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第194話 圧倒的強者の証!

[く……クソ……この僕を誰だと思っている……最上位魔神の中でも抜きん出た力を持つ一人だぞ……あのアバドンですら僕には一目置くというのに……]


 クレイによって壁に叩きつけられ、崩れるように床に倒れこんだベリアル。


 だが流石は最上位魔神の一人と言うべきか、それでもベリアルは死ぬどころか失神することもなく、床を掻きむしりながら立ち上がろうとしていた。


「……」


[お、おい? クレイ?]


 そのベリアルの姿を見たクレイは、バアル=ゼブルが声をかけてきたにも関わらずそれを無視してベリアルに近づき。


[ぶぴッ!?]


 ベリアルの顎を無言で蹴り上げた。


「立て」


[ギ……ギ……天使の貴様に言われずとも……ゴブフッ!?]


「立て」


 再び壁に叩きつけられたベリアルは、今度は床に倒れることは無かったが、無防備に伸びあがった腹部にクレイの強烈なボディブローを叩きこまれ、体をくの字に曲げて膝をついた。


[お……おの……れ……ころ……ズッ!?]


「立てと言ったはずだ魔神ベリアル」


 動きが止まり、口から吐しゃ物を床にまき散らしていたベリアルの視線は必然的に下を向いており、よって彼は近づいてきたクレイに気づくことなく無防備に襟首をつかまれて引きずり起こされた。


「自らの犯した罪に気づくことなく、我が物顔で振る舞う下衆。お前のような奴がこの王都にいることは俺が許さない」


[そ……の……紅い目……まさか貴様……]


 クレイの右こぶしに宿る光が断罪の赤から浄化の白に変わった瞬間。


「おやめなさいクレイ。そこまでです」


「……分かったよラファエラ」


 新しい法衣を着込んだラファエラの手がクレイの視線を遮り、凄惨な裁きは止められたのだった。



「心配しましたよ、貴方がまた暴走したのではないかと」


 ラファエラはそう言うと、床に這いつくばったままのベリアルに憐みの視線を向ける。


「いくら魔王の許可があったとは言え、こんなに痛めつけることはないでしょうに。まったく貴方は無茶をしすぎです」


「魔王の頼みってだけじゃなかったからな」


 クレイは鋭い目つきでベリアルににらみを利かせると、溜息をつきながら言うラファエラにぶっきらぼうな口調で答えた。


 実際、ここまでやる必要が無かったとはクレイ自身にも分かっているのだ。


(布石……とこの場で言うわけにはいかないな)


 クレイはそう考えると、ジッと見つめてくるラファエラの目を見返すことが出来ず、視線をそらした。


 ラファエラが言うような、魔王の許可を得たから……というわけではない。


 かといって、尊敬する義父であるアルバトールを侮辱されたから逆上した、というわけでも(理由の大部分を占めるが)なかった。


(アルバ候への侮辱が俺の弱点。そう魔族に刷り込むにはもってこいの状況だったから利用させてもらっただけなんだよな……名誉を利用するようなことをして申し訳ありませんアルバ候)


 内心でアルバトールに向けて謝罪するクレイ。


「……人の話を聞いていますか? クレイ」


 そして黙り込んでしまったクレイを見たラファエラは、ひょっとするとクレイが意識をメタトロンに呑み込まれたのではないか、そして再びベリアルに飛びかかろうとしているのではないかと考え、注視する。



[油断だね天使殿]



 だから気づかなかった。


 ベリアルが密かに力をため、クレイたちが油断する時を待っていたことを。


「しまっ……」


「ラファエラ司祭!」


 直線状の赤い光がベリアルの手から発せられ、謁見の間の天井を貫通して大空の彼方へと消え去る。


「やってくれましたね魔神ベリアル……せっかく新調した法衣が台無しです」


[ククク……まさかとは思っていたが、貴様の正体は四大天使が一人、風のラファエルか。そこの小僧がぞんざいに扱っていたからすぐには気づかなかったぞ……まさか貴様のような重要人物までこの王都に乗り込んでくるとは]


 しかしベリアルの攻撃は、天井を貫通させることはできてもラファエラの身体を貫通させることは出来なかった。


「あ」


「どうしたのですクレ……え?」



 ぽと



 だが完全に外れたわけではなく、ベリアルの攻撃が貫通した法衣の部分から露わになった物を見たクレイは思わず声を発してしまい、声に反応したラファエラが身動きをした途端、その露わになった物体が地に落ちる。


[貴様……まさかそれは……]


「……」


 それはお椀を伏せたような形をした、肌色でぷにぷにした弾力を持つ二つの柔らかい素材の物体であった。



 時は止まる。


 誰もがどう行動していいか分からず、言葉を発していいのかも分からず、ただその場に留まり続ける。


 あの傲岸な魔王や不遜な旧神でさえも。



[ぎえぎょわごおげぎあぎょげあああ!?]



