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第17話 油断は生ませるもの!

[誰が作り出したか、ねぇ……そりゃこんなクソ面倒で面妖な術をわざわざ作るような暇人は、俺の目の前にいるルシフェル様って奴以外にいねえんじゃねえか?]


[これほど緻密ちみつ精緻せいち繊細せんさいな術は、お前のようにいい加減で適当で、行き当たりばったりで行動する奴には永遠に作り出せないだろうな]


[ぬがっ!?] 


 軽口をたたき合う二つの存在、バアル=ゼブルとルシフェル。



「あれはヤバ……うっ!?」


「クレイ!? どうしたのよ!」


 だがそれを遠くで見ていただけにも関わらず、クレイは心臓をわし掴みにされたような痛みを胸に感じ、その場に立ちすくんでしまっていた。


「どうしたのよ! 呆けてる場合じゃないわよクレイ! サリムたちを探さないと!」


「わ、わかってる!」


 クレイはそれでもティナの叫びを聞いた途端に我を取り戻すと、背後からの追い討ちを恐れつつも走り出し、森の中へ駆け込んでいく。


(追いかけてくる気配はない……助かったのか?)


 予想に反し、当然来るべきはずの攻撃が背後から撃ち込まれることはなく、クレイは先ほどのサリムたちのように無事に森の中へ姿を消し、彼らの後を追った。



 そのクレイの姿を見送る一人の男。


[ん? 翅妖精フェアリーたぁ珍しいな。しかしなんで子供と妖精がこんなところにいやがる……つーかいつの間に戻ってきたんだ? アバドン]


 王都を包んでいた結界の向こうに現れた二つの巨大な存在の一方である、青い髪を持つバアル=ゼブルが誰に言うともなく呟く。


 そして先ほどの激しい爆発が直撃したのか、目を回して地面に倒れているアバドンを見つけたバアル=ゼブルは、不思議そうな顔でしゃがみこみ、地面に転がっている岩のようなゴツい顔をつつき始める。


[こちらに戻ってきたばかりの俺が知るわけが無かろう。そんなどうでもいい奴らを構っている暇は無い。さっさと城に戻るぞバアル=ゼブル]


 対してもう一方であるルシフェルと呼ばれた男は、どうやらクレイを歯牙にもかけていないように見える。


[いや、別にお前さんに聞いた訳じゃねえが……そういや逃げた子供は放っておいていいのか? 俺たちには到底及ばねえが、なかなかの力の持ち主っぽかったぞ]


[俺たちをおびき出すエサの可能性もある。状況を判断する情報が皆無に等しい状態である以上、曖昧な判断で戦力を出すことはできん]


 ルシフェルはそう告げると、漆黒にも見える濃い紫色の目でバアル=ゼブルを鋭く睨み付け、同じく濃い紫色で鈍い光を放つ長い髪とともにその身を翻した。


[わーったよ。八雲からルシフェルに転じて少しは面白みが出ると思ったら、お前さん相変わらずの野暮天だな。おーい、起きろアバドン。お前さんの大好きなルシフェルが城に戻って行くぜ]


 そして水色の長い髪を、同じく長い布でまとめたバアル=ゼブルが、ルシフェルの背中を水色の瞳でつまらなさそうに見つめて着いていこうとした時。



[お待ちくださいルシフェル様! どうか我にあの子供たちを追う許可を!]



 バアル=ゼブルの脇に居た一人の上級魔神が地面へ膝をつき、敵――クレイたち――を追いかける許可を求めた。


[行きたければ行け。だが子供を倒して功を誇るような真似をした時には、お前を恥知らずとして消滅させる]


[はっ! 我としてはあの子供から人間の情報を得ることが第一と愚考いたしております! いたぶり殺して無駄な時間を消費するようなことは決して致しませぬ!]


[では行け]


 山羊に似た角が二本生えているその上級魔神は、許可を得るとすぐにルシフェルとバアル=ゼブルに背を向け、顔を下品なものと変えて飛行術を発動させる。


 二人はその後ろ姿へ汚物を見るような蔑んだ視線を送り、城へと歩いていった。




「待てよサリム! ここは危ないからすぐに俺と一緒に開拓村へ戻るぞ!」


 一方クレイは背後より迫りくる脅威に気付くことなく、森の中へ逃げ込んだサリムを走って追いかけていた。


「あんた飛べないの?」


「飛べない! 剣と拳の修行だけで精一杯で、術はまだロクに習ってないんだ!」


 ティナは溜息をつき、即答したクレイの顔を呆れたように見つめる。


「早く習っといた方がいいわよ。剣を振っても拳を振るっても本人が死ぬことは無いけど、術は制御に失敗すると下手したら術者本人が死んじゃうからね」


「本音を言うと、それを知ってるから習ってないんだよ!」


 クレイは義父が天使と成った時、その後の修行で飛行術の制御に失敗して立て続けに死んでしまったことを小さい頃に聞いており、それから精霊魔術に苦手意識を持ってしまっていた。


