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第168話 魔王への対策!

(……何だこれ)


「クレイ兄様、教皇様の前で失礼ですよ」


(うひ)


 部屋の中を見渡していたクレイは、ジョゼの一喝で首をすくめた。


 ホコリ避けの布の下に垣間見えるのは、一見では地味に見える物ながらも豪華な調度品の数々である。


 壁際にある棚は黒檀と見られる木材で出来ており、その中には金で縁取られた分厚い皮装飾の書物が収められていた。


 贅沢品を揃えながらも、それを堂々と主張できない部屋の中を見たクレイは、そのまま落ち着かない様子で部屋の中をきょろきょろと見渡し、その行儀の悪さを隣にいるジョゼに咎められたのだ。


[ほう、女に頭が上がらない所はアルバトールそっくりだな]


「うるさいよ! って言うか、なんでまだいるんだ魔王ルシフェル!」


 そして落ち着かない原因の最たるもの、目の前のカウチに堂々と座っている魔王ルシフェルを睨み付けたのであった。



[なぜ俺の行動をお前が決める。俺は俺の意思でどこにでも行き、やりたいようにやる。魔族でもないお前が俺に差し出口をきくな]


「教皇様、パーティションありますか」


 まるで悪びれない魔王を見たクレイはルシフェルを板で囲み、見えなくしてから教皇との会談を始めた。



「あの男はその、以前ここで働いていた時期がありましてその、その時は魔王などではなく東方から来た旅人の八雲と称しておりましてその」


「別にそのようなことを聞きに来たわけではないんですが……」


「は、はい、無用なお時間をとらせてしまい、誠に申し訳ありません処k……いえそのあの、天使メタトロン」


「……」



 人の噂も七十五日と言うが、悪評というものはなかなかに消えにくい。


 それにしても、まさか教会のトップに立つ教皇ですらこのような根も葉もない噂に耳を貸し、信じてしまうとは。



(根も葉もあるから消えずに残り、教皇も信じたのではないかね)


(うるさいよメタトロン! ほとんど誤解だってことは知ってるだろ!)


(ほとんど以外、いわば枝葉の部分が実際にあったからこそ……)


(アーアーキコエナーイ!)


 クレイはメタトロンの意思に耳を塞ぎ、目の前で怯えている教皇へニコリと笑いかける。


「ひっ……! お、お許し下さい天使メタトロン。このグレゴリウス、決して魔族に通じてなどおりませぬ……どうかお慈悲を……」


 どうやら何をしても無駄のようである。


 失望したクレイが溜息をつき、それを見た教皇が絶望に顔を真っ青にした時。


[天網恢恢疎にして漏らさず。天は何もしていないように見えても、お前の悪行を逃さず見ているぞ]


「……悪の親玉が何言ってんの?」


 壁の向こうからルシフェルの声が響き、クレイは思わず溜息をついた。


[面白いことを言う奴だ、気に入ったぞクレイという名のアルバトールの息子よ。それはそうとお前は俺のことを悪の親玉と言うが、今現在、俺とお前のどちらが教皇に恐れられている?]


「えーっと……」


[魔族は人に召喚されたりなどして物質界にその姿を現しても、召喚した本人や周りに多少の悪戯をして被害を与えるのみ。だがお前たち天使はどうだ? 天罰と称した大量虐殺を何度も行って……]


「……めんどくさいなぁもう」



 クレイはルシフェルの周りに真空の断層を作り、その声を遮断した。



「……誤解、でございますかジョゼフィーヌ殿」


「もちろんです! もし噂に聞く断罪の天使メタトロンをクレイ=トールが御しえていないのであれば、教皇聖下がルシフェルを旧知の仲として話している時点で、容赦のない無慈悲な処罰を下したことでしょう!」


 あの後、美少女であるジョゼが真摯な眼差しで説得してくる姿を見たグレゴリウスは、やや顔から警戒心を薄れさせて耳を傾けていた。


(ふー、何とかなりそうだ。やっぱり交渉事には母性で相手を安心させる女性の存在が不可欠だな)


 怯えている相手、と限定する重要な一項目をクレイはどこかに放り投げ、勝手な感想を心の中で述べるとグレゴリウスをチラリと見た。


 グレゴリウスはその視線に気づくも、すぐにクレイから目を離してジョゼに見入り、そんなグレゴリウスを見たクレイと言えばやや傷ついて不満げな顔をするも、結果オーライとばかりに内心で胸をなでおろす。


 そこにドアをノックする音が聞こえ、それを聞いたグレゴリウスは助けを求めるように即座に入室の許可を出した。


(誰だろうこの人……?)


