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第208話 侮辱は許さない!

 烈火のごときクレイの怒りは、アスタロトの反論を封じこめるべく矢継ぎ早の舌鋒にて周囲を包む。


「ちょっと待ってクレイ、それには理由が……」


 口を閉ざしたアスタロトに代わってフィーナがとりなそうとするも、クレイの口が閉じることは無かった。


「じゃあ何なんだよその理由って! なんで子供たちに食料を持って行かなくなったんだ!」


 クレイの中の何かが止めさせようとするも、子供たちが処刑された怒りと悔しさの感情がないまぜになったクレイの言葉は止まらない。



[それにも気づいていなかったか、この愚か者が]


「……言ってくれるじゃないか」



 静かな怒りが籠められたモートの言葉によってクレイの口はようやく閉ざされるも、怒りが収まらないクレイは目をギラリと光らせて漆黒の大男を睨みつけた。


 しかしモートはその鋭い視線を鼻息一つで一蹴すると、逆にクレイへと圧を籠めた弁を叩きつける。


[十年前は確かに子供たちへ食料を持っていけた。だがこの十年の間に、持っていけない理由が出来たのだ]


「理由だと! そんなものがある……わけが……」


 反論しようとしたクレイは、あることに気づいて口を閉じた。


 それは十年の間に変化した状況、そして自分が今どこにいるか。



[子供たちへ持っていっていた食料は、その殆どがこの領境の森から得られたもの。そして持っていけなくなった理由は、オリュンポス十二神がこの森のあちこちに支配の印であるヘルマを建立したこと! つまり貴様たち天使のせいで子供たちは飢え、そして処刑される羽目になったのだ!]



 そしてモートの口から告げられた事実に、クレイは全身を震わせる。


 子供たちに食料を持っていけなくなった理由。


 その原因は王都を支配して人間たちを苦しめる魔族ではなく、魔族の手から人間たちを解放しようとするクレイたちにあった。



[モート、それくらいにしときなよ]


[お前が良くても俺は収まらん]


[ボクの言うことが聞けないのかい?]


[事と次第によってはな]


 モートの頑迷な答えを聞いたアスタロトは両手を上げ、引き下がって成り行きを見守ることにする。


 その間にモートはクレイとの間合いを詰め、お互いの拳が届くギリギリの距離で歩を止めると口を開いた。


[少しは堪えたか害虫よ]


「何だと」


 いきなりモートから発された侮辱に、茫然としていたクレイもさすがに気色ばんで目に光を取り戻し、モートの顔を睨みつける。


 しかしそのクレイの怒りすらモートの心を揺らがすことは叶わない。


[美しく見えるよう分厚く装飾した外見をもって人間に接し、自らを人間を守る正義と位置付けながらも、その実は人間に寄生して逃れられぬ破滅へと引きずり込んでいるだけ」


「なッ……言わせておけば!」


[見かけだけの優しさで上っ面の守護をする貴様らよりは、敵対することをあらかじめ教えている我らの方がよほどマシというものだ]


「そんなことは……!」


 反論しようとしたクレイの前に、モートの重厚な発言が立ちふさがる。


[十年ほど前の戦いのことだ]


 モートは眉間にしわをよせる。


 それは怒りを覚えたからではない。


[あの戦いでアルバトールは一人の少女を殺した。何の力もない、ただ魔族である我らの下で身の回りの世話をしていただけの少女をな]


 モートは自らの内より噴き出でる怒りを、火山の噴火のように今にも大爆発を起こしそうな怒りを、あの戦いからずっと必死に押さえつけていた。


「……それはアスタロトから聞いたよ」


[それで?]


「それ以上を今答えろと言うのか? 旧神モート」


 そう言うとクレイは一歩引きさがり、モートとの間合いを開けて構えた。


[面白い、兼ねてより聞いてきたお前の噂の真偽、今ここで確かめてやろう]


 敬愛する義父の名誉を守るべく立ち上がるクレイ、親愛なる義娘に再び危害が及ばぬように立ちはだかるモート。



「いてッ!?」[ぐおッ!?]


[んもー、いい加減にしないか二人とも! ここにはフィーナだっているんだぞ!]



 しかしクレイとモートがお互いに拳を握り締めた瞬間、いつの間にか近くに忍び寄っていたアスタロトの拳骨によって戦いは食い止められた。


[帰るよモート。今の森は昔と違って気軽に修復すら出来ないんだから、ここで戦うのは如何にも不毛だ]


[ぐぬ……仕方あるまい]


[そんなにクレイたんと戦いたいなら、ルシフェル様に話を通すんだね。ほらクレイたんもそんなに怖い顔しない。それともまだ他にもボクと話したいことでもあるのかい?]


