第209話 俺の要求を聞け!
「どうだったフィーナ!」
「見つからなかったわ……よっぽど上位の魔族が絡んでるのか、コンラーズも見つけられないって言ってる」
「くそ……!」
セイの探索から戻ってきたフィーナの報告内容に、思わず声を荒げるクレイ。
その姿を見たフィーナはクレイの心情をおもんばかって、ある思惑の下にスッと頭を下げた。
「ごめんねクレイ」
フィーナの謝罪を見たクレイは、すぐに血が上っていた頭を冷やす。
「いや、俺の方こそ……探してくれてるのに当たり散らしてすまない。疲れてるだろうしゆっくりしてくれ」
「ううん、クレイこそ気をしっかり持ってね」
そしてフィーナはまだクレイが冷静さを失っていないことを確認すると、ニコリと美しい笑顔を浮かべた。
「ちょっと休憩したらまた行ってくるわ」
「ありがとうフィーナ」
しかし朝から夕方まで王都を駆けずり回っていたフィーナはやはり疲労がたまっているようで、足取りも重く二階に上がっていく細い背中へクレイは礼を言うと、×印だらけになった地図をくしゃりと丸めた。
セイが行方不明になって丸二日が経った。
何か用事ができたのだろうと軽く考えていたクレイは、二日目の朝になっても戻らないことにさすがに不安になり、自警団の仕事に関わっていないフィーナにセイの探索を頼んでいた。
その結果が先ほどのフィーナの報告であり、事ここに至ってセイが何者かに誘拐されたとの認識を新たにしたクレイは、自警団の任務を断ってセイの捜索に向かうべく、ブライアンの居る執務室(居間の隅っこだが)に向かった。
「困ります」
「いや困ってるのはこっちなんだけど」
開口一番、ブライアンの口からは自警団の仕事を優先してほしいとの言葉が出ていた。
「最近夜になってからの魔物の動きが活発になってきていて、モート様やアナト様だけでは手が回り切れないほどなのです。この上クレイ様にまで抜けられてしまっては治安が保てません」
「じゃあ昼間ならいいってことだな」
「昼間は昼間で手がかかるお方が二人ほど出てきますので……元々クレイ様が非番だった今日は自由に動いてもらっても構いませんが、それ以外は遠慮してください」
「……アイツらが昼間出てくるから夜に他の魔族が暴れてるんじゃないのか?」
この場合の二人とは、言わずと知れた魔王ルシフェルと旧神バアル=ゼブルである。
一人だけならまだしも、二人そろった時点で説明が不要なほど面倒なことばかり起こすこの二人は、魔族の良識派(きちんと悪事を遂行する者たちのことだが)の頭痛のタネとなっていた。
「僕としてもセイさんの安否は放置できない重要な案件です」
「それなら……」
「ですがそれ以外のことを放置して探しに行かなければならない、それほどに差し迫った状況なのだと確信が持てない以上、テイレシアの治安を守る自警団としてはクレイ様を任務から外すわけにはまいりません。我々の任務は無力な市民を守ることであって……守ることです」
「……分かった」
ブライアンが言おうとして呑み込んだ言葉。
自警団の仕事は力ある魔物であるセイレーンを守ることではない、それを察したクレイは力なく答え、執務室を後にする。
その姿を見たブライアンは頭を激しく両手でかき、そして居間の壁に掛けられているフェルナンの肖像画をじっと仰ぎ見た。
「……天ではなく、人を仰ぎ見ることくらいは許していただけますか、団長」
そしてブライアンは大きく息を吐くと、報告書の整理に戻った。
「クレイ様!」
「サリム! そっちはどうだった!」
本部の外に出たクレイを出迎えたのはサリムだった。
時間が惜しいとばかりに足を止めず街に繰り出すクレイに、サリムは急いで追いついて隣に並ぶ。
「いえ。やはりセイさんは見つかりませんでしたか」
「コンラーズでも無理だったみたいだ。コランタンの方はどうだった?」
「ギルドの方でもセイさんらしき人を見た者はいないと。ただ……」
「ただ?」
言いよどむサリムにクレイは詰め寄り、先をうながした。
「盗みを働くようになった子供たちの動きが活発になってきているとのことです」
「そうか」
限りなく黒に近い灰色。
クレイは少し考える様子を見せた後に詳細を聞くべく、町に降りてきた夜のとばりを追い抜かんばかりにカフェプロロコープへと足早に向かった。
「コランタンに会いたい」
「……こちらです」
カフェプロロコープに着くやいなや、クレイは中にいたマスターにコランタンに会わせるように静かに頼み、店内にいたものすべてを凍り付かせた。
「あぁん? 何でェこっちに来るんでェ」
「セイ姉ちゃんが子供たちの所に居るなら安心、それ以外なら危険。だからこっちに来たまでの話だ。話を聞かせてもらうぞコランタン」
「ケケッ、話をぉ正しに来たってェわけかィ。いいぜェ、何でも聞きなぁ。ただそれが本当のことかぁ、俺にもぉ分かんねえがなぁ」
「ファブリスは今どこにいる」
「ッ……知らねえェなあぁ」
コランタンの一瞬のためらいをクレイは見逃さなかった。
「失われた時間は二度と戻らない。自らの命でそれを確かめるかコランタンよ」
クレイの双眸がブラウンから澄んだ紅へと燃え盛り、同時にコランタンが諦めたように両手を上げた。
「ケッ、おめぇさん、何がぁしてえぇんだい?」
「事後の後始末」
「あァ? 事態の解決じゃあぁねぇのかいィ?」
「ファブリスが絡んでるなら子供たちのところにいるってことだ。おそらくセイ姉ちゃんは、子供たちとグルになって狂言誘拐を仕掛けたんだろう」
「キキキ……まあったくぅ面白れぇ奴だぜェ……」
コランタンは膝を叩き、クレイを睨みつけた。
「何をさせるつもりなんでェ、この盗賊ギルドの長様によぉぅ」
「一つ頼みごとを聞いてもらいたい」
訝しげな表情となったコランタンに、クレイはニヤリと笑みを浮かべた。
「まだ決定したわけじゃない。決まったとしてもそう難しいことじゃ無い。万が一の希望に備えて、一つお願いをするかもしれないってだけさ」
クレイはそう言うと、時間が惜しいとばかりに背中を向けた。
「その万が一に備えて、盗賊ギルドに話を通しておきたい。そちらのメンツを立てるためにもね」
「白昼堂々……盗賊ギルドにとってェ、夜がぁあそういうぅ意味ってことだがなぁ。乗りこまれたぁ時点でェ、もう潰されてるぅんだがなァ?」
「その詫びも兼ねるさ」
クレイはコランタンに不敵な笑みを浮かべるとすぐにサリムへと向き直った。
「サリム、俺は王城に行く。お前はフィーナと一緒に盗みをした子供たちの所へ向かって、セイ姉ちゃんの安否をこっそり確かめてくれ。あのコンラーズの目から逃れるくらいだから慎重を期すように」
「分かりました」
こうしてクレイは事態の解決、及び後始末の一端として王城へ向かい、サリムはクレイと別行動をとることとなった。
[何? クレイが俺に会いたいだと?]
