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第198話 潔白で頑固に生き続けたもの!

[そんじゃ行くか。自警団の本部(仮)はこっから歩いてすぐの所だ]


 再び宿に尋ねてきたバアル=ゼブルの号令の下、クレイたちは自警団の本部へと向かった。



「え? ここ?」


[ここだ]


「民家にしか見えないんだけど……」


 バアル=ゼブルが案内した先は、城郭都市には珍しく軒先にちょっとした庭が広がっているものの、それ以外は普通の一軒家だった。


[正直、今の俺たちじゃ自警団に回せる予算も人員も無くてな。あー、勘違いしてほしくねえんだが、余裕がないってわけじゃねえ。自警団組織の価値がいちじるしく落ちちまって、予算や人員を投入する意味が無いって思われてるのさ]


「そりゃまぁ今の王都は魔族が支配してるし、人間たちを守るための組織なんて必要ないかも知れないけど……」


 不満げに口をとがらせるクレイを見たバアル=ゼブルが肩をすくめ、アスタロトをチラリと見ると、すぐに男装の麗人アスタロトはその意を察して溜息をつき、クレイの肩を軽く叩いた。


[んー、ちょっとキミの考えてる理由とは違うんだよ]


「違うって?」


[簡単に言うと、今の自警団には信用が無いのさ。その理由は先の王都争奪戦の時にまでさかのぼるんだけど……]


 アスタロトはそう言うと口に手を当て、何やらタイミングを計るように少しだけ無言になるとその理由を口にしたのだった。



「……フェルナン団長が亡くなられて自警団のまとめ役がいなくなったから、ということと、当時の団員たちがお前にリビングデッドにさせられて入りたがる奴がいなくなったから、という二つの理由は分かった」


[うん、そう。だから便宜上は自警団って名前がついてるけど、実質は魔族によって運営されているんだよね]


「あと一つ聞きたいことがある」


[なんだい?]


「お前がリビングデッドにした団員たちはどうなったんだ?」


 クレイの殺気が増す。


 だがそれを明確な殺意としてアスタロトに向けないのは、ここでアスタロトを倒してもアンデッドに堕ちた団員たちが元に戻るわけではないこと。


 ここが敵地であり、そしてすぐ傍にバアル=ゼブルがおり、さらにはアスタロト一人を倒しても戦局を打開できるわけではなく、何も解決に繋がらないからであった。

 

 そのクレイの思いに気づいているのか、アスタロトは寂しそうに視線を下げるとゆっくりと口を開いた。


[……ある程度の予想はついてる。実際に目にしたわけじゃないからボクの願望と言ってもいいだろうけどね]


「それでも構わない」


[おそらく現世に降臨したルシフェル様に吸収され、失われた力の一部に返還されたのだと思う。昔ベリアルが同じことをしていたからね]


「そう……か……」


 ダークマターに汚染されて元の人間に戻れず、生物として輪廻の輪に戻ることもできず、自分たちのようにならなかった生者を憎み続け、現世をさまようよりは良かったのだろうか。


 そしてアスタロトはなぜそんなことを……いや……


[彼らをリビングデッドにした理由は聞かなくてもいいのかい?]


「魔族の言い分を俺たちの倫理で言い負かせって? その先にあるのはどうあったって実際の戦い……戦争だよ。この状況でそんなことをするのは自殺行為だ」


 自暴自棄にそう言うクレイの顔は、それでも誰かにこの怒りをぶつけなければ気が済まないという相反する感情に満ちていた。


[そう、ボクたちは自衛のために彼らをリビングデッドにした。キミたちの戦意をくじくのに一番手っ取り早い方法、一番犠牲者が少なくて済む方法としてね]


「自衛だと……ッ」


 侵略者が口にしてはいけない一言。


 クレイは思わず怒りを口からほとばしらせようとし、そしてそれを止めた。


「まあまあ、お約束も無しに尋ねてこられるなんて珍しいこと。どうしたのですかお二人とも」


 何故なら自警団に使われている一軒家の玄関が開き、中から温和そうな老夫人が出てきたと思うと、魔族の中でも最上位に位置する二人に恐れげもなく話しかけてきたからであった。



