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第199話 ランチにしよう!

「……クレイ様」


「なんだいサリム」


「私は外で待っていてもよろしいでしょうか」


「分かった」


 帰ってきたブライアンとエドガーを見て顔を青ざめさせたサリムが言った一言に、クレイは迷う必要もないとばかりに即答するとその背中を見送った。



「初めまして。クレイ=トール=フォルセールです」


「初めましてクレイ様。私はブライアンと言って、かつてはフォルセールの騎士団で隊の一つを任されていたものです」


 ブラウンの巻き毛と瞳を持つ青年ブライアン。


 優しい顔と暖かい口調の裏に、何かやましいものを隠したような印象を受ける青年の差し出した手をクレイは軽く握り、何気ない挨拶を交わす。


「しかしお懐かしい。私がフォルセールに居た頃、貴方はまだ教会で育てられていたのですよ」


 そして二人は軽い世間話をしながら情報のすり合わせを始めた。


 得た情報はこれまでのものと殆ど変わらないものだったが、バアル=ゼブルがクレイの傍でニヤニヤと笑い、また隣の部屋でモートとアナトの二人が報告書をまとめているこの状況では無理も無かっただろう。



「さて、ルシフェル様から大体のお話は聞かせてもらっております。自警団の相談役を頼まれたとか?」


「と言うことになってるんだけど……正直なにか裏があるんじゃないかって思えてあまりやりたくないんだよね」


「なるほど。それではバアル=ゼブル様はこの件についてどうお考えなのです?」


[あん? どうお考えって……そりゃ今日の昼飯について考えてたところだが]


「……なるほど」


 ブライアンは呆れたような困ったような顔をすると、立ち上がって隣の部屋へ続くドアをノックし、中からの返事と同時に開けた。


「エドガー、少し早いがランチにしよう」


 そのブライアンの呼びかけに、大柄な体躯に黒い瞳と黒い短髪を持つエドガー少年は反抗的な鋭い視線を返した。


「……外食するような金は自警団には無いぞ」


「クレイ様が相談役についている間の経費は、魔族持ちということでルシフェル様やジョーカー様と話はついている。お金については気にしなくていいよ」


「お金については問題ないとしても、魔族と仲良しこよしで外食している姿を町の人たちに見られることについてはどう考えてるんだ」


「僕たちが外食をすることで町にお金が落ちると喜んでくれるさ」


 ニコニコと笑いながら言うブライアンを見たエドガーは軽く舌打ちをする。


「行くならお前たちだけで行ってくれ。俺はモートとアナトの報告書のチェックで忙しい」


「おやおや食事抜きで仕事かい? 確かにお二人とも空腹とは無縁かもしれないけど、食事による心の満足は神にとっても大切なものだと思うよエドガー」


 が、エドガーの苦言はブライアンにまるで届かず、悔しそうに歯を食いしばったブライアンは報告書に向かっている二人の旧神を睨みつけた。


[私は別に構わんぞエドガー。食事であろうが、お前であろうが、構わず美味しくいただかせてもらう]


[俺も構わん。まだ酒も飲めぬ子供が一人で食事をとるような姿は見たくない]


「まあまあ、それじゃ今日は私たちと食事をご一緒しますかエドガーさん」


 アナト、モート、エリザベートから矢継ぎ早に言われたエドガーは、顔を歪めてうつむいてしまい。


「分かった、俺も王都の外がどうなってるか知りたいから食事のついでに聞かせてもらいたい」


 泣き出しそうになる顔をグイっと手で拭うと、率先して外に飛び出す。


「あっ……と、悪いな従者さん」


「いえ、私のことはお構いなく」


 しかしあまりに勢いが良すぎたのか、外で待っていたサリムにエドガーはぶつかりそうになり、慌てて謝罪をした。


「確かに俺なんかがぶつかっても問題なさそうなほど頑丈そうだな。見た所人間だけど、天使様の従者を務めてるってことはそれなりの力を持つんだろうし……あんた名前は?」


「私はクレイ様の従者、名前を覚えてもらうまでもありませんよ」


「でも天使様の従者ってことは、あんたもこれからしばらく自警団に来るんだろう? それなら名前を聞いておいた方が何かと都合がいいと思うんだが」


「……」


 サリムが迷う様子を見たエドガーは目を何回かしばたかせ、頭を下げた。


「あんたにも何か都合があるんだろうに無理を言ってすまない。名前を教えても良くなったらその時は教えてくれよな。なんだかあんたは……妙に親しみやすさを感じるんだ。まるで昔からの知り合いみたいに」


 エドガーはそう言うと笑顔になり、家の中から出てきたブライアンたちと庭の外へと出ていった。


「サリム」


「クレイ様、私は……」


 最後に出てきたクレイが小声でサリムを呼び、返答をしようとするもすぐに口をつぐんだサリムを見たクレイは軽くその肩を叩いた。


「エリザベートさんの護衛を頼んでもいいか?」


「……分かりました」


 クレイたちと入れ違いにサリムは家の中に入っていき、同時にモートとアナトの二人も家の外に出る。


「あれ? 二人とも報告書は?」


 確か先ほどまで報告書はほぼ街並みの様子を書いているのみで、それに関する彼らの所見などはまったく書かれていなかったはずだが……?


