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第164話 集めた人々、集められた人々!

[君といると生きた心地がしないよ!]


[お前の今の心境が生きている実感という奴だ。よく覚えておけ]


 アスタロトの抗議をルシフェルは戒めにして返し、天使の守護の内側にあるドローマの城壁へとずんずん近づいていく。


 その遠慮の無さに起因したものか、それとも自分が受けている扱いによるものか、アスタロトはげんなりとした表情でルシフェルを追いかけた。


[そりゃキミは聖霊の認識すら歪める得体の知れない術があるからいいさ。でもボクはそんな力を持たないか弱い元天使……]


[それを確かめる意味もあった。結果からすればお前は相変わらず得体の知れない奴で、天使の守護が発動することも無く俺と共にいる]


[コワイなぁキミは]


 茶化すようにアスタロトが言うも、ルシフェルはまったく動じずに詰問を続ける。


[我らに言霊を縁付けることで存在を永らえさせた旧神エール。そしてその妻アーシラトよ。ウガリットの神々は何を企んでいる]


[え]


[言いたくないなら言いたくなった時に言え。だがその時の俺の機嫌次第では、お前たちは消滅することになると心得ておくのだな]


 そしてルシフェルが腰に下げた直剣の柄を握ってすごむと、アスタロトは意外な表情で口を開いた。


[えぇ……? あのおしゃべりなバアル=ゼブルから聞いてないのかい?]


[あのおバカなバアル=ゼブルですら口にしていない]


[ああ、だから疑ってるのか]


 アスタロトは腰に手を当て、大仰に溜息をついた。


[バアル=ゼブルはサンダルフォンを滅ぼしたいんだよ。アナトやモートはまた違う目的を持ってるみたいだけど、まぁ二人とも隠し事は下手くそだから多分ルシフェル様が考えてる内容とそう違わない。ヤム=ナハルお爺ちゃんは……昔の借りをバアル=ゼブルに返したいだけだろうね]


[分かった]


[随分あっさりだね]


[世間話とはそういったものだ。既知の内容を再確認するだけとあっては尚更にな]


 抜け抜けと言ってのけたルシフェルに、アスタロトはどっと疲れたように肩を落とした。


[……長生きするよキミ]


[小娘にしてはいい嫌味だ]


[どうやって中に入るんだい?]


[昔のツテがある]


[じゃあお任せするよ]



 二人は城門で衛兵に呼び止められ、待機所に連れていかれた。



 一方、普通にドローマに出入りできるクレイたちは。


「ふ~ん……ここが教皇領を有するドローマの都か……」


「かつてこの世の栄華をすべて集めたようだった帝国の首都も、東のコンスタンティノーブルにその大半の機能を移してからは、この半島にある諸国の一つでしかないがね」


「まぁメタトロンが栄枯盛衰は世の理と言っとった通り、人は変化……と言うよりは進化の途中にある生物じゃからな。拠点が変わるくらいは日常茶飯事じゃろ」


「右や左の旦那様~」


「哀れな子供たちにお恵みを~」


「こ、こらお前ら! その御方たちからすぐ離れるんだ!」



 周辺諸国から教会の施しを目当てに流入してきた、貧しく生計を立てる手段も乏しい難民の子供たちに囲まれていたのだった。



「どうしましょうクレイ兄様」


「どうしようったって……俺たちを見るなり慌ててすっ飛んできた衛兵もさっきまでのんびり歩いてたし、日常茶飯事なんじゃないか?」


 クレイは戸惑いながらも、馬車の窓から顔を出したジョゼに答える。


 その横では、元は白かったと思われるやや黄ばんだローブをチェインメイルの上に着た衛兵が、大声を上げて子供たちを追い払い始めていた。


「おい退くんだ!」


「いてえ! 何すんだよ!」


「苦情は後で聞いてやるからとにかく先にこの方たちをお通しするんだ! また配給が減らされても知らないぞ!」


 若い衛兵の一人がそう言うと、クレイたちを囲んでいた子供たちの輪はようやく広がりを見せ始めた。


 それを見てすぐにクレイたちと子供たちの間に割って入った衛兵の一人が、鋭く目を光らせ周りを見渡す。


 するとその目に怯えた子供たちは、ひときわ体格の大きい一人の少年の後ろに逃げ込み、その少年も子供たちを庇うように一歩前に出た。


「フラヴィオか。荷物を盗んだりしてないだろうな」


「してねえよ!」


「本当か? さっき女の子が一人で郊外をうろついていたらしいが、目利きをさせてたんじゃないだろうな」


「してないって! ホントだよ!」


「それならいい。だが今度見つけたら両手とも外側の指を三本切り落とす。これは脅しじゃないからよく覚えておけよ」


「わ、分かってるよ!」


 フラヴィオと呼ばれた少年は、やや動揺しながら衛兵に答えると周りの子供に両手を上下させて追い払う。


「離れるぞ! この方たちはノブレス・オブリージュの精神をお持ちでない方々みたいだからな!」


 同時にそう言い捨てると、フラヴィオはすぐに子供の集団の中に紛れ、追いかけようとする衛兵たちの手から逃れた。


「も、申し訳ありません! すぐに追手をかけ、見つからなければあいつらの親を締めあげてでも……」


「いや、いいよ」


「ですが高貴なる方々への言われなき侮辱、これを放置しておいては我々の存在意義がありませぬ」


「気を使われなくて結構。それより教皇様へのお目通りの届けを一刻も早くしてくれるほうが助かります」


「はっ! ただちに善処いたします!」


 ジョゼの毅然とした態度に臆したかのように、衛兵の隊長とみられる男が城壁の中に走り込んでいく。


 その背中を見送ったクレイは周りに建ち並ぶ難民用のテントを見つめ、そして興味深そうに配置を確認していった。


「何か気になることがあるのかクレイ」


「ああ、行き場のない人が城壁の外にテントを広げてる姿を見たら、フォルセールを思い出してちょっと懐かしくなっちゃったよ。天使の加護が発動する近くにも人がいるけど、人間には影響が無いのかな?」


