第203話 何かが釣れたんだけど!
「このような感じですね。魔族が暴れると我々では対処できませんので、基本的にはアナト様やモート様の到着を待つのが今までの処方でした」
「うーん……ちょっと俺が考えてた活動と違う……」
警ら中、ある犯行を発見したクレイたちは、その人物を逮捕することとなっていた。
そして自警団の現状を知ったクレイが困ったように言うと、その足元から威勢のいいがなり声が上がる。
[テメエこらクレイ! 複数でかかってくるたぁ卑怯じゃねえか!]
「いやコレ自警団の活動だから卑怯もへったくれもないんだよね」
クレイの足元には、光る縄で縛り上げられたバアル=ゼブルが転がっていた。
「そもそも貴方がツケを払わないのが悪いのでしょうバアル=ゼブル」
バアル=ゼブルを縛り上げて地面に転がし、その上に座り込んだラファエラが呆れた口調で言うと、ラファエラの下半身からくぐもった声で言い訳がされる。
[俺が後で払うって言ってんのに信用しねえこいつらが悪い]
「それもう信用が底をついてるんだよ」
諦めの悪い大人を見たクレイは溜息をつき、犯人を抑えた後の処置をブライアンに問うべく目配せをした。
「ハハハ、とりあえず自警団の評判を落とそうとした魔族が、独断で自警団に潜入して町民に迷惑をかけたということにしておきましょうか。罪状は無銭飲食の常習犯でお願いしますクレイ様」
[おいこらブライアン!]
「減給です。いいですねバアル=ゼブル様」
人が良さそうに見えながらも底の知れぬ笑みをブライアンが浮かべてそう言うと、バアル=ゼブルは観念したようにガクリと肩を落とした。
[ち、チクショウ……何で魔族が悪いことをして罰せられなきゃならねえんだ……]
「悪いことじゃなくてセコいことをしてるからじゃないかな」
そして冷え込んだ声がクレイから発せられると同時に、食い逃げ犯であるバアル=ゼブルは自警団の本部へと連行されていったのだった。
[何だい? いつから自警団は仕事をしていると見せるためにサクラを使ってヤラセをするようになったんだい?]
戻った本部では、エリザベートとアスタロトが花壇の手入れをしていたが、後ろ手に縄が回ったバアル=ゼブルを見たアスタロトは、苦笑気味にクレイたちを出迎えた。
「耳が痛いですね。今まではバアル=ゼブル様を押さえつけられる人材がいなかっただけ、ということで如何でしょうアスタロト様」
[冗談だよ。しかし王都を支配する側が捕まるというのもおかしな話だね]
脅しとも取れるアスタロトの疑問を聞いたブライアンは、恐れる様子もなく堂々とした態度で答える。
「王族と言えど罰せられる時は罰せられる。それが支配者たちが被支配者を統治するのに必要な儀式であり義務、法を守らせる手続きの一つであり最低限の基本となるものですよ」
[それが無ければ?]
「魔族の法に従う必然性、貴方たちが我々を支配する根拠を失います。魔族はこれ以上の混沌である身内同士の殺し合いを望みますか?」
[参った、降参だよブライアン]
音を上げたのはアスタロトの方だった。
軽く両手を上げ、帰ってきたクレイたちにお茶を入れるべく家の中に入っていった彼女だが、ブライアンはそれを止めてすぐにまた出ていくと告げた。
「本命はまったく別ですからね。早く強盗の真似事をしている子供たちを捕まえてとっちめないと」
[ボクも手伝おうか?]