「……無い」


[それじゃ帰るよ。自警団の本部に戻ったらボクがお茶を淹れてあげるから、二人ともそれを飲むこと。飲んだ後でもまだ怒りが収まらないなら、改めてボクが戦いの場を設定してあげる]


[仕方あるまい]


「話し合いで済めばそれが一番だけどな。帰ろうぜフィーナ」


「もう、殺し合いになるんじゃないかとヒヤヒヤしたわよ」


 気が付けば太陽は中天を過ぎ、昼食の時間をとっくに過ぎている。


 四人は足早に自警団の本部へと戻って軽い昼食をとった後、アスタロトが席を立って先ほど言ったとおりに紅茶を淹れた。


[どうぞ二人とも]


「……ありがと。いつも家事をやってるみたいだけど、嫌じゃないのか?」


[もう慣れちゃったよ。どうせ誰かがやらなければならないことなら、誰かがやるのをずっと待っているよりボクが早めに済ませておけばいいってだけさ]


「そっか」


[甘いものは心を穏やかにするから、エリザベートに無理を言ってお砂糖をちょっと多めに入れておいたよ。大変だったんだからゆっくりと味わってね]


[ふん]


 二人は渋々と言った感じでお茶を飲み、仲良く二人とも腹を下した。



[……見事に仕組まれたようだな]


「仕込まれたの間違いなんじゃないの」


 その後、二人は解毒のために自警団の本部から離れた建物の地下にいた。


[そんな些細な違いはどうでもいい。いいか、俺はアルバトールを絶対に許さん]


「……多分、アルバ候も自分を許していないよ」


 そしてアスタロトの淹れた毒によって力が出ない二人は、呉越同舟と言った感じで不服ながらも争わず、協力しながらそれぞれの回復に没頭していた。


[感情を封じ込めたことは……俺もバアル=ゼブルから聞いた]


 そこで会話はしばらく止まり、その場に流れるのは解毒の作業に没頭する二人のガサガサという小さな音のみとなる。


「エレオノールはいきなりアルバ候の目の前に現れたって聞いた」


[アルバトールが俺に向けて光の剣を振りおろす瞬間、エレオノールは我らの間に現れた。だが奴の腕なら、エレオノールを庇うことが出来たはずだ]


「だけどそれは叶わなかった。そして……あんたも」


 再び個室は短い沈黙に包まれた。


「俺は……この先を言うつもりはない。正直に言うと、口にする勇気が無いんだ」


[……そうか]


「失敗は起きる。そして再び失敗することを防ぐために、俺はその情報を後世に残す。天の書記官メタトロンの名の下に。失敗した悔いだけを後世に残しても、それは心の縛り……感情の流れをせき止めるしがらみにしかならない」


[お前たちが人間に関わる限りこの手の悲劇は無くならん。天使どもが天罰と称して幾度の大虐殺を重ねてきたか、お前の中に居るメタトロンに聞くのだな]


「もうアーカイブ術で見せられたよ」


[……]


 モートの声は、次第に彼自身の内面と対話するかのように小さなものになっていく。


 それが一人ぼっちにされたように感じられたのか、クレイは一つの質問を口にしていた。


「アスタロトに気を取られて忘れてたんだけど、あんたにも一つ聞きたいことがあったんだ。どうして自警団を再結成しようと思ったんだ?」


 静寂が場を支配する。


 モートが会話を打ち切りたいのだと判断したクレイが、解毒作業も一段落したことを機に席を立とうとした時。


[規律を正すため……つまり人間を守るためだ]


 モートがぼそりと呟き、その答えを聞いたクレイはそっと言葉を発した。


「あんたは人間を苦しめる魔族の一人なんじゃないのか」


[人間という資源は有限であり、保護してやらねばあっという間に尽きてしまう。俺が人間を苦しめる魔族であることと、人間を保護することは矛盾していない]


「そっか」


 明らかに矛盾している感情から発せられた言葉に、クレイは溜息をついた。


――それならなんでエレオノールをそんなに気にかけるんだい――


 そう問いかけようとしたクレイはすぐに口を引き絞り、すっくと立ちあがる。


「用が出来た。先に出させてもらうぞ旧神モート」


[どこへ行く]


「まず自警団の本部。そして盗みをはたらいた子供たちの拠点、最後に王城だ」


[ならば好きにするがいい。俺はもう少しここで思索にふけるとしよう]


 暗闇に包まれた地下から光あふれる地上へ。


 クレイは自警団本部への一歩をスッキリとした表情で踏み出した。



「あれ、セイ姉ちゃんこんな所で何してんの」


[ん、子供たちに歌を教えてた]


 本部への帰路途中、クレイは子供たちに囲まれたセイレーンのセイとバッタリ出会う。


 いつもニコニコとした表情を絶やさない彼女は今も笑顔であり、それは今のクレイにとって何よりの助けであった。


「歌か……そう言えばセイ姉ちゃんがいつも歌ってる歌ってどこの歌なんだ? 誰かが誰かの帰りを待ってるぽいけど」


[セイが作ったの。セイが一人ぼっちになった時、ずっとこの歌を歌って姉さんたちの帰りを待ってた]


「ああ」


 遥か昔、セイレーンたちはテイレシアを遠く離れた場所にある海峡にいた。


 だがある日、突如としてセイ一人を残して姿を消した彼女たちは、ある戦いでアルバトールに協力したセイの活躍を認めたヘルメースによって助けられたのだ。


「今度はセイ姉ちゃんが助けてもらう、なんてことにならないように気を付けてくれよな。それじゃ俺は先に本部に戻るよ」


[ん、セイもお昼になったら一度戻る]



 しかし、セイは次の日の朝になっても戻ってこなかった。

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