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第173話 明日への逃避行!

「……事情は分かりましたクレイ兄様」


「ああ、ジョゼが心配で居ても立ってもいられなくなってな」


「なるほど、しかしそれがアスタロト姉様の胸に顔をうずめる理由にはならないのでは?」


 ドアの向こうからいきなり現れたアスタロトの胸を揉みしだいた後、興がのったアスタロトに顔を引き寄せられ、胸にうずめられたクレイは、ジョゼの冷たい視線にさらされていた。


「タイミングが悪かっただけで俺は悪くない。って言うかドアは開けるものであって、断じて通り抜けるものじゃない!」


 その冷たい瞳を見つめ返すことができなくなったクレイは、そう悲鳴をあげてジョゼの顔から視線を逸らして先ほどのできごとを思い出した。


 ある場所は光り輝く純白に、あるいは混濁した黒のごとく変色したドアの向こうから現れたアスタロト。


[あーごめんごめん、最近の癖で分子透過しちゃったよ。どうも自動で開かない扉に慣れなくてさ]


 先ほどまったく悪びれることなく笑顔でそう言ったアスタロトは、相も変わらず全裸なのだが、妙なことにジョゼはそれをまったく言い咎める様子がない。


(おまけにさっきアスタロト姉様とか言ってたよな……)


 隣の部屋で何があったのか。


(ジョゼは何でもないと言っていた。だけどそれならこんなに短期間にこれほどまでに態度が変わる訳ないじゃないか!)


 しかし先ほどジョゼたちが出てきた時にのぞき見た部屋の中は、何ら変わることのない普通の間取りのものであり、生贄を捧げるなどの怪しげな儀式などが行われた形跡も無く、単なる寝室のようであった。


(誰か寝てたけど、ブランケットの端から鉄球の鎖が垂れてたしディルドレッドさんだろうな)


 クレイはさっき隣の部屋に入ろうとした時の言い訳……もとい理由を思い出し、腕を組んで考え込む。


 そう、例えばディルドレッドが鉄球をつけたままで動いていたとしたら、当然疲労が溜まるだろう回復してあげなければ。


 ジョゼのあまりの剣幕に部屋の中までは入れなかったが、先ほどから続くジョゼの説教にさすがに周囲の者たちもダレており、邪魔するものはジョゼ以外いない、はず。


 クレイは隙を見て隣の部屋に逃げようと考えるが、考えてみれば部屋の向こうに誰がいるかまだ決定されたわけではなく、思わぬ罠が待ち受けていることを考慮したクレイは、ジョゼにディルドレッドの行方を聞いた。


「確かに隣の部屋にいますが、疲れておいでなのか宿に着いた途端にすぐ寝室で寝てしまったそうですわ。今は起こさない方がいいでしょう」


 ジョゼが普段よりちょっと近い距離でむしろぎゅうぎゅうと密着して、尚且つ上目遣いでそう説明するのを聞いたクレイはぼんやりとした表情でドアに視線を送り、そしてエレーヌの膝の上にわだかまる闇、魔王ルシフェルの酩酊した顔を見る。


(ちょっと怖いけどこっちの線でいくか)


 妙齢の女性が前後不覚で寝ている、つまりジョゼに隣の部屋に行くことをやんわりと止められたクレイは、エレーヌに話題を振ることでジョゼの説教から逃れることを決定した。


「そう言えばエレーヌ姉、さっき魔物がどうとか言ってなかった?」


「あ、ああ。ここ数日のことらしいが、教皇領が存在するこのドローマの近くに魔物が出没するようになったらしい」


「ふーん……まぁこの近くは人と魔の境界線を示すヘルマもあまり手入れされてないし、魔物が出ても不思議じゃないかな」


「メルクリウスによると、それでも天使の守護が存在するから、長い間それを嫌って魔物は近づいてこなかったらしい。それが……」


 エレーヌは膝の上をチラリと見ると、軽く首を振る。


「まぁそう言うことなのだろう」


「なるほどね」


 エレーヌが溜息をつくと、それに呼応したようにアスタロトからクスクスと笑う声が聞こえ、それに気づいたクレイはその笑い声の主へと視線を送り、そして彼女が未だに全裸であることに溜息をついた。


(役得と言いたい所だけど、宿の人に見つかってあらぬ疑いをかけられても困るな。エレーヌ姉が外で耳にした魔物の話が気になるから外に出たいし、そろそろ服を着せておいた方が良さそうだ)


 何と言ってもここは厳正なる教えの中心地、厳粛なる教皇領の中心、そして厳戒なるジョゼ姫のすぐ隣。


 そんな所で全裸の痴女と一緒にいるところを見られてしまっては、天使の威厳がガタ落ちになってしまう。


 なによりジョゼのご機嫌伺いになりそうだし、と言うわけでクレイは名残を惜しみつつ、アスタロトに服を着せることにした。


「服が乾いてないなら俺の炎で乾かしてあげようか? そのくらいの術の調整はできるよ」


[ありがたい申し出だけど、それには及ばないよ。もう乾いてるから]


