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第167話 知り合いに会いに行こう!

「どうしてお前がここにいる! 魔王ルシフェル!」


 クレイはとっさに一歩前に飛び出ると、背後のジョゼたちをかばうべく両手を広げ、目の前に現れた紫紺の男、魔王ルシフェルに怒声をあげて威嚇する。


 なぜここまで反応が遅れたのか。


 ルシフェルが急にクレイの目の前に瞬間移動してきたわけではないというのに。


 その理由は廊下の向こうから普通に歩いてきた男があまりにも堂々としていたため、カリストア教の聖地に魔王がいるという目の前の現実をクレイは受け入れることができなかったのだ。


[誰だお前は]


「俺はクレ……イ! だ!」


[なぜ自分の名前を言いよどむ]


 そして名前を聞かれたクレイは、激情のままにフルネームを答えようとし、その途中で我に返ってファーストネームのみを答えた。


 ここで自分の正体がルシフェルにバレてしまい、戦いにでもなればどれほどの被害が出るか分からない。


 それどころか、被害が出るまでもなく自分があっさりと倒される可能性もあり、その可能性を思いついたクレイはムカ……いや最悪の事態を避けるべく最善と思われる選択を採ったのだ。


[まあいい、お前がアルバトールの息子か。あのバカから話には聞いていたが、本当に生意気な面構えをしているな]


「いや知ってるのかよ!? それなら最初に言ってくれよ!」


 しかしその努力もむなしく、あっさりと自分の正体を見破られたクレイは肩を落として落胆した。


 今まで魔族とは何度も――しかも最上位に位置するバアル=ゼブルやアナトと――何度も会っているし当然と言えば当然なのだが、それならそうと最初に言ってくれればいいものを。


[問われれば答える、問われなければ答える必要はない、それだけだ]


「あっそ……じゃあ良かったら何でここにいるのかも答えてくれたら嬉しいんだけど」


 魔族は自分の都合や利益のみで動く者が多いが、どうやらルシフェルはその中でも飛びぬけて自己中のようである。


 そう感じたクレイが疲れた口調で問いかけると、ルシフェルは先ほど言ったとおりに包み隠さず答えた。


[知り合いに会いに行く、そう言ったはずだが]


「聞いてないんだけど。つーかアンタとはさっき会ったばっかだろ」


[ほう、それなのに俺がルシフェルだと知っているというわけか。ぬけぬけとよく言えたものだ]


 ルシフェルはクレイに感心したような、それでいて呆れたような返答をすると、きびすを返してクレイに無防備な背中を見せる。


[ついてこいアルバトールの息子よ]


「クレイって呼んだ方が楽だし早くない?」


[子供にしては気が利くなアルバトールの息子よ]


「……まぁいいけど」


 不敵な笑みを浮かべるルシフェルの顔をクレイはうんざりした表情で見つめ、おとなしくその後をついていく。


 そんなクレイを見たメルクリウスは軽く首を振ると、スッと横に並んで警告を飛ばした。


「大丈夫なのかクレイ」


「大丈夫さメルクリウス。物騒なことになるのなら、最初に正体がバレた時に戦いになってるはずだ」


「それはそうだろう。巨象がネズミ一匹にわざわざ自分から戦いを挑むなどあり得ないことだからな」


「じゃあ何で……」


「僕が心配しているのは、枢機卿であるマザランを放置した上に、不倶戴天の敵である魔王に付き従っているように見える、君の姿を教会のものに見られることだ」


「あっハイ」


 目の前を歩くルシフェルの放つ重圧に、知らぬ間に気圧されていたか。


 そんな当たり前のことすら思いつかなかった自分にクレイは腹を立て、横に並んだメルクリウスのニヤケ顔を見て腹を立て、八つ当たりの対象となるガビーがいないことにさらに腹を立てた。


「ぐぬぬぬぬ……なんでそんなニヤニヤしてるんだよメルクリウス! 目の前に魔王がいるんだぞ!」


「僕たちオリュンポス十二神は中立の立場にあるからな。自然野次馬のような態度になるのも致し方あるまい」


「憂さ晴らしできたって顔に見えるのは気のせいか?」


「そう見えるのであれば、それは君が引け目に感じることを僕へしたという、何らかの覚えがあるということだが?」


「スンマセンした」


 よってクレイはメルクリウスに八つ当たりをしたのだが、つい先日オリュンポス十二神との関係が悪化していたかも知れなかったことを暗に指摘され、更にその原因であったクレイは素直にメルクリウスに謝罪をした。


「いいだろう、いずれにせよ枢機卿を放っておくのは如何にも不味い。かと言ってルシフェルを放置して何かがあっても不味い。ここは僕がマザランの相手をしておくとしよう」


「ホント!? 助かるよメルクリウス!」


 気にするなとばかりに手を振り、背中を向けるメルクリウスへクレイが頭を下げて見送ると、今度はその背後から苦笑する声が聞こえたかと思うと、重々しい声が放たれた。


[父親に似て失言が多いようだなアルバトールの息子よ]


