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第193話 あまり俺を怒らせない方がいい!

「これが私の知っているすべてだクレイ」


「……そうだったのか」


「我が主はずっと苦しみ続けていた。注ぎ込まれたダークマターによる穢れは内側より精神を侵食し、闇のささやきは日夜を問わず我が主を襲っていたのだ」


 王都奪還作戦、ウォール・トゥルゥー。


 その最中にアルバトールは王城への隠し通路を通り、いきなり王城の中心へと姿を現して魔族の主力へと戦いを挑んだ。


 だが闇の炎モートと刃を交えている際に、いきなり目の前に現れたエレオノールに対処できず、そのまま腕を振り払ってエレオノールの体を壁に叩きつけてしまったのだ。


 そのままエレオノールは絶命し、アルバトールはその罪の意識に耐え切れず堕天へと向かうも、何とかその場はガビーの犠牲……散華によって留まった。


 だが強大な天使へと育っていた彼の魂はそれだけで安定させることはできず、結局は両親と司祭エルザの散華という多大な犠牲を払い、ようやく現世に定着することが出来たのだった。



「今思い出すに、いくらヴェイラーグ帝国と直接戦うことが無かったとはいえ、奴らの退却に乗じて王都に攻め込むなどの積極案を出したこともおかしかった。戦いを好まなかった我が主が、好んで争いを求めるような献策を行うはずが無い。つまりあの時、我が主は既に……」


 場は沈む。


 それに付き合う理由も義理も無いはずのアスタロトですら、その目はこの場を見ずに過去となってしまった惨状を見ているようであった。


[そんな訳で、嘆き悲しむモートを慰めるためにボクは……前線から呼び戻された。モートが供出した片目を依り代にエレオノールの身体を作り直し、人には過ぎた器であるそれに魂を寄せ集め、急激な蘇生に耐えうる吸血鬼として復活させたのさ。これが王都攻防戦で起こった主な出来事のすべて、かな]



 自分がいた前線が、当時の自警団を数人を除いてアンデッド化させた場所であることをアスタロトは伏せて説明をした。


 それがクレイたちの抗議によって話が長くなるのを防ぐためか、それとも彼女なりの思惑があるのかは分からないが。



[さ、それじゃルシフェル様との謁見に行こうか。エレオノールの話が無ければ、本当ならもう謁見は開始されてるはずの時間だからね]


「……良かったのか?」


 クレイはエレオノールを転移させた犯人に心当たりがないか聞こうとしたが、既に謁見が予定されていた時間を過ぎていると聞いて口をつぐむ。


[いいさ、しておかなければならない話の一つだとボクは思ってたし、王都攻防戦についての話をすることは、キミを王都に呼び寄せたルシフェル様の思惑ともそうかけ離れていないはずだ]


「思惑?」


 クレイは一瞬だけキョトンとするも、すぐにその顔は緊張に包まれる。


[行こうか。謁見の間に行けば大体のことは分かるはずさ]


「分かった」


 その理由は、クレイに微笑みかけるアスタロトの顔の中心、笑っていないたった一つの箇所。


 二つの目に露わになった敵視を見たクレイは、仲間に注意を呼び掛けるとアスタロトの後ろについていった。



[待て]


[いや待てじゃねえよお前が自分で飛車角落としやるって言いだしたんだろうが]


[誰も将棋を待てとはいっておらん。客人が来たから指し手を待てと言ったのだ]


[それ同じことだろ!?]


「……」


 着いた先では、魔族の最上位に位置する魔神や旧神たちが居並ぶ謁見の間のど真ん中で、将棋を指しながら言い争いをするルシフェルとバアル=ゼブルがいた。


「これもう意味わかんないな」


[ま、今の王都を支配する魔族の現状がこんな感じってことさ]


[おうクレイじゃねえか、随分と時間がかかったみたいだが何してたんだ?]


 やや背中を丸め、疲れたような、呆れたような声で玉座の左側に向かっていくアスタロトを見たクレイは、気軽に片手を上げてくるバアル=ゼブルを見て表情を強張らせつつ軽く手を振る。


[さて、それでは始めるか。バアル=ゼブル、将棋盤を直しておけ]


[あ? 別にこのままでもいいだろうがよ]


[玉座の前に置いたままにするな。客人を脇に追いやる気か]


[謁見の間以外の場所で会えばいいんじゃねえか? そもそもこいつをお披露目したいってんなら、こんな手狭な場所じゃ効率が悪すぎんだろ]


[もういい。アバドン、直しておけ]


[ははっ! このアバドンめがただちに!]