「着ないの?」


[こっちの方が楽だからね]


「俺はともかくサリムがすごく苦しそうだから着てくれない?」


 部屋の隅で苦しそうに腹部を抑え、槍を支えに腰を引いて立っているサリムを見たクレイが、何かを理解したようにうんうんと頷いた後でアスタロトに頼み込む。


[仕方ないな。ジョゼ、ちょっと手伝ってもらっていいかな]


「分かりましたわアスタロト姉様」


「いやこの部屋で着るのかよ!」


 窓の外に干しておいたと見られる服をアスタロトが取り込み、そのまま着こみ始めたのを見たクレイは、さすがに頭を抱えると呆れた声でツッコミを入れ、隣の部屋を指差した。


[ふーん]


「何? 別に俺もルシフェルも気にしてなさそうだし、部屋にいる他のメンバーは殆ど女の人だからここで着るってこと?」


[いや、アルバたんと違って女の裸に慣れてるなって思ってさ]


 アスタロトの指摘に、クレイは周囲の女性環境を小さい頃から順に思い出していく。


「育った環境かなぁ……まぁ色々とあったんだよ」


 そっぽを向くエレーヌをクレイは半眼でにらみつけ、溜息をついた。


[なるほどね]


 アスタロトはジョゼの手伝いのもとにスパンコールの上着とズボンを着ると、なにやらブツブツと呟きながら上にマントを羽織り、目障りな衣服の反射を隠す。


 それを確認したクレイは、サリムが先ほどの苦しそうな仕草から、名残惜しそうな顔でアスタロトを見ていることに苦笑し、窓の外を見た。


「まだ日が落ちる時間じゃないな。エレーヌ姉、さっき言ってた魔物について調べたいから着いてきてもらってもいいかな」


「分かったすぐ出よう」


 エレーヌは勢いよく、と言うか無駄なまでに勢いをつけて立ち上がってルシフェルの頭を振り払おうとする。


「八雲キサマ!?」


 しかしルシフェルは見事な体幹を……と言うより気持ち悪いほどエレーヌの太ももに頭を張り付けたまま斜めに立ち上がると、アスタロトに向けて手招きをした。


[面白いものが見れそうだ]


[今ボクが見てる光景がまさにそれなんだけど]


[面白いことを言う奴だ。ますます気に入ったぞアスタロト]


[ハイハイありがたき幸せ。気に入られた覚えは無いんだけどな~]


 アスタロトはルシフェルの手を取って起こし上げると、そのまま率先して部屋の外へルシフェルをエスコートする。


 だが肝心のクレイたちが着いてきていないため、アスタロトは不思議そうな顔でクレイたちを手招きし、宿の外を指差した。


[何してんの。魔物について調べるんでしょ]


「まぁそうなんだけど、協力してくれるの?」


 ルシフェルの当然のような指示に対するアスタロトの意外な行動にクレイが驚いて首を捻ると、アスタロトは鼻から軽く息を出す。


[天魔大戦は基本的にテイレシアの中で行われるものだからね。だからこっちの魔物が何を思って目立った行動をしてるのか知りたいのさ]


「勝手な行動は許さないってこと?」


 そのクレイの問いにアスタロトは背中を向け。


[う~ん、どうかなぁ……魔族は勝手気ままなコたちが多いから、一々目くじら立ててらんないよ]


 そう答えると、廊下の向こうへ姿を消す。


[ま、それは裁く側のボクたちもそうなんだけどね]


 どういった意味での勝手気ままなのか、そう問いかける考えすら思い浮かばないほどの重圧。


 アスタロトの言葉に圧し負けたかのようにクレイは無言になると、そのまま後をついていった。



「え、あたし仲間外れなの?」


「ああ、とりあえずの危険が無いかコンラーズと一緒に城壁の外を軽く見回ってくれよ」


「もー、せっかくアスタロトお姉様と一緒に街を歩けると思ったのに」


 町に繰り出したクレイたちはフィーナと分かれ、エレーヌの案内の下に情報を得た人物の下に向かう。


 しかしエレーヌはある一帯をうろうろするばかりで、一向に目的の人物に話しかける様子は無かった。


「おかしいな、この辺りで花を売っていた少女に聞いたのだが」


「サリムが買ってあげた子?」


「いや、その少女の姉らしい。普段は外で農作業のようなことをしているそうなのだが、遅めの昼食を食べに戻ってきた際に、家で寝ていたはずの病弱な妹が花を売っているのを見て、慌てて交代して家に帰したそうだ」


「それじゃあ看病をするためにもう家に帰ったんじゃない? ちょっと周りにいる人たちに聞いてくるよ」


 クレイはそう言うと、素早くサリムとその場を離脱した。



[逃げられちゃったね]


「……あ」



 アスタロトの指摘にエレーヌは我に返り、クレイたちが姿を消していった雑踏を慌てて見渡し。


[最初に詳細を聞いておけば、無駄足を踏まずに済んだのだろうがな]


 肩越しに響いてきた声、魔王の恐怖に全身をおぞ気に震わせた。

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