[如何いたしましょうルシフェル様]
[良かろう、そろそろ新しい手駒が欲しかったところだ。連れてこいアバドンよ]
王城にいきなり現れたクレイが会談を望んでいると聞いたルシフェルは、待っていたとばかりにアバドンに命を下す。
そのルシフェルの命にアバドンはうやうやしく頭を下げ、下げた視線に鋭い眼光を走らせるとクレイを迎えに行った。
そして。
[俺に話があるそうだな]
「あー、そのつもりだったんだけど……なんかアバドンがいきなり殴りかかってきたから燃やしちゃった」
[構わん]
「構わないのかよ! しかもなんか将棋の準備してるし! 話があるそうだなってさっきお前も言っただろ!」
「将棋をしながらでも俺は一向に構わん」
「ウエェー……」
こうしてクレイはルシフェルとの会談にのぞむこととなった。
次々と事態の解決、あるいは事後の後始末に向けて布石を打つクレイ。
だがその間に事態は急転した。
「エリザベートさんとセイさんが人質だって!?」
街に警らに出ていたブライアンは、エドガーから受け取った報告に驚愕した。
「ああ、やはりセイはあいつらに誘拐されていたみたいだ。どうするブライアン」
「どうすると言っても今は本部に戻るしかない……くそ、留守を頼んでいたアスタロトさんはどこに行ったんだ」
セイばかりかエリザベートも人質に取られ、本部に立てこもっていると聞いたブライアンは自分の甘さを悔やみ、唇を噛んだ。
「金を出せ! 自警団が魔族の援助を受けていることはとっくに知っているぞ!」
[まぁ落ち着けって……えーとお前の名前なんていったっけ?]
「人の名前を覚えられないような奴と交渉ができるか! 上の者を出せ!」
[あにィ!? 人をボケ老人みたいに扱いやがってコノヤロウ! 俺はまだ若い!]
本部にブライアンとエドガーが戻ると、そこにはセイとエリザベートを人質に取ったファブリスが本部一階の窓からわずかに顔を出し、バアル=ゼブルと交渉をしていた。
「この婆さんの命が惜しかったら……金貨二百枚を用意しろ! 言っておくが俺は本気だ! そこにいるセイレーンもマジックアイテムで動きは取れないようになっているからアテにしても無駄だぞ!」
[セイ動けない! 助けて!]
何も知らない者から見れば、緊張感あふれる現場だっただろう。
だが顔見知りの者から見た場合にイマイチ切羽詰まった感じが出ないのは、やはり登場人物によるものであろうか。
しかし戻ってきたブライアンが見たところ、ファブリスだけは追い詰められ後が無いといった表情をしており、周りの状況に流されて判断を見誤ってはならないと感じたブライアンは、エドガーと対策を話し合い始める。
[まあアレだ、お前さんたちが給料を貰えなくなって困ってるってのは分かるが、それで人質を取って脅迫ってのは良くねえぞ。人質ってのは一見お手軽に見えてその後始末が面倒だし、罪が無駄に増えてお前さんの将来がだな……]
「うるさい! 将来より今だ!」
バアル=ゼブルは説得を試みているようだが、どうもファブリスはそれを挑発にしか受け取れないようである。
「エドガー、バアル=ゼブル様と交代してきてくれ」
「……俺もそれほど弁が立つわけじゃないぞ」
「とにかく相手の言うことを聞いて条件を飲む努力をしてくれ。相手も金貨二百枚などという途方もない条件がすぐに聞き届けられるとは思っていないはずだ。とにかく真っ向から相手の言葉を否定することだけはしないでくれ」
エドガーはブライアンの指示に渋々従い、バアル=ゼブルの隣に立って説得を始める。
[おっ? おっ? エドガーお前俺の獲物を横取りするつもりか?]
「お願いだからあんたは黙っててくれ!」
だが当然のようにオモチャにされたエドガーは憤慨し、説得どころかバアル=ゼブルと口論を始めてしまう。
[……何をしているお前たち]
[あらら、エリザベートとセイちゃん人質にされてるじゃない]
[へえぇ……こりゃ面白いことになりそうだ]
そこに旧神モート、堕天使アスタロト、最上位魔神ベリアルが到着し、場は一気に緊張に包まれたのだった。