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第192話 エレオノールはヴァンパイア!

 王都のメインストリートを王城へ向かって歩いていくクレイたち。


 周りはどんどん賑やかになっていき、それに伴って魔族の顔役の一人であるアスタロトは、問題が起きていないかそれとなく街並みのいたるところに目を光らせながら、王城へとクレイたちを案内していく。



「ちょいとアスタロトの姉さん、アンタのところの弟さん、またツケを貯めこんでるんだけどどうにかならないかい?」


「おやアスタロト様。いいマール……おっとグラッパが入ったんで今夜あたりどうですか? その代わりと言っちゃなんですが、バアル=ゼブル様にそろそろ溜まりに溜まったツケを支払うようにご伝言をお願いしたいんですが」


「アスタロト様! バアル=ゼブル様がウチの娘に言い寄ってくるもんだからアナト様が監視に来て商売になりませんや! そろそろあのふわふわした性格を改めて、身を固めるように言ってくれませんかい!」



 やはり魔族が支配する王都には問題点が多々あるようで、街のいたるところから苦情の声がアスタロトに集中し、彼女はそのすべてに愛想笑いを浮かべながら手を振ってやり過ごした。


「……なぁ、バアル=ゼブルって……」


[ああ、キミはお客様なんだから気にしなくていいよ]


「いや普通に気になるだろこれ」


 クレイはバアル=ゼブルの美しくも底の浅そうな顔と、軽薄そのものの態度を思い出してため息をつく。


「己のみを頼みとして他人の言うことを聞こうとしないルシフェルが魔族の王で、そもそも他人の意見や苦情を聞こうとしない馬耳東風のバアル=ゼブルが補佐か。俺が言うのもなんだけどさ、それ統治する組織として大丈夫なのか?」


[ああ、ウチには有能で非情な参謀がいるから心配ないよ。それにしても……]


 妙に顔見知りになってしまったせいか、思わず敵の心配をしてしまうクレイを、アスタロトはやや目を丸くしてまじまじと見る。


[本当にキミは養子なのかい?]


「……本当だよ」


 即座に顔を曇らせるクレイに、アスタロトは慌てて両手を振って否定する。


[いや違うんだ、ええと、お人よしなところとか妙に共通するところが多くてさ]


「誰かにもそんなことを言われたけど、本当に養子だよ」


[ああ、そうなんだね]


「だから敵であるお前が心配することじゃないよ。俺が養子であることはどうしたって覆らない事実なんだから」



 お人よしはどちらなのか。



 後ろをついて歩いていたラファエラは、クレイとアスタロトの二人が話す姿を見てそんな感想を抱いた。


 敵である二人が互いに気を使う関係。


 それはドローマでクレイが口にした、天使や魔族などといったレッテルだけで互いの関係を決め、戦う必要はないという発言に起因するものなのだろうか。


(ヴィネットゥーリアやドローマの話を聞いた時は驚きましたが、どうやら本当のようですね。アルバ候の時もそうでしたが、フォルセール家にまつわる人たちがもたらす結果は本当に驚くものばかり……)


 ラファエラは微笑み、魔族との戦いが終わる時が近づいているのではないかと考えた。


 もちろんそれをもたらす者の名は……



[さ、その角を曲がると王城テイレシアが見えるよ]



 アスタロトの声がラファエラの思考を中断させる。


 果たして曲がり角を抜けると、そこには城門の周辺だけは何とか白く取り繕った王城テイレシアの姿があり、二体のガーゴイルに守られているそこには、黒いメイド服に純白のエプロンを着けた肌白の少女がいた。



[あ、アスタロト様遅いよ! 急に姿を消しちゃうから俺が見た時にはもうお鍋がふいちゃってたよ!?]


[ああごめんごめんエレオノール。ちょっと急な来客があってね、どうしても迎えに行かなければならなかったのさ]


[まぁそれならいいんだけどさ……おまけにアスタロト様がいないからってまたベリアル様がちょっかいを……あ、この人たちがお客人だね! 俺はこの城で給仕などの家事全般を任されてるエレオノールって言うんだ。よろしく!]



 見た目は美しいが、その口調ははすっぱで、男言葉に近いものだった。


 思わずアルテミスを思い出して苦笑したクレイは、周りを見て仲間たちの反応も見ようとする。


 周囲の顔も自分と似たようなもの(神馬の姿であるバヤールを除く)であったが、最後の一人だけは違った。


「エレオノール姉ちゃん……?」


 それはこの王都テイレシアで生まれ育ち、テイレシア攻防戦ウォール・トゥルゥーで城壁から落とされ、一度は魔物に転生してしまったサリムだった。



(サリム……? この子、ひょっとして知り合いなのか?)


