第201話 強盗団の正体!
結局のところ、いつもより様子がおかしかったフィーナは周囲から問い詰められ、自白してしまっていた。
「ですからフィーナはあざとさが足りないのです」
「あざとさってどんな感じなのラファエラ」
[庇護欲を全然掻き立てられないってことじゃね。そうだな……ちょっとしたことで、なよなよしたり、めそめそしたり、ぽよぽよしたり]
「ぽよぽよは分かるんだけど……」
「俺は全然分からない」
[セイも! セイも分からない!]
そして食事が終わったクレイたちは、ゆっくりする間もなく自警団の本部(詰所)へと戻っていく。
いつもならデザートの一品も頼むところだが、さすがにブライアンたちがコランタンという盗賊ギルドの長を捕まえた直後では、戻らざるをえない。
また王都の物資がどの程度不足しているか把握していないため、贅沢品であるスイーツを注文して余計な反感をかう原因を作る必要も無い。
そう判断したのだった。
[ま、お子ちゃまはそこいらへんの大人の機微については人生の諸先輩方に聞くんだな]
「まぁどうしましょう。私は教会の中で育ったもので、そういった男女の駆け引きと言うものはまるで知らないのです」
どうやら話題は、歩いているうちにフィーナ自身からクレイたちも含めたものになってきているようだ。
クレイはラファエラが明らかにこっちにその手の話題を振るな、と言わんばかりの態度になっているのを見るとクスリと笑い、近づいてきた自警団本部の門扉に向けてやや足を速めた。
[ほーそうなのか、ここにロザリーの奴がいれば、それなりにうまく教えてくれそうなんだがなぁ……アイツ来てねえのか?]
「今回はリュファス兄ともどもお留守番だよ。討伐隊の方をほったらかしにするわけにもいかないからね」
そんな時に話を振られたクレイは、残念そうな顔を作ってそう言うと、天の助けとばかりに手に届く位置まで来た家の門扉を開けて中に入る。
「おー、奇麗になってるな」
クレイたちが来た時には、まばらに雑草が伸び始めて落ち着かない様子だった庭。
だが今はアスタロトの手によってすっきりと葉先も揃えられ、緑色の絨毯を敷き詰めたような見た目になっており、それを見たクレイは足を止めて何度か頷き感心した。
[おい何やってんだ相談役サマ。早くも仕事だこっち来て手伝ってくれ]
「え? 仕事って?」
しかしバアル=ゼブルの情緒のない声により現実に引き戻されたクレイは、口を尖らせて渋々家の中に入っていったのだった。
「おうおう、てめぇがぁ、クレイってクソ野郎かい! このコランタン様をぉ無実の罪で引っ張ったことぉ、どうやってぇ始末つけてくれやがんだぃ!」
「……仕事って?」
部屋に入るなり中にいたコランタンにそう詰め寄られたクレイは、困惑した表情でブライアンの方を向く。
「ははは、それが我々が先ほどコランタンを逮捕した時の手続きが、違法なのではないかとお怒りになられまして。それで相談役にことの是非を伺おうかと」
「……仕事?」
ブライアンから説明を受けたクレイは周囲を見渡し、そこにある顔が予想通りだったのを確認すると何となく絶望して天井を見上げた。
「仕事かぁ……じゃあ仕方がないよねー……」
なんで厄介ごとは自分に集まってくるのか。
クレイは頭を抱えると、状況が呑み込めずにキョトンとしているセイに力なく笑いかけるのであった。
「はいそれじゃこの紙に名前書いて」
「あぁん? 逮捕の不当性についてぇ語ろうって時にぃ、なんで名前をぉ書く必要があるんだぁ?」
「俺も書くから書いて」
「ンぶるぃッ!? ……仕方ねぇなぁ……ほらよぉ」
ジッと見つめてくるクレイの瞳を見たコランタンは、一瞬だけ全身を震わせた後に黙って紙にサインをする。
「はいそれじゃラファエラ司祭も名前書いて。それで教会は一応中立の立場で話し合いの内容を稟議書におこしてください。これは後々までこんなトラブルが起きた時の基準となるので、不正の無いように」
「分かりましたクレイ」
ラファエラはすらすらとサインをすると興味深そうにクレイを見つめ、ウフフと微笑んだのちに軽く体を左右にリズミカルにゆする。
「それでクレイ、私はいつぽよぽよすればいいの」
唐突なフィーナの質問にもクレイは慌てない。
(ジョゼならなぁ……なよなよもめそめそも可愛いんだけどなぁ……フィーナがやるとちょっとキツいって言うか……年齢的な衰えが目立つっていうか……)
「そうだな、フィーナは頭のぽよぽよが治るまでエリザベートさんとアスタロトと世間話でもしてくれ」
「はい」
そして冷静なクレイの判断によりスルーされたフィーナが、肩を落としてすごすごと部屋を出て行った後。
「それじゃ今回の誤認逮捕……いや不当逮捕……ええと? なんだこれこんなケースの逮捕はさすがのアーカイブ領域にも無いぞ」