 そこに表れたのは鮮やかな真紅の法衣を着こみ、豊かなアゴひげと口ひげを生やした、一人の初老の男性。


「役者は揃った、と言ったところかな?」


「あれ、もう話は終わったのかメルクリウス」


 そして先ほど枢機卿であるマザランの所へ行くと言って別れた、メルクリウスであった。


(と、言うことは……)


 何やら疲れているように見える男性を見ながらクレイは立ち上がるが。


「お久しぶりでございますマザラン枢機卿猊下。聖テイレシア王国第一王女、ジョゼフィーヌでございます」


「おお、お美しくなられましたなジョゼフィーヌ殿」


 頭を下げて挨拶をしようとした矢先、すでに立ち上がっていたジョゼに先に挨拶をされてしまったクレイはややばつが悪そうな顔をしそうになるが、すんでの所で押しとどめて非礼とは無縁の挨拶を無難にこなす。


「これはこちらの机の上でいいのかマザラン」


「はい。恐れ多くも神であらせられるメルクリウス様にこのようなお手伝いをしていただき恐縮するばかり……何とお礼を申してよろしいやら」


「今日に限っては気にすることは無い。一々手伝いの者を呼びに行く手間を考えればな」


 部屋の中に入ってきたマザランは横に退いて頭を下げ、後から入ってきたメルクリウスに道を譲る。


 その後に姿を現したメルクリウスは一抱えほどもある紙束を持っており、しかしまるで重さを感じさせない、まるでワイングラスを持っているかのような優雅な立ち居振る舞いでそれを机の上に置いた。


≪これでいいのかね魔王ルシフェルよ≫


≪ああ、そこの子供が悪戯好きでね。大人を困らせるのが子供の仕事の一つとは言え、まったく困ったものさ≫


 同時に法術の念話があたりを包み、それを感じ取った教皇と枢機卿が迷惑そうに顔を歪め、感じ取れないジョゼは不思議そうに辺りを見回す。


 クレイも同じように不思議そうな顔で見回すも、その理由はジョゼとは違ったものだった。


(ルシフェルの雰囲気が変わった……?)


 つい先ほどまでパーティションの向こうからでも感じ取れた、冷たくピリピリと張り詰めた威圧。


 しかし今感じ取れるそれは、柔らかく感じながらもその中に恐ろしい熱量を秘めた、まるで初夏の陽光の如きものだった。


≪ああ、こちらのことは気にしなくていい。話を続けてくれていいよメタトロン、そして……教会の者たちよ≫


 名前を思い出そうとするも面倒くさくなり、途中で放棄したと言わんばかりのどうでもいい許可の念話がルシフェルより発せられる。


(なっ……ただの念話のはずなのに、何でこれほどまでに精神が揺さぶられるんだ!?)


 しかしそれに秘められた圧倒的な意志にクレイは閉口し、念話への接続を強制的に打ち切るが、それができない教皇や枢機卿は目を白黒させて戸惑うばかりであった。


≪おやすまない、頼んでいた品物も来たようだし、話を続けてくれて構わないよ≫


 教皇や枢機卿の醜態を感じ取ったのか、ルシフェルは念話を優しく打ち切り、それと同時に机の上に置かれた紙束の半分ほどが宙に舞ってルシフェルの下へと飛んでいった。



「大丈夫ですか教皇聖下、枢機卿猊下」


「う、うむむう……大丈夫ですが……教皇聖下、大丈夫ですか」


「何とか……な。これでも教会の皆を取りまとめる地位に立つ者。魔王のかく乱などに身を任せたりはせぬ」


 老人にも関わらず教皇は気丈に言い放つが、その実態は単にルシフェルの念話を受信するだけの力が備わっていなかっただけである。


 クレイも似たようなものなのだが、彼はそれでも強制的に相手からの接続を打ち切るだけの力は備えていた。


(さすが魔王、圧倒的な力だな……しかし今まで王都からまったく動こうとしなかった魔王が、何の目的でドローマまで来たんだ?)


