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第185話 人の器を限界突破したモノ!

「もう少し早く出てくることもできたけど……」


 クレイは喋りながらフラヴィオたちへと近づき、軽く手を振る。


「フラム=フォイユ」


 そしてクレイが呟いた途端、その背中からいくつものオレンジ色の光がスケルトンへ向かって軌跡を描き、触れた途端に哀れなアンデッドたちは灰と化した。


「なんだか出るに出られない雰囲気になっちゃって、それが終わったら今度はスケルトンの様子が何だか変になってさ、タイミングが読めなかったんだよ」


 クレイはニコリと笑うと、フラヴィオたちに向けてゆっくりと歩き出す。


 だがその姿にフラヴィオは恐ろしいほどの畏敬を感じて膝をつき、グレタは息をすることすら忘れてしまったかのように立ち尽くす。


[……最後に、息子に別れを言っても構わないだろうか]


 そしてフラヴィオの父は覚悟を決め、クレイに頭を下げた。



「……え、助けに来たのになんで悪者みたいになってるの俺」



 慌てて自らの潔白を証明するために説明を始めるクレイ。


 うっかりフラヴィオとグレタが婚姻するときに立会人を務める、なども言ってしまったようだが、実はこの時リッチはまだサリムの頭を掴んだままだった。


[良いのかネ、無謀にも助けに入ってきタ、そこの命知らずの少年]


 呆れたといった口調で警告を飛ばすリッチ。


「何が?」


 しかしそのリッチの親切に対し、クレイは意味が分からないと言わんばかりに聞き返した。


[はテ、君はこの稀人の少年ヲ助けに来たのではないのかネ?]


「そうだよ」


[助けに来たガ助けない。意味不明であルので君を無視しテ、先ほどの続きをさせてもらうとするヨ]


「じゃあお前の言葉に甘えて助けさせてもらおうかな」


 クレイの言葉に気分を害したのか、それまで誰に何を言われても軽く受け流していたリッチが、サリムを持っていない方の左手に即座に薄暗いモヤを浮かばせる。


 だがそれがクレイに向けて放たれることは無かった。


「……クレイ様」


「なんだいサリム」


「もう少しで何かを掴めそうなのです。私に任せていただけませんか」


「分かった」


 短いやり取りの後、クレイはフラヴィオたちの所まで退くと、地面にふわふわと光る布状のものを作って座り込んだのだ。


[やレやれだネ。君もあレかね、アホウなのかネ。自分の頭を掴まれタままというのニ、ここから何かを掴メるとでも思ってイるのかネ]


 リッチは侮蔑の言葉を発した後、左手をサリムに向って構える。


[命奪]


 言葉とともに黒に染まったリッチの左手は、そのまま音もなくサリムの中に差し入れられた。


[終わりだヨ]


 リッチの腕がサリムの胸を貫く。


 しかしその胸から出血は無く、リッチの腕が何かを持っているようでもない。


 だがサリムの体は一度だけ大きく跳ねると、動かなくなってしまっていた。


[可哀想ニ。主人かラ見捨てられた挙句、死んデしまうとはネ]


 サリムの体から左手を抜き取ると、リッチはポツリと呟く。


 あまりにも突然の幕切れに、離れたところから見ていたフラヴィオは呆気に取られてポカンと口を開けていた。


「サ、サリムさん……?」


 呼んでも応えず、だらんと脱力したままのサリムを見たフラヴィオは、光る布の上に座ったままのクレイに勢いよく詰め寄った。


「何をしているのですか天使様! サリムさんが俺たちを助けるためにあんなに頑張っていたというのに!」


「えーと……参ったな」


 だがクレイはまるで慌てる様子もなく、ただ一言のみを口にした。


「精神界での戦いを見てる、って言えば分かるかな」


「いえ全然」


「だよね」


 クレイはポリポリと頭をかくと、右手を顔の高さに差し出して宙にいくつかの円を書いた。


「この一番真ん中の円が俺たちがいる物質界。その外を囲むように書かれた円が精神界、精霊界、妖精界、他にも色々とあるけど、とりあえずフラヴィオたちが聞いたことがあるものはこれくらいかな。これらは別々に見えて……」