[私を誰だと思っているのだクレイ]


「神様かな」


[そういうことだ。それにモートの監視役も必要だろう]


 後ろについてきているモートをアナトは肩越しにチラリと見ると、煽情的な赤い唇の端をペロリと舌で舐めた。


[クレイに妙なことをしようなどと考えない方がいいぞモート]


[俺をお前と一緒にするなアナト。これでも公私の区別はつけている]


 堂々たる偉丈夫、闇の炎モート。


 その威に相応しい体躯を持ち、黒いマントの下に赤い全身鎧を着込んだ外見からは常に灼熱の溶岩のような圧を放っている。


 そのモートの視線をまともに受けながらも、アナトの不敵な態度は変わらなかった。


[今の言葉、しかと覚えたぞモート]


[……ブライアンとエドガーが待っていよう。早く行くぞ]


[臆したか?]


[その発言が公私混同と言うのだ]


 一触即発。


 以前であれば、アナトの機嫌が悪くなればあっさりと引いたはずのモートが前に押し進んできたことにより、場の雰囲気は急激に質量を帯びる。


 二人の後ろを歩いていたクレイは溜息をつき、止めるタイミングを横に並んで歩いているバアル=ゼブルに聞こうとするも、そのアテがニヤニヤと笑って野次馬に徹する構えを取っているのを見て肩を落とした。


「いいのか? 止めなくて」


[大丈夫だろ。ああ見えて二人とも分別ってやつはそれなりに持ってるし、ここには俺、お前、ラファエル、そして……ああ、サリムって奴はいねえがまぁこれだけいれば結界で抑え込めるさ]


「あれ? アスタロトは?」


[ああ、なんか堕天使同士の話があるからどうしても残らせてほしいんだとよ]


「ふーん……」


 バアル=ゼブルの言葉に安心したと言うわけではないが、クレイは黙って二人の言い争いを見守ることにする。


 懸念していたフィーナの絵画も、この二人では創作意欲をそそられないのか、フィーナは死んだ魚の目のような白く濁った眼で見ているのみであり、バヤールと言えばバアル=ゼブルと同じくニヤニヤとしながら成り行きを見守るのみ。


 ラファエラは先ほどのバアル=ゼブルの説明、アスタロトが堕天使同士の話があるために残ったと聞いてから何やら考え込んでいる様子で、やはり仲裁に入る気配はなかった。


(あーやだな、せっかくの食事が不味くなっちゃうよ)


 このままギスギスした雰囲気で食事もするのかとクレイがげんなりした時、その場に清涼な一陣の歌声が吹き抜けた。



――あけぼのの 山際に 豊かな白光が 満ちていく さぁ窓を開けて 疲れた人々を迎える準備をしよう――



 するとセイの歌声に毒気を抜かれたのか、モートとアナトが苦笑いを浮かべてお互いに顔を背け、バアル=ゼブルも感心したような顔でセイの方を向く。


 前を歩いていたブライアンも後ろへ振り返り、更にその前を歩いていたエドガーは口を尖らせ、視線をやや下へ向けながらセイを見た。


「……魔物のくせに、相変わらずいい声をしてるな」


[ありがとエドガー!]


 渋々と言った顔でエドガーがセイの歌声を褒めると、セイは屈託のない笑顔で喜び、その様子を見たエドガーは顔を赤らめてそっぽを向いた。


[お? お? 春は恋愛の季節ってか?]


「う、うるさいぞバアル=ゼブル!」


[おいお~い、様をつけろよエドガー君よ~、俺たちゃこれでも神様なんだぜ~?]


「やめなよ」


 まさか子供の恋愛感情をもてあそんで楽しむような、品性のない行動をとる大人げない神がいるとは。


 クレイはバアル=ゼブルを蔑むように冷たい視線を向け、それに気づいたバアル=ゼブルはややたじろぎながら両手を広げて胸のあたりまで上げ、首を振る。


[これくらいの障害で手を引くようならそれまでの恋だったってことさ]


「物は言いようだね。芽吹いたばかりの若芽を片っ端から引っこ抜いたり踏み潰したりして喜ぶ子供を注意した時の言い訳にそっくりだと思わない?」


[俺のは言い訳じゃないからな]


「うーんこの」


 のうのうと言い放つバアル=ゼブルの態度にクレイは呆れ果て、それ以上の苦情を言うのを諦めて歩き始める。


「まずいわ……これは非常にまずいわよ……」


 そしてその姿を見ていたフィーナは眉根を寄せ、深刻そうな表情となってクレイやセイたちを見た。


「どうしたんだよフィーナ。お前に関係した話題は無かっただろ?」


「そういう問題じゃないのよ!」


 フィーナはやや顔を青ざめさせ、美しい金髪を振り乱しながらクレイに迫る。


「お、おい……近いって」


 鬼気迫るその勢いに負けたクレイが一歩後ずさった時、前を歩いていたブライアンからのんびりした声が発せられた。


「お待たせしました皆さん。それではランチにしましょうか」


 こじんまりとした石造りの建物の一階の看板に、タイユヴァンと書かれた青銅製のプレートが掛けられたレストランへと入っていくブライアンの後にクレイたちは続く。



「いらっしゃいませなの~。お客様は何名様なの~?」


「……何でヘスティアーさんが王都にいるの?」



 店の中で出迎えてくれたのは、オリュンポス十二神の一人にしてかまどの神であるヘスティアーであった。

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