「まあ、アルバトールさん……いえ、フォルセール候のご子息なのですか」


「はい、血縁は無いのですがトール家に迎えていただきました。クレイ=トール=フォルセールと申します」


「まあまあ、先代のフォルセール候と貴方のお父様には、ひとかたならぬお世話になりましたのよ」


 エリザベートと名乗った老婦人は、茶葉が入った小さいツボをポットに向けて軽く振り、その後にスプーンで微調整をしてキッチンの方へと戻っていく。


(……ポットの角度が急なのは、やっぱり物資が足りないんだろうな)


「クレイ様、少しおそばを離れさせていただきます。お手伝いさせてもらってもよろしいですかエリザベート様」


 クレイは隣に座っていたサリムが、キッチンへ消えていったエリザベートの後を追っていく姿をぼんやりと見つめる。


「まあまあ、いいんですよ、お客様にはゆっくりとくつろいでいただかないと」


 老婦人を働かせることを申し訳なく思ったのだろうが、どうやら手伝いをすることは断られたようである。


「では後学のためにせめて近くで見させてください」


「仕方ありませんねえ。まったくあの地に住まう方々は、どうして揃いも揃って自己を顧みず他人のために働こうとするのでしょうねえ」


「そんなことはありませんよ……あ、カップはこの棚のものでよろしいですか?」


「まあまあ、ではお願いできますか」


 隣で仕事を見て相手の欲していることを感じ取り、先を取る。


 すっかり執事としての仕事ぶりが板についたサリムを見たクレイは、自分も何かしたほうがいいのかと考えるも、テーブルを挟んだカウチで頼もしくふんぞり返っているバアル=ゼブルに勇気をもらい、一人うんうんと頷いた。


[何見てんだよ。つかお前さんは手伝わなくていいのか?]


「まったくだね」


[こっちはアスタロトが庭の手入れをしてるからいいんだよ]


 クレイの白い目にややたじろぎながらバアル=ゼブルが窓の外を指差すと、そこには伸びてきた雑草を発酵させて肥料に変換しているアスタロトがいた。


 どうやら連れてきた後は家事仕事をしていてもいいらしい。


 城でアスタロトから仕事を取り上げた時と同一人物とはとても思えないセリフを吐いたバアル=ゼブルが、横目でエリザベートが茶器を盆に乗せる姿をチラチラと見ながらクレイに答えていると、その視線を知ってか知らずか、エリザベートはラファエラと雑談を始めていた。


「まあ、それでは貴女が今のフォルセール教会の司祭をお務めに?」


「ラファエラと言います。それにしても見事な茶器ですね……失礼ですが、どちらでお求めになったのかお聞きしても?」


「これは亡くなった主人がまだ将軍の地位にあった頃、当時の国王陛下に褒賞としてもらったのだとか」


「そうでしたか」


 如何にも高価そうな白磁の茶器を見たラファエラが感嘆の溜息を洩らし、エリザベートと話をしていると、バアル=ゼブルがやや遠慮がちに口を開いた。


[無事だったんだな、その茶器]


[ええ、主人があの戦いに出かけた後、セファールさんが持ってきてくれたんですよ。もう自分はここに戻ってこれないだろうって言ってね]


[そうか。残せたものがあったんだな]


 白く、硬く、それ故に脆い磁器が、鈴のような軽やかな音を立てながら卓に並べられ、それに熱い紅茶が注がれていく。


 淡い暖かさを感じさせる紅茶のオレンジ色を、真っ白な磁器が美しく映えさせるその様は、なぜかクレイにベイルギュンティ領で見た漆器を思い出させた。


(色は全く正反対なのにな)


 茶葉の優しい香りが、立ち上る湯気に混ざって鼻孔をくすぐる。


 少し冷めるのをまってから口に含んだ紅茶には、香りへの意識を損なわない程度のほんのりとした甘みが感じられた。


[そういや婆さん、モートとアナトはいないのか?]


