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第200話 重要人物を確保しよう!

「ウチはかまどの神だから人が住んでる建物があるならどこに居ても不思議はないの。それよりお客様、ご注文は何にするの?」


「あ、はい……えーと……ここのメニューがフォルセールの奴と同じならいつもの兎のソテー、ブルーチーズソース和えで……」


「はいなの! そちらのお客様はどうされるの?」


「そうですね、我々はまだまだこちらのメニューを覚えていませんので、後で注文を取りに来てもらってもよろしいでしょうか」


「分かったなの~」


 かまどの神であるヘスティアーはニコリと笑うと、厨房へと向かう。


「兎のソテーが一つなの。でも他のお客様の注文はまだ承ってないの」


「分かりました。声からするとクレイ様たちのようですね」


 そのやりとりを聞いたクレイはガクリと肩を落とし、脇に居るバアル=ゼブルの顔を見る。


[なんだ? 俺の顔にメニューは書いてねえぞ]


 ニヤニヤと笑うその顔は、クレイの推測を確信へと変えた。


「イリアスさんとヘスティアーさんの二人を呼んだのは誰なのかなって思っただけだよ」


[ご名答。ヴェラーバで食ったあいつの料理がどうにもこうにも恋しくなっちまってな。色々と裏で画策してみた結果、そこのセイって嬢ちゃんに紹介してもらえたってわけだ]


「なるほどね。オリュンポスの神である二人は中立の立場だし、上層部のお墨付きとあっては王都で店を開いても問題視する魔族もいないか」


 どうやらセイが王都に自由に出入りできるには、それなりの理由がいくつもあるようである。


 しかもそれらすべてが旧神絡みで。


「合縁奇縁、か」


[いきなりどうした、難しい言葉を使って俺を煙に巻こうとするたぁ生意気な]


「……早く注文を決めなよ」


 呆れた顔で答えるクレイを見たバアル=ゼブルは、鼻白んだ様子で黙り込んでメニュー表に目を落とす。


[んじゃ俺はカスレにすっか。鴨のコンフィもついてくるみたいだし]


 そして肉と豆を煮込むカスレ、弱火にかけた油でじっくりと肉を煮込む料理であるコンフィを選ぶと、メニュー表を隣のアナトに手渡して厨房へと視線を向けた。


[……でけぇな]


「ん? 何が?」


[いやお前何がって……言わなくてもわかるだろ、ばるんばるんじゃねぇかよ圧し潰されそうだぜ]


「だから何が」


 分かっていてもラファエラの前で答えたくはない、料理人であるイリアスのみならずヘスティアーまで王都に呼んだことに、悪意しか感じられない事象に対する解答。


 クレイは質問を発した本人にそのまま投げ返すという非道な行為を為し、澄ました顔で知らないふりを決め込んだ。


[んーだよカマトトぶってんじゃねえよ。ほら、ヘスティアーの姉ちゃんの……]


 その瞬間、ドス黒い感情がバアル=ゼブルの背筋を貫き凍り付かせる。


「どうしました? バアル=ゼブル」


[の……の……野兎……がだな、ほれ、あそこのイリアスが献上しようとしたのが二人の馴れ初めなんだってよふひー]


 ラファエラの美しいながらも闇に包まれた笑顔に、うまく舌が回らない声で説明をしたバアル=ゼブルは、ラファエラの視線の先が変わったことに安心して深く息をついた。


「あら、そうなんですかヘスティアー、イリアス」


「なの~」「いえ、そんな大層なものでは……」


 反応がそれぞれなのは、それぞれの心の余裕を表すものか。


 クレイは興味深そうに二人を見た後、ふと先ほどのフィーナの様子がおかしかったことを思い出してその姿を追い求めた。


(ん? こんな場面でアーカイブ術を展開してるとは珍しいな)


 半透明の光るプレートに、絵ではなく色々とメモをしているフィーナを見たクレイは、こっそりと席を立って後ろに回り込む。


「食事前に行儀が悪いぞフィーナ」


「ひふぃッ!? ちょっと! 何レディの秘密を見ようとしてるのよクレイ! 紳士にあるまじき行為よアルバ候に訴えちゃうわよ!」


 すると余程見られてはマズイものを書いていたのか、クレイは即座にフィーナに噛みつかれるが、クレイが慌てる様子はまるで無かった。


「どうぞ」


「え」


「だが俺は訴えられるまでにお前の秘密を記憶して取引材料に使う」


「えェー……」


 冷静に言い放ったクレイにフィーナはドン引きし、魔族のバアル=ゼブルですら顔をしかめた。


[正面切ってとは随分と立派な脅迫だなクレイ、さすがの俺もちょっと引くわ]


「単なる会話上の駆け引きだよ本気にしないでくれ」


 クレイは苦笑しながら答えると、プレートに書いてあった内容を頭の中で繰り返して軽く首を傾げる。


「何か不満に思っていることがあるなら相談に乗るぞフィーナ」


「べ、別に不満に思ってることなんて無いわよ」


「そっか、まぁ何かあったら相談してくれよな」


 クレイはそう言うと元の席に戻り、厨房から漂ってくるかぐわしい匂いに鼻をひくつかせた。


(ヒロインねぇ……フィーナも女の子ってことかな)


 フォルセールの討伐隊は、旅芸人に扮装して他国の偵察をすることがある。


 その際に劇をすることもあり、小さい頃のリュファスやロザリーもよく出演していたらしい。


(良くわかんないけど、絵以外の趣味も持ってくれたらいいな。よし相談されたら頑張って考えてみるか)


 実際の所、フィーナは現実でもてはやされたいと思っているのだが、今までの奇行が祟っているのかそこまで周りのサポートが行き届かない。


 というわけで。


(今まで自分の美貌にあぐらをかいて自己研鑽を忘れていたわ。そろそろ始めようじゃないの、自己アピールって奴をね!)


