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第19話 内なる声!

(……邪魔だよ。すっこんでろ)


(我の力は邪魔かね)


(今すぐに俺の役に立てないなら、お前は俺が考えることを邪魔するだけの雑音だからな。判ったらすっこんでろよ)


 いきなりクレイの中に湧いた声は、その発言を聞いて戸惑ったように沈黙する。


(とは言ってもだな……我の力を貸せば未熟な君の身体は)


(貸すか貸さないかだ! 何もする気が無いなら黙ってろ!)


 煮え切らない返答を聞いたクレイは心の中で叫びを上げると、上級魔神への対抗策を練り始める。


 しかし現在の彼に打てる手はまったく思い浮かばず、そんな時にふとクレイの頭の中に一つの記憶、甘い考えが浮かんでしまっていた。


 それは彼が子供の時、一度だけ行使した……行使してしまった圧倒的な力。


(アイツの力はもう借りない! 俺は自分の力だけで世界で一番強くなるんだ! こんな所で立ち止まってられるか! だけど……今のままじゃサリムたちが……)


 心の中でクレイがそう叫んだ時。


(我はこのままでは力を発揮できない。力を発揮するには君の固い意志が必要なのだ。それに君も、あの子供たちを見殺しにしたくないだろう)


 再び彼の中に眠っていた存在が意思を発した。


 誤魔化しとも言える、内なる声の提案。


(当たり前だ!)


 胸の内に浮かんだ疑惑を飲み込み、クレイが内なる声の提案に即答した瞬間、全身に先ほどのダークマターとは違う激痛が走り、彼の目と髪が赤茶色から真紅へと変化する。


「ふ……ぅ……」


 そしてどこに行ったかも分からないはずのサリムたちの居場所を、クレイは迷いなく見つめたのだった。




「どうしたの? サリムお兄ちゃん」


「……何でもない。それより急ぐぞ」


「う、うん……」


 その頃、サリムたちは開拓村と思われる方角へと走っていた。


 だが既に日も暮れかかった時刻であり、また森の中と言うこともあってかなかなか正しい道のりを辿ることはできず。


「しょうがない、少し休憩をする……クソッ!」


 疲れた年少者たちを気づかってサリムが振り返った時、その顔は険しいものへと変化していた。


「お、お兄ちゃん……?」


 それを見た一人の少女が、不安そうにサリムの方を振り返った時。


[どこへ行くのかな?]


 上級魔神の不気味な声が発せられ、たちまちそれは辺りの木々に反射して何度も木霊し、サリムたちを恐怖のどん底に陥れた。



「もう追いついたのか」


[おやおや、これでも君たちを気遣ってゆっくりと来てあげたのだが、それにも気付かないほどにあせっているのかな? ククク]


 歯を食いしばり、絶望に耐えようとするサリムの顔を見た魔神は、面白そうに含み笑いをして恐怖の感情をむさぼる。


 その醜悪な姿、今の自分ではどう足掻いても太刀打ちできない存在、上級魔神をサリムはじっと見つめると。


(さっきのクレイの話を聞いた後じゃあ、諦めるわけにはいかない……よな)


 迷うことなく一つの決断を下していた。


「お前たちは先に村に戻ってろ。俺はこいつと話がある」


「ダメだよサリムの兄貴! こいつは……」


「いいから行くんだ! 走れ!」


 健気にも自分を気遣ってくる子供たちをサリムは叱りつけると、覚悟を決めた顔を上級魔神へ向けた。


「クレイをどうした!」


[ほほう、心配かね。あの天使なら向こうで縛り上げてある。少々痛みにもだえ苦しんでいるかも知れんが、まだ生きてはいるだろう]


「……それなら……それなら動けなくなったアイツの意思を、クレイの意思を俺が受け継ぐ。アイツに変わって俺が守る。フォルセールの民である俺たちを」


[ほう? まるで先ほどの我らの会話を聞いていたような答えだな。ただの人間ごときにはとても聞こえる距離では無かったはずだが……?]


