第2話 討伐隊!
ここはセテルニウス。
天使と魔族が激しく争い続ける、地球と瓜二つの世界。
天魔大戦と呼ばれる、天使側と魔族側の争いの影響によって地形や法則などのいくつかが変化しているものの、それ以外は殆ど数百年前の地球と変わらないこの世界に聖テイレシア王国と呼ばれる国がある。
この世界で一番大きな大陸であるアルメトラ大陸西部、地球で言えばユーラシア大陸西部フランスのあたりに位置するその国は、十数年前に勃発した前回の天魔大戦で王都を奪取されてしまっていた。
奪われてから数年後、王都奪還作戦ウォール・トゥルゥーを行うも失敗し、それによって被った痛手から人間や天使側は未だに立ち直れず、また魔族もその戦いで主だった者たちをすべて王都に封印されており、決め手を欠いた両者はこの期間ずっと膠着状態にあった。
その聖テイレシア王国の王都にほど近い場所にあるフォルセール領を治めるアルバ=トール=フォルセールの養子、クレイ=トール=フォルセール。
彼はそのような状況の中で人の生を刻んでいた。
つい昨日までは。
「何で!? どうして!? 俺が討伐隊に入れないってどういうことだよリュファス兄!」
フォルセール領の中心、フォルセール城からかなり離れた草原。
そこに五~六人ほどの大人であればゆったりとくつろぎ、気ままに動き回れるほどの巨大なテントがぽつぽつと立ち並んでいる。
そのうちの一つ、ひときわ大きい団長用のテントから悲鳴が上がった後、それは程なく先ほどの怒声へと変わっていき、外で手仕事をしていた女性やその手伝いをしていた子供たちは、またかと言った顔をするとすぐに自分たちの作業へ戻っていった。
その団長用のテントの中で揉めているのはクレイとリュファス。
つい昨日まで、討伐隊の任務への参加を認めるかどうかの試験を受けていたクレイに一体何が起こったのだろうか。
「うるさいぞクレイ! お前ちゃんとラファエラ司祭の話を聞いてたか!? 天使は人の営む生計にあまり深く関わっちゃいけないんだよ!」
「二人ともちょっと声が大きいですよ。えっとラファエラ司祭によると、迷宮の探索などは天使の管轄外に入るから駄目だそうなのです。なので諦めるですよクレイ」
「そんなぁ……じゃあ俺なんのために今まで頑張ってきたんだよ……お宝ザクザクの迷宮に入って、一番手柄を立てた者に分配される魔法の武器やアイテムをゲットしようと思ってたのに」
どうやらその原因は、クレイが天使と成ったことにありそうであった。
討伐隊の入隊試験用に用意された謎のスライムによってドザエモンとなり、人の生を終えたはずのクレイは天使に転生してその生を永らえた。
しかし人の枠を超えた力を手に入れた彼は、人の枠に踏み入ることも同時に許されなくなったのだ。
「まぁそんな落ち込むなよクレイ。解決策がないわけじゃないんだから」
と思われた矢先、リュファスの口からそれを回避する可能性が告げられる。
「えっ! ホントにリュファス兄!?」
「あー、まぁ本当だ。だがそれを言う前に、お前に一つ言っておくことがある」
「なになに? 今なら俺なんでもリュファス兄の言うこと聞いちゃうかも!」
顔を輝かせ、身を乗り出してくるクレイからリュファスは少々体を退かせる。
「討伐隊に入ったら団長と呼べ。いくらお前が領主様の息子とは言っても、ここで働く以上は新入りだ。新入りは新入りの対応をしないとな」
「判った! 団長のリュファス! これでいい!?」
「……気のせいか扱いが悪くなった気がするんだが。って言うか、お前討伐隊の見習いになってから言葉遣いがめちゃくちゃ悪くなったよね」
「きっぱりリュファスの悪影響だと思うですよ。それに自分で団長と呼べって命令したんだから、納得するですリュファス」
不機嫌そうに口を曲げ、愚痴をこぼすリュファスの隣から、何食わぬ顔でクレイの擁護を始めたロザリーにリュファスは渋い顔をする。
「ロザリー、お前クレイに甘すぎるぞ」
「リュファス兄……団長のリュファスに厳しいだけじゃないの?」
「厳しくするのも仕方が無いのです。先代のカロンさんから団長の座を受け継いだばかりだから、ビシバシ鍛え上げないといけないのです」
図星をつかれたと言った様子で黙り込んだリュファスは、頭の後ろで両手を組んで口を尖らせながら天井を見上げた。
「まさかカロンのおっちゃんが、お隣のベイルギュンティ騎士団の相談役に任命されるとは思ってなかったからなぁ。前回の天魔大戦が終わって急いで新設したから、皆経験に乏しくて意見が欲しいんだろうが、おっちゃんが宮仕えできるとは思えないんだよなぁ」
「天険の地にあぐらをかき続けた結果、自分の足で立つことができなくなった領地にはいい薬だったのです。それに先代の故郷でもあるし、年老いたご両親の所に戻るには丁度いい機会です。アネモーネおばさんも一緒だし大丈夫なのですよ」
ほんの少しだけリュファスとロザリーの顔をよぎる寂寥感。
その寂しさを振り切るかのようにリュファスは顔を左右に振ると、クレイへ討伐隊に参加するための方法を説明していった。
討伐隊。
聖テイレシア王国のみならず、他国でもかねてより存在が噂されているこの部隊は、普段は旅芸人の一座に偽装しつつ、その合間を縫ってフォルセール領の裏仕事を一手に引き受け、実行している。
裏仕事と言っても、かつてこの聖テイレシア王国に隠然とした影響力を持っていた暗殺集団、吸血鬼のみで編成されていたエカルラート=コミュヌと違い、人殺しをその生業としているわけではない。
討伐隊である彼らは表沙汰にできない仕事をこなし、帳簿に記載できない利益をあげる。
つまりは魔物を討伐して得た素材の一部を国に納めずにすべてフォルセール領主に献上したり、他国や他領に存在する迷宮の盗掘、または諜報工作などをその生業としているのだ。
その性質上、入隊には厳しい審査に加えて、隊員に血縁があるものに限られる。
あるいはフォルセール領にかなりの貢献をした者、またはその紹介を受けた者に限られるなど、余程の信用を持つ物しか入隊を認められなかった。
「ま、ちょっと長くなったがこう言うわけだ。お前の義父ちゃんのアルバ候も先代の司祭様にこの許しを得た後、海で大活躍したんだぜ」
リュファスの説明を聞いたクレイは目を輝かせ、両手をぐっと握りしめる。
「ラファエラ司祭に人の生活にお邪魔してもいいって許可を貰えばいいんだね! 判ったよ団長のリュファス!」
「……もうリュファス兄のままでいいや俺」
「あ、うん……判ったよリュファス兄」
と言うわけで、クレイはフォルセール城へ戻ることになったのだった。