「いえ、今教えていただいた情報だけで大丈夫です」


「そう?」


「手が届かぬどころか理解すらおぼつかない知識。それをこんな所で教えていただくわけにはいきませんから」


 申し訳なさそうに言うフラヴィオに、クレイはにっこりと笑いかける。


「ま、今サリムは頑張ってるってことだよ。でもまだちょっと悩んでるみたいだし、ほんの少しだけ手助けしちゃおうかな……おーい、サリム」


 返事は無い。


 だがサリムが内包する世界の一部に目まぐるしい変化が出たのを感じ取ったクレイは、口早に助言を送った。


そあれかし、そあれかし」


 クレイがそう言うと、サリムの頭を掴んでいたリッチが不思議そうに首を傾け、再び左手を振りかぶってサリムの体を貫く。


 先ほどと同じ光景が繰り返され、何度も繰り返され、だがリッチがその動きをやめることはなかった。


「精神界や精霊界は、物質界から見ようとしても見えない。それらは固定されたこの世界にとって、かもしれないの集まり。可能性の集合体だからね」


 しかしクレイはリッチに体を貫かれているサリムを助けようともせず、その間にも平然とした口調で説明を続ける。


「だからそれらの異界は、在るという可能性の積み重ね、在ってほしいという希望的観測の積み重ねで逃げ場を失ったときに、初めてこの物質界に浮き上がってくるものなんだ」


 ついにリッチはサリムを恐れるようにその体を放り投げ、右手と左手にそれぞれの力を宿して身構え、いつ来るか分からない襲撃に備えた。


「世界のどこにでも在って世界のどこにも無い。常にこの物質界とともにありながら、常に寄り添っているわけではない。だが彼らは常に俺たちのことを見ている。見守っている」



 そしてふわりとサリムは立ち上がり、三叉槍をリッチへ向ける。



[おオ……こレは……これハ⁉]


 同時に風の精霊たちは慌て、ざわめき、リッチを包んでいるローブが細かく切り刻まれ始め、それを見たクレイは満足げにうなづくと祝詞のりとの奏上を始めた。


「主よ、聖霊よご照覧あれ。精霊たちよ、新しき友の誕生に祝福を与えよ。彼が名前はサリム。我が従者にして従者にあらず……」


 そして祈りの言葉を次の一句で締めくくった。


「ただ親友である」


 次の瞬間、世界は類い稀(たぐいまれ)なる存在の誕生に驚き、喧騒に包まれたのだった。



「では参ります」


[ちょ、ちょっト待ちたマ……エッ!?]


 サリムの姿が七色の光に変化し、残像を残しながらリッチに近づく。


[オのれ! 黒霧!]


 そのサリムの姿を見たリッチは慌てた声で左手に黒いモヤを出現させ放った。


「ブリュイヤール・リポスト」


 だがリッチが放ったモヤがサリムを包むかと思った直後、三叉槍の先端に美しいブルーの霧が生じ、モヤを打ち消す。


[ムおオッ!?]


 そして霧はそのままリッチへと向かい、激しい音とともに吹き飛ばした。


「……今度は効いたようですね」


[マ、まさカ……この私……ガ……]


 霧に吹き飛ばされたリッチは全身から水煙を上げており、動けないのか倒れたまま苦悶の声を発している。


「許されざる存在、アンデッドであるリッチよ。ここで浄化させてもらいます」


 しかしサリムがそう宣言した途端、リッチはゆっくりと体を起こして命乞いを始めていた。


[マ、待て……私は依頼されテここに来ただケなのだヨ。私をここデ浄化してしまってハ、依頼人の正体は分からないマまになるガ?]


「……」


 サリムはチラリとクレイを見る。


 そして主人であるクレイから何の指示も出ないことを確認すると、ゆっくりとリッチへ近づいて行った。


「貴方に依頼をした人の名を」


[ソ、それ……ハ……]


 リッチがボソボソと小さい声で呟いたのを見たサリムは、三叉槍を身構えてゆっくりと近づく。



[鉄鎖]


「あっしまった」



 だがリッチに三叉槍の先端が触れるかどうかといった距離でいきなりリッチは立ち上がり、サリムに向かって黒い鎖状のものを解き放ったのだ。


[フひ、フヒハハハハハ! かかったなアホうめ! リッチであルこの私が、あの程度の術で何とかなるハずがないダろウ! 依頼人を教えルとは私は一言も言っテいないのに、無防備に近づクとは君は本当のアホウだヨ!]