 教会の中枢を握る教皇や枢機卿を目の前にしても、魔王であるルシフェルは何もしようとしない。


 いやしているのだが、それは悪戯や嫌がらせの範疇に入るものであり、しかもそれ以上のものでも以下のものでも無かった。


(ルシフェルの目的って何なんだろうな。昔の知り合いに会いに来たっぽいけど)


(それは質問かね、それとも独り言かね)


(質問にしよう。何だと思うメタトロン)


 クレイが内心で呟くとただちにメタトロンの意思が返される。


 それはメタトロンもこの事態に興味津々であることを表すものだった。


(暇つぶしだろうな)


(ああやっぱり? なんかバアル=ゼブルとかアナトさんとか見た後じゃ、そんな感じだろうなぁとは思ってた)


 そう言って脱力したクレイは、次のメタトロンの言葉で一気に集中を取り戻す。


(だがそう見せかけて真意は違うかもしれぬ。彼はそういう御方だ)


(……ふーん)


 そういう御方。


 主以外に初めて見せるメタトロンの敬意、あの天使長ミカエルにすら不遜な態度を崩さなかったと聞いているメタトロンが見せた敬意に、クレイは少なからず驚いた。


(ってことはこのまま様子見した方がいいか)


(それも一つの手だろう。あれこれと手を打ったあげく、それが徒労に終わるのを我は何度も見てきたし経験もしてきた)


(つまり?)


(ああ言えばこう言う。こちらがやったことに応じて嫌味を言うのが彼の性格だ。まったく魔王に相応しい性格をしている)


(ナルホド)


 どうやら魔族というロクでもない種族の頂点に立つのが魔王というだけあって、抜きん出たロクでもない性格をしているようである。


 クレイはどっと疲れた表情になると、先ほどからテイレシアの現状を教皇と枢機卿に説明しているジョゼの手助けをしようとした、その瞬間。



 こつん



 後頭部に当たった軽い感触に、クレイは軽い驚きを覚えて振り返る。


(……紙飛行機?)


 飛行術を学べば人間でも空を飛べる、つまり航空力学があまり発達しそうにないこの世界でも、子供の遊び道具として紙飛行機は一般的なものである。


 しかし気体が無い所では飛べないはずのその遊び道具が、真空で断絶してあるパーティションの向こうからいくつも飛んできている所を目にしたクレイは、その大元であろう人物が机の上で紙を折りたたんでいる姿を連想してしまい、手に持った紙飛行機へ大きな溜息を吹きかけた。


(こんにちは、か。はいはいこんにちはですね)


 予想通り紙飛行機には文面がしたためてあり、壁の向こうにいるルシフェルが筆談による意思疎通を試みていることは明らかであった。


≪ああ、気にしなくていいよ。可愛い弟の手助けをしているだけだから≫


≪そうですか≫


 どうやら違うらしい。


 しかしいつの間に思考を読んだのか。


 それすら気づかせないほど、今の自分とルシフェルには力の差があるのかとクレイは天井を見上げた。


(大人を困らせるのが子供の仕事なら、子供を困らせるのは誰の仕事なんだろうな……まさか魔王とは言わないよね)


 そう考えるも、すぐにある一つの歌曲を思い出したクレイは肩を落とし、ポツリと呟く。


「早く帰りたい」


 慌てて口を塞ぎ周りを見ると、全員が同じ意見のようである。


 クレイたちは手早く話を取りまとめ、教会が周辺諸国を説き伏せて一致団結して魔族に当たることを確約すると、その日の会談は終了した。

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