「でも天使になってから身体能力は上がってるし、普通に走ってるだけでもサリムたちに追いつけるはず……ほら見えた。おいサリム! ここは危険だから俺と一緒に……」


「うるさい! 俺に構わず一人で戻れよクレイ!」


 説教をされた子供のように、すねた口調でサリムがクレイへ叫んだ時。



[逃げおおせると思ったか? 子供特有の甘い考えだな小僧]


「なッ!?」



 クレイの横から昏い声が耳に侵入する。


「危ないクレイ!」


 ティナの警告を聞いたクレイは咄嗟に走る方向を変え、怖気がする声が聞こえてきた反対へと向かって間合いを取り、そして声の正体を確かめようとした時。


「がふッ!?」


 クレイは何者かによって背中に一撃を加えられ、吹き飛ばされる。


 その先には大人が二人で手をつないで何とか届くほどの太い大木があり、そこへ叩きつけられたクレイはようやく動きを止めるが、しかし叩きつけられた側の大木はその衝撃でへし折られてしまっていた。


[未熟……このような子供が、よく王都まで来ようと思ったものよ]


 その犯人は上級魔神。


 先ほど王都からクレイたちを追って飛び立った漆黒の怪物。


[たわいもない。さて、あのガキどもを捕まえて口を割らせるとするか]


 しばらく待つも、立ち上がってこないクレイを見た上級魔神は、舌なめずりをするとゆっくりサリムたちの方へ歩き出す。


「ク、クレイッ!?」


 恐怖に凍り付いたか、それとも立ち上がってこないクレイを心配してか、棒立ちになったサリムがクレイの名を叫ぶ。


「あ……し……を……! 足を! 止めるなサリム! それとも俺に手を引っ張ってもらわなければ、森の中を走ることもできないのか!?」


「……!」


 すると残された大木の一部の下で動きを止めていたクレイから叫びが発せられ、その声に後押しされたかのように、再びサリムたちは走って逃げ始めていた。



[ほう、まだ息があるとは信じられん。人間にしては……いや、小僧。ひょっとするとお前天使の一人か?]


 上級魔神は口を歪め、下劣な笑い声をそこから漏らす。


 しかし彼の問いにクレイの答えが返って来ることは無かった。


 魔神の嘲笑に、クレイが返した物は――


「不意打ちに頼る卑怯者に答える義務は無いね!」


 上級魔神にクレイが抜いた剣先が迫る。


 最速、最強と信じ、実際に今まで何体も魔物を葬ってきた両手突き。



 だが。



[実力差を肌で感じ取れないものは早死にする。あの世で後悔するのだな小僧]


 クレイが持つ鉄製の剣に、上級魔神を倒す力は無かった。


 魔神が無造作に晒しだした胸部さえ貫くことはできず、それどころか皮膚一枚すら傷つけることもできなかったのだ。


[愚か者には苦痛にまみれた死を]


「ぐあっ!?」


 攻撃を受け止めようと腕を上げるも、あえなく吹き飛ばされるクレイ。


[さて、ここで手間取る訳にもいかぬな]


 そしてクレイを腕ごと殴り飛ばした魔神は、サリムたちが走り去った方向へ体を向け、おもむろに左手を振り下ろす。


 同時に森の中にいくつもの轟音が鳴り響き、先ほどクレイが叩きつけられた大木に比する太さの木々がなぎ倒されて行き、逃げていったサリムたちの姿は再び魔神の目に映ることとなっていた。


[ふむ]


 しかしその瞬間、魔神の右手が人間にはあり得ない角度で後ろへ回る。


[おやおや? ひょっとすると、これは聖水かな? 確かに暗黒ダークマターが聖霊に流入する以前であれば、それなりの効果が得られたのであろうが……]


 背中に回した右手を目の前に移動させ、そこに何らかの液体がたっぷりと染み込んだ綿を確認した魔神は残念そうに首を振ると、クレイの方へ向き直り。


[このセテルニウスに暗黒が召喚された今、我のような上級魔神に、お前のような下位天使が放った聖水など効かぬよ]


 その手からうねる光を放出させ、クレイの体を包んだ。


[雷撃の術。旧神バアル=ゼブル様には到底及ばぬものだが、それでもお前のような未熟者を倒すには十分だ]


「あ……ぁ……」


[これは驚いた。まさか今の雷撃を喰らってさえ息があるとは]


 雷撃の術を受けたクレイが苦悶の声を上げる。


 その姿を見た上級魔神は軽く目を開くと腕を組み、鋭い爪を持つ手を口に当てて楽し気に笑い始める。


[興味が湧いたぞ小僧……我の雷撃の術に、後どのくらい耐えられるかな?]


