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第156話 いと高き森の天使!

「失礼します元首」


 親衛隊が下がってほどなく、後方の軍勢に姿が隠れて見えなかったはずの急使が空より現れ、やや灰色がかったローブをはためかせながらフランキのそばに降り立つ。



「内情調査を進めているマリーノ様より"彼ら"に動きがあったとのこと」


「ようやくか」


「どうなさいますか元首?」


「まずは議会に話を通さねばな。何をするにもまず議会の許可が必要とは、共和制度とはまったく面倒なことだ」



――ウオオオオォォォォオオオ――



 そう言ってフランキが肩をすくめた後、彼の背中の方から目を焼く激しい閃光と空間を揺るがすほどの爆轟が発生し、それを覆い隠すように興奮した大勢の声が唸りを上げる。


「……ふむ」


 その瞬間フランキは何かを考えるように馬の首をめぐらしてぐるりと歩き回ると、クレイたちの戦いを目に収めてから元の立ち位置に戻った。


「……戦いがお気になられますか?」


「いやそんなことはない。ええ、ああ、すぐに文書を……いや帰国の準備をするゆえ少し待っているがいいリェータ」


 フランキはそわそわと落ち着かない様子でリェータと呼んだローブ姿の急使にそう言うと、後方で行われている戦いが気になるのかチラチラと何度も横目で後ろを見る。


「ふぅ、ではこうしましょう。元首が立ち合い人というのであれば、残ってフェーデの結末を見届ける必要がございますが、どうなさいますか」


「むむ……だがそれでは議会に対して示しが……」


「天使様と旧神様たちの戦いが何日も続くならまだしも、数時間程度であれば問題はありませぬ。浪費した時間も、後背に敵をつかれたと想定すれば、急な帰陣を支度するといった濃い演習内容にもなりましょう」


「ふむ」


 助言にもかかわらず、煮え切らない様子のフランキを見たリェータは軽く溜息を吐いた後、真っ直ぐに国家元首を見つめる。


「議会を必要以上に気になさいますな。何のための元首でございますか。もう少し堂々と胸をお張りくださいませ」


「滅多なことを口にするなリェータ」


「失礼しました元首、それでは取り急ぎ元首の印と概要を記した文書を」


「分かった」


 フランキはちらちらとクレイとアナトの戦いを見つつ途中で嬉しそうに軽く拳を握りしめながらも急いで文書を作り上げ、ローブで顔が見えないままのリェータに手渡した。


「確かに。それでは」


 リェータはくるりと振り返ると、飛行術を発動させようとする。


「リェータ」


「何でしょう元首」


 だがフランキから声がかけられたため、リェータはその場で宙に浮いたまま肩越しにフランキを見た。


「君の母親にはすまないことをしたと今でも悔いている」


「こうして私を引き上げて下さったのも元首です。お気になさらず」


 リェータは直後に飛行術で地平線の向こうへと姿を消し、そして残ったフランキは親衛隊の目を気にしたのかやや厳しい目つきとなって後ろを振り返った。


(もうすぐだヴィスナー……俺たちの夢が、もうすぐ叶うぞ)


 もう取り戻すことはできない過去。


 しかしそれに対しての償い、現在やるべきことを思い出した彼は、両手を固く握りしめてクレイとアナトの戦いの行方を見据えた。



「ふぅ……う」


[どうした? まさかもう力が尽きたとは言うまいなクレイ]


「尽きた尽きないでいえば、とっくに尽きてるよ。でもそれはアナトさんも一緒じゃないか?」


 クレイの不敵な笑みに釣られるようにアナトも僅かな笑みを見せる。


[そう見えたなら私の芝居もなかなかのものというわけだな。残念だが世界中の誰よりも強くなるというお前の夢は、私がここで潰させてもらう。口に出した夢は叶わないという言い伝えどおりにな]


「……ッく」


 先ほどまで息を乱していたように見えたアナトが軽く息を吸い込んだと見えた瞬間、目に見えぬ力がクレイの体を押す。


[クレイ、お前に聞きたいことがある]


「何だ?」


 アナトの威に気圧されたクレイが思わず同意じみた返事を返すと、アナトはやや迷いを帯びた声で質問をした。


[昔のアルバトールもそうだったが、なぜお前たちは自分が死にかけてまで人を助けようとする]


「さっきも言ったろ。俺の意地だよ」


[意地だけで人のために死ねると?]


「後を託すために死ぬって言い方もあるさ。俺は俺が助けられる分の人を、身をもって助けてるだけだ]


[いくら助けようが、お前が死ねば無と化すものを]


[だけど続けていれば、俺が助けられない人は俺以外の人が助けてくれるようになるかもしれない。だから俺はあんたと戦う」


 真っ直ぐな目でそう答えるクレイをアナトは眩しそうに見つめ、そして胸をつく無形の痛みに耐えた。


(小娘でもあるまいに)


 クレイのひたすらに真っ直ぐな目と生き方。


 それはかつて生きる道を曲げてしまった彼女の心に、曲げてしまう原因となった箇所にひどくつっかえ、アナトにとって耐えがたい痛みとなっていた。


[では私はお前のその決意が無駄なものと終わるように、お前の後に続く者がでないような殺し方で終わらせるとしよう]


 アナトは顔から感情を消し、軽く息を吐いて呟く。


[術をお借りします兄上]


 そしてレーヴァテインを天高く突き上げると一つの術を発動させた。



[大陸(カーラ・)邸宅ビナーヤ]