「いえ、アスタロト様はもう少しここでエリザベートさんと一緒にいてください。貴女が出ると目立ちすぎていけない」
キラキラと輝く小片が衣服のあらゆるところについているアスタロトを見たブライアンはそう言うと、丁重にアスタロトの申し出を断って出ていく。
「それに……やり過ぎるところも」
直後に小さくブライアンが呟いたその言葉を、クレイは聞き逃さなかった。
五分ほど後、クレイたちの姿は自警団の本部がある辺り、つまり富裕層が住む住宅街を離れ、城壁の近くに広がる日当たりの悪い貧民街にあった。
「子供たちの居場所に目星はついてるのかい?」
「居場所を突き止めるのはたやすいのですが、その先がどうもいけませんね」
「現行犯の確保は難しいにしても物証も無し?」
「それどころか証言も無しです」
「町ぐるみの犯行の可能性もあるってことか……面倒だな。そうなると犯行は富裕層に集中してるとか?」
富裕層への妬みから来る犯行の動機。
それはいつの時代も、どこの場所でもあるものであったが、ブライアンの口から出た情報はクレイの考えたものとは違っていた。
「それが妙なのです。最初は僕もそう思って捜査を進めていたのですが、調べるに従って被害に遭った人たちの職業や性別、所得などに関係なく襲われていることが分かったのです」
「無差別か。そりゃいよいよ面倒だね」
衝動的な犯行、いわゆる通り魔的犯行は犯人の目星が付きにくい。
これまでに逮捕した犯罪者たちから仕入れた情報による多面的な推察、多くの犯人が立ててきた犯行計画からの次の犯行などが予測しづらいからである。
「フィーナ、ブルックリン家と繋がりがある町の顔役に心当たりはないか?」
「お父様に聞いてみないと分からないけど、ブライアンさんに聞いた限りでは今のところ皆無ね」
「魔族の支配下に落ちた時より、いわゆる富裕層の失踪が増えまして……特に法服貴族はほぼ行方不明です」
司法や行政に関わる法服貴族。
彼らの多くは売官制によって官職を金銭で購入した者たちであり、最初こそ有能な人物のみ選ばれていたものの、その地位が世襲によって継がれるようになってからは、宮廷に納められる金額に反比例するように能力も品性も下降の一途を辿っていた。
「……それじゃ行くしかないな」
「仕方ありませんね」
どこに行くかをまるで口にしていないクレイの提案を聞いたブライアンは、すぐに納得したように相槌を打つ。
「何よ、私に聞かなくても心当たりがあるんじゃない」
しかしまるで理解できなかったフィーナは頬を膨らませ、言葉足らずだったと気づいたクレイは軽く頭を下げた。
「すまない、心当たりはあるけど、あまり頼りたくない人物なんだよね……知り合ったいきさつがいきさつだから」
クレイがそう言うと、ブライアンは苦笑いを浮かべる。
「まあ大丈夫でしょう。あの方は根に持つタイプではありませんよ」
「根に持つって……ひょっとして?」
フィーナがスラリと伸びた長く美しい金髪を揺らすと、クレイはブライアンと同じような苦笑を浮かべた。
「盗賊ギルド長、尚且つ最上位魔神の一人であるブエルが話があるなら来いって言ってくれたんだ。行こうかカフェプロロコープへ」
クレイはそう言うと、威風堂々とカフェプロロコープへ向かったのだった。
「今忙しい」
だが向かった先のプロロコープにはコランタンの姿はなく、また客がテラス席はおろか店内のカウンターまで満員であり、その中を忙しく動き回っている子供たちや空洞の鎧がいるだけで、店のマスターも先ほどの言葉のようにけんもほろろといった感じであった。
「どうするのよクレイ」
「どうするって……ブライアンさん、どうにかならない?」
「私も直接に会うのは初めてでして。そうだ、ブエルの気配を探ることはできませんかクレイ様」
「へ? 気配を探るって?」
クレイがそう言うのを聞いたブライアンは、しばらくの間口をポカンと開けて立ち尽くした後、ハッと気づいたようにクレイに詰め寄った。
「精神魔術の一つです! 初歩の初歩ですよ!」
「精神魔術って……俺使ったことが無いんだけど」
「……は?」
そして返ってきた答えに、ブライアンは今度こそ肉体と思考を凍結させ、そのまま固まってしまっていた。
「あれ? ブライアンさん?」
クレイはブライアンの目の前で手をヒラヒラと動かすが、ブライアンの目は何の反応も見せずにどんよりと曇った死んだ魚の目をしたままである。
「どうしようラファエラ司祭」
困り果てたクレイが同行しているラファエラにそう意見を求めると、白い司祭服の胸部が王都に来た時より微妙に膨らんでいるラファエラは腰に手を当て、見せつけるように胸を張った。
「仕方ありませんね」
「うん……ホント仕方ないね」
ドヤ顔のラファエラに聞こえないようクレイは小さな声でそう答えると、ラファエラがブライアンの頭頂部に右手の人差し指を軽く置く姿を見る。
「よしよし、怖くないですからね」
誰に言っているのだろうか。
おそらくブライアンに呟いているのだろうが、当のブライアンはうんともすんとも答えないままである。
(ん? 薄緑色の……糸?)
しかしラファエラが数回ほど人差し指をブライアンの頭部に押し付けたり離したりする間に、気づけばその間にはぼんやりと光る薄緑色の糸が生じ、見る間にそれは太くなっていった。
「よし、いい食いつきです」
「……釣り?」
クレイがそう呟くと同時にラファエラは右手を大きく吊り上げ、その勢いでくるりと光る糸を手に巻き付けて固定すると、そのまま両手で引き上げる。
「あっ」
「あっ?」
「いえ……何でもありませんよクレイ」
糸の先にちょっとだけ大きい半球状のものが付いていた。
クレイが見たのはそれだけである。
何故ならその半球状のものはすぐにラファエラによってブライアンの頭部に押し込められ、見えなくなったしまったのだ。
「つ、使ったことが無い……それでよくバアル=ゼブル様やアナト様たちと渡り合えましたね……」
そしてブライアンは復活する。
[なぁあんだあぁ? 元気そうじゃあねぇかぁ……ブライアンよおぉぅ……ぐえぇぇっぷううぅ……]
ついでにつまらなそうな声で酒臭い息を吐き出すブエルも釣れたのであった。