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第186話 なんで今更そんなことを!

[カ……かかカ……]


「まだ喋れるとは、さすがリッチ……でいいんですか?」


[そそソ、そうなんでぇス。ワ私……がリッチ……なのでェス]


「これはいけない。クレイ様、早くこちらへ」


 頭部のみがかろうじて復元したものの、それ以外の体はバラバラになってしまったリッチを見たサリムは、状況の改善を図るべく離れたところにいるクレイに声をかけた。


「あーもう、手加減してくれってサリムに言いたかったのに、魔王とか余計なこと言うから……これくっつけられるかな」


 ブツブツと文句を言いながら近づいてきたクレイを見たサリムは、申し訳ありませんと主人であるクレイに一言詫びる。


「いや、俺がもう少し早めに言っておくべきだったんだ。安定した物質界に生じて育った生命は、精神的存在になった時に自分の力に意識がついていけなくて、暴走しがちなんだよ」


「そうなんですか」


 しかしクレイは気分を害しているようではなく、それどころか自己に向けた反省の言葉を向けており、それを聞いたサリムは軽く手を上げて自らを見つめた。


 今までと何ら違いはない。


 ただ体を動かすときに、自分が考えるより先に腕や足が先に動くような妙な感覚があった。


「サリム」


「あ、はい! なんでしょうクレイ様!」


「お前がこいつの頭を潰した時なんだけど、竜語魔術でも使った?」



 竜語魔術。


 かつて物質界の支配者だった竜族が使っていた魔術で、同じく物質界に生を受けた安定した生命、人間でも使える精神魔術の元となった魔術である。


 精神魔術の効果が術者自身の強化、または身に着けている武具などの強化に留まり、更には術を掛けた武具を手放せば徐々に効力を無くすと言ったように、竜語魔術も似たような効果を生む。


 だが得られる結果は精神魔術とは比較にならないもので、その効果は術者自身の法則の書き換えや、自らの周囲の空間や物質の書き換え。



 つまり物質界の法則を書き換えて、物質の性質そのものを変化させることが出来るのだ。



 無論、安定や制限を旨とする物質界に生を受けたものの宿命として、法則の書き換えの範囲や対象が無制限なわけではなく、書き換えが一瞬にして終了するわけでもない。


 だが理論上では、発現して物質界の法則に従うようになった精霊魔術ですら書き換えられるわけであり、言ってしまえばこの物質界の中に限っては、ほぼ竜族に敵はいないと断言しても過言ではなかった。



「いえ、使ってはいないはずです……が……あ、ちょっと待ってください」


「ん?」


 サリムはクレイに答えるもすぐに戸惑い、目をやや見開くと肩を落とした。


「バハムートが竜気によるダークマターの封じ込めを行ったそうです。かつて物質界を支配していた者として、輪廻の輪に食い込んだ異界の浸食は見過ごせぬ、だそうです」


「えー、ちょっと待ってよ。まだこいつに聞きたいことがあるのに、封じ込めとかされちゃったら情報が聞き出せなくなっちゃう」


「申し訳ありません……もう少し早くお話していれば」


「まぁ他にそうせざるを得ない理由があって、すぐに封じ込める必要があったのかもしれない。ちょっとバハムートと話せないかサリム」


 苦笑しながらクレイがそう言うと、サリムもまた苦笑いを浮かべた。


「あ、余が自ら出るまでもないと言ってます。ええと建前は先ほどの理由だが、正直に言うと我が眷属が成長するなら、と思って見守っていたがやはり気に食わん、だそうです」


「なにそれ」


 クレイはガックリと肩を落とし、恨めし気な視線をサリムではなく地面に転がるリッチに向けた。


[ワワワ、ワタシーは、被害者でェす。そ、それに……バババ、バハムートッ!?]


「あー、なんか気に入られちゃったらしいよ」


[そ、ソレ、それを先……ニ言って……わたわた、ワターシ知らなかっターヨ!]


