しているような気がする)モートを見た。


[どうするのだ自警団を再結成させた当人として]


[……裁くしかあるまい]


[裁いている間にほとぼりが冷めるのを待つか旧神モート。燃え盛る炎を司る君ともあろうものが]


[……]


 黙り込むモート。


 その姿が何かを我慢しているように見えたベリアルは、耐えがたき屈辱を身に受けているような印象を受け(まったくの誤解だが)辛辣な詰問をモートに向ける。


[もしやファブリスを助けたいとでも思っているのか? それは次の模倣犯を産むこととなり、新たな犠牲者を次々と王都にもたらすことになるぞ]


[……ルシフェルの判断次第だ]


 重々しく述べるモートに、ベリアルは軽蔑の視線を向けた。


[バカなことを。こんな分かりやすい重罪にルシフェル様の判断を仰ぐ必要が……]


「あるみたいだけどね」


 話している最中に不遜な横槍を入れてきた天使の少年に、ベリアルは鋭い視線を叩きつける。


 だがそれはすぐに驚愕へと変わった。



[些事を大事に変えるとは、つくづく無能な奴らよ]


 青白い雷光がパチリと細く立ち昇った直後、その場に魔王ルシフェルの傲慢な言葉が鳴り響いたことによって。



 いきなり姿を現したルシフェルに辺りは静まり返り、それを見たクレイは肩をすくめると呆然と地面にへたり込んでいたままのアスタロトへ近づく。


「元気がないね、いつもの綺麗な顔を俺に見せてくれないかなマダム」


 そしてニコリと笑うと、力なく見上げてきたアスタロトに手を伸ばした。


[ありがと。今日は随分と余裕があるんだねクレイたんは]


 じっと下を向いていたアスタロトは、クレイの問いに対して深く息を吸い込んで吐き出し、クレイの手を借りてゆっくりと立ち上がる。


[……アハハ、ごめん……ちょっとだけ女の子に戻ってもいいかな]


「ああ、構わない。でも悪いけど……ええと、先に謝っておくよ。ひょっとするとアスタロトさんに、またつらい思いをさせてしまうかもしれない」


[そっか、まぁ仕方ないよ。今のボクにはもう……今のボクにとっては何もかもが、目に映るすべてのものが何の価値も無いものに思えて仕方がないんだよね]


 やや表情に張り詰めた印象を残していたものの、そこにいたのは敵を敵とも思わぬいつものアスタロトであった。


 そのやり取りを見ていたルシフェルは周りに気取られないように苦笑し、そしていつもの傲岸な態度へと戻る。


[強がりもいいが虚勢は自らを追い詰めるだけだ。気を付けることだな]


[はいはい、魔王様がボクたち配下に気を使うなんて、今日は雪でも降るんじゃないかい?]


[それだけ言えるようになれば十分だな。さて貴様等]


 ルシフェルはその昏い双眸に鋭い眼光を走らせ、場に居並んだ魔族全員を睨みつけた。


[説明をしろ。なぜ俺の客人に争いを仕掛け、その従者に負傷させたのかをな]


 その眼光にある者は畏怖し、ある者は沈黙を守り、ある者は空虚となり、ある者は呆れた顔をした。



(やれやれ、事情は既に知ってるくせによく言うよ)


 白々しく配下を叱責するルシフェルを見たクレイは内心で溜息をつくと、来るべき戦いに向けて心を研ぎ澄ませる。


(さて……お、釣れた釣れた)


 そこに一歩進み出でて呆れた顔をしている旧神を見たクレイは、予想通りの展開にニンマリとした。


[何が説明しろだまったく。こんな状況を見てわからねえ奴ぁよっぽどの無能だぜ]


(やっぱりバアル=ゼブルだね。こんな時はホント頼りになるな)


 クレイは内心でほくそ笑み、表向きにはハラハラとしながら成り行きを見守っている体裁を装う。


 周りにいる魔族はルシフェルの真意がどこにあるかをはかりかねて沈黙を守っていたが、この男にだけは通用しないようだった。


[ふん、無能の見本市が言うのだから間違いなかろう]


[あにぃ⁉]


 気ままに宙を舞う風のように口が軽い男、バアル=ゼブルがケチをつけた直後、それに応えたルシフェルとの間に見えない火花が散る。


[そもそもテメエ今まで何してやがったルシフェル! 将棋ばっか打ってねえでちょっとは仕事をしろ仕事をよ!]


