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第165話 壁を隔てた向こうの人々!

 その頃捕まった……もとい衛兵の説明を受けに付いていった魔王と堕天使の二人は。



[想定外だったな。まさか俺がここで働いていた時の連中が既に全員死んでいたとは]


[そりゃここにいたのが軽く四十年以上前とかだったらそうもなるさ! んもー、その時の隊長の息子さんがキミのことを覚えていなかったらどうするつもりだったんだい?]


[どうもこうもない。その頃に教会に入ったばかりの下っ端が、今は教皇になっているらしいからな。そいつを呼び出せば解決だ]


[来るわけないじゃないか……って言うか、キミさっきすごく重要なこと言ってたよね]


[人は年を得ればそれなりの地位を得る。重要でもなんでもなかろう]


[そんなことじゃないよ! さっきキミここで働いていたって言ってたけど、今のキミは本当にルシフェル様なんだろうね! 八雲じゃなくて!]


[細かいことを気にするな。俺は俺の意思で動く。今の俺に貼られたラベルがルシフェルであろうと八雲であろうと、それが俺の意思に影響することは無い]


[そのラベルの表記、ボクが判断しやすいように敵もしくは味方って書いてあるものに貼り換えてくれない?]



 こちらもうまくドローマの都に入り込んでいた。


 クレイたちとは別の門を通って。


 そしてその魔族の二人がドローマの街並みを見て一つの感想を抱いた時、クレイたちもまた同じ感想を抱いていた。



「町の中にも難民が多くないか?」


「ああ、僕が以前来た時にはこれほどではなかったのだが、どうやらこの十年で変わったのはフォルセールだけではないようだ」


 中に入ったクレイたちが目にしたのは所々にゴミが散乱する、かつては美しい街並みを誇ったであろう石造りの道路や建物。


 そしてその所々に座り込み、あるいは立ちすくむ難民たちだった。


 それらを見たクレイとメルクリウスが遠慮のない感想を口にすると、先に立って案内をしていた衛兵の隊長が軽い説明を始める。


「ここ十年ほどで、周辺諸国から信仰を求めて集まる難民が増えまして、そうなれば必然的に生活ゴミが増えます。これでも城壁の中に住む権利を授けられた方たちが、綺麗にしてくれているのですよ」


「権利?」


 その説明の中に興味を引く単語を見つけたクレイが疑問を発すると、それを聞いた隊長がすぐに説明を補足した。


「労働などを何年もの長きにわたって教会に捧げてくれた結果、城壁の中に住む権利を得た市民の方たち、ですね」


「へぇ……」


 ここ教皇領では、教会への奉仕は祈りなどではなくもっと直接的な、いわば教会の実利に繋がるものを捧げる必要があるようである。


 もちろんフォルセール教会でも受け付けてはいるが、昔からそういった直接的なものは必要最小限のものだけを受け取り、それ以上のものは領主であるトール家――仮の王都となった今は王であるシルヴェール――に献上されるのが一般的であった。


「如何に信仰を求めてドローマに来たといっても保護できる数に限度はあるだろう。教会は何も対策を講じていないのか?」


「守ってくれるはずの王侯貴族から見放され、生きる術を見失い、生きのびる希望すら手にいれられない困窮した民を救うは教会の務め。教皇様がそう宣託を下されましたので、全員で協力して何とかやっております」


「ふむ」



 民が難民となるように仕向けているのはお前たちでは無いのか?