「うん、知らなかったで済めば亡者を焼く地獄の炎は必要ないんだよね」


 ドス黒い笑みを浮かべるクレイを見たサリムは呆れたようにため息をつき。


「……あ、クレイ様、クレイ様……フラヴィオさんたちが来てます」


 そして安全になったのかと近づいてきたフラヴィオたちが、リッチに対するクレイの非道な仕打ちを見て恐怖に固まっていることに気づき、慌ててこちらに来ないようにとばかりにフラヴィオたちに両手を振る。


「いや、これは……」


 クレイもようやく気付き、慌てたようにリッチとフラヴィオたちを見比べ。


「危ない! 早く遠くに下がるんだ!」


「え」


「今このアンデッドの現世に対する未練を断ち切っている最中なんだ! ここで現世に生を持つフラヴィオたちが近づくと、こいつに力を与えるかもしれない!」


「は、はい!」


 フラヴィオたちは慌てて遠ざかり、クレイたちを遠巻きにして見つめた。


「クレイ様……さすがにそれはちょっと」


「な、なんだよ」


 フラヴィオたちが声の届かない位置まで下がったのを見たサリムは、呆れた顔でクレイに苦言をする。


「そもそもリッチは現世に対する未練を断ち切らないと成れない、そのようなことをクレイ様ご自身がさっき言われていたような?」


「皆の安全を守るためには嘘をつくことも辞さない。俺も立派に……なんだようるさいなメタトロン。俺はバアル=ゼブルとは違うからな……え、アルバ候も?」


 クレイは何やらごにょごにょと呟いた後、肩を落とす。


「まぁ、秘匿された存在が神秘的に見えるのはよくあることだよね……」


 何はともあれ、色々とやっている間にリッチの走査は終わった。


「せっかくのバハムートさんの好意だけど、封じ込めは解除するかな。このままじゃ情報が聞けないからね……あれ、これどこで止めるんだ?」


 困惑するクレイにサリムが近づく。


「久しぶりの封印だったから中断フラグを仕込むのを忘れたそうです」


「うへ、もうリッチ全体の封じ込めに入ってるから、ここで止めるとどこの部位がどの封印の段階まで進んだか分からなくなって、一から作り直した方が良くなっちゃうぞ。タグもついてないから情報も離散して、アーカイブ領域のあちこちに無数に散らばることになる」


「えーと……これも余からの試練じゃ、と言って誤魔化してますね」


「そりゃ最初から全体をくまなく解析すれば、復元ポイントもいずれは分かるだろうけどさぁ……それじゃいつになるかわかんないよ。今ですら精神界と物質界の狭間で行方不明になった霊子が結構……ん?」


 何かを見つけたのか、目をパチパチとさせるクレイ。


[やーやー困ってるみたいだねクレイたん]


 軽い声で近づいてきたのはフラヴィオたちではなく、全身をキラキラする小片に固めたアスタロトであった。



「見てるだけって言ったじゃん」


[見てるだけの時間はもうおしまい。子供はもう寝る時間だよ]


「あー……」


 興奮して気づいていなかったが、クレイが街の中を走り回っていたのはもう数時間前のこと。


 今は夜半前の深夜である。


「いやまぁ? 天使になったからと言っても風紀上の問題とか? あることもないかもあるかもしれないとは思うけど? それを堕天使のアスタロトに言われるとは思ってなかったり?」


 天使が堕天使に素行で注意されるという屈辱(しかもよりによって堕天使の長であるアスタロトにである)そのあるまじき結果にクレイは小刻みに震えながら口を開くも、アスタロトはそれに一向にかまわずニヤニヤと笑いながら地面に転がるリッチの頭部を見下ろした。


[はいはい、都合の悪いことを強がって誤魔化すのは男連中の悪いところだよ。それよりそこのリッチ、ボクが治してあげようか?]