 動けなくなったサリムを見たリッチは、さも楽しそうに高笑いをした。


[ダがそのアホウ面に免じて教えてあげルよ! 依頼人は自分を教皇の代理人であると自己紹介したドローマの名士ダ! 教会という組織を利用しなけれバ、私と会うこともできない小物だヨ!]


「くっそんなバカな! 町の名士ともあろう者がアンデッドに依頼などあり得るはずがない!」


 驚くサリムを覗き込んだリッチは、愉快そうに何度も首を縦に振る。 


[確かに君ハ強くなっタ! 道理を見極め、素の解を導キ、この物質界に可能性の寝所を設ケたのだからナ! だがそれでもまダ君はせいぜいレベル九十といったトころか! しかしこの私のレベルは百十九! 君より三十ほど高いのだヨ! 君ガ私と戦うなド、天に逆らうドころではなイ! 天に唾するがゴとき行為なのダ!]


「レベル……?」


 聞いたことが無い単語がリッチの口から出たことにサリムは反応し、それが何なのかとばかりにリッチを見た。


[おヤおや、年若いとはイえ、レベルも知らないのかネ。教えてアげてもいいのだガ、それにハまず順序トいうものガあるだろウ?]


 得意げにのけぞるリッチ。


「サリム、失われた秘術の中に、自分が信奉する神に贄を捧げることで強さの水準、段階を上げてもらうものがあるんだ。レベルっていうのはその強さの段階を表す数値のことだよ」


 だが呆れた顔のクレイから即座に説明されたリッチは、カクンと顎を大きく開けてそのまま動きを止めた。


「ま、だけどこれで合点がいったよ。なんでさっきからお前がリッチを自称しているのか」


[……イま、なんと言ったカね?]


 静かな怒りの声とともに、リッチの闇が一層濃くなる。


 それを見たクレイは両手を上げ、軽く肩をすくめた。


「お前はリッチじゃない。レベルなどという分かりやすい数値にしないと、他人はおろか自分の力すら推し量れない雑魚がリッチなはずがないからだ」


[な……ナなな……]


「なぜなら幽体に転じ、いずれは神の座に手を届かせんとするはずのリッチが、レベルなどという基準に自分を押し込めて安定させること、つまり物質界に回帰するという無駄なことを今更するはずがない。つまり」



[……黙レ]



 闇に包まれたリッチの声が、クレイの説明を遮るように静寂を切り裂く。


「お前はリッチじゃない。リッチだとしても成りたての生まれたてか、もしくはリッチの成りそこないだ」


[黙レと言っていルのだヨ!]


「もしくは誰かの実験で無理やりリッチに……」


[黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ! 先ほどからコの高貴なるアンデッドの王! リッチが黙れと言っていルのだから黙ればヨいのダ!]


 リッチは叫び、しばらく肩で息をした後に一息をついてクレイを睨みつける。


「あ、もう喋っていいかな?」


[シャべっていいとは私は一言も言っテいない! あまり人を馬鹿にすると、ドういう目に遭うか教エてやるゾ!]


 リッチは黒い鎖で動けないままのサリムに近づき、今度は右手を振りかぶった。


「サリムが目覚める前さえ何もできなかったのに、今更なにをするつもりだい?」


[ホっほう、その割には焦っテいるようだガ?]


 確かに先ほどと違い、クレイは光る布から腰を上げていた。


[そウ、この鎖は相手を縛り付けルだけではなク、その力を吸い取っテ私のものにする術でモあるのだヨ! 魔王様直伝の術の恐ろしサ、とくと味わうがいイ!]


「魔王だと!」


 思わぬところでリッチと魔王ルシフェルとの繋がりを確認したクレイは、一瞬だけその思考を止めてしまう。


 その間にリッチは右手に黒い剣を作り出し、サリムに向かって振りかぶった。


[さラばだ稀人の少年! 私ノ中で永遠に生き……キ……キキキィッ!?]


「こちらも動けないとは一言も言っていませんでしたけどね……はぁ」


 だが振りかぶって無防備となったリッチの頭を、一瞬にして黒い鎖を引きちぎったサリムの三叉槍が叩き潰し、リッチは体中の骨をバラバラにされて大地に砕け散ったのだった。

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