「ははは、まぁ脅迫に等しい逮捕ですから、誘拐と言った方がいいかもしれませんね」
「全然笑いごとじゃない! もう答え出てるじゃないか!」
ブライアンの爽やかな笑顔により、クレイの王都での初仕事は始まった。
「俺からぁ話を聞きたいぃだけならぁ、最初からぁそう言やぁいいじゃぁねぇか、まったくよぅ」
「貴方は忙しいのか忙しくないのかよく分かりませんし、なるべく魔神たちに話を聞かせたくなかったのですよ」
「だからと言って自警団の倫理を問う形でコランタンさんの聴取を行うって回り道過ぎない?」
「ははは、その方が警戒されないかと思いまして」
ブライアンはよく笑う男だった。
薄っぺらい笑いを、薄気味悪いほどに。
「天使様、ブライアンは自分の都合のためにすぐ嘘をつきますから、信用してはいけませんよ」
「大人は嘘を回すものさ。建前と本音、いつも言っているだろうエドガー」
「回り回った嘘が、お前の首に巻き付いて締め付ける日を心待ちにしてるよ」
「ははは、これは一本取られたかな」
エドガーから辛辣な評価を受けても、その笑顔が崩れることは無い。
それ故に他者からの評価は、有能ではある、ただし……などと印象の良さを訂正するような但し書きがつくこと間違いなしといったところであった。
「それでぇ? 最近とみに増えてきたぁ、強盗事件についてぇだっけかぁ?」
「そうですね。王都攻防戦の前までは、これほど人間の手による強盗が発生することはありませんでした」
「魔物の仕業ってぇこたぁねえのかぃ?」
「それを確認するための聴取でもあります」
ブライアンは人間の仕業である証拠を掴んでいるか否かを口にせず、コランタンににこやかな笑みを向けた。
「ふうぅんむうぅ……確認するのぁ、強盗が人か魔物かってえことぉだけかぃ?」
「正直に申し上げると、貴方が協力的か非協力的かを見定めることも含まれております。人手が足りていたら、わざわざこんなことを口にして聴取の手間を省く必要も無いのですがね」
聴取の手間が省ける代わりに逮捕への手間が増えますが、などとは言わない。
ブライアンはにこやかに、ただにこやかにコランタンに微笑むだけである。
「仕方ぁねぇなぁ。俺の知ってるぅ、範囲だけぇ話してやるぅ」
「それ以上の情報はこちらもち? それとも報酬次第でそれ以上を?」
「報酬次第だなぁ。俺の好きな酒の肴ぁ、知ってるんだろうぅ?」
「王都偵察がきっかけで僕はここに駐留することになりましたからね。さて、それでは話していただけますか」
ブライアンがそう言うと、エリザベートが先ほどクレイたちに出した出がらしの茶葉にハーブを足し、再びお湯を注いで持ってくる。
「長いお話では口の中もお渇きになるでしょう。どうやら今日は悪い人たちの取り調べでもないようですし、構いませんねブライアンさん」
「助かります」
そしてコランタンによる最近の王都の裏事情の説明が始まった。
「ってなぁわけだぁ。俺たちぃ盗賊ギルドの連中もぉ、奴らにはほどほどぉ、手を焼いてるってわけなのさぁ」
コランタンの説明を聞いた自警団の者たちは、一様に浮かない顔をしていた。
「エドガー、君はこの子たちの噂について何か耳にしたことがあるかい?」
「無い。俺は確かに孤児たちのまとめ役だったが、王都に居たすべての孤児たちの、というわけじゃない。いくつかにグループは分かれていたから、その中の一つが自警団が無くなったことを契機に先鋭化しても不思議はないだろう」
その浮かない顔の理由は、強盗事件の犯人が孤児たちだというものだった。
「どおぉうぅするんだあぁ? お前らぁよぉ」
「どうする、と言われても……逮捕するしかありませんが……」
「ありませんがぁ、何なんだいぃ?」
コランタンはニタリと笑って肘をつき、ブライアンを斜めに見る。
「ひょっとしてブライアンよおぅ、孤児たちが生まれた理由もぉ、そいつらぁが悪さをせざるうぅを得なくなった理由もだぁ、ぜぇんぶテメエらと魔族が理由ってぇことぉお気にしてんのかいィ?」
「気にしますね」
「クキケケッ、こぉの偽善者がよぉ……だがぁ、その正直さぁに免じて許してぇやるぜえぇ」
コランタンは愉快そうに高笑いをすると、エリザベートが入れたハーブティーの湯呑をガッと掴み、豪快に飲み干す。
「ごちそうになりやした奥方。おめぇらさんがたぁ、まだこの俺に話があるんだったらぁ、カフェプロロコープに来なぁ」
返事が無いのを確認すると、コランタンは先ほどの不機嫌とはうってかわって機嫌よく自警団の詰所を出て行った。
その後残された自警団の面々は。
「えーと、さっきの話をまとめると、自警団は違法スレスレの捜査どころか違法捜査をしてるので有罪かな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいクレイ様!」
相談役のクレイにこっぴどく叱られたのだった。