「実の親子じゃ無いけどね」


 そしてどんな攻撃でも通りそうな隙だらけの背中をしたルシフェルに、何者の忠告をも受け付けぬ不機嫌そうな声でクレイが答えた時。



[それがどうした。実であろうと仮であろうと家族であることに変わりはない。血のつながりのみで実と仮とを定めるのであれば、血のつながりが無い者と結婚することが前提である夫婦という縁は、永遠に実の家族となることはできんではないか]



 何人たろうと素通りできるかのような背中から、何事をも受け付けぬ価値観を持つ声が返ってきていた。


「……ッ」


 平然とルシフェルが放った言葉にクレイは息をのむ。


「……あー、それはそれとしてさ、単にあんたの後ろをついて歩いてたら誤解されそうだから、ちょっと身構えながら歩いてもいい?」


[好きにするがいい。あのアルバトールの息子であれば、家名の誇りにかけて後ろからだまし討ちするような真似はするまい]


「ありがと」


 そして多少の回り道をしながらも、クレイは魔族の王であるルシフェルに短い御礼を告げることに成功した。


 そしてそのことによって更に鬱憤うっぷんを溜めてしまったクレイは、内なるメタトロンにそれをぶつけることにする。


(ぐぬぬぬぬうううう! おいメタトロン! 何してるんだよ魔王が目の前にいるんだぞ!? さっきルシフェルが言ったいい台詞は、いつも助言を俺にくれるお前が言うことじゃないのか!?)


(……被害が出るからと言って戦いを避けるかと思えば、今度は煽り立てて我を戦いに駆り立てようとする。君は一体何がしたいのだ)


 そして眠りから強制的に目覚めさせられたメタトロンは不機嫌そうな意思を放ち、それを受け取ったクレイは興味深そうに眼をパチパチさせた。


(へぇ)


(何かね)


(随分と感情を表に出すようになったなって思ってさ)


(元は動かざる安定を旨とする人間だったとは言え、今は燃え盛る激情を旨とする天使。つい先だって引き出す必要があった記録の内容が内容だっただけに、そう簡単に火が付いた感情を抑え込むことはできぬ)


(ごめん、お前の気持ちも推し量らずにからかってすまなかった)


(君の方こそ我に素直に謝るとは珍しい。何が狙いかね)


 そしてメタトロンの感情を煽り立て、動揺を誘った目的を聞かれたクレイは、少し口を詰まらせた後にポツリと呟いた。


(サンダルフォンって天使のことを聞きたいんだ)


(……)


(何で黙ってるんだよ。さっきの思い出話の中であんなに悔しそうに喋ってたじゃないか。魔王ルシフェルを天使長ルシフェルに戻すために、サンダルフォンって天使が禊祓を使って堕天したって)


(……それも先ほど話をつけたはずだ。サンダルフォンは堕天し討つべき敵となった。次に目の前に現れた時は容赦なく裁きを下すと)


(メタトロン……)


 流れ込んできたメタトロンの苦悩にクレイは胸をふさがれ、思い出話の時と同じようにそれ以上は何も言えなくなる。


 どうしても聞いておかなければならない情報、だがどうしたら聞き出せるのかわからない情報。


 思考の堂々巡り、混迷の迷宮回廊。


 いくつかの言葉を選び、いくつもの否定をクレイが選んでいた時、前を歩いていた堂々たる魔王ルシフェルが一つの扉の前で足を止めた。


「ここは……」


「ん? 誰の部屋なんだい隊長さん」


 扉を見た隊長が顔に緊張を走らせたとき、ルシフェルがクレイを見る。


[入るぞ]


 そしてノックをすると、中からの返事を待たずに魔王ルシフェルはドアを無造作に開けた。


「な、なんじゃ八雲! まだ何か用……が……」


 同時に中から震えを隠せぬ情けない声が発せられ、途中で止まる。


「ひ、ひぃぃぃィッィッイッ!? こ、これは違うのです! こ、この男が私を騙して……」


[何を言いだすかと思えば、教皇になってもやはりお前は情けない奴だったな。少しは落ち着いたらどうだ]


「……教皇?」


[言っただろう、知り合いに会いに行くと]


「いやさっき言ったことを本当のことにするためだけにここまで連れてきたのかよ!?」


 ルシフェルの言葉に呆れ、そしてその内容に聞き逃せない職名を聞いたクレイは、扉の前に立つルシフェルの横に並び、部屋の中を覗き込む。


「初めまして……教皇聖下。このたびの天魔大戦の天使に選ばれたクレイ=トール=フォルセールです」


「は、は、初めまして……私は教皇グレゴリウス今後ともよろしく……」


 ランプによってぼんやりと照らし出された部屋の中には、白い法衣の上に青い肩掛けをかけた、ブヨブヨとした脂肪とたるみきった皮を持つ怪物……ではなく、教皇グレゴリウスがカウチの上でひっくり返っていた。

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