 誰にも気づかれない、フィーナの静かな牽制が始まろうとした時。



「お~う、邪魔するぜぇマスター」


「おや、いらっしゃいませコランタンさん」



 ふてぶてしく、妙な威圧感を持つ一人の老人が店に入ってきて、慣れた様子で奥のテーブル席に座ったのだった。



(あの威……何者だ?)


 クレイは思わず上体を傾け、すぐに立ち上がれるようにする。


 老人の放つ威は殺気の類ではなかったが、周囲にいるもの全員の値踏みをするような、怪しくまとわりついてくるものだったからである。


[コランタンが気になるのか? クレイ]


「あ、ああ……知り合いか? バアル=ゼブル」


[あいつぁ最上位魔神の一人ブエルだ。哲学ってのか? 難しい学問にも精通しているみてえだが、俺たちは腕のいい医者として信頼してる]


「へぇ……」


[今は人間に乗り移ってるから人型だが、獅子の頭に山羊の足が車輪上にくっついてるのが本来の姿なんだぜ]


「何それ見たい」


 クレイが先ほどとはまったく違った理由で上体を傾けた時、コランタンが入店してきた時から、ずっと小声でモートたちと打ち合わせをしていたブライアンが軽く微笑んだ。


「意外と早く見れるかもしれませんよクレイ様」


「え? それってどういう……」


 唐突に発せられたブライアンの言葉を理解できず、クレイが困惑の表情となった時、店の中に異変が起こった。


「きゃっ水をこぼし……」


[盗賊ギルド長コランタン! 最近の王都で頻発する強盗事件について貴様に話がある! 神妙にお縄につけ!]


「え、いや私水をこぼしちゃった……のですが」


 いつの間にか席を立ち、コランタンの座っているテーブルまで移動していたアナトが言い放ったのだった。



[あぁん? お縄につけだぁ? どぉこにでもいるぅ、しがないぃ町医者に対してぇ、ひでぇ言いがかりじゃねぇかアナトさんよぉ]


 だがコランタンは驚かない。


 それどころかふてぶてしい態度のまま腕を組み、逆に挑戦的な視線をあのアナトに向ける余裕すらあった。


[言いがかりかどうかは詰所で聞く]


[そいつぁ随分と横暴だなぁ。そもそもぉ、そこに連れていくための罪状すらぁ用意してねぇたぁ、手抜きにも程があるってもんだぜぇ?]


[罪状ならある]


[ほぉう? そんじゃぁそいつを出してもらおうじゃねぇかぁ?]


 緊迫したやり取りが続き、そしてそこに集中する皆の視線が何かを圧迫したかのように、それは一瞬で爆発的な結果をもたらした。


[それ]


[なぬ?]



 アナトが上半身の衣服をはだける、つまり乳をほりだしてコランタンに見せつけ、さらに重力の魔術で手を吸いつかせたのだ。



「十二時十分、確保です! お手柄ですよアナトさん!」


[すまんなブエル! 俺は一応このやり方に反対しておいてやったぞ!]


[ちょっと待てぃてめぇらぁ! 俺の冤罪ィどころの話じゃねえ! 俺を捕まえようとするぅ、当の本人様たちの方が犯罪者じゃねぇかぁ!]


[いきなり私の胸を揉みしだくとは不貞な奴め! 話は詰所で聞く! キリキリ歩け!]


 ブライアンの号令と共にモートがアナトの加勢に加わり、コランタンの抵抗むなしく彼はあっさりと縛につく。


「お客様~ご注文はお決まりなの~?」


[あー、俺はカスレとコンフィで頼む]


「すいませんが我々の注文はテイクアウトに切り替えていただいてもよろしいですか? 料理が出来上がった頃にエドガーに持って帰ってもらいますので」


「承知いたしましたなの~ご来店お待ちしておりますなの~」


「へ? へ?」


 困惑するクレイを他所に、ブライアンたちはコランタンを自警団の本部へと連行していったのだった。




 昼の食事時ゆえか。


 嵐のような忙しさが店内を駆け抜けた後、その喧騒分を取り戻すかのようにクレイたちは届けられた食事を静かに口にする。


「あ、ごめんなさいクレイ、水を貴方の膝にこぼしてしまったわ」


「いいよフィーナ、このくらいなら魔術ですぐに乾くから」


「あら、そう……」


「貴方の炎の力では微妙な匙加減も面倒でしょう。私が乾かしておきますよ」


「ありがとラファエラ司祭」


[おいクレイ、ちょっと塩を取ってくれ]


 静かな空間、時間も止まったかのような店内。


 やや寂しさすら感じさせるその中で、クレイたちはもそもそと昼食を口にしていった。

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