「あれは各々がもっているダークマターに反応して発動するものだからな。ガビーに以前聞いたところによれば、法術と暗黒魔術の相克を利用して全身に耐えがたい激痛を走らせるらしいが」


「ふ~ん……それじゃ曼荼羅の中にいるバロールさんには影響ないってことか? 隊長さんが戻ってくる前にちょっと試してみようか」



 クレイは待っているのが暇だとばかりに見物を始め、メルクリウスと共に衛兵から離れてから話を再開した。



「さっきの話の続きだけど、フォルセールを思い出したからって言うのはウソなんだ。マルトゥの件で、お前がまんまと俺を騙してくれてから上辺と本質、本音と建て前って奴を考えるようになったからだよ」


「最初から信じていなかった癖によく言う」


 苦笑するメルクリウスに、クレイは軽く謝罪をして説明を追加した。


「実はさっきのメタトロンの話で、教会に悪印象を持ったのが原因さ」


「なるほど、それで気付いたこととは?」


「何で難民はここに集まってるんだろうってね」


 城壁の外にかなりの範囲で拡がっている、まるで軍が野営しているようにも見える難民キャンプを見たクレイは、やや冷えた口調で問いを発する。


「飢えた民に施しをするのは当たり前。それが教会の立場だからな」


「そうだね。さっきの子供たちもノブレス・オブリージュを口にしていた。でも思うんだ」


 クレイはまるで目の前に討つべき敵がいるかのように鋭い目をする。



「王侯貴族ならば当然知っていることだけど、まともに教育を受けられない難民の子供たちがそんなことを知っているはずが無い。じゃあ教えこんだのは誰だ?」



 メルクリウスは突然の不意打ちに目を丸め、そして不意に投げこまれた一つの疑惑に目まぐるしく思考を回した。


「……君は教会が何らかの目的のために、弱者である難民が自然と集まるように仕向けたと言いたいのか?」


「故郷を捨てて逃げてきた、つまりここに生活の基盤を持たない人たちでも何らかの用途がある……ええと協力の方が……あ、労働力! そいつを提供することはできるだろう。人は財産だと俺も習ってきたし、労働はどうしたって人の手が必要だ。でも」


 クレイはそこで少しの間口を閉じ、そして開く。


「人は城、人は石垣、人は堀。国にとってかけがえのない財産である人。だけどもしも教会がこの人たちを使い捨ての防壁と考えているなら。防壁とするために、ここを訪れる他国の者たちに、わざわざ弱者である子供たちを使ってノブレス・オブリージュを教え込んでいるのなら」


 クレイは城壁の向こうを睨み付ける。


「俺はそんな腐った組織の必要を認めない。教えの存続のためにどうしても必要だというのなら、教会の組織系統をぶっ壊して改革してやる」


 メルクリウスはクレイの宣言に驚き、そしてその途方もない望みに呆れ、そして得体の知れない高揚感に包まれた。


「……しかし教会組織の改革など……そんなことが本当にできるのか?」


 内心の高揚を押し隠しながらメルクリウスが問う。


「アテはあるさ。新しい価値観となる素材。その価値観を現実の価値とする後ろ盾。そして新しい価値を中央教会に突きつけてくれる関係者」


 自信たっぷりにクレイは言うと、ニカッと笑みを浮かべて親指を立て。


「そのすべてをお前が考えてくれる!」


 その答えを聞いたメルクリウスは唖然とし、軽く首を振った。


「君は本当に生意気になった。すべての答えは既に君の中に在るというのに、その上さらに僕に考えさせるとは」


「まだ未成年だからね。一人でコソコソやれる分にはいいけど、大人を使って色々とやるには不都合が多い年齢さ」


「君に使われるのはいささか不本意ではあるが、君が僕の目の前に置いた垂涎のネタを見ては我慢せざるを得まい。良かろう、君が裏の実力者となりたいなら、僕は表の遂行者となろうではないか」


「頼んだよ、ユーピテルさんの手足となって各地を飛び回る旧神メルクリウス」


「だがまずは教皇領の偵察だ。話の続きは今日の宿といこう」


 話がついた直後、走って戻ってきた隊長がジョゼに膝をつく。


 その姿を見たクレイが戻ろうとすると、メルクリウスはネプトゥーヌスを呼んでくると言って場を離れた。


「ん? そろそろ中に入れそうかメルクリウス」


「そのようだ。だが叔父上にはユーピテルに報告に戻ってもらいたい」


「なんぞ分かったんか?」


 メルクリウスは少し考え込み、頷く。


「以前からたびたび議題に上っていた教会の毒、偏った情報――信仰――による世界の洗脳。何も知らないはずのクレイですら、教皇領の周辺にいる難民を一目見ただけで怪しんでいると伝えて欲しい」


「分かった。それでどちらをひいきにして報告すりゃええんじゃ?」


 ネプトゥーヌスの質問を聞いたメルクリウスは、今度は即答した。


「教会は脅威。クレイは驚異と」


「ぷっ……くっははは!」


 その答えを聞いたネプトゥーヌスは破顔し、グラッパが残っている酒瓶を軽く振ってどこかへ移送すると、代わりに三叉槍トリアイナを右手に呼び出す。


「おまんらにも困ったものぜよ。ワシまであの小僧に期待するようになってしまったきに」


 そう言うとネプトゥーヌスはトリアイナの石突を軽く大地に当て、ふっとその姿を消したのだった。

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