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第157話 フェーデの終了!

「誰そありや」


 世界が脈動したその瞬間、アナトが放ったすべてのアスワド・タキールは虚空へと霧散した。



――誰そあれかし――


――彼そあれかし――


――誰そあれかし――


――彼そあれかし――



[な、なんだこれは……物質界と精神界の境界があやふやになるなど、このアナトですら聞いたことがないぞ]


 今までに経験したことのない事象にアナトは驚き、次いですべてのアスワド・タキールを消し去ったクレイから得体の知れない圧力を感じとり、攻撃に備えてレーヴァテインを構える。


 世界の目覚め、意志の萌芽。


 クレイの名乗りに応じるようにして生じたその胎動は一瞬にして消え、それは人の範疇に入っていては気付かない程の短さのものだった。


 だが、それだけで十分だっただろう。



「フラム・フォレ」


 無数の軍団がクレイの元に集うには。



 再び燃え上る炎の柱の数々。


 大陸の邸宅が発動しているにも関わらず、境界の向こうは土の精霊たちが埋め尽くしているにも関わらず、炎の術が勢いを増すという理解不能な事象にアナトは内心で動揺する。


「我が前に立つものよ」


 そこにこの理解不能な現象を引き起こしたクレイから声をかけられ、アナトは背中に冷たいものを感じながらもクレイを見た。


[どうしたクレイ、随分と人を見下した喋り方になったではないか]


「去ればよし、去らぬのであれば」


[去らぬのであれば?]


「慈悲をもって其方に消えてもらう」


 不利な状況にあるものからの侮辱。


 いつものアナトであれば見逃さぬそれは、なぜか今日の彼女に限っては真正面から受け取るものと化していた。


[よかろう! このアナトを消すというなら消してみるがいい!]


 アナトは更なるアスワド・タキールを産みだし、先ほどに勝る勢いでクレイへと解き放ち。


「誰そありや」


 そして先ほどと同じように、クレイの呟きに反応するようにしてアスワド・タキールは消えていく。


[耐えきれると思うなクレイ!]


 だが今度はすべてのアスワド・タキールが消えることは無かった。


 大量の黒珠が押し合い、へし合い、クレイと言う一点に集って二度と復元できぬほどに押しつぶしたと思われた瞬間。



「テラ・バタリオン」



 クレイから力ある言葉が発動されると同時に、結界に集うすべての物質が巨大化してアスワド・タキールを消し去り、アナトへと牙を剥いた。


[何だこの術は!?]


 かつてクレイがラヴィ・ラビラントでバハムート(の中枢神経)より攻撃をされた時と同じような光景がアナトに向けて展開される。


 だがその大きさは人の二倍ほどまで巨大化された無数の草や花が襲い掛かるというものであり、更には草の間に潜んでいる昆虫なども同じように変化、狂暴化するというものであった。


[小癪な! 下等生物どもが神に逆らうか!]


 アナトはサルブ・トゥルバを発動させ、黒い蛇に次々と草木や昆虫たちを喰らわせる。


「フラム・フォイユ」


 だが術を発動させたその間隙を突くかのように発動した、クレイのフラム・フォイユが直撃したアナトは爆発と共に吹き飛ばされることとなり、アナトは自分に術が当たったという事実が信じられないといった顔でクレイを見た。


[……なかなかに信じられぬことだが、どうやら今のお前は大陸の邸宅を発動させた、本気を出した私と同等の実力となっているようだな]


 頬を伝う一筋の汗。


 アナトは何があったのかと周囲を探るべく気を巡らすが、そこには何かがあって何も無いといったあやふやな気配しか感じなかった。


 クレイの中に潜むメタトロンでは無い、先ほど見たバロールのものでもない、ましてや今までに見た天使たちとも違う、あまりにも規模が違う故に把握できない存在。


「去ればよし。去らぬのであれば向こうにいるお前の兄ともどもしばしの眠りにつくことであろう」


 そしてそのあやふやを象徴する目の前の少年……いや敵であるクレイは、転生をしばしの眠りと称し、剣も構えず静かに立っていた。


[……認めよう。今のお前は、今の私が全力を尽くしてなお及ばぬかもしれぬ存在なのだと]


 アナトは静かにそう言うと、地面に向けて力なく垂らしていた神剣レーヴァテインの切っ先をクレイに向けた。


[今より放つは我が最大の術。放てばこの現神体は物質界に呑み込まれる恐れがあり、精神体も無事では済まぬ]


「承ろう」


 来る時に向けて大気が震え、大地が身構える。


 精霊が力を貸さず、力ごと物質界に引きずり込まれてマテリアライズ(物質化)し、現神体と一体化する、その術の名は。



[ジャバル・タドミール]


 

 アナトの身体が闇夜のごとき虚ろな黒に包まれる。


 それに向けてクレイが右手を掲げ、何らかの術を発動しようとした時。



「二人ともそこまでや! ネプトゥーヌス! ディアーナ! クレイを押さえつけい!」


「応よ! 遅すぎなんじゃいユーピテル!」


 天空より筋骨隆々の大男が一人落ちてきたかと思うと、巨大な力を以ってその場の結界を増大させた。



[邪魔するかユーピテル!]