 ルシフェルとバアル=ゼブルの醜いやり取りの後、アバドンの短い返事が発せられるとともにアスタロトのマントの中から屈強な魔神がするりと現れ、サササッと将棋盤を玉座の横へと持ち去っていく。


[まぁ駒の配置は覚えてるからいいけどよ]


[ご苦労だったなアスタロトが戻ってきたから次の相手は奴にしてもらおう]


[お前……]


「もういいからさっさと始めてくんない? 皆忙しいのに集まってるんだよね?」


[ほう、言うようになったではないかクレイ。だがお前の言う通りかもしれんな]


 業を煮やしたクレイの提案の元に、簡素な謁見、と言うのもおこがましい何かは始まった。


[よく来たな。早速だがお前には自警団の特別顧問に就いてもらう]


「は?」


[働かざる者食うべからず。勤勉たる天使の一員であるお前に、王都にいる間は自警団の一員として働いてもらうと言ったのだ。喜んで辞令を受け取るがいい]


「は!?」


[少ないがその間の給料も出そう。働くことが喜びたる天使のお前の目には侮辱と写るかもしれんが、魔族の元で無給で働かされたとあっては対外的な目もあるだろう。天使が魔王に隷属したとな]


「いや貰っても貰わなくても問題大有りだからそれ」


 ジト目になるクレイをルシフェルは無視し、姿を消していたアバドンに辞令を持ってくるように伝える。


[どちらにしても問題なら報酬は払わないこととするか。ブライアンも喜ぶだろう]


「いやそういう問題じゃないって言ってるんだよ!」


[では天使クレイ=トール=フォルセールを自警団の特別顧問に任ずる]


 ルシフェルが辞令を書いた紙を読み上げ、それを受け取ったアスタロトがクレイへと手渡そうとするが、クレイはするりと脇へ避けてルシフェルに詰め寄ろうとする。


「人の話を……」


[この時よりクレイは自警団の一人となるため、魔族による手出しを禁ずる。また市街の立ち入りや魔族の取り締まりに関しても、よほどの問題が無い限りは妨害することを認めぬ。クレイ、現場で困った時はモートに相談しろ]


「へ?」


[励めよ。では解散!]


 だがその後に続いた説明の内容を聞いたクレイは口をポカンと開け、踏み出そうとした足はその場に止まった。


 何故ならルシフェルの辞令の内容は、クレイに王都での行動を完全に自由にさせるというお墨付きだったからである。


 あまりの厚遇にクレイがどうしたらいいか分からずに狼狽えた時、謁見の間の横に居並んでいた魔神の一人から抗議の声が発せられた。


[それはちょっと納得いきませんね魔王様]


 それは先ほど街でクレイともめた、最上位魔神の一人ベリアルだった。



[いきなり客人が来ると言われて戻ってみれば、紹介された客人は我々が倒すべき天使だという。これは我々に対する重大な裏切り行為ではありませんか]


[俺の意向に反対するつもりか? ベリアル]


[一言で済ませるならばその通りです。かねがねルシフェル様に申し上げている通り、我々魔神はその働きや規模、そして犠牲の多さに比べて具申の取入れや褒章などの報いが少なすぎます。部下たちの士気や忠誠心を高めるためにも、ご一考いただきたいですね]


[なるほどな]


 魔王ルシフェルをまったく恐れる様子もなく、ベリアルは自信たっぷりに列より一歩踏み出でてそう具申する。


 その脇に並んでいる、魔族の中でも最上位に位置する者たちをクレイはものともせずに眼光を鋭くしてベリアルごと睨みつけ、ルシフェルは特に気を悪くした様子もなく問いかけた。


[働きと言うが、お前は今までに何をしてくれたのだ?]