 楽しそうに呟く魔神の目の前で、サリムが存在の本質を変えていく。


[なるほど、様子がおかしいと思えば小僧、変質者だったか]



「ぐ……お……おおオオオオオオオオオオオ……ッ!?」



 苦し気な声が止んだ時、サリムの姿は見上げるほどに巨大で、全身に白い毛を生やした大猿へと変化していた。


 そして目にも止まらぬ速さで周囲の木々を飛び回って魔神を攪乱した後、素早く掴みかかって行く。


[ほう、小賢しくも知性を宿したまま変質したか]


 そして魔神の首にサリムの手がかかった瞬間。


「グオオオオオオッ!?」


[だが所詮は魔物の類。上級魔神たる我に抗することができると思っていたか]


 サリムの腕は、下から軽く添えられたとしか見えない魔神の手によってへし折られ、彼はそのまま地面にへたり込んでしまう。


「サリムお兄ちゃん!」


「逃げ……ろ……お前ら……」


「見えない壁があって進めないよ! 助けてお兄ちゃん!」


 何も見えない空間を叩き、恐怖におびえる子供たちが闇に包まれて行く。


 その姿を見たサリムの顔に、大猿となった今でも明らかに動揺と判るシワが刻まれ、悔し気に彼は上級魔神のほうを見上げた。


[先ほど城壁から落とされて魔物となった子供か。しかしこれほど成長しているとは……ルシフェル様の仰っていた通りのようだな]


 魔神はサリムを見ると一人で納得し、感心したようにあごに手を当てると。


[時が過ぎ、人間の姿を保っていられるようになったが、魔の吹き溜まりとなったこの森にあてられたと見えるな]


 魔神の節くれだった屈強な腕がサリムの喉笛を掴み、そのまま持ち上げた。


[一人の意思を全員が受け継ぐか。聞こえは良いが、人間は一人では何もできない無能者だと白状したも同然では無いか。情報源である天使は既に捕まえた。少し脅せば口を割る子供も確保した。よって用済みの廃棄物はここで始末させてもらう]


 折られていない左腕を使って魔神の手を振りほどこうにも指一本すら引き剥がせず、程なくサリムの体が痙攣を始めたその時。



「その……手……ハナ……せ……俺……の……モ……」



 一本の木の向こうから、クレイが姿を現していた。



[俺の何なのだ?]


「はな……セ……」


 クレイはゆっくりと歩きながら、魔神へと警告を飛ばす。


[要領を得んな。何者だ貴様]


 不思議なことに、魔神は相手がクレイだと言うことに気付いていない様子であり、右手でサリムの喉笛を掴んだまま左手の指先をクレイへ向ける。


「ガッ……ァ……」


 その先から放たれた黒い矢のような物質を肩に受けたクレイは三歩ほど後ずさるも、すぐに歩き出して再び魔神へと警告を飛ばした。


「ハナセ……俺……ノ……モ……」


[俺のモノだと言うのか? この魔物の出来損ないである大猿が? 残念だがこいつは用済みだ。世に残ってはならないものなので消させてもらう]


 言うと同時に魔神は右手に更なる力を加え、同時に手を掴んでいたサリムの左手が力なく垂れさがったその時。


「はな……ッ! せエエエエエエエエ!」


[なッ!? この力! この姿は!?]



 クレイの目が、髪が紅蓮と化す。


 その背には無数の目と見まがわんばかりの孔雀のような羽根が広がり、すべてが魔神の動きににらみを利かせ。



[そんなはずは無い! アレはヘプルクロシアで転生の儀に臨んだと、確かにアスタロト殿が……ええい! 小癪にも上級魔神たる我をたぶらかすか!]


 今までどんな挑発にも余裕の態度を崩そうともしなかった魔神が、ぐったりとなったサリムを放り投げて慌ててクレイの方を向く。



 だが、その時には既に手遅れだった。



「アポ……カリ……プス!」



 クレイの叫びと共に、迷いなき彼の思いを乗せた一筋の赤い光が魔神を貫く。


 魔神は悲鳴すら残すことも許されず、その身体を虚空へと散らした。

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