 そしてゆっくりと歩き出すと、その一歩ごとに変わっていくクレイの顔を見た。


[雷撃(トネール)]


 振り上がる右手。


「ひいっ!?」


 それを見たクレイは、先ほどの激痛がまた繰り返されることを恐れてか、途端に顔を引きつらせて地面にうずくまり、頭を抱えてしまう。


「わ、わかったよ! あいつらを好きにしていいからさ、俺の命だけは……」


「ちょっとクレイ!? あんた本気なの!?」


 信じられない光景にティナが悲鳴を上げる。


 しかしティナに罵倒されてもクレイは頭を抱えたままうずくまっており、その体が震えているのを見た魔神は、高らかに笑い声をあげて胸を張った。


[天使と言えど、所詮は子供。馬や豚のように、きちんとしつければ強者には従うしかないと理解できるようだな]



 だが、突如その笑い声は途中でくぐもった物へと変化する。



「安心したよ。口の中まで剣が通らないってことが無くてさ」


[グボ……ゴ……]


 何故なら地面にうずくまり、恐怖に震えていたクレイの身体から伸びた剣の先が、上級魔神の口腔に突き刺さっていたのだ。


「これが最後の聖水だ! 俺のありったけの祈りを込めてやるからたっぷり飲めよ上級魔神さん!」


 すぐさまクレイは懐から透明な容器を取り出すと、剣が付き立ったままの上級魔神の口に押し込んで押さえつける。


 当然あるべき反撃を覚悟しながらも。


「あれ? 動かなくなっちゃった」


 だがクレイの予想に反し、聖水を口の中へ流し込まれた上級魔神は、身動きをすることもなく地面に倒れたまま。


 意外な結末にクレイは目をぱちぱちとしばたかせ、ゆっくりと立ち上がった。


「勝った……のかな? 念のためにトドメをさしたいけど、もう手持ちの聖水は無くなっちゃったし、退魔装備も俺には支給されてないし……」


 魔族と戦う者に支給される、装備した者の力を増幅させる退魔装備。


 だがそれほど数があるわけでもないこの装備は、騎士の中でも特別の信頼を受けた一部の者にしか支給されていなかった。


 倒れた上級魔神から剣を引き抜き、周囲を見渡すクレイ。


「仕方ない、サリムたちが助けを呼んでくるまで……」


[その必要は無いぞ天使よ]


 しかし少しの間だけ悩んだクレイが呟いた時、彼の目の前で倒れていた上級魔神がむくりと起き上がり、寒気がするような穏やかな声でクレイの独り言を止めた。


「やっぱり生きてた。勝ち誇った悪役は高笑いするものだ、って知り合いに聞いてたから狙ってみたけど、こんなに上手くいくなんておかしいと思ってたんだよ」


[今しがた、逃げていった子供たちが面白いことを言っていたのでな。少々お前を喜ばせておくのも一興だろうと思った]


 むくりと起き上がった魔神には何ら異常は見られず、それを見たクレイは呆れたように魔神へ声をかけた。


「面白いこと? 俺がお前を倒す以上に面白いことなんてなさそうだけどね」


 クレイは上級魔神に話しかける。


 自分が格下である以上、持ちかけた話を魔神が無視することはまずあり得ない。


――いつでも殺せる相手の意向を無視して攻撃を仕掛ける。それは魔神にとって耐えがたいほどの屈辱なんだよクレイ――


 義父アルバトールの言葉を胸に、クレイは救援が来るまでの時間稼ぎをするべく、殊更に平然を装って上級魔神に世間話を持ちかけていた。


[サリムという小僧はお前のことをこう言っていたぞ。いやしき魔物の子、あんな奴が領主様の養子になる世界は間違っている、とな]


 そして上級魔神は、クレイの予想した範囲に収まる程度の会話を口にする。 


 沈痛な声で、いかにも同情すると言うように首を左右に振って、クレイへ残酷な現実を突きつけたのだった。

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