[人間と天使どもがこの王都に攻め込んできた際、城壁にて防衛の指揮を取り、見事撃退いたしました]


[魔神どもが勝手にフォルセールに攻め込み、無駄に損害を出した件については]


[あれに関してはジョーカーが威力偵察に使うためにそそのかしたと報告を受けております]


[分かった]


 ルシフェルの御意を得た。


 そう確信したベリアルは、クレイを排除しようとしてか更に一歩を踏み出す。



 だが。



[無能はまず自分が無能であると教え込む調教が必要ということがな]


 続けて発せられたルシフェルの意を、ベリアルは理解できなかった。


[では御意を得てこの天使どもを排除させていただきます]


 嬉しそうにクレイたちに詰め寄るベリアルを見たルシフェルは、軽く首を振って救いがたい無能に決別の別れを告げた。


[初仕事だクレイ]


[は?]「へ?」


[身の程知らずにも魔王の意に反した無能に自分の力を思い知らせてやれ]


「えーと……」


 あまりに理解しがたい展開に再びクレイの思考は止まり、いち早く思考が戻ったベリアルはルシフェルへ抗議の声を上げた。


[何を仰るのです! よりによって敵である天使に、貴方様の忠実な配下であるこのベリアルを思い知らせよと命じるとは! 魔王ルシフェル様にあられてはご乱心あそばされたか!]


[まぁこいつに関しちゃ俺もベリアルに同意するぜルシフェル様よ。こいつは確かにロクでもねえ奴だが、それでも部外者に裁かせるのは……いや自警団の一員になったから部外者じゃねえのか?]


[……お前は黙っていろバアル=ゼブル]


 ルシフェルは頭を抱え、バアル=ゼブルを追い払うように左手をヒラヒラと振ると、ベリアルの抗議の声を一刀両断した。


[無能ここに極まれり]


[なんと!?]


[痴れ者が。お前の今までの行いを俺が知らぬとでも思っていたか。目に余る愚行、愚行を取り繕う愚考。もはや貴様にかけてやる温情は無い]


[な、なにを……]


 顔を青ざめさせ、全身を震わせるベリアル。


[と言いたいが、そこにいるクレイの裁きを退ければこの場は見逃してやろう]


 しかしそう続けたルシフェルの言葉にベリアルは顔色を取り戻し、喜び勇んですぐさまその右手に剣にも見える真っ直ぐな炎を顕現させた。


「なるほど、さっき子供を切りつけた赤い光は炎だったのか」


[そんなことも見えずによくこのベリアルに逆らったものだ……フフ、どう斬り殺してやろう……いや……切った箇所を炭化させて……死ぬに死ねず、発狂する様を楽しませてもらうか……]


 自分が想像した残虐な行為に歓喜し、身をよじらせるベリアル。


[おーいベリアル、そのクレイって奴ァなかなかやるぜ? なんせあのアルバトールの養子らしいからな]


 見かねたバアル=ゼブルがそう忠告をするも、ベリアルはまったく聞き入れる様子が無かった。


[ああ、あの弱弱しい天使かい? 人間を一人殺したくらいで堕天しかけた上に、その復元のために何人もの人間や天使を散華させたらしいじゃないか]


「……」


 そしてベリアルが口にしたのはアルバトールへの侮辱。


 クレイは溜息をつき、静かにバアル=ゼブルを見た。


[敵を前によそ見とは! 自分の無能さをあの世で呪うのだね!]


 どこまでやってよいのか。


 そうバアル=ゼブルに目で問いかけたクレイは、バアル=ゼブルが軽く肩をすくめる姿を見ると、その視線を哀れみに変えて隙だらけで切りかかってきたベリアルを見た。



(……多分ルシフェルは最初からこのつもりだったんだろうなぁ)



 使えないどころか、不利益と不和をもたらしていた配下を処断する。


 だがその配下はそれなりの実力とそれなりの地位を持つため、処断するにはそれなりの理由が必要であり、更に正当な理由があろうとも最大派閥の魔神族を同じ魔族に裁かせては、後に禍根を残す恐れがある。


 そこで敵であり、かつ部外者たるクレイを自警団に引きずり込み、後腐れがないように処分する方法を選んだのだろう。


(ルシフェルの挑発と脅しに乗らなければ、謁見の間に集まった数人で俺たちに襲い掛かることもできたのにね。さようなら)


 クレイは体を軽く前に傾斜させる。


[死ね! シャラーラ……]


「遅いよ」


 そしてベリアルが何らかの術を発動させようとした瞬間、クレイは灼熱の流星を纏ったような燃え盛る右こぶしをその顔面にねじ込み、カウンター気味に右ストレートを喰らったベリアルは壁まで吹っ飛んで激突する。


[ぐ……は……]


「あまり俺を怒らせない方がいい」


 しかもご丁寧に誰かが壁を強化していたことにより、壁を貫通してショックを和らげることもできなかったベリアルは、その衝撃のすべてを身体に受け止めて口から血を吐きながらベシャリと床にくずおれたのだった。

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