「そりゃまぁ? 出来るのであればお願いしたいけど?」


[んもー信用ないなぁ。向こうにいるスケルトンをきちんと再構成して喋れるようにしてあげたんだから、褒めてもらいたいくらいなんだけどな]


「お願いシャス」


 妙にスラスラと喋るスケルトンがいると思えば、どうやらアスタロトの仕業のようである。


 その手際にクレイは内心で舌を巻き、だがそれを表に出さないためにアスタロトへ素直に頭を下げて表情を隠した。


[オッケー。治したらちょっとした質問をクレイたんにしたいんだけど、それくらいの報酬は要求してもいいよね? 答えたくなかったら答えなくてもいいからさ]


「うーん、答えなくてもいいなら……いいよ」


[交渉成立! それじゃちゃちゃっと終わらせるからね]


 アスタロトは美しい顔に妖艶な笑みを浮かべ。


[アッー]


 施術するリッチには一言の断りも入れることなく、いきなりその眉間に人差し指を捻じり込んだ。


[ふんふん、なるほどなるほど……あれ、なんだろこれって……あまり見たことが無い封印だな……ひょっとしてこれ竜語魔術かい?]


「……らしいよ」


[アッアッアッ]


 遠慮なくグリグリと人差し指でリッチの頭部をかき混ぜるアスタロトに、クレイはドン引きして言葉少なに答える。


[なるほどねー、ちょっと面倒だったけど終わったよ。新しい媒体にこの子の残ってる力を移動させておいたから、用が終わったらまた降ろしておいてね]


「分かった。ありがとうアスタロト」


 もう終わったのかと問いたい気持ちを押さえつけ、クレイは礼を言う。


 正直、何をどうしたらあんなに短時間で処置が終わるのか分からなかったが、それでも結果は結果であり、リッチの存在をしばらく精査してもそのサイクルに異常は見られなかった。


(……経験の差、か)


(一人で何でもやる、できるようになるなどという傲慢の罪を背負いたいかね?)


(いいや、でも理想の自分として追いかけるための目標は置いておきたいな)


(それがいい)


 メタトロンの忠告を聞き入れたクレイは、リッチが攻撃してくる気配も無いことを確認すると、腰のミスリル剣を抜いてリッチへと向ける。


「お前に依頼した人間の名は?」


[すスす、枢機卿と……奴は自分のこトを、枢機卿マザランと呼びましタ]


「そうか」


 クレイはマザランに見送られた夜のことを思い出す。


 底の知れない怪しい人間とは思っていたが……


「じゃあ次の質問」


[ナなな、なンでしょウ?]


「どうやって滅びたい? 一応俺が浄化すれば痛くもなんともないし、地獄に落ちた後に業火で焼かれる時間も少なくて済むけど」


[たたタ、助けテ……]


 あきらめの悪いリッチにクレイがため息をついたとき。


[往生際が悪いよキミ。モタモタしてボクのお肌が荒れちゃったらどうするのさ]


 舐めるような声がクレイの背筋を冷たく染め上げ、その声の持ち主がアスタロトだと気づいたときにはすでにリッチは消えていた。


「まだコイツに力を降ろしてなかったんだけど大丈夫?」


[いいよ。見苦しい輩をいじめるのはボクも楽しいけど、今はそのタイミングじゃないからね]


 そう語るアスタロトの表情は冷たい。


 加えて美しい彼女が暗い顔をしている様は、クレイに死への恐怖すら感じさせるものであり、そしてアスタロトが放った次の言葉にクレイは思わず半歩を引いて身構えた。



[なぜボクたち魔族が人や天使たちを殺してはいけないんだい?]



 堕天使の長アスタロト。


 美しき腐敗の女王の放った毒に、クレイはしばしの間声をつぐむ。


 なぜ魔族が人や天使を殺してはいけないのか。


 なぜ人や天使は魔族を殺してもいいのか。


 ついに魔族の中でも屈指の実力を持つアスタロトが牙を剥こうとしているのかと判断したクレイは、腰を引いてミスリル剣の所在を確かめた。


[生き物を殺してはいけない。教えの中でそう教えておきながら、君たち天使や人間たちはボクら魔族を許されない存在だと言って、どんどん殺している。これは大きな矛盾だと思うんだけど、君はどう思う?]


 しかし攻撃してくるかと思ったアスタロトはそう言った後に動かず、動けなくなったクレイを面白そうに見つめるだけ。



 だが。



「へ? 今更そんなことを聞くの?」


[え]


 訳が分からないと言わんばかりの顔でクレイが言った言葉に、アスタロトは逆に動けなくなってしまったのだった。

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