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第204話 いつでもそばにいるよ!

「あぁん? 俺に話があるだぁ?」


「プロロコープに来いって言ってたから来てみた」


「あぁ……あぁんな挨拶がわりみてぇな言葉を信用してくるたぁ、お前ぇもお人よしの口かよおぅ……まあぁいいだろうこっち来なぁ」


 ひょっこり出てきた老人コランタンは、ブランデーの瓶を左手に持ち、白衣に見えないこともないシワだらけの上着とやや黄ばんだシャツに、ステテコと雪駄と言う姿をしている。


 聖都テイレシアに……と言うかこの場所と時代にまったくそぐわない恰好をした飲んだくれの老人は、ふらふらと定まらない千鳥足でプロロコープの隣にある建物の裏口に入っていった。



「さぁてぇ、話ってのを聞かせてもらおうかいィ?」


「……いやここ狭くない? もっと他に部屋は無いの?」


 裏口から地下に降りていく階段を下ったクレイたちは、大人が五人も入れば窮屈に感じられる程度の広さしかない部屋に案内されて辟易していた。


「ぶあぁぁか野郎ぅ、そこのデカブツが……ええとなんだ、女の格好をした……男……じゃねえ……なんだあぁ? お前ぇ、ひょっとしてバヤールかあぁ?」


「ほう、私を知っているとは見上げた魔神だ」


「見知ってるもぉ何もあるかぁ。アバドンの奴がよぉお、酒を飲むたんびにお前ぇの話ばっかしやがってよぉお、耳にタコができちまったぁぜぇ?」


 コランタンは左の小指を耳の穴に入れてポリポリとかっぽじると、戦果を自分の目の前に差し出した後にフッと息を吐いて吹き飛ばす。


「うわ汚いっ」


「あぁん? 何がどう汚いんでぇ?」


「え? だって……」


 クレイは首を傾げる。


「耳垢は汚いものじゃん」


「だからどう汚いんだって聞いてるんじゃあねぇか」


「皆汚いって言ってるよ。雑菌とかがいるからって」


 しつこく尋ねてくるコランタンにクレイは辟易し、一歩踏み下がろうとしてフィーナにぶつかってしまう。


「あ、悪いフィーナ」


「もう……あ、えっと、狭いし仕方が無いわよ」


 ぶつかった際に何やら柔らかいものに背中が当たった気がしたクレイはフィーナに謝ろうとしたが、迫りくるコランタンの迫力にそれは叶わず、フィーナも多少は文句を言おうとしたようだが、クレイと同じ理由でそれは妨げられていた。


「みんなぁ、みんなぁってよおぉ、何でぇ医者である俺よりィ、そいつらぁの言うことを聞くんだぁ?」


「まだ俺に信用が無いからじゃない?」


 あっさりとクレイが答える姿を見たコランタンは、少しの間だけ目を丸くすると気持ちよさげな笑い声をあげた。


「くはっはあ! そいつぁごもっともだあぁなあぁ!」


 膝を叩き、高笑いをした後にコランタンは再びバヤールを見た。


「お前ぇ、セイレーンの小娘ぇと知り合いだなぁ?」


「いかにも」


「ふらりとぉ、この王都に現れてぇからあぁ、あの小娘ぇの存在は思ったよりぃ民の間に浸透してるみたいでよおぉ。俺の言いたいことあぁ分かんなあぁ?」


「ほう……だそうだ、クレイよ」


 コランタンの言葉を聞いたバヤールは、筋肉によって岩肌のごとくゴツゴツと感じられる顔に重々しい笑みを浮かべた。


「そんじゃあぁお前ぇらあ帰んなあぁ。これからぁ、お得意が一人ィ来るところだからあぁよぉ」


「分かったよ。情報ありがとうコランタンさん」


 酒瓶を持ち、それを振ることでコランタンは無言の挨拶とし、クレイたちは上へと昇っていった。




「さて、どうしようか……セイ姉ちゃんを探すにも心当たりが無いしなぁ」


 クレイはそう言うと、ブライアンを見る。


「さて、僕は元とは言え騎士隊長だった身。確かに精神魔術は使えますが、これほどの人が住む王都で探すというのは少々骨が折れますね」


「ラファエラ司祭は?」


「魔族の本拠地でなければ探せますが、王都に数知れない魔族が押し込められている今の状況では無理ですね。何か目印になるものがあれば別ですが」


「うーん」


 クレイは腕を組んで考え込むが、いい考えは思い浮かばない。


「コンラーズに探してもらう?」


 そんな時に一つの提案がフィーナから出されると、その内容にクレイは不思議そうな顔をした。


「え? どこにいるんだよ」


 クレイの疑問はもっともなものだった。


 思えばヴィネットゥーリアに外遊に行く途中、バハムートの住まう……と言うよりバハムートの鱗の間を縫って走るダンジョン、ラヴィ・ラビラントあたりからほとんど姿を見なくなってしまったのだ。


「上よ。ドラゴン種族の魔術、竜語魔術で大気に変化して同化してるんだって」


「そうなのか」


 クレイは以前バハムートから聞いた話、自身の肉体の組成を変えて天空から大地を覆っていた逸話を思い出して納得する。


(バハムートほどの力ある存在しか使えない術なのかと思ってたけど、まだ幼竜のコンラーズにできるのなら、ドラゴン種族ならどの個体でも出来る程度の術なのかメタトロン?)


