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第190話 見よ、あれがテイレシアの王都だ!

「ここが王都テイレシアか……」


 感慨深げに呟くクレイの目の前には、聖王国の名にふさわしい白く輝く城壁が威厳をもってそびえたっていた。



 テイレシアに帰国した翌年の春。


 クレイはルシフェルの言葉を頼りに王都テイレシアへ偵察に来ていた。


 本音を言えば去年のうちに来たかったのだが、フォルセールが魔族の侵攻で受けた損害はひどく、立て直すのに猫の手も借りたいほどに大忙しで、とてもそんな余裕は無かったのだ。


 そのうちに冬が訪れ、道中は雪で覆われるようになり、何よりも冬季にいきなりの客人を長期にわたってもてなすほどの食料が、王都にあるとは思えない。


 シルヴェールやベルナール、そして義母であるアリアにそう説得されては、クレイとしても強くは言い出せなかった。



(アルバ候は俺の好きにすればいいとは言ってくれたけど……なんで皆あんなに怒ったり悲しんだりしてたんだろう)


 それが感情を押さえつけて希薄になったアルバトールが、クレイに対して無関心になったと思わせるような発言だったから、とまではクレイは気づいておらず、首をひねったクレイはそのまま後ろを振り返る。


 そこには煌びやかな衣装を纏った男装の麗人が一人、クレイに向けて軽く手を振っていた。


[やー、驚かせちゃったねクレイたん]


「いや、別にいいんだけど……」


 後ろの人というか魔神は大丈夫? とクレイは聞きかけ、それもおかしな話だと思って再び首をひねる。


 なぜならにこやかな笑みを浮かべているアスタロトのマントには、見るからに肉体の構成は筋肉のみといった感じの屈強な一人の魔神が包み込まれており、尚且つその見た目は明らかに屈強な魔神が入るには容量不足だったのだ。


 どうやらマントの中の魔神は王都の城門でクレイを待ち受けていたようで、クレイの姿を見つけるなりいきなり襲い掛かってきたのだが、その直後に魔神の影からアスタロトが現れてマントの中にキュッと包みこんだのである。


「ルシフェル様の寵愛を横取りとかなんとか言ってたけど、この人なんなの? 確か王都の封印が解かれる前に、ずっと封印壁のところで止まってた人だと思うんだけど」


 その狂った喜びの表情を思い出したクレイが、背中を走ったおぞ気に身を震わせると、アスタロトは気楽に手をパタパタ振って苦笑した。


[んー、あまりクレイたんは気にしなくてもいいと思うんだけど、偵察に来たんだろうしそうもいかないよね。この子は魔神たちを統率してるアバドン。魔族の中でも最上位に位置する者の一人だよ]


「ふーん、そうなんだ」


 クレイもまた気楽に返事を返すも、その心中は穏やかなものではなかった。


(いやいやいや! その最上位を瞬殺するってどういうことだよ!?)


 魔族に似つかわしくないアスタロトの白のマントからは、金糸で縁取った端から大量の血液が滴り落ち続けている。


 その割にはマントに血がにじむことはなく、それを不思議に思ったクレイがよく見てみると、マントの中で何かがうごめき、血を飲み干しているようだった。


[それじゃ行こうかクレイたん。あ、それはペッしなさい、ペッ]



