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第158話 旧友!

「やられたなぁ……まさかヴェラーバとヴィネットゥーリア……と言うか、フランキ元首とマリーナさんが、奴隷商人たちの悪事をあぶり出すために裏で結託してたとは思わなかったよ。というか、奴隷商人ってそんなにヴェラーバ政府の中枢にまで食いこんできてるのか? メルクリウス」


「どうもそのようだ。計画自体は十年以上前から進められていたらしいが、最終段階に進める決定的な機会となったのは、あるお人よしたちの来訪らしい」


 メルクリウスはクレイとバアル=ゼブルを見て苦笑する。


「お人よしの天使が勝手に自分たちの都合のいいように引っ掻き回すだろうって、まぁその通りだったんだけど、そんな忠告をフランキさんにするなんてひどくないかお人よしのバアル=ゼブル」


[うっせーよ? うっせーよ? 実際そうだったんだから文句を言われる筋合いはねえ! つーか俺とお前は敵対関係だしさっきのフェーデじゃ本気で殺すつもりだった! そこんとこを勘違いするんじゃねえぞクレイ!]


「ほならワシはオリュンポス山に帰るで。後のことはあんじょうよろしゅう頼むでメルクリウス」


「承知した」


「いがみあっとらんでお人よし同士仲良うせいや。それじゃあの」


 ユーピテルが宙に浮き、いつものように身体の一部を揺らしながらゆっくりと消えていくと、妻であるユーノーも後を追うように宙に浮く。


「今度はゆっくり会いたいものですねクレイ。オリュンポス山に来ることがあれば言いなさい。心からのもてなしを差し上げますよ」


「ありがとうございます」


 ユーノーも姿を消し、後には飄々とした顔のメルクリウス、クレイの荷物にチラチラと視線を送るネプトゥーヌス、目が覚めたガビーを慰めるディアーナと、喜ぶイユリを背中に乗せたまま眠るカリストー。


「それじゃ話を聞かせてもらっても構いませんかフランキ元首」


 そしてまんまと上手くいったとばかりに満足そうな顔をしたフランキ、怒るべきなのか喜ぶべきなのかを戸惑うジョゼ、何が起こったのか分からないといった表情でへたり込むイユニを抱きかかえるバヤールだった。



「つまり獣人の国を建国することは前々から計画されていたと」


「発端はつまらないことです。世間を知らぬ若造が、迫害されていた一人の獣人の娘を助け、一目惚れしたというものでした」


 フランキは空を見上げる。


 釣られてクレイも空を見るもそこには青い空と白い雲しか見えず、だがフランキにはクレイが見えぬ何かが見えているようで、その顔は楽し気であり、寂し気なものだった。


「若気の至り、ですな。自分がどのような家系に生まれたかを知らず、それがどんな結果をもたらすか理解せず、ただその場の勢いに任せて獣人と恋に落ち、子を産んだ獣人は事情を知った若造の父親に説得され、そのまま何も言わず姿を消した」


[まーそうなるわな。お前の親父さんは元首じゃなかったが、息子のお前は才気煥発で武にもある程度の才を示していた。そりゃ将来に期待を持つだろうし、他の貴族との婚姻で一気に家の格を上げることも夢じゃない。そこに獣人の女とのスキャンダルなんざ、もってのほかって奴だ]


「ですが昔の私は分かっていなかったのです。周りの環境が認めぬなら環境を変えてしまえばいいと、身の程知らずの考えをしてしまうほどに」


 自嘲をするフランキをジョゼは心配そうに見つめ、口を開く。


「それで、その獣人の娘さんはどうなったのですかフランキ元首。もしかして、もしかしてひょっとすると?」


 イユニを横目で見るジョゼに気付いたフランキは、ゆっくりと首を振ってその甘い連想を否定した。


「残念ながらこの国を去って何年か経った後、流行り病によって亡くなってしまったそうです。無論、このイユニと子供たちの境遇に何か思う所がなかったわけではありませんが」


「そ、そうですか」


「お気になさらず。それで先ほどの続きですが、一人残された娘も奴隷商人に捕まり、何年もの間を奴隷として使われていたようです。ですが私の父より何かあった時のために、と我が家の家紋を預かっていたそうで、それを肌身離さず持っていた結果……」