 その言葉とともに、世界は揺らいだ。



「バカな!? 境界の向こうが土の精霊で埋められていく!?」


 あり得ない事象にクレイが驚愕の声をあげ、その姿を見たアナトは憐れむように首を振った。


[これぞ我らが秘奥、強大なる力を内包したもののみが使いこなせる、館の術。境界の向こうに集いた精霊を、自らが持てる力のみで保護し、歓待し、協力を乞う。君子の為せる術と言っていい]


「く……」


 苦戦しながらも術を構成し、発動し、ようやく扉の向こうに集まってきていた炎の精霊たちが、次から次へと集まってくる土の精霊たちによって押しのけられ、帰っていく。


 それに従って弱まっていくフラム・フォレの勢いを見たクレイは、思わず体を支配しそうになった絶望を、歯を食いしばることで何とか追い出そうとした。


(……ダメだ)


 フラム・フォレを礎とし、物質界に炎の領域を成立させることによって次々と炎の精霊を呼び寄せ、それらの協力の元に無数の攻防を同時に実現させるメタトロンの術、炎の森。


 だがそれは、まず炎の柱を設置するという最初の手順が無ければ、ほぼ発動しないと言ってもいいのだ。


 フラム・フォイユやフラム・ブランシェなど幾つかの術は発動できるものの、それは無数の炎の精霊が境界の向こうに集っている状況でなければ、到底アナトなどの強敵に通用する水準には達しない。


(だけど)


 だがそのような絶望的な状況に陥っても、クレイの目は光を失っていなかった。


(目には見えずとも、目の前で泣いている人がいる)


 クレイは天を穿つがごとく炎の剣を突き上げ、目の前の敵を吹き飛ばさんばかりの気炎を上げる。


(自らの罪によらぬ苦しみをその身に受け、それでも誰を恨むことも無く、一族や子供たちに謝り続ける人がいる)


 例え境界が土の精霊で埋め尽くされようとも、その向こうには自分を見守る炎の精霊たちがおり、物質界には自分の背中を押し続けてくれる人々の声援が今も送られているのだ。


「故に俺は立ち止まる訳にはいかない! 退くわけにもいかない! この程度の試練を乗り越えられぬようでは、我が夢を叶えるなど望み得ぬゆえに!」


 だがクレイの威勢とは裏腹に、満ちた地の精霊は一向に去り行く気配を見せない。


 このまま虚勢と終わるのか。


 境界の向こうで精霊たちが落胆の色を露わにすると同時に、アナトから死の宣告が下される。


[終わりだクレイ。アルバトールに伝えることがあれば聞いておこう]


「必要無い。伝えることがあれば、帰ってから自らの口でアルバ候に言うだろう」


[そうか……](なんだ? この違和感は)


 アナトは後がないはずのクレイが返した答えの内容――絶体絶命の状況に追い込まれながらも、生きて帰るという意思に満ち溢れた内容――とは別の、ある一つの呼称に違和感を覚え、その検証をするための時間を短い相槌によって作り出す。


 クレイの養父アルバトール。


 それをわざわざアルバ候などと呼ぶクレイの真意が気になったアナトは、推敲し、一つの推論に達し。



[ひょっとしてお前の本当の夢は世界一強くなる以外のもの、何でもない普通の一言を誰かに伝えることではないのか?]



 それをクレイの心をへし折る最後のだめ押しとして使用した。


「……」


 その一言によって、アナトに向けてピタリと止まっていたクレイの剣先が僅かに震える。


(やはりな)


 願掛け。


 願いをかなえるために神仏に参拝する、または水垢離など清廉なもので身を清めるなどあるが、そのうちの一つにゲッシュのように何らかの制限をつけるやり方があったはずである。


(……子供とは何と愚かなことか)


 おかしな話だった。


 他人のどうと言うことは無い夢を叶えようとしている本人が、血の繋がりが無いとは言え、父親を父と呼ぶだけという、どこの家族にでもあるどうということはない風景を禁じて戦っているのだから。


 それもおそらくクレイがこの世で最も誇りに思っているであろう、敬愛している人間であろう義父を。


[くだらぬ……実にくだらん!]


 それは何に向けての、誰に向けての怒りであっただろうか。


(自らを滅ぼす無謀な一途さ……それによって今までお兄様がどれほど苦しめられてきたことか!)


 アナトはその先に続けようとした言葉を飲み込み、レーヴァテインを横に一振りする。


 直後に彼女の背中には数え切れぬほどの巨大な黒珠が浮かび上がり、すべてを無に帰するために次々と列をなしていった。



[滅べ自らの過ちに気付かぬ天使どもよ! アスワド・タキール!]



 クレイに向かって死の葬列が動き出す。


 だが常人であれば、およそ正気ではいられぬほどのアスワド・タキールの数を見ても、クレイの目は真っ直ぐにアナトの姿を見据えていた。


「旧神アナトよ、それに対する我の答えもさっき言ったはずだ。くだらない夢など存在しないと」


 そしてアナトに向けていた炎の剣の切っ先を降ろし、目の前の地面に突き立てる。


「我が名はクレイ=トール=フォルセール」


 名乗ると同時に、クレイの背中には物質界と接続するように天使の羽根が展開され、天使の輪ではなく背中から吸入された力がすべて炎の剣へと注ぎ込まれて行き、炎の剣は白い光を放つ光の剣へと姿を変え。


「大地より芽生え、天へと伸び、その下に暮らす人々を守る森! クレイ(大地)トール(高き)フォレスエール(森の天使)である!」



 次の瞬間、世界は長きまどろみより一瞬の目覚めを得た。

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