 メルクリウスはそう言いたい気持ちを飲み込み、生返事を返すだけに留めて街を見渡す。


 クレイはそんなメルクリウスを横目で見ると、籠をもって街角に立っている一人の少女へと視線を向けた。


「ん? あの子は……?」


 値段を付ける価値などまるで無い、どこにでもある野山の花で見た目だけは一杯になった籠を持っているその少女は、それでも生計の手段とするべくか細い声で客を呼んでいる。


 自分たちが向かう先にいるその少女を、クレイがじっと見つめていることに気付いたメルクリウスは、何気なく問いかけた。


「買うのか?」


「いいや。野山の花に金を出せるほどフォルセールは裕福じゃない」


「アルバトールであれば買っただろうな」


「……パンとサーカスの話を聞いた後でも? 人はその努力に応じた報酬を得るべきであって、無条件に与えられる褒美は人をダメにする。さっきの何もしない神の話の途中で、メタトロンにそう説得されちゃったよ」


 どうやら先ほどの話の最中にメタトロンの調子が悪くなったのは、アーカイブ術によってクレイと膨大な情報のやりとりを同時に行っていたのが原因のようである。


 やや震える声で答えるクレイを見たメルクリウスは、馬車の窓からそれとなく少女の姿を隠し、ジョゼやフィーナが感情のままに施しをすることを未然に防ぐ。



「いくらですかお嬢さん?」



 だが馬車の外で歩いていたサリムに、先ほどクレイとメルクリウスの話題に加わっていなかったサリムにそれは通用しなかった。


 少女も買ってもらえるとは思っていなかったのか、慌てて籠の中の花の説明を始め、しかしあまりにうろたえすぎたせいか、手が滑って籠そのものを落としてしまう。


「構いませんよ、全部いただきましょう」


 当然のように言うサリムに少女は慌てて首を振るが、サリムは地面に落ちた花を拾い集める少女の手を取ると立ち上がらせ、そして銀貨を一枚その手に握らせて別れを告げた。


「サリム」


「はいクレイ様」 


「支払った給金をサリムがどう使おうか勝手だけどさ、あまり気前よく使ってるといざという時に困るかも知れないぞ」


「今がそのいざという時かと思いまして」


 にこやかに言うサリムに、クレイはそれ以上のことを言えなかった。


「それじゃしょうがないか」


「ええ、あの少女は今日死んでもしょうがないといった目をしていました。せめてここにも孤児院があれば……」


 サリムの嘆きを耳にした衛兵の隊長は、やや憤慨したといった口調で説明を始める。


「ここにも孤児院はあります。ですが……人手も資金も難民の流入に追いつかないのです。せめて天魔大戦が終われば各国に援助の要請もできるのですが」


 しかし余計なことまで口にしてしまった隊長は慌てて口を塞ぐが、当然発せられた言葉まで抑えられるはずはない。


「も、申し訳ありません天使様!」


「教皇領の現状を説明してくれたんだ。謝ることはないよ」


「クレイ兄様の言う通りです。それに今回の訪問はその現状を打破するための方策を相談するためでもありますから、貴方たちにもできうる範囲で協力をお願いしますね」


 クレイが感情を押し殺して答えると、隊長は平謝りに謝り、ジョゼの取り成しをもってようやく頭を上げた。


「口は禍の元という。気を付けたまえ」


「はっ……」


 しかしメルクリウスの慰めにはやや反感を抱いた返事をした隊長は、すぐに背を向けて道案内を再開した。


「ここで少々お待ちを」


 十分ほど歩くと、ドローマの中に更にいくつか建てられた城壁の一番内側、つまり教皇の身を守る最終城壁が見えてくる。


 その門を守る衛兵へ隊長が近づいていくと、メルクリウスはうんざりとした表情で城壁を見上げた。


「見たまえ。教会の門は身分を問わず誰にでも開かれていると説いておきながら、誰でも通さないように衛兵がおかれている」


「そりゃそうだろ。いくら中央教会を統べる教皇でも、教えの外に在る異教徒には無力なんだから」


「様をつけなくていいのか?」


「会う時はつけるさ。それが大人の作法って奴なんだろ?」


「一気に世間擦れしてしまったな。これは戻ったらアルバトールに……」


 言葉を区切ったメルクリウスは首を振ると、アリアに叱責されてしまうと言い直し、そして再び城壁を見上げた。


「城や都市に限らず、家の中においても壁とは自分と他者を区分けするものだ」


「うん」


「多種多様の主義主張を否定し、すべては我らが神に収束すると教える一神教のカリストア教。だがその実情は、自らの教えと他の教えを壁によって隔て、信徒すら区別し、その内に在る聖職者たちとその財産を守っている。実に滑稽な眺めではないか」