 クレイが紅茶の香りを楽しみながらゆっくりと口にしていくと、先ほどから家の中の気配を探っていたらしきバアル=ゼブルが旧神の二人の名前を口にし、それを聞いたエリザベートがほんわりと微笑んで窓の外を見た。


「お二人とも市中の見回りに行きましたわ。お客人が来たら待たせて欲しいとモートさんが言い残していましたので、それで先ほど貴方たちが家の前でお話をしていたから、ひょっとしたらと思って出てきたのですよ」


[何やってんだアイツら。そんじゃブライアンとエドガーはどうしてる?]


「モートさんに引きずられていきましたわ。机ばかりにかじりついてないで少しは自分の目で世の中を見ろとおっしゃられていました」


[モートの野郎、どの口でそんなこと言ったんだ。まぁこいつも成長の証たぁ言えなくもねえがな]


 バアル=ゼブルが水色の髪をがしがしと手でかくと、すぐに自分を落ち着かせるように長い溜息をつく。


[仕方ねえ、誠に不本意ながら俺から自警団の仕事を説明してやる]


「いらない」


[おま……]


 即答したクレイにバアル=ゼブルは絶句し、思わず半身をカウチからクレイの方へと乗り出して口を開く。


[自警団のセンパイが後輩に説明してやるってありがたいシチュエーションにいらないたぁなんだクレイ。あぁん?]


「役に立たない自慢より役に立つ指導を受けたいだけだけど何か?」


[ほう]


 バアル=ゼブルはそう言うとすくっと立ち上がり、ビシィとクレイを指差す。


[役に立つ立たないの基準すらまだ備わってない世間知らずの小僧が言ってくれるじゃねえか! 礼儀って奴を今から叩きこんでやってもいいんだぜ?]


 が、指差された側であるクレイは慌てず騒がず、王都に来てから耳にした情報をボソリと口にした。


「王都の善良な市民たちの店に随分とツケを貯めこんでるみたいだね」


[お……おう?]


「若いお嬢さんがいたら片っ端から声をかけてるらしいね。親御さんが随分と心配していたよ、アナトさんが監視に来るから営業妨害もはなはだしいってさ」


[おう]


 クレイはカウチの背もたれに体をあずけ、どかっと足を組んでバアル=ゼブルを冷たい目で見つめた。


「で、俺に何を教えてくれるの?」


[おう、メシがうまいカフェがあるんだが今から行ってみるか?]


「……それは確かに有益な情報だね。自警団の仕事とはまったく関係ないけど」


[分かってねーなぁ、いいかそもそも……]


 バアル=ゼブルがくだらない言い訳を始め、クレイはそれをすべて聞き流す。


 他の全員がそれぞれに談笑を始め、数分ほど経った時に外で変化は起きた。


「ですから譲歩というものは必要なのです。力で相手の言い分をすべて押しつぶすようなことをしては、また問題が起こった時に相手がこちらの出した提案をまるで聞かなくなりますよ」


[何を言うブライアン。また問題を起こすような輩の言うことなど聞く必要はまるでない。むしろ消してしまった方が世のため人のためと言うものであろう]


「それではこの王都からどんどん人が減っていくだけですよアナト様」


[だが罰は与えなければならん。罪人の罪状と末路が市中に広がれば人々は犯罪者に対して嫌悪感を覚え、犯罪の代償である罰に対しての恐怖感を体に染みつかせる。少人数で大多数に規律を守らせるには、どうしても見せしめは必要だ]


「モート様、それでは犯罪者とその周囲が犯罪を隠すようになるだけです。手間を増やさないということであれば、ある程度の温情をかけることも……」


「ブライアン、客人がもう来てるみたいだから話はそれくらいにしないか」


「おや、それではエドガー、貴方はモート様とアナト様を連れて見回りの報告書を作成してきてください。しかしバアル=ゼブル様が案内するからには途中で道草を食って遅くなるはずだと踏んでいたのに、思ったより早かったですね」


 賑やかに帰ってきたのは今の自警団を構成する者たち。


 旧神モート、アナト、そして人間側を代表するブライアン、エドガーの四人であった。

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