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第152話 優しい審査官!

[あー、それじゃ行かせてもらうぞクレイ。準備はいいか? きちんと戦える元気は出たか?]


「変に気を使わないでくれよ! 余計にみじめな気持ちになるだろ!」


 戦う相手からの同情。


 これほど失礼に、屈辱に感じるものがあるだろうか。


 クレイは相手に同情されてしまう程度の強さしか持たぬ自分が、まだまだ未熟な子供であることを痛感し、フェーデに挑む権利があるのかと自問自答を始めてしまう。


 戦いの最中とは思えぬその行為を止めたのは、対峙する相手だった。


[そこまで言うならやるけどよ……そら、きちんと受け止めろよ]


「うぉあ!?」


 クレイの脳天に落とされる、有無を言わさぬバアル=ゼブルの一撃。


(な、なんだこの力……ッ!?)


 クレイの迷いごと一刀両断にするかのごとき、圧倒的なマイムールの斬撃を受け止めたクレイは、ミスリル剣との間に荒れ狂う魔力を制御しきれず、再び吹き飛ばされてしまう。


[お前本当に叙階を受けたのか? さっきより弱くなってんじゃねえか]


「そんなはずは……あるかも」


 土埃に咳込みながら、クレイはバアル=ゼブルの指摘について考える。


 新しく昇った階位は力天使。


 物質界における奇跡を司り、英雄に勇気を授けると言われる高潔、美徳の天使である。


[確か力天使は高潔と美徳を象徴とする、だったっけか? おいおい、まさかお前に備わってないものを無理に押し付けられたから……]


「うおおおおい!? 変なこと言うのやめろよ!」


 バアル=ゼブルが何気なく放った一言にクレイは激しく動揺し、その揺らぎは全身をたちまち包んで、自らの立つ座標すら見失わせてしまう。


(どうなってるんだ!? 返事をしてくれよメタトロン!)


 返事は無い。


 いや、返事が返ってきたような気もしたが、それはか細く、とてもか弱いもので聞き取ることができなかったのだ。


[ギャラリーも飽きてきちまったみてえだな]


 そこにポツリと呟いたバアル=ゼブルの感想を聞いたクレイは、慌てて周囲を見る。


 恐ろし気な目で自分を見るヴェラーバの兵士たち。


 怒りを含んだ声でフランキを問い詰める将校たち。


 嫌悪感を含んだ目でひそひそ話をするディアーナとネプトゥーヌス。


(オリュンポス十二神ともあろう者たちが、ゴシップにのめりこんだ井戸端会議の奥様方みたいなことするなよみっともない!)


 クレイは歯ぎしりとともにやり場のない怒りを湧き上がらせるが、それは彼の力とはなってくれなかった。


 そこに待ち望んでいたメタトロンの意識らしきものが響き渡り、クレイはそれにじっと心を澄ます。


(……誰かの……利己……君は治めるために……)


(メタトロン!? 何かあったのか!?)


(このままでは……君は……叙階を……続けるぞクレイ)


(分かった)


 先ほどまで弱弱しいものだったメタトロンの声は、何とか聞こえる程度にまで復活していた。


(憤怒の天使か……)


(何か言ったかね)


(いや、何でもない)


 先ほど自分が感じた怒りが、メタトロンを覚醒させる原因となったのかとクレイは考えるが、どうやらメタトロンはクレイの呟きを別の意味で捉えたらしい。


(一応先に言っておくが、叙階を続けるのは我が思っていたより君がバハムートの所で経験を積んでいたからであって、君が高潔や美徳にまったく無縁の野蛮な輩だからではないぞ)


(おい魔族のバアル=ゼブルでもそこまでひどいことは言ってないぞ)


(では王たる我より通達する。能天使クレイ=トール=フォルセールよ。君を今から主天使であるドミニオンへと昇華させる。司るものは統治と支配なので心配しなくてもよい)


(それ遠回しに俺が高潔や美徳に無縁だって言ってるようなもんだろ!)


 クレイが内心でそう怒声を上げた途端、今までとはまったく違う滑らかさで彼の体は書き換えられていく。


(……あれ、そういえば叙階って意識を失うんじゃなかったっけ)


(我を誰だと思っている)


(天使の王……だけど今までに見た限りじゃ割と立場は弱いよな)


(我は人として過ごした時間が、他の天使とは比べるべくもない程に長いこともある。それにしてもこの期に及んで減らず口とは。申請、承認、受命、任命。すべては整った。早く行きたまえ新しき主天使よ)


 メタトロンがやや機嫌を損ねた口調でそう言うと、クレイは今までとは比べ物にならないほどの力が満ちていくのを感じとる。


 だがバアル=ゼブルと幾合か打ち合ったクレイには、それでもまだ不安が残った。


(後は天命を待つのみ、って感じかな)


(それは違う)


(そうなのか?)