 誰に話しかけているのか。



 クレイは得体のしれぬ恐怖をアスタロトに感じるも、何とかその感情を踏み越えて王都に一緒に来た仲間たちに声をかけた。


「それじゃ行こうかラファエラ、フィーナ、バヤールさん、セイ姉ちゃん」


 今回の同行者は少ない。


 いくら魔王ルシフェルに招かれているとは言っても、今の王都は敵対する勢力である魔族の本拠地と化している。


 つまり魔王の命を無視して先ほど襲い掛かってきた、アバドンのような輩がこの先いないとは限らないのだ。


 加えて先の天魔大戦でも王都に潜入し、偵察を試みていたと聞いたクレイが選んだ同行者は四人。


 クレイたちに何かがあった時、一人でもフォルセールに帰還できる実力と速さを持つラファエラ。


 ヘプルクロシアの大商家、ブルックリン家の娘だけあって世間慣れしており、加えて魔族の最上位に位置する数人と交流があるフィーナ。


 前回のアルバトールの偵察の時には連れて行ってもらえなかったバヤールは、自ら荷馬車の運搬を買って出てくれていた。



――そして――



「あ、セイレーンのお姉ちゃんだ!」


「ねえねえ! 今回はどんなお話をしてくれるの!」


「それよりもお歌を歌ってよ!」


「こら! この前教えてもらった歌を聞いてもらう方が先よ!」


 子供に囲まれてニコニコと笑っている、背に豊かな双翼を持つ一人の魔物にクレイは茫然としながらも呼びかけた。


「セイ姉ちゃーん、とりあえず子供の相手は後にしてもらってもいいかなー」


[分かった! ごめんね、お姉ちゃん先に行くところがあるみたい]


「えー」「後で会える?」「待ってるからね!」


 最後の一人、魔物のセイレーンであるセイは子供たちに慈しみの笑顔で手を振ると、クレイのところに飛んできてニッコリと笑う。


[お待たせクレイ!]


 セイの無邪気な笑顔を見たクレイは、先ほどの脱力感にさらに輪をかけた無力感にさいなまれ、肩を落とした。


「王都に時々来てたんなら先に行ってほしかったなー。そうしたら陛下を説得するのも楽だったのに」


「そんなことをしたら、貴方の偵察自体が意味が無いと却下されただけですよクレイ」


「はーい……」


 ラファエラの言葉にクレイは口をとがらせ、乗ってきた荷馬車を見る。


 そこにはある種の結界が張られており、乗せてある荷物を保存するために一定以下の温度を保持するようになっていた。


「それじゃサリム、悪いけど……」


 そしてそう言いかけると、今回の同行者にサリムがいないことに気づいたクレイはため息をついた。


(そうだ、今回の偵察にサリムは置いてきたんだった。アイツにとって王都は故郷。十年の歳月で成長したとはいっても、どんな拍子で正体がバレるとも限らないし、何より昔の仲間に会ったサリムが動揺せずに済むとは……)


[ねー、こんなに大量の塩漬け肉、本当にもらっていいのかいクレイたん?]


 肩を落として考え込むクレイをアスタロトは不思議そうな目で見つめ、そして荷馬車の御者台に軽く手を振りながらクレイに尋ねた。


「うん、敵対する魔族とはいえ、招いてもらったのならある程度の手土産は形式的な礼儀上必要だろうって陛下が」


[それじゃありがたくいただいちゃおうかな。アバドン、どうせもう復活してるんだろ? このお肉を城までちゃちゃっと運んでくれない?]


 クレイの言葉を聞いたアスタロトがそう言うのを聞いたクレイが不思議そうにマントの中にいる、いや中にいるであろう、多分いるんじゃないかな的な確認の視線をマントの中の魔神に送ったその時。


[シェアァアオォッ! 気付いていたか魔王様の寵愛を横取りする毒婦が隙を見せた瞬間に背中から撲殺して楽しむつもりだったものを具体的には死ねグピえエ!?]


 とマントの中から声が発せられ、同時に何かを磨り潰すような嫌なゴリゴリ音とともに再びマントは絞り込まれた。


[なんで自由になる前に言うかなそれを……頭の中まで筋肉が占有してるんじゃないかいアバドンって。あ、今度はいい部位のお肉までいっていいよメリュジーヌ。でも喉にかみ砕いた骨片が刺さらないようにゆっくりね]



――メキミチメリメリメリゴキポキピキ――



「……オェ」


 マントから漏れてくる音は、クレイがヘプルクロシアで聞いた音に似ている。


 バロールがギュイベルを咀嚼……


(うおおあああ!? 思い出しちゃったよ!)