 動揺するサリムを見て、クレイは歯噛みをする。


 予想はしていたが、まさかこんなに早く昔の知り合いに会うとは。


 更には姉ちゃんと呼んでしまうほどの、思わず子供の頃の言葉遣いをしてしまう程の衝撃を受けているサリムに、何と言葉をかけていいか迷うクレイ。


[そういえば……]


 そんな二人を見たアスタロトは、すぐに一歩を踏み出すことで周囲の耳目を自分に集中させた。


[お客人たちが沢山の塩漬け肉をお土産に持ってきてくれたよエレオノール]


[マジで!? すげえ!]


[だからちょっとだけ食糧庫の方に行かせてもらうよ。エレオノールは仕込みの続きに戻ってもらってもいいかな]


[分かった! じゃあ俺は失礼するよお客人!]


 アスタロトが口にした内容を聞いたエレオノールは、タタタっと嬉しそうに小走りで王城の裏の方へ駆けていき、それを見たクレイはサリムが後を追いかけるのではないかと慌てて横を見るが、サリムは茫然と立ち止まったままだった。


「気を利かせてくれたのか?」


[キミのためじゃない。ましてやそこに居るサリム君のためでもない。エレオノールのためさ]


「……そっか」


[もう気づいているんだろ? あの子の正体に]


「ヘプルクロシアで見たことがあるからね。そう言えばエメルさんの復活もお前の仕業だろうって、クー・フーリンさんが怒ってたぞ」


 それを聞いたアスタロトはクレイたちに背を向け、先ほどエレオノールが去っていった方向へ歩き出す。


[そう……あの子、エレオノールはヴァンパイアだ]


 驚くべきその内容に、今度は驚く者は誰もいなかった。



[クレイたんはあの子のことをどこまで知ってるんだい?]


「知ってるように見えるかい?」


[いいや]


 アスタロトは苦笑し、ラファエラを見る。


[どこまで話していいのかな?]


「貴女の知っているすべてを」


[聞かせないほうがいい話しかないんだけどな]


「それでも話してください。その内容を受け止められなければ、この子たちはこの先の戦いを耐え抜くことはできないでしょう」


 そう話すラファエラの顔を見たアスタロトは、溜息をついて周囲を見渡し、誰もいないことを確認してから話し出した。



[人間だったあの子を殺したのは、アルバトールだ]


「な……」



 話の最初から、あまりにも衝撃的な内容がアスタロトの口から発される。


 絶対にあり得ないその内容にクレイは絶句し、すぐに否定の叫びを発しようとし、だが悲しげに見つめてくるアスタロトの顔を見てすぐに口を閉じた。


[王都攻防戦、君たちがウォール・トゥルゥーと呼んだ作戦は王都に甚大な被害をもたらした。城壁を崩落させるために、ボクがクローゼットに使うために掘っていた大空洞と水堀を繋げ、そのために城内の建物の多くが倒壊した]


「……」



 説明の最初からちょっと意味が分からない、不思議な内容の告白を受けたクレイたちは、微妙な表情で互いを見つめ、誰かアスタロトに聞いてくれと目配せを送りあう。


 だがアスタロトの纏う悲壮な雰囲気と悲しみの表情は、言いたいことを言い出せない空気を作り出し、誰か突っ込んでくれという無言の圧が辺りを覆うも、背中を向けているが故にそれに気づかないアスタロトから話は続けられた。



[その際に城内で働いていた子供たちは人質にとられ、攻めてきたキミたちを脅すための材料として、次々と城壁から水堀に落とされていった。そこのサリム君は……おそらくその時の子供たちの一人だ]


「その通りです。あの時のことは濁流に呑み込まれた恐怖しか覚えていませんでしたが……結果的に私は貴女に命を救われたのです。堕天使の長アスタロト」


[恨んでくれても構わないよ。ボクはそれだけのことをキミにした]


「恨んでも仕方がありません。最後に残るのは貴女への感謝ですからね」


[……ジョーカーがフォルセールを目の敵にするわけだよ]


 アスタロトは大きく溜息をついた後に再び歩き出し、食糧庫へとクレイたちを案内する。


 建物の角を曲がった先に見えた食糧庫の扉を守るのは、驚くことに上級の魔神が二体であり、中に食料が入っているだけの倉庫を守るには過剰にも思えた。


 それは守っている当人たちにも同じようで、角を曲がった直後にクレイたちが見た魔人たちは座り込んで何やら話をしているようだったが。


[何者だ貴様ら!]