[感動の再会ってわけだな。それに関しちゃあ、あのセイレーンのお嬢ちゃんたち……まぁ気に入らねえが、アルバトールに礼を言わなきゃならねえだろうな]


「セイ姉ちゃんたち? 何で……ってそう言えばヘプルクロシアで捕まってたな。あれフィーナがやらせてたとばかり思ってたけど、ひょっとしたら他でもやってたってこと?」


[らしいぜ。行く先々の街で歌う以外にも、わざと奴隷商人に捕まってあまりに非道な行いをしていないか確かめ、行きすぎた奴らには手痛いお仕置きを喰らわせてたって話だ]


 恐ろしい魔物として知られるセイレーンだが、その美しい顔立ちと美声に心を奪われる者は多い。


 表には出さぬものの、裏ではかなりの地位についている好事家たちが、金に糸目を付けず買い求めていたとしてもおかしくはないだろう。


「何にせよ、十数年ぶりに再会した娘から事情を聞いた私は、昔の夢……周囲の環境を変える夢を実現すべく動き始めました。元首となるべく、なりふり構わず裏工作を始め、協力してくれる仲間を求め――そしてその途中で会ったのがマリーノ殿です」


「……うーん? あまりいい評判は聞いてないような……あれ、でも悪い評判は全部マルトゥ関係と、マリーナさんの容姿が自分の作品に寄与しなさそうなフィーナだけか?」


 フランキは苦笑し、ヴィネットゥーリアの方を見る。


「彼も好事家の一人だったのですが、どちらかと言えば愛玩……いわゆる家族としてのペットの趣を重視していましてね。それでまぁ、色々と暗躍をしてもらったわけです。何かと疑われることも多かったと思いますが、敵を騙すには味方からとも言いますし、どうかお許しを」


「こちらとしては国と国との友好を保ってくれるならそれでいいよ、違った構いません」


 どうやら今回の騒動は、国と国を巻き込んだ壮大な騙し合いだったようである。


 クレイは小々釈然としなかったが、それでもイユニたちが幸せになるためだと思ってその思いを飲み込む。


「しかしクレイ様がフォルセール家の評判に見合った人格者で本当に良かった。何しろこちらに伝わる噂と来たら、自分に逆らった者たちを片っ端から処刑する、天罰と称して黒龍に食わせるなどと、兵や民たちが恐怖に恐れおののくものばかりでしたからな」



 おや?



「えーと? つまり今回のパルチザンに始まった騒動には俺を確かめる意味もあったと?」


「さようです。いつ善良な民を罰するか分からないようなお方を、重要な使者に立てる国と付き合いたい国家は私の知る限りありませんからな」


「はい」


 何やら雲行きが怪しくなってきたようである。


 クレイは話し合いをさっさと切り上げ、出国した方が良さそうだ、との判断を下し、ジョゼに目配せをする。


「ところで元首、マルトゥとイユニたちへは何か処罰を下すのでしょうか? もしそうだとしたら黙っていないとクレイ兄様が」



 違います。



 クレイは身悶えをしたい気持ちを抑えつつジョゼへウィンクを送る。


「おそらく大丈夫でしょう。表向きは我々ともどもバアル=ゼブル様たちに操られていた、と言うことになりますし、天使様やディアーナ様たちが我々に襲い掛かってきたことも、バアル=ゼブル様たちがこちらに居たから、と言うことで教会に説明できるでしょう」


 しかしクレイの心配は杞憂に終わる。


 安堵して胸をなでおろすクレイの姿を愛おし気に見たフランキは、その場に揃った一同に向けて深々と頭を下げた。


「それではそろそろ失礼いたします。我々がヴィネットゥーリアに攻め込むという名目で演習に出たこと、そしてその先でフェーデになったことを聞いた奴隷商人どもが、しばらくは返ってこないだろうと油断し、違法な取引を随分と行っているようでして」


「細部の詰めは僕も手伝っておいた。存分にやりたまえ」


「ありがとうございますメルクリウス様。それでは」


 話し合っている間に手早く帰陣の準備を整えたヴェラーバ軍がフランキを出迎え、そして勝どきを上げるとクレイたちに一礼し、背を向ける。


[そんじゃ俺たちも戻るとすっかね。さすがに教皇領は暇つぶしに行くほど居心地のいい場所じゃないんでな]


「分かった」


 万感の想いで見送るクレイに、軽い口調でバアル=ゼブルはそう言うと、何かを思い出したのかアゴに手を当てると少し首を傾げた。


[さっきのお前、一体何だったんだ? あんな現象は俺も初めてなんだが]


「何と言われても……龍脈を引き寄せただけだけど」


[おま……固定するだけでも面倒なモンを引き寄せただぁ!? そんな常識外れのことを、だけの一言で説明されたらこっちはやってられねえぞ! おまけにお前人格まで変わってたじゃねえか!]