 思い出しちゃったクレイが耳を押さえた瞬間、それを妨げるようにアスタロトののんびりとした声が発せられた。


[あ、久しぶりだねキミ。今回はゆっくりできるのかい?]


「クレイ様次第ですね。この馬車を王城へ持っていけばいいんですか?」


[うん、ボクも一緒に行くから道順に関しては心配しなくていいよ]


「私も昔ここに住んでいたので大丈夫ですよ。しかし先ほどのクレイ様の呼びかけに私が動揺したとは言え、こんなにあっさりと見破られるとは……流石ですね」


「昔って……その魔の匂い、キミまさか……?」


 聞き覚えのある男性の声の返答にアスタロトが顔色を失った次の瞬間。


「ってなんでサリムがここにいるんだ! 俺はフォルセールで待っておくように言ったはずだぞ!?」


 ここに居るはずのない者がいることに、クレイは我を忘れて叫びをあげた。


 その声の持ち主はサリム。


 クレイの第一の従者にして親友、尚且つ神、竜、魔の属性を持つ類稀なる人である。


 今回の視察では留守番を頼んでおいたはずの彼が、なぜか王城にいることに混乱したクレイは、たちまちサリムに詰め寄って問いかけた。


「ええ、それがラファエラ様にお願いをされまして」


「何の?」


「荷馬車を王都まで運んでほしいと」


「え……だって御者は旅商人から俺自身が手配したはず……」


「なのでこっそり交代しながら務めさせてもらいました」


「そんな気配はまるで無かったぞ」


「それは……初耳でございますね。てっきりクレイ様は気づいていてあえて見過ごしたのかと思っていました。私は領境の森での前科もありますから」


 二人は顔を見合わせた後、この不思議な現象を起こしかねない人物を見ようと思いつく――つまりラファエラの方へ同時に顔を向けた。


「立ち話も何ですからとりあえず移動しませんかクレイ。不当に王都を占拠している魔族自身に招かれた客人とはいっても、私たちは皆に歓迎されているわけではありませんから、あまり人目に付きたくはありません」


≪私もアバドンに見つかりたくはない。奴が気絶している今のうちに頼む≫


 ラファエラの提案にバヤールが同意すると、ラファエラはそのままアスタロトへ虚ろな殺意を向けた。


「フフ、それではご案内いただけますか? 堕天使の長アスタロトよ」


[ハイハイ、エルザもそうだったけど、キミたちって本当に融通が利かないよね。そういえば今回ガビーは連れてこなかったの?]


「あの子はまだ情緒不安定なところがありますので、王都に行くのは遠慮したいと言っておりました」


[アハハ、東の国では結構やりあったからね。でもいいのかい? キミは風を司る存在だ。炎のクレイたんを抑えるどころか煽る側になるんじゃないかい?]


「その点はご心配なく。ガビーの推薦を受けたものがおりますから」


[ああ……]


 ラファエラとアスタロトは意味深な視線をサリムとクレイに向けた後にお互いを睨み、そしてそのまま無言で数秒ほど見つめあった後に同時に視線を切った。


[それじゃこっちだよ皆……っと、王都に入る前のうちに念のため言っておくよ。道中は自由に街を見てもオッケー。ただし住民に話しかけられても答えてはいけないし、いきなり列を離れてわき道に飛び込み姿をくらますのも禁止]


「えー、ちょっとくらいいいじゃん」


[王城でルシフェル様の許可が公式におりるまでダーメ。ボクもあまり細かいことは言いたくないけど、これを守らないとさっきのアバドンみたいにいきなり襲い掛かられても文句は言えないよ]


 いきなり口うるさくなったアスタロトの小言に、クレイは口をとがらせる。


「襲い掛かられても別に俺は構わないけど」


[返り討ちにする自信があるってことなら賛成はしないな。そんなことをしたらボクはもちろんのこと、他の魔族だってメンツと言うものがあるからね]


「はーい」


 若干の不満を残しつつも、クレイは承諾の返答をアスタロトにする。


 そして一同は城門から城壁の内側の広場へと入っていった。

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