[凡人には魔王たるこの俺の仕事が理解できないだけだな。どれだけ俺が日頃から苦労をし、心労に悩まされているか、凡庸なお前には分かるまい]


[ほー]


 しかしほとばしった火花はそのまま火種になることはなく、原因となった片割れであるバアル=ゼブルは自警団の外の野次馬へと歩いていき、何やら聞き込みを始めていた。


[何をしている?]


[街頭アンケートだな]


[何を聞いている?]


[魔王とかいう職種が勤労に値するのかニートに過ぎねえのか統計とってる]


[そうか]


 次の瞬間、今度はルシフェルがいつの間にか右手に握っていた直刀と、バアル=ゼブルが瞬時に顕現させたマイムールが火花を散らした。


[いきなりどうしたウチの魔王様はよ]


[魔王に敬意を払わぬ無能な部下をたまには誅してやろうかと思ってな]


 目に見えぬ圧が周囲を押しつぶし、しかし集まった野次馬は逃げることなくそれぞれの応援すら始めて見物と決め込む。


 今の王都では魔王とその側近が相争うことすら日常の一コマと化したのかとクレイは感心し、慌てて首を振ると二人の仲裁に入った。


「もういいんじゃない? そろそろ話を進めようよルシフェル」


[仕方あるまい、これ以上の時間をバカのために浪費するわけにはいかん]


[テメエ後できっちり詰めておく必要がありそうだな……んで話ってなんだ?]


 魔族を代表する二人が興味をクレイに向けたことでその場は収まり、ベリアルですら黙って成り行きを見守る。


[騒動の原因となった堕天使の長アスタロトよ、貴様を追放処分とすることでこの騒ぎの後始末とする]


 そして予想もしなかった判決がルシフェルの口から発せられたことにより、場はしばらくの静寂に包まれた。



[あにぃ⁉ どういうことだルシフェル! クレイ!]


[言ったとおりだ、まさか今の単純なことすら理解できぬほど愚かではあるまい]


「そうそう、むやみに残酷な処刑をしたことで子供たちに不信感と反発を招き、余計な騒動を引き起こすことになったアスタロトに責任を取らせるだけじゃん」


[あー……?]


 騒動の全責任をアスタロトに取らせて切り捨てる。


 傲慢ではあるが薄情ではない(一部の対象をのぞき)ルシフェルと、非情ではあるがなんだかんだと言って甘いクレイが考えたとは到底思えない、どちらかと言えばジョーカーが立案したと思われるような処分にバアル=ゼブルは激昂する。


[ざけんな! 確かにアスタロトがやった処分は厳しすぎたかもしれねえ! だがその責任をこいつ一人にとらせるかどうかは別問題だろうが!]


[ボクはそれでもいいよ。なんだか最近働きづめで疲れちゃったし]


[バッカ野郎! 追放と静養は全然違うだろうが!]


 どうでもいいとばかりのアスタロトの返事を聞いたバアル=ゼブルの怒りは更に膨らみ、それを見たクレイは仕方ないとばかりに両手を上げた。


「確かにね。じゃあ連帯責任を取らせることとしよう」


 自警団の相談役であるクレイはゆっくりと振り返り、一人の魔神で視線を止めるとゆっくりと指さした。


「最上位魔神ベリアル、貴様を逮捕する」


[へぇ? この僕が魔神族の最上位に位置すると知っておきながら逮捕をすると?]


「容疑はファブリスをはじめとする孤児たちを雇っていた雇用主へ働きかけ、支払われる予定だった給与を差し止め、彼らを追い詰めて暴発させた件だ」


[知らないね。証拠は?]


「コランタンと取引させてもらった。後は分かるな?」


 クレイが冷たい声でそう言った後に嘲笑の目をベリアルに向けると、最上位魔神であるはずのベリアルは怒りに顔を歪めた。


[おやおや、天使ともあろうお方が魔神の手をお借りになったと?]


「そう、魔神族は俺が思っていたよりバラバラのようだ。これでは王都の治安維持など望めたものじゃないな。それはそうと、否定しないということはお前を連行して取り調べを行っても構わないということだな?」


[何を横暴な!]


 風向きが変わりかけていることを感じ取ったベリアルは、急いで視線のみを動かしてこの窮地を脱するすべを探す。


 そしてルシフェルが何も言わずに侮蔑の表情を向けていることに気づいた彼は、それゆえにルシフェルを活路と見出した。


[何ゆえに眼前で天使の横暴をお許しになるのですかルシフェル様! この行為は貴方様はおろか、貴方様に忠誠をつくす魔神族全体に対する侮辱ですぞ!]