「あー、そこら辺のところはよく覚えてないんだよ。炎の剣を大地に突き立てて、龍脈を引き寄せた所までは覚えてるんだけど」


[あーあー分かった分かった。覚えてねえんだか話したくねえんだか分からねえが、今日はこれくらいにしといてやるよ。それじゃあな]


 ふわりと宙に浮かんだバアル=ゼブルとアナトを見たクレイは、別れの挨拶をしようと手を上げ、振ろうとする直前でそれを止める。


「俺も聞きたいことがあるんだけど」


[何だよ。王都で自警団を作るとか面白そうなこと言い出してるから、こっちゃさっさとフランキから奴隷を受け取って戻りてえんだ。手短にな]


「そっちも聞きたいけどまぁいいや。何で魔族のお前がフランキさんに手を貸したんだ? 今回のことは多分お前らが協力しないとかなり面倒な結末……というか、魔族にとって歓迎すべき結末になったはずなのに」


[あ? そんなことかよ。知らねえのかクレイ]


 不思議そうな顔をするクレイを見たバアル=ゼブルは、とびきりに得意気な顔となって口を開いた。



[神様はな、奇跡って奴が起こせるんだぜ]



 それを聞いたクレイは、あまりに意外な答えにポカンと口を開いてしまい、バアル=ゼブルの隣で浮かんでいたアナトは思わずクスクスと笑い声をあげてしまっていた。


[す、すまんな……いや、やはりお前は面白いやつだ]


「別にいいけど……」


[また会うこともあるだろう。それまで息災にしておくのだなクレイ]


「アナトさんも」


 そしてバアル=ゼブルとアナトも姿を消し、残されたクレイたちはヴィネットゥーリアに向かうべくカリストーの背中にイユニとイユリ、そして長い精神支配によって意識が戻らないままのマルトゥを乗せる。


「クレイ兄様?」


「あ、ああ悪いジョゼ、それじゃヴィネットゥーリアに戻るか」


 そしてクレイもジョゼと共にバヤールの背に跨ると、じっと地面から羨ましそうに見つめてくるガビーとディアーナを引っ張り上げ、ジョゼの後ろへと放り投げたのだった。



 しばらく後。


 夕闇が迫り始めた刻限になって、ようやくクレイたちは宿場町に辿り着こうとしていた。



(……どうかしたのかねクレイ。先ほど君が聖霊の覚醒を一時的に引き起こした現象なら、残念だが我にも説明できないぞ)


 漠然とした物思いにふけりながらバヤールの背で揺られていたクレイは、内側から響いてきた圧倒的な呼びかけを聞いて我に返る。


(違うよ。なんであんなにいい神様が魔族になってるんだって思ってさ)


(そのことか)


 メタトロンはそこで数秒ほど黙り込み、そして意志を露わにした。


(……君に見せた我の戦いの記録。それはほぼすべての戦いが、あのバアル=ゼブルと、あるいはその信者たちとの戦いのものだ)


(……そうだったのか)


(戦いとは殺し殺される覚悟があって成立するもの。だがその内、勢力の変化に伴って戦いの内容も変わり、一方的な虐殺へと変わり、それに従ってお互いを認め合っていた関係も、憎み合うものへと変わっていった)


 メタトロンの後悔がクレイに染み込んでくる。


(だから……旧友なのか?)


(……そうだ)


 かつて同じ道を歩んでいた仲間と道をたがえ、それがもう二度と交わらぬ道なのだと理解しつつ、それでもなお心惹かれる存在。



(だからこそ……彼は旧友なのだ)



 取り返しのつかぬ過ち。


 後になって悔やんでも悔やみきれぬ想い、後悔。


 メタトロンの今までの歩みに、世界に存在してしまえば必ずついて回るものであろう失敗、後悔を感じ取ったクレイは、下手な慰めは要らぬ同情であると判断し、黙ってバヤールの背に揺られて行った。

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