「……そうだね。貧しいうちならまだしも、少し豊かになってくれば自分の部屋が欲しいと言いだし、暮らしを共にする家族ですら拒絶するのが人間だ……」


 現実は次々とクレイを打ちのめし、今まで積み上げてきた信仰心すら風に吹かれる綿毛のように飛び去って行く。


 メルクリウスはそのような感想を内心で抱くと、教会の改革を口にしたクレイが、どの程度の教会の腐敗まで覚悟しているかを試してみようと思い、タイミングを見計らって口を開いた。


「ところで先ほどの隊長の失言、どう思う? 僕としては難民の子供たちと同じように君を……」


 しかしメルクリウスがそう言いかけた時、謁見の手続きが終わった隊長が戻ってきて頭を下げた。


「教皇様は何やら急なお客様が訪問されたそうで、しばらく手が離せないそうです。申し訳ありませんが、その来客がお帰りになるまでの間は枢機卿のマザラン様がお話を聞いてくださるそうで」


「分かった」


「それで、その……申し訳ありませんが、部外者と申しますか……その」


 隊長は言いにくそうにサリムとフィーナの方をチラチラと見た後、察してくださいとばかりにクレイをじっと見つめた。


「サリム、ここから先は遠慮してもらっていいかな」


「かしこまりました」


「多分帰りは遅くなるだろうし、お金を渡しておくからその間に皆が泊まれる宿でも探しておいてくれ」


 クレイが革袋から銀貨を十数枚ほど取り出して渡すと、サリムは頭を下げてそれを受け取る。


「気になることが一つ」


「何だい」


「バヤール様はどちらで宿をとれば……」


 そしてサリムから提出された議題を受け取ったクレイは、失念していたとばかりに口をあんぐりと開けた。


「……馬だし馬房でいいんじゃないかな。そもそも人間の姿のバヤールさんだと人間用の宿は窮屈だろうし」


 いつぞやの鴨居破壊事件を思い出したクレイは、恨めし気な視線をバヤールの巨体に向け、額をさすりながらサリムに指示を出す。


「それでは行ってまいります」


 サリムは不思議そうな顔で了承すると、クレイの姿が完全に見えなくなるまでその場に立って見送り、そしてカリストア教の聖域に背を向けた。



「さて、どうしましょうフィーナさん。貴女に何か宿の心当たりがあればそちらでお世話になろうと思うのですが」


「そうね、顔見知りはいるけどちょっと遠慮しておこうかしら。今回の来訪はブルックリン家としてのフィーナじゃなくて、フォルセール家のクレイトール君のお付きだもの」


「つまりお高い宿というわけですね」


 サリムが若干の冷や汗をかきつつそう言うと、フィーナは舌をぺろっと出して肯定する。


「だからお洋服はちょっと我慢しなさいねディルドレッド」


「もちろんです……フィーナ様。このディルドレッド……自らをわきまえる者でございます……」


 笑顔のフィーナに対し、非常に苦し気な声で答えるディルドレッド。


 なぜかといえば、鉄球を隠す魔術が飛躍的に上達したクレイは、ドローマに入る前に気前よく何個もディルドレッドに鉄球をつけていたのだ。


 その結果、彼女の動きは非常に緩慢なものとなり、黙っていれば美人なこともあって、着ている金属鎧を除けば割と淑女っぽい姿となっていた。


「早く宿を探さないとディルドレッドさんが倒れてしまいますね」


 苦笑しながらサリムがそう言った時。


「あら! アスタロトお姉様ではありませんか!」


 フィーナがそう言って一人の女性に駆け寄る姿を見たサリムは、その先にいる女性からの視線に得体の知れない気持ち悪さを感じたのだった。

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