[ほう、お前にしてはなかなかいいことを言うではないかベリアル]


[は……はっ! ありがたきしあわせ……]


 しかし助けを求めたルシフェルがあっさりと同調する様子を見せた直後、ベリアルの背中には先ほどの窮地に追い込まれる前より更に冷たい汗がつたわった。


 上手く行き過ぎる……まさか自分の知らない間に何らかの密約が……?


 ベリアルの奥底で警鐘が打ち鳴らされたとき、彼の耳に魔王の決定が入る。


[ではクレイ、ベリアル、お前たちで後始末の方法を決定しろ。方法は問わん]


「はーい」


 事実上の決闘の容認。


 降ってわいた災難に、ベリアルは内心で頭を抱えた。



「さて、それじゃどうやって決めようかベリアル殿」


 この上なく紳士的に脅迫をしてくる若い天使にベリアルは身構えた。


(どうやってもこうやっても、暴力に訴える気満々ではないか!)


 ベリアルとて最上位魔神の一人であり、まともにやりあえばクレイに勝てぬとも簡単に負ける気はしない。


 だが今の彼はエレオノールとルシフェルとクレイとラファエラとその他もろもろに毎日のようにご褒美……ではなく制裁を受けており、その力は普段より大幅に減少しているのだ。


(ゆえなき暴力をこの身に受けることは望むところだが、それが天使のものとなれば別だ! 奴らの力に屈することはこのベリアルの沽券にかかわる!)


 そうベリアルが考えた時。


[ほおぉうぅ? ここぉかぁ面白い余興のぉ会場ってのはぁよぉう……]


 野次馬の中から聞き覚えのある酔っ払いの声が発せられ、それを聞いたベリアルは全身にやるせない憤怒を巡らせた。


[ブエル貴様! よくも僕の前におめおめと姿を現せたものだな!]


[あぁん? なぁんのぉ、ことでえェ?]


[とぼけるな! 天使と取引をしたそうではないか!]


[ああぁ、確かぁあにぃ、さっきぃしたぁばかりだがぁよぉおう]


[つまり貴様、この僕が孤児たちの……]


 現れたブエルに掴みかかったベリアルは、そこでハッと表情を変えると口を閉じて周囲を見渡す。


[口は災いのもとだぜベリアル]


[お前にだけは言われたくないぞバアル=ゼブル!]


 そして一人の旧神にそう指摘されたベリアルは顔を真っ赤にすると、慌てて言い訳をしようとするが、いつもならバターを塗ったように滑らかに動く彼の口は、凍りついたごとく動かなかった。


「あ、来たんだねコランタンさん」


[おぉめぇえぇがああ、いいものぉ見せるってえぇからぁよぉ、来いって言うからぁぁ来てみたらぁ、なあぁんでぇこのぉ騒ぎはあぁ?]


「知らないよ。俺がコランタンさんと盗賊ギルドの技術の取り扱いについて取引したじゃん? それを口にしたらベリアルが勘違いしちゃったみたいなんだ」


 クレイがそう言うとベリアルは口をだらんと開け、全身をわなわなと震わせる。


[な……な……]


 そんなベリアルを見たルシフェルは、興味をなくしたとばかりに背中を向けた。


[見下げ果てた奴だ。だが最後の機会をお前に与えてやる]


[そ、それは……?]


[クレイに挑み、勝つことができればお前の罪は問わぬ。だが負けた場合は……]


[ば、場合は?]


[命まではとらぬ。だが力を封じ、町で愛玩動物として飼ってやろう]


[なッ……⁉]


 人間たちに愛玩動物として飼われる。


 それは最上位魔神たる彼にとって死よりも耐えがたき罰であり、到底容認できかねるものだった。


[……よろしい、ではルシフェル様……方法は問わぬと先ほど申されましたな?]


[言った]


[では天使クレイ! 貴様を今から殺してやろう! 来たれ最上位魔神アバドン!]


 ベリアルが叫びを上げた途端、どこからともなく町全体を押しつぶすような重圧が発せられ、本部全体を圧する存在が降臨する。


「うわッ!?」


「クレイ様!」


 油断なく身構えていたはずのクレイが吹き飛ばされ、結界に当たってようやく止まる。


[ルシフェル様と拙者の間に割って入ろうとする下賤の者よ、このアバドンが排除してくれる]


 そこには全身を筋肉の鎧に包まれた最上位魔神にして魔神族の指導者、アバドンが全身から白い水煙を上げながら立っていた。

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