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第202話 監視の天使に気をつけろ!

「自警団は人間側の法にのっとって独立した組織にしないとダメ。いくら王都が魔族の支配下で、自警団の構成員の殆どが魔族とはいっても、そのまま魔族の価値観に沿った組織にしてしまうとそれこそ存在意義が無くなっちゃうよ」


「至極ごもっとも、面目次第もありません」


 コランタンを解放した後、相談役クレイによる監査というか主にブライアンに対する説教も終わり、時間に余裕ができた自警団の面々は午後のお茶の時間をとることにした。



「自警団のメンバーはここにいる全員でいいのかな」


 お茶を飲んで一息ついたクレイは、自警団の現状を殆ど教えられていないことに気づいてブライアンに話を振る。


 個人主義者の集まりである魔族はやや他人に対して不親切であり、知りたいなら自分で何とかしろという雰囲気があるため、バアル=ゼブルのような例外を除けば説明は求められない限りしないようであった。


「そうですね、正式なメンバーを含めないのであればもう一人ヤム=ナハル様が、そして総括的な役職に堕天使のジョーカー様が名を連ねております」


「ジョーカー?」


 クレイは少し考えこみ、その名前に聞き覚えがないことを確認するとエリザベートと談笑している堕天使の長アスタロトに詳細を聞いた。


[簡単に言うと実際に堕天使を動かしてる男……男でいいのかな? まぁ多分男だと思うよ]


「え? アスタロトって堕天使の長……つまり指導者じゃないのか?」


[ボクは名目的な指導者。実質的にはジョーカーが取り仕切ってるんだよ]


「へぇ……」


 クレイが聞いたところによると、堕天使としては新参であるアスタロトを無理やりトップに押し上げたのがジョーカーらしい。


[ボクはやりたくなかったんだけど、堕天使の意見を通すにはまず勢力を拡大して発する声を無視できなくすることだ、とか言いくるめられちゃってさ。トップに実力者を置いて、その補佐を自分が勤めることで堕天使がまとまり、強固な組織が成立するとか何とか言ってたよ]


 アスタロトが困った声でそう言うと、バアル=ゼブルが肩をすくめて同じように困った声でジョーカーの感想を述べる。


[ま、あいつが一番魔族らしいと言えば魔族らしいからな。天使や人を害するために暗躍し、目的のためには自他の犠牲をいとわない。はたから見ている分には面白いんだが、自分が関わるとなるとまっぴらごめんってやつだな]


「なるほどね」


 憎むべき敵。


 ジョーカーという堕天使をクレイの立場から一言で表すならば、それにつきるといったところであろうか。


[ま、ジョーカーの奴ならいずれ会えるだろう。機が来れば例えお前さんが会いたくなくても会わざるを得ない。そういう奴さ]


「そっか」


 クレイは会話をそう締めくくると、まだみぬ強敵ジョーカーに思いをきたす。


(なぜか気になるんだよなぁ……メタトロンもなぜかこの堕天使に関しては意思を返してくれないし)


 断片的な情報としては今までに何度かメタトロンも話してはいるのだが、固有名詞であるジョーカーという名前に関しては話していない。


 隠さねばならないほどの因縁が、天使の王メタトロンと堕天使のジョーカーの間にはあるのだろうか。


「さて、それでは僕は午前の仕事をまとめますか。モート様、アナト様、バアル=ゼブル様は夕方の警らに向けて見回る地域の資料を確認して下さい」


[ボクは?]


「アスタロト様はクレイ様にここ一週間ほどの活動日誌を見せて説明してください。おおよその仕事はそれでカバーできますから」


[オッケー]


 ブライアンがいくつか指示を出した後、唯一何も言われていないエドガーが不機嫌そうな顔でブライアンの前に立つ。


「俺は自由時間でいいのかブライアン」


「身体づくりを自由時間と言えるようになるとは成長したものだね。君のことは君自身に任せるよエドガー」


「分かった」


 エドガーは不機嫌な表情のまま首を縦に振ると、身体のバランスを崩しそうなほどの大剣を手に庭に出て行った。


「フィーナ」


「はいはい、エドガー君の鍛錬を見ろって言いたいんでしょ」


「助かる」


「正義の八つ当たりを思う存分見せてあげるわね」


「おいやめろ」


 フィーナは冗談だと言い残し、エドガーの後に続いて庭へ出て行った。


「さて、自警団の活動についてレクチャーいただこうかな堕天使の長殿」


[はいはい、それじゃ講義を開始するよ天使の王よ]


 アスタロトの口から飛び出した不意打ちに、クレイはやや面食らって辺りを気にするように見渡した。


「……天使の王はメタトロンだろ?」


[他人から見れば一緒だよ]


 クスクスと意地の悪い笑みを浮かべるアスタロトにクレイは口を尖らせると、ふといいことを思いついたと言わんばかりにニンマリと笑みを浮かべた。


「分かったよ魔族の母」


[何それ]


「他人から見れば世話焼きアスタロトは魔族の母さんだよ」


[そっか……]


 短く答えると、アスタロトは紙を紐でとじた資料をペラペラとめくり、その間に何らかの目印をつけるように指を置いていく。


[それも、いいかもね……]


 すぐにその作業は終わり、アスタロトは資料をクレイに手渡した。


[〇が頻発する事件や訴え、△が滅多にないけど被害が無差別に拡がっていくもの、×は魔族同士のケンカって感じかな。順に覚えていくといいよ]


「その他は?」


[キミが王都に永住するつもりなら覚えておいたほうがいいだろうね]