「邪魔も何もあるかい! フェーデや聞いとったから黙って見てればやりたい放題しおって! おうバアル=ゼブル! お前もボケっとしとらんでこの跳ねっ返りを抑えるの手伝わんかい!」


[いきなりしゃしゃり出て何を勝手なこと言ってやがる! フェーデに横槍を入れるってことは、オリュンポス十二神が中立を破棄したと受け取っていいんだなユーピテル!]


「ごちゃごちゃ言っとるとブチ喰らわすぞコラァ! いいから黙って従わんかいクソボケがァ! この世界が跡形もなく消し飛んでからじゃ遅いんや! ちうかクレイがこんなことなっとるのに、ガビーは一体何しとるんや!」


[あ、さっき俺が締め落としたわ]


 ユーピテルが本気で放った殺気にバアル=ゼブルはドン引きし、ポロっと出来心でガビーを締め落としたと言ってしまう。


「ほうか、許したるからはよ手伝えや」


 ニタァと獰猛な笑みを浮かべたユーピテルにバアル=ゼブルが半歩退いた時、ネプトゥーヌスが神妙な顔で忠告を飛ばす。


「黙って手伝った方がいいきに。こうなったユーピテルは手が付けられんでバアル=ゼブル」


[お、おう……おいアナト、何か様子がおかしいからここは大人しくしとくぞ……ってあん? あれは……メルクリウスか? つかユーノーも来てるとか一大事じゃねえか]


 ヘルメース、そしてヘーラーの姿を遠くに認めたバアル=ゼブルは、アナトの背中にのしかかったままのユーピテルの顔を見る。


「ワシが前にエルザに聞いた話やと、クレイが目覚めた時に世界がどうなるか分からん、らしい」


[何だそりゃ]


「天使が織り成す世界。その発動前に、万が一に備えて後を託すと前置きされてからの話や。それ以上のことは聞いとらんし、聞く気も起らんかったわ。おうユーノーこっちでクレイを頼む。メルクリウスはアナトや」


 旧神が数人がかりで押さえつけるという前代未聞の邪魔だてにより、フェーデは一応の終了を見たのだった。



 戦いが収まって後、戦場だった平原には幾つかの天幕が張られ。



「ご無沙汰しておりますユーピテル様」


「おうフランキかい。今回の不始末、お前どないするつもりや」


 フェーデの結末をめぐり、その中に集まった関係者で話し合いの場がもたれていた。


「どうもこうも、我々は被害者でございます。我々が万民に対して平等である法による解決をしようとしたのに、フェーデを持ちかけてきたのは天使様でございます。その辺りの事情をユーピテル様にはご考慮いただきたいと考える次第でございます」


「ほう、つまり自分たちは巻き込まれただけと言いたいんやな?」


「さようでございます」


 膝をつき、何食わぬ顔で説明をするフランキを、ひじ掛けの付いた椅子から見ていたユーピテルは、耐えかねたというように語気を強める。


「言葉に気ぃつけやフランキ。今日のワシはちょっとばかり虫の居所が悪いんや。これからの説明でちょっとでも誤魔化しがあってみぃ……お前のとこの半島、全部沈めたるぞ」


「……誓って、そのようなことは」


「ほうか。とりあえず今のお前に必要なんはこいつやな。おうメルクリウス、ちょっとこっちにこんかい」


 クレイたちと話していたメルクリウスは、その呼び出しに不承不承といった顔をすると、軽く手を振って近づいてくる。


「なんや思ったより平気そうやな。怒ったクレイが丸焼きにするくらいのことは許したろ思っとったのに」


「どうも僕は信用が薄いようだ。ずるがしこく悪だくみに長けた盗人の神の言葉をいちいち信用するな、とアルバトールに口が酸っぱくなるほど注意されていたらしい。それと……」



――お前が言ったんだろ。なぜそうせざるを得ないか、ってさ――



 クレイの無邪気な笑顔を思い出したメルクリウスは、背中に何やらむず痒いものを感じて手を回した。


「それで父上、話とはなんだ?」


「バアル=ゼブルとこいつらが結託して、何やら悪だくみをしているようだ。っちゅうたんはお前やろが。調べ上げたことを全部吐かんかい」


「分かった」


 ユーピテルの、そしてメルクリウスの言葉に、下を向いていたフランキの頬を冷たい汗がつたう。


「まぁ国を治めるんに綺麗ごとだけじゃやっていけん、ちゅうことはワシも分かっとるから楽にしいフランキ」


 やや前のめりになったユーピテルの座った椅子から、筋肉の重みに耐えかねるような軋み音が押し出される。


 その音がまるで処刑人が持っている剣を研ぐように聞こえたフランキは、全身にどっと冷や汗をかきながら恐る恐る説明を始めたのだった。

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