 そして時は動き出す。


 神はおろか、魔王でさえ動きを止めるほどに凍り付いた時間を動かし始めた不遜は、誰かの手が顔に張り付いた魔神の悲鳴によってあがなわれていた。


「……クレイ」


「はい! ラファエラ司祭!」


 あらかじめ申し合わせていた、正体を隠す芝居を忘れるほどの重圧を受けたクレイは、思わず直立不動になってラファエラに返答する。


「今……貴方は何か見ましたか……?」


「何かとは何のことでしょう!」


 そしてクレイは背筋を伝う冷たい汗にも負けず、ベリアルの顔を片手で掴んで持ち上げたままのラファエラの質問に質問を返したのであった。



 会話をする上での一つのルールを表す名言として、質問を質問で返すな、というものがある。


 質問に対してはぐらかさず、きちんと回答して会話をスムーズに進めなさいということであるが、この状況に適用させる場合そんな優しい意図は存在しない。


「……いいでしょう。貴方を旅に出したのは正解だったようですね」


「ありがとうございます!」


 即ち踏み絵。


 見たと言おうが、見ていないと答えようが、二者択一の返答をすること自体がすでに何かを見てしまった、ということを意味しているこの質問。


 唯一の正答は、何のことだか分からない、というもののみであった。



 ピシッ……ギシ……ミシ……ビキビキィ……



 謁見の間を、耳障りな大気の微振動――硬質な物質が膨大な圧力ですり潰される音――が満たす。


 クレイの攻撃に耐え抜いたベリアルですら、永劫に続くかと思われる壮絶な痛みに気を失って動きを止め、口からぶくぶくと泡を吐き出している。


 だが今もなおその頭部からは聞く者が耳を塞ぎたくなる、原子核すら破壊して素粒子にしてしまうのではないかと思わせる軋み音が発せられていた。


 いくらベリアルが魔王の不興をかったとはいえ(もはや事態はそれを超えたところにあるが)あまりと言えばあまりな仕打ちにさすがのバアル=ゼブルも顔色を無くし、そっとルシフェルに問いかける。


[お、おいルシフェル……こいつぁ流石にヤバくねえか?]


[止めたいなら止めることだ。俺は関与せん]


[オイ止めないのかよウチの魔王様はよ]


[理はラファエルにあり、非はベリアルにある。こういうときの奴の行動を妨害すると後が非常に面倒くさい。もっともお前が一か月ほどネチネチとアイツに付きまとわれ、その間ずっと愚痴をこぼされたいというなら止めはせんがな]


[なるほど仕方ねえ、ここはひとつ魔王ルシフェル様の勘気をこうむったベリアルの不幸に同情するとしておくぜ]


 その結果、魔王とその補佐は堂々と傍観者に徹することを決定した。


「えーと、えーと」


 天使の王、メタトロンを宿しているはずのクレイでさえこの成り行きには対応できず、あわあわと助けを求めるように周囲を見渡すのみ。


[んもー、しょうがないなウチの男どもは]


 よって同族の絶体絶命のピンチに立ち上がったのは、堕天使の長であるアスタロトであった。


[やれやれ忘れてたよ。風は炎をあおるだけじゃない。命の脈動たる炎によって暴を増し、威を増すのが風ってことをさ。ってことでそこのラファエラさん]


「何でしょう堕天使の長アスタロトよ」


 気軽な口調で、手をパタパタと振りながら話しかけてきたアスタロトの中心近くに位置する豊満な一部を、ラファエラは凍った笑顔の中心に虚ろな瞳を据えてジッと見つめる。


[もうベリアルも反省する余裕すらないみたいだし、離してあげてくれないかな]