「分かった、ありがとうアスタロト」


[どういたしまして。ボクはエリザベートと一緒にちょっとした炊き出しを作るから、何か分からないことがあったら呼んでおくれ]


 そう言うとアスタロトは席を立ち、台所へと向かった。



 次の日。



「ではクレイ様、我々の仕事ぶりをじかに見ていただきましょうか」


 ブライアンの提案により、クレイ、ラファエラ、サリム、フィーナ、バヤールたちは朝から王都の見回りに出ることになった。



「見た目はフォルセールとあまり変わらないんだけどな」


 綺麗に保たれている表通りを見渡しながらクレイが呟くと、ブライアンが和やかな笑みを浮かべる。


「昼間は魔物の活動がそれほど活発ではありませんからね。本番はやはり夕方、逢魔が時からです」


 そしてそう説明をすると、表情を曇らせた。


「しかし……今のフォルセールはそんなに落ち込んでいるのですか。僕がいた時は活気に満ち溢れていたのですが」


「去年、攻め込まれた時に建設中の城壁が壊されちゃってさ、その時に色々と資材とか仮住居とかも壊されたからスラム化が激しいんだよ」


 クレイは溜息をつき、まばらに敷設された露店から手を振ってくる人々に笑顔で手を振った。


 確かに大通りはかろうじて奇麗と言える水準にある。


 しかし一本わき道に入っただけでゴミと無気力な人々で構成される王都を見たクレイは、困難によって生きる意志を閉ざした人々に、何か目的となるものを与えられないかと考え始めていた。


 だがその作業はすぐに行き詰まり、クレイは落胆した。


(……やっぱり金だよなぁ)


 何をするにもやはり金である。


 それは必ずしも自分自身に関わるものだけではなく、自分の周囲だけが関わることが多いため気づきにくいのだが、物の価値を量る基準が金、通貨である以上、人が何かをやろうとすると必ずいくばくかの金銭は必要となるのだ。


(時間が、人生が不可逆的要素である以上、それを消費する行為には少なからずその対価である金銭が要求される。時間を逆行できずとも、せめて空間を移動する手間を省ければ……移動せずに、移動させずに済むことができれば……)


 クレイがそう考えた時、彼の中で圧倒的な存在が鎌首をもたげ、クレイの精神を押しのけるほどの意思を発した。


(そんなあやふやな状態を排して作った物質界だ。過程があるからこそ君たちは集団に属していながら個でもいられるのだぞ)


(だいぶ元気になってきたみたいだなメタトロン。移動を排するのは言葉のあやだから忘れてくれよ)


(……ふむ)


 クレイの反応が意外だったのか。


 メタトロンは言葉少なに応えると、そのままクレイと周囲に居る人員を興味深そうに見つめ、最後にブライアンに意識を向けたまま黙り込んだ。


(……ここに居たか)


(誰が?)


(監視の天使ラグエルだ)


(知り合い……って言い方はおかしいな。誰を監視している天使なんだ?)


(我も含めた天使全体だな)


(ふ~ん……自警団に対する今の俺みたいな感じなのかな)


 クレイの物言いを聞いたメタトロンは思わず吹き出してしまい、それを見とがめたクレイから白い目で見られてしまう。


(何がおかしいんだよ)


(君の今までの行いを見直した上でそれを言えたなら大したものだと思ってな)


(ちぇ、それで監視した結果、好ましくない素行の天使を見つけたらラグエルはどうするのさ)


(主に報告、意を得ればその威を以って堕落した天使を討つ、というのが彼の役割だ。もっとも最近では報告そのものが無くなっていたので、彼の役割はもう終わりを告げたとささやく者も少なくない)


(まあそうだよなぁ……そもそも天使として正しくあるべきと言うより、主の意に沿って正しく作られたのが天使なんだから)


 一人納得するクレイに、メタトロンは皮肉気な笑みを浮かべた。


(微笑ましいな。そも正しいとは何なのか、正しい以外の概念がなぜこの世界に存在するのか、君は考えたことがあるのか?)


(え? 何だよそれ……ってああ、基準の問題か?)


(そう、何が正しいかを決めるためには、何が間違っているかという相反する基準が存在しなければ判断できない)


(そう考えると堕天すら主の意に沿った正しい運命ということになるのか……)


 メタトロンはクレイが呟くのを聞いた後、その顔をしげしげと見つめた。


(な、なんだよ)


(成長する後進の姿を見るのは楽しいものだ)


(そう仕向けてる周りの人にも言った方がいいんじゃないか?)


(機会があればそうしよう)


 メタトロンはそう言うと気配をひそめ、再び眠りにつこうとする。


(ああ、一つ言い忘れていたことがある)


(なんだ?)


(ラグエルには気を付けたまえ。それを宿す人間ブライアンにもな)


(えらくふんわりした警告だな。俺に試練ばかり課してないで、たまにはそれをこなしたご褒美もくれよな)


 憤慨するクレイにメタトロンは苦笑する。


(今まさに新しい術を降ろす最中だ。あれは我が編み出した術ではない故に、君に馴染ませるには少し我自身にも力を取り戻させる必要があるのでな)


 そしてそう言い残すと、メタトロンは再び眠りについた。


(新しい術ねぇ……フラム=ラシーヌの更に上級な術でもあるのかな)


 メタトロンを見送ったクレイはそう独り言を言うと、笑みを浮かべたまま手を振っているブライアンを見定めるようにゆっくりと近づいて行ったのだった。

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