第21話 増えた謎!
「そうだ! ティナ……うぐっ!?」
「急にどうしたんだクレイ! お前ひどい怪我してるんだからじっとしてろ!」
「そんなことをしてる場合じゃ無いんだ! 俺をここに来させるためにティナが!」
慌てて振り返り、戻ろうとした瞬間に胸を抑えるクレイ。
そのただならぬ様子を見たサリムは、クレイにとって何か大事なことがあるのだと察するも、大けがを負った友人をそのまま行かせるわけにはいかなかった。
「とにかく村に戻るんだ! お前もそうだけど俺も怪我をしてる! このまま放置しておくと血の臭いを嗅ぎつけた獣が集まって来るぞ!」
「それは……でもティナの方がもっと大変なんだ! 早く行かないと死んじゃうかも知れないんだよ!」
「それでお前まで死んだらどうするんだ!」
クレイは黙る。
サリムが本当に自分の身体を心配していると気づき、このまま自分の意見を通して良いものか迷ったのだ。
だがその迷いは、遠くから響いてきた地響きによって即座に吹き飛ばされた。
「大丈夫かクレイ!」
それは大熊カリストーに跨ったアルテミスの到着を意味していたのだ。
「見つけるのが遅れて悪かった! 風向きが悪くて、あたしの鼻でもなかなかお前たちが見つからなかったんだよ」
カリストーから飛び降りるやいなや、旧神アルテミスは回復や防御を主な働きとする法術をクレイとサリムにかけて一瞬で傷を癒す。
「仕方ないよ。それよりティナを見なかったかいアルテミス」
「あのちっこい翅妖精か? あいつの臭いは特にしなかったけどどうかしたのか?」
不思議そうな顔をするアルテミスを見たクレイは血相を変えて詰め寄り、その肩に両手を置いて激しく揺さぶった。
「俺を助けるためにダークマターの鎖を無理やり引き千切って、そのせいでティナは大けがしちゃったんだよ! すぐに見つけて回復しないと死んじゃうかもしれないんだ!」
「ダークマターの鎖を引き千切ったぁ!? 翅妖精に何でそんな無茶が……い、いや今はそんなことを言ってる場合じゃ無い! どっちから来たんだクレイ!」
「こっち!」
「分かった! カリストー! お前は子供たちを連れて先に村に戻ってろ!」
ただちに承諾の意を返すカリストーにクレイは頭を下げて、サリムたちのことを頼み、すぐに先頭に立って走り出す。
(待たせてごめんティナ! すぐに助けに行くからな!)
すでに森の中は夜の闇が覆っていた。
その中をクレイは息を切らせながら走り、記憶にある道を辿って行く。
だがティナを置いていった茂みの場所は、サリムたちのことを考えて走っていたゆえか鮮明なものとは程遠く。
結局アルテミスの鼻に頼ってティナを見つけた時、既に彼女の四肢は黒く変色し、不定形なものへと変化しつつあった。
「ティナ! ティナ!」
「落ち着けクレイ! あたしの見立てでは翅妖精はまだ死んじゃいない! 法術でなんとかもたせるから、お前はその間にラファエラを呼んでくるんだ!」
「分かった!」
この世に満ちる存在、セテルニウスの下に生きるすべての存在に分け隔てなく癒しの力を注ぐ、慈悲深き偉大なる存在である聖霊。
その御力の一部をアルテミスが練り上げようとした瞬間、ラファエラを探そうと周囲を見渡したクレイが走り出そうとした瞬間。
「その必要はありません。待たせましたねクレイ」
クレイたちの頭上から、爽やかな初夏の風のような声と共にラファエラが姿を現したのだった。
「ティナがどうしたのです……かッ!? こ、これは……ティナ!?」
「司祭様! ティナが俺を助けようとしてダークマターに!」
「落ち着きなさいクレイ。詳しい話は後です。確かこの辺りには、開拓村の建造途中に清浄な水が湧きだす泉をガビーが作ったはずです。その水があれば……」
「……ガビーが?」
ラファエラとアルテミスの法術によって、ダークマターの浸食が食い止められたティナの身体を見たクレイは、やや気が抜けたのかラファエラの指示に疑問を返してしまう。
「えっと、ちょっと性格とかがアレですが、法術に関しては私より腕が立つのですよ? 本当に」
「あのガビーが?」
「ええ、あのガビーがです」
目の前にいるティナが深刻な状況となっているのに、それとは別な理由で深刻な顔つきとなった二人に、アルテミスが溜息交じりに話しかける。