 

 彼らの死角にいたはずのクレイたちはすぐに見つかり、上級魔神たちはすぐに飛行術を発動させると槍を構え、クレイたちに襲い掛かろうとする。


[休憩中かい? キミたち]


 が、アスタロトの姿を認めるやいなや彼らは武器を収め、地に膝をついた。


[これはアスタロト様。何用ですかな]


[寄進物があったからその収納。ルシフェル様にお見せしようか迷ったけど、塩漬け肉だからまず保存する方が先かと思ってね]


[承知。ではお通り下さい]


 魔神たちは扉の両脇に退き、槍を掲げてアスタロトを通す。


 その後ろにクレイたちが持ってきた荷馬車いっぱいの塩漬け肉の殆どが、ふわふわと浮きながら後を着いていき、そして余った物を(と言っても片手で持てる程度だが)クレイたちが持って皆が食糧庫の中に入っていった。



「随分と大きいケースだな……これ上の方は人じゃ届かないぞ」


[つまみ食いしちゃう子たちが多くてね。最初のうちは処刑して城壁から吊り下げてさらし首にしてたんだけど、どうにも追いつかなくてさ。しょうがないからケースに入れて、扉に腐敗魔術のトラップをかけたんだよ]


「ふーん……」


 天井まで届くほどの高さを持つケースは、その高さもあって見ているだけで押しつぶされそうな感覚をクレイに与え、その重圧に耐えかねたようにクレイは身震いをする。


[だからそこのセイレーンが扉を開けないように気を付けてあげてね。とろけて作物の肥料になっちゃうよ]


「おわわッ!? ダメだってセイ姉ちゃん!」


 アスタロトの言葉に振り替えれば、そこにはよだれを垂らしながらケースに手を伸ばそうとしたセイがおり、慌ててクレイはセイを押さえつけた。


「……? 何だろこの傷」


 そしてその拍子に壁に無数の傷を見つけたクレイは不思議そうに呟くと、その原因を求めて後ろにいるアスタロトの方を振り返った。


[エレオノールはヴァンパイアになったばかりだからね。よく吸血衝動を抑えるためにここに来て、一人で苦しんでたみたいだ。ボクたちに相談してくれればすぐ済んだ話なんだけど、自分が魔物になったことを認めたくなかったらしくてね]


「なったばかり……ですか」


 ようやく我に返ったのか、アスタロトの説明にサリムが不思議そうな反応をすると、アスタロトはクスリと笑った。


[キミたちは知らないかもしれないけど、テイレシアの中は十年前のあの攻防戦から殆ど時間が経っていないんだ]


「そうなんですか……道理で町の人たちに見覚えのある顔が多いわけです」


[そうそう、どうもキミたちが発動させた封印の術は、もともとルシフェル様が考え出したものらしいよ。どうやってキミたちが使えるようになったかは聞かせてもらってないけどね]


「……なんだって!?」


 続けてサリムに向けて発せられた説明を聞いたクレイは、その内容に激しく反応した。


「じゃあ何で十年間も何もしなかったんだよ! おかしいだろ!」


[すぐに封印は解いたんだよ。でもその時には既に外では十年という歳月が経っていたのさ。どうも封印されている間は外界と隔絶されるらしくて、時間も中と外では流れる速さが違うらしい……っと、エレオノールの話だった]


 アスタロトは肩をすくめるとケースの取っ手に手をかざし、宵闇のモヤを生じさせるとケースを開け、中に塩漬け肉を送り込む。


[それじゃ適当に放り込んでおいて。後はボクの子たちが奇麗に整頓してくれるから気にしなくていいよ]


「分かった」


 クレイたちはアスタロトに続いて中に塩漬け肉入りの布袋を放り込み、床面に落ちる寸前にふわりと浮いたそれを見て何となく感嘆の声を発する。


[さて、エレオノールの話だけど……ボクもバアル=ゼブルやモートから聞いた話以上のことは知らないんだよね。特にモートはその話になると、エレオノールを可愛がっていたせいもあって、すぐ不機嫌になって口を閉じちゃうから]


 アスタロトがそう言った時、それまで馬の姿を保っていたバヤールが人の形をとり、その巨躯によって衆目を圧した。


「私もその時その場所にいた。把握している範囲で良ければ話してやろう」


[……そっか。じゃあお願いするよ、神馬バヤール]


[何バヤールだとウキュッ]


 アスタロトは静かにそう言うと、急に暴れだしたマントの中身を制するようにその膨らみを極限まで絞り込み、バヤールに続きを促したのだった。

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