(さて、どうかな。我もそれほどドラゴン種族の生態や術に精通しているわけではない。興味があるならルシフェルに聞き給え)


(分かった)


 クレイは内に眠るメタトロンに意思を返した後、フィーナの方を向く。


「じゃあ頼んでいいかフィーナ」


「分かったわ。コンラーズ!」


 竜の牙を加工した笛をフィーナが胸元から取り出す。


 そして口にくわえて舌で舐め回し始めると、その姿を見たクレイは軽く前につんのめった。


「吹くんじゃないのかよ!」


「吹いたら魔族に感づかれるでしょ」


「なるほど。いやそうなのか?」


 悩むクレイを他所に、フィーナは何かの気配を感じたのか上空を見上げる。


「ここよコンラーズ」


「アニャ」


 その可愛らしい幼竜の声と共に、コンラーズは久方ぶりにクレイたちの目の前に姿を現した。


「おい」


「どうしたのクレイ」


「デカくね?」


「ドラゴンだもの」


「それもそうだな……じゃない! いつのまにあんなにデカくなったんだよ! もう魔族に感づかれるどころの話じゃねえよ! あれヘプルクロシアで最初に会った時と同じくらいの大きさじゃないか!」


「アニャニャ」


 そう、コンラーズは成長していた。


 王都に降り注いでいた陽光の一部を遮るほどに育ったその巨躯は当然目立ち、急に日陰となった地域を中心に騒ぎは急速に広まっていく。



「お、おい……あれドラゴンじゃないか?」


「まさか……もう伝説となって久しい幻獣の支配者じゃないか」


「おい! あんた自警団のブライアンだろ! 何とかしてくれよ!」


「そこにおられるのは天使様では!? どうか私たちをお救い下さい!」



 当然自警団であるクレイたちに救援要請が続々と寄せられ、クレイたちはその騒ぎの後始末に追われることとなり。


「心配ないわ! あのドラゴンは正義を愛するヘプルクロシアのアイドル! このフィーナ=ブルックリンの相棒よ!」


 さらにうっかり口を滑らせてしまったフィーナのせいで、クレイたちは市民たちに詰め寄られることとなったのだった。




「なんか俺が考えてた活動と随分違うんだけどどうなってるのブライアンさん」


「ハハハ申し訳ない。どうもクレイ様たちが王都にいらっしゃってから想定外のトラブル続きで、今までに僕が培ってきた経験則では対応できない事例ばかりなもので」


「まあまあ、ブライアンさんを責めるのはお門違いってものよクレイ。新天地なんて慣れないことばかりなんだから、上手くいく方が珍しいのよ」


「おいトラブルの原因が言うなよ」


 憤慨し、押し寄せてきた市民たちにもみくちゃにされたクレイたちは、カフェプロロコープに舞い戻ってきていた。


「何だあぁ? お前ぇらあぁ、なぁんでまだいるんだあぁ?」


「それがかくかくしかじかでさ。参っちゃうよ」


「ぶああぁぁっかやろうぅ! お前ぇらあぁ、セイレーンの娘っ子を探すんじゃあぁなかったのかあぁ!?」


「あ、それならもう見つかったよ。自警団の本部に戻ってるんだってさ。アスタロトと一緒に近所の子供たちに歌を教えてるみたいだ」


「じゃあぁ、なぁんでぇお前ぇらあぁここにいるんでえぇ」


「ヒントをくれたお礼は何がいいのか聞きに来たんじゃないか」


 呆れた顔でそう言ったクレイに、コランタンはくしゃりと顔を歪めて笑い声をあげた。


「クハハッ! そいつあぁ、もう予約済みよおぉ」


「予約済み?」


「まさかぁ、お前ぇらぁ王都からぁすんなり帰れるとぉ思ってたのかぁ?」


 グフフと笑うコランタンを見たクレイはハタと手を打つ。


「俺たちと魔族の戦いが見たいってことか?」


「そおういうぅ、こったぁ……なんだぁ、全然慌ててぇないみてえだなぁ?」


「ルシフェルがそれを許すかなって思ってさ」


 不敵に笑うクレイ。


「まぁあいいさぁ、局地的にしろぉ、大局的にしろぉ、お前ぇらがここから帰る時かぁ、帰るまでの間かぁ、どちらにしろ必ず戦いは起きるぜぇ」


「その時は受けて立つしかありませんね」


「ほおぉう、噂によらずぅ、風のラファエルは好戦的だなぁ」


「降りかかる火の粉は振り払うもの。避けて通れぬ戦いがあれば押しのけて進むのが我ら天軍のやり方です」


 隣でそう宣言したラファエラを見たクレイは、コランタンを鋭く睨みつけた後に軽く手を振った。


「まぁ今すぐ戦いになるわけでもなさそうだし、またそのうち会いに来るよ、盗賊ギルド長のコランタンさん」


「ヒヘッ、こまっしゃくれたぁ小僧の割にィは、いい脅しをしやがる。さっきのお前ぇのツラァ、ベルナールの野郎にィそっくりだったぜぇ」


 なぜか嬉しそうな顔でそう言ったコランタンにクレイは人懐っこい笑顔を返し、カフェプロロコープを後にした。

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