「お前らガビーにもうちょっと優しくしてやれよ……愚痴を聞かせられるのはあたしなんだからな。それと早く回復してやらないと、翅妖精の身体に障害が残るかもしれないぞクレイ」
「それはダメだ! すぐに探してくる!」
アルテミスの忠告を聞いて、すぐさま走り出すクレイ。
その後ろ姿を見送ったラファエラとアルテミスの二人は、霊気を練り上げて針のように細く長く鋭いものとすると、ティナの魂魄に次々と打ち込んでいった。
「……こいつなのか?」
「ええ、間違いありませんこの子です。それにしても……」
ラファエラは口に手を当て、顔に微笑を浮かべる。
「ティナの記憶が取ってつけたようなものばかりだったのは、先代の術のせいだったのですね……フフ、実に貴女様らしい」
ラファエラは下を向くと、再び翅妖精の姿形となり、どんよりとした泥のような黒から、ガラスのような半透明となったティナの顔を優しく撫でながら呟く。
「お帰りなさい。先代の心残りたる存在の最後の一片よ」
顔を撫でたラファエラの手に反応したのだろうか。
ティナは軽くうなされ、それを見たラファエラが慌てて手を引っ込めた。
「クレイ……さま……」
「安心なさい。クレイならティナを助けようと走り回っているところですよ」
「ウチ……ごめんなさい……嘘……マスター……」
うなされるティナを見たラファエラが再び法術を使うと、程なくティナは安らかな寝息を立て始める。
翅妖精の可愛い寝顔を見たラファエラとアルテミスは、どちらからともなく顔を合わせると、クスクスと笑い始めたのだった。
「ひどいよ! 泉なんかどこにも無いのに探しに行かせるなんて!」
「ごめんなさいクレイ。どうやら私の記憶違いだったみたいです」
「まあ、ティナが助かったからいいけどさ……」
数分後、全身を汗で濡らしたクレイが、息を切らしながら戻ってくる。
その姿を見たラファエラは思わず噴き出してしまい、泉があるというのは勘違いだったとクレイに告げ、当然のことながらそれを聞いたクレイの機嫌は最悪のものとなっていた。
「ティナの応急処置は終わりました。後はフォルセールに戻ってからガビーに診てもらいましょう」
「ガビーでホントに大丈夫なの? 俺ちょっと心配だよ」
不安げに答えるクレイの頭をラファエラは軽く撫で、そして魔術で作り上げた草の篭にティナを入れて飛行術を発動させる。
「一足先にフォルセールに戻っていますよ。アルテミス、クレイのことをよろしくお願いします」
そしてぺこりと頭を下げると、ラファエラはそのままフォルセールの方角へ飛んでいった。
「アルテミスは飛ばないの?」
「クレイは飛ばないのか?」
「……」「……」
そして残された二人は、なぜか少々しょぼくれつつ開拓村の方へ歩いていったのだった。
その数日後。
クレイたちが無事にフォルセールに戻り、王都の結界についてシルヴェールやベルナールといった王国の中心人物たちに報告していた頃、教会ではラファエラが一人の訪問者と話していた。
「領主様のお館で働きたいから紹介状を? それは構いませんが……いきなりどうしたのですかサリム」
ラファエラは強い決意を秘めた顔の持ち主、サリムを涼やかな瞳で見つめると、ふわりとした心地よい感触を耳に残す声を発して机の引き出しを開ける。
「知ったんです」
「知った?」
引き出しの中にしまわれていた紙の束から一枚の紙を取り出し、没食子インクの瓶に羽根ペンを浸けようとしていたラファエラは、懸命に自分の考えを言葉にまとめようと考え込むサリムへと顔を向けた。
「命を懸けて守るべき御方と……命を捨ててでも……守らなければならない……想いを……領境の森で知ったんです」
ようやく喉から絞り出したと言った声で答えるサリムに対し、ラファエラは満足げに微笑み、そして短く答える。
「そうですか」
そしてインク瓶から羽根ペンを引き上げると、短く自分のサインを書き上げ、サリムの指に紅花から作りだした赤い染料をつけて紙に押させる。
「これでおしまい。後は私の方で館の警備担当者でもあるベルトラムに話を通しておきましょう」
「ありがとうございます」
頭を下げるサリムを見て、ラファエラは再び微笑み。
「貴方が死なないように、死なない程度に訓練をするようにも伝えておきますね」
「えっ」
「えっ」
勢いよく頭を上げたサリムを見たラファエラは、今度は口に手をあてて笑い声を上げたのだった。
フォルセールの真なる民が一人増えた喜びを、天に届けるが如く。