(新しき神の子よ、神威を守るべし。教会、弱きもの、主を奉じ、つましく働く人々すべてを守護すべし)


(天使の叙階……)


 メタトロンがそう告げると同時に、クレイの体中に満ちた力が澄み渡り、浸透していく。


(これでも我が旧友には届くまい。だが旧友の心に何かを響かせることはできるだろう)


 クレイはその言葉を胸に刻み、刹那の暗転の後に現実へと開眼した。



[どうすんだクレイ? このままじゃ……なんだ、また変転したのか]


「ああ、これが今の俺にできるすべてだ」


[そうかい]


 クレイのすべてという言葉に、バアル=ゼブルはさほどの興味も抱かずに短く答えた。



 天使の階層は大まかに父、子、聖霊の三つに分かれており、更にその中で三つの名に分かれている。


 主天使は子の階層の最上位に位置し、その名は統治と支配という頂点に立つ者の権限を象徴する。



 だが。



[そんじゃお前の今って奴を思い知らせてやるか]


 バアル=ゼブルが軽い口調で告げた言葉に、クレイは即座に防御の魔術を発動させる。


「アイギス」


 同時にクレイは全身を光に包ませて、溢れ出す光を左腕に集わせた。


[耐えてみせなクレイ! マイムールの一撃をよ!]


 そこにアイギスの発動を待っていたかのようなマイムールの一撃が叩きこまれ、一瞬の停止の後に大気と大地は爆発的な破壊に巻き込まれる。


[やるじゃねえか! 防御に関しちゃ及第点をやるぜクレイ!]


「それじゃ優しい審査官にお礼をしないとな! フラム・フォレ!」


 先ほどの衝突で生じた暴風が結界を弾けさせようとし、砕け散った大地が物理的な目くらましとなった場に、巨大な炎の竜巻が生じ始める。


「フラム・フォイユ!」


[そんな使い古しは何度も通用しねえんだよ! ヤグルシ!]


 結界の中は再び先ほどのような光景、轟音と閃光が支配し、あらゆるところから爆風が産まれる。


「フラム・ブランシェ!」


[んだと!? 術の同時発動……しかも四種類だぁ!?]


 だが再び炎の竜巻から生じた炎の枝が、炎の葉を守るようにヤグルシを絡めとったのを見てバアル=ゼブルは驚愕した。



 術の発動に際し、無限に近い精霊力の制御という途方もない演算を必要とする精霊魔術は、高位の神ですら同時に発動できる数は限られている。


 故に同時に発動できる数が多ければ多いほど、それは相手の防御をたやすく崩せる手段を持つことに繋がり、少ないほど相手の攻撃に対応できないことを示していた。



[最初に会った頃は何にもできねえヒヨッコだったお前が、よくこのレベルまで来たもんだ! だがな、クレイ!]


 しかしその常識を覆すがごとく、今まで風と雷による二つの術しか見せていないバアル=ゼブルはマイムールを一閃し、フラム・ブランシェをことごとく切り裂いていた。


[結局のところ、お前は俺に勝てねえ! なぜなら術の同時発動は、発動したものを維持することが一番難しいからだ!]


「たった今やってるだろ! 集えフラム・フォイユ!」


 四方八方から集まった炎の葉は再び雷の網に囚われ、それを防ごうとした炎の枝も、風の刃に無残に切り裂かれる。


[存在の根っこに安定がこびりついてる物質界の奴らは、安定を求めるが故に複雑なプロセスを放棄して単純なやり方を選択する習性がある! つまりお前が人から転じた天使である限り、俺には絶対に勝てねえんだよ! 夢の住人にでもならねえ限りな!]


「うるさい!」


 集中力が途切れたか。


 クレイが門の向こうに呼び集めていた精霊たちの一部は、不甲斐ないクレイの戦いぶりに飽き、次々とその身を翻していく。


[マイムールの一撃で、そのかてえ頭をちったぁ柔らかくするんだな!]


「集えアイギス……うああッ!?」


 ミスリル剣でマイムールの一撃を受け止めたクレイは、今度は荒れ狂う風の魔力を何とか制御する。


 だが直後に風の刃として弾けた魔力を、クレイは防げなかった。


 被弾する直前にかろうじてアイギスを発動させ、致命傷になることは防げたものの、鋭利な切り傷を全身に負ってしまったクレイは、遠目にも見える鮮血でその身を染めてしまっていたのだ。


「クレイ兄様!」「天使様!」


 聖霊による自己修復ですぐに流血は止まり、実際の傷はそれほどでも無かったのだが、動脈から溢れた鮮血という惨状を見たジョゼとイユニは動揺し、思わず叫び声をあげてしまう。


「もう血は止まっている。落ち着け二人とも」


「ですがバヤール様! このままでは天使様が私たちのために死んでしまいます!」


「それに……最近クレイ兄様は言いたいことを抑え、自らの心の内を明かさないことが増えてきました。何かの痛みに耐えるかのように」


 イユニとジョゼの不安を聞いたバヤールは、長年の風雨に耐えてきたがごとき巨木のような揺るぎない意志を込めて返答する。


「それが男と云うものだ。そして男の意地を見守ることこそが、男を成長させる添木となる」


「でも……」


 ジョゼが言葉に詰まった時、腕を組むバヤールの手が震える。


 その爪は深く皮膚に食い込み、うっすらと血がにじんでいた。


(でも……私はバヤール様のように強くはない……)


 手を貸したい気持ちを必死に抑え、耐えるバヤールを見ても、いや見たからこそジョゼの心は激しく揺れ始める。


 その時。


「うがあああああッ!?」


 耳をつんざくクレイの悲鳴に、ジョゼは目を見開いたのだった。

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