 そこで初めて気づいた、というようにラファエラはベリアルの顔を見た。


「反省してもらう手間を省く、と言うのはどうでしょう?」


 そして口から発せられたのはそれすなわち滅却の意。


 天使のように……天使の笑顔でさわやかに言うラファエラを見たアスタロトは、困ったような顔で(重たい何かを持ち上げるように)ゆさっと腕を組み、さほど困っていない口調でラファエラの殺人的な視線に応えた。


[そこはキミの慈悲に頼むしかない次第さ]


 そう言うと、アスタロトは軽やかな口調で一歩踏み進む。


「……ッ!」


 信じられないことに、それだけでラファエラは動けなくなっていた。


[どうしたんだい風のラファエル。かつての君の栄光からはとても考えられないような醜態だよ]


「……貴女に栄光を称えてもらえる時が来るとは思っていませんでしたよ、堕天使アスタロト」



 圧倒的。



 ラファエラはアスタロトが一歩踏み出すごとに一歩を退く。


 まるでアスタロトの胸から放たれるオーラから押し出されるように。


 アスタロトから放たれる圧倒的強者の重圧、いくら努力を重ねようとも生まれついての才にはかなわないという証明。


 数多の男性を堕落させること間違いなしであろう、悪魔的豊乳のオーラから逃げるようにラファエラは退いた。


「……仕方ありませんね、貴女が私に慈悲を求めた時点で、それは最大限の譲歩を意味します」


 そして短い溜息をついた後、ついにラファエラはベリアルの顔から手を離し、解き放たれたかのようにアスタロトの胸部から顔へと視線を移した。


[ありがとう、さすが四大天使の一人だよ]


「私がそうせざるを得なくなる、そう確信していたからこそ慈悲を口にしたのでしょうに。本当に貴女は人を困らせるのが得意ですね」


 ラファエラは肩をすくめてそう言うと、クレイの所へと歩いて行った。



 圧倒的強者からの弱者への頼み。


 それを断ることは天使たる自分自身の慈悲を疑うだけではなく、ラファエラ自身の自尊心を疑うことにも繋がりかねなかった。


 それは巨乳への嫉妬。


 自分がもたざる者であると認めることは美徳だが、もたざる者であることをもつ者への嫉妬として露わにすることは、自分自身に価値が無いと周知させてしまうことに繋がってしまう。


 自分の価値を、身体面だけではなく精神面まで貶めようとしたアスタロトの恐るべき罠。


 ラファエラはそれを本能的に察知して回避すると、ルシフェルに背中を向けたまま問いかけた。


「他に用事はあるのですか? ルシフェル」


 ルシフェルにとってはかつての配下、仲間であったラファエラの静かな怒りが込められた言葉を、ルシフェルは玉座に座ったまま顔色一つ変えずに答えた。


[軽い宴の準備をエレオノールにさせている。まさか無下にはすまいな]


「ではその宴の時間までは自由にさせてもらいますよ」


[好きにするがいい、だが監視はつけさせてもらうぞラファエルよ。八坂の勾玉よ、虚の海に消えしモノを従え現世へ]


 そしてルシフェルはベリアルを治癒して監視の任につけると、満足したのか玉座の脇へと消えていった。


「お、おいちょっと待て!」


[お待ちくださいルシフェル様!]


 慌ててクレイやベリアルが呼び止めようとするも、ルシフェルがその声を聞き入れる様子はまったく無かった。


[プッ面白くなってきやがったな。ま、せいぜい二人とも頑張んな]


「また他人事みたいに……」


 バアル=ゼブルがニヤニヤとする姿にクレイががっくりと肩を落とすと、ラファエラも同じように肩を落としてため息をついた。


「仕方がありません。むしろルシフェルならこんなことくらいはするだろうと思っていましたからね」


 ラファエラはそう言うと、おもむろに懐から若草色に染められた一つの帽子を取り出すとベリアルが抵抗するいとまもなく頭部にかぶせる。


「では行きますよベリアル」


[ハイヨロコンデー]


「……」


 ラファエラは急に従順になったベリアルを従え、謁見の間から出て行った。


「……いいの? あれ」


[……いいんじゃね? ルシフェルの言いつけと違うところはまるでねえしな]


「そだね」


 二人は真顔で頷きあい、手を振ってしばしの別れの挨拶とした。

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