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第140話 次々増える胃痛のタネ!

 何はともあれ、問題が起きれば対処をしなくてはならない。


 クレイはキリキリと痛み始めた胃を抱えつつ、バヤールとカリストーを見上げた。


「二人に聞きたいんだけど、逃げたルー・ガルーは本当にマルトゥなのかな? それについてイユニさんは何て言ってるのカリストーさん?」


「それがディアーナ様と一緒に姿をくらませてしまいまして……」


「またか。あーもう、エレーヌ姉はここにいるのに何でしょっちゅう居なくなるかなぁ」


 事あるごとに姿を消すディアーナに頭を抱えるクレイ。


 しかし愚痴をこぼしている暇は無いと自らを奮い立たせ、とりあえずディアーナ関係で力になりそうな主神へと声をかける。


「ユーピテルさん、ディアーナがどこにいるか分かりませんか」


「アイツは腕のいい狩人やからのう……本気で姿を消そうとしたらワシでも気配を感じ取るのは難しい。ネプトゥーヌスはどうや?」


「おう? ちくと待っとれ」


 ネプトゥーヌスはそう言うと、どこからか三つ又の矛トリアイナを取り出し、軽く床に打ち付ける。


「アル……ちごた、ディアーナの従者をやっとった泉の妖精アレトゥーサに聞いてみたわい。ディアーナの居場所は教えられんらしいが、イユニっちゅうルー・ガルーの方はヴェラーバ共和国の方へ向かったらしいの」


「うへ……イユリはもう知ってるのかな」


 イユニの娘であり、マルトゥと兄妹である獣人の女の子の名をクレイが口にすると、周りにいる者たちはお互いの顔を無言で見合わせる。


「俺が話そう。イユリはどこにいるんだ?」


「あ、イユリちゃんならさっきスネたガビーと一緒に遊びに行っちゃったわよクレイ」


「……あ そう」


 そこに隣の部屋からひょいと顔を出したフィーナの声を聞いたクレイは、とりあえずの作業を深呼吸とする。


 頭に昇った血を下げるべく窓を開け、まぶたを引きつらせつつ、血のように真っ赤な夕日を半ニヤの状態で見ながら深く息を吸い込む。


「ふぅー……」


 新鮮で清浄な空気をたっぷり肺の中に取り込んだクレイは、吐息と共にどす黒い感情をゆっくりと体の外へ追い出していった。


「大丈夫ですかクレイ様」


「うん、そろそろ俺も大人にならないとね」


 そう言ってニコリと笑うクレイ。


 しかし器を更新したサリムの目には、クレイの中に渦巻いていた感情が研ぎ澄まされた一振りの刃に変化する様が見えており、その鋭さと力の双方を感じ取ったサリムは、背中に冷や汗が流れるのを感じとる。


 今までは人間の内に収まっていたゆえに、クレイの圧倒的な力には気づいていなかったが、人、魔、龍の三種族の力を以ってしても、メタトロンを宿すクレイには遠く及ばない。


 それに気付いたサリムは、尊敬と憧憬が入り混じった溜息を胸中でつくと、クレイが開け放った窓から外の様子をうかがった。


「あ、いいよサリム。さっき念話でガビーを呼び出したから」


「では速やかに戻ってこられるよう、二人を迎えに行って来ましょう」


「そうだね、お願い」


 色々な意味で不安な二人の道中を考えたクレイは、サリムの配慮に感心しつつ首を縦に振る。


「ほなワシも帰るとするかの」


「ワシもバッカスのところに用事が……」


 そしてサリムが部屋を出ていくと、それに呼応するようにユーピテルとネプトゥーヌスも出ていこうとするが。


「あ、ネプトゥーヌスのオッサンはちょっとやってもらいたいことがあるからダメ」


「何でじゃ!」


 しかしオッサンだけは逃がさないとばかりにクレイは呼び止め、ジト目でネプトゥーヌスを見つめた。


「用事って言ってもどうせ昼間っからワインを飲んだくれてるだけだよね? 無視して帰ってもいいけど、その時は陛下にあることないこと告げて、フォルセール城の漁獲量割り当てを減らしてもらうからね」


「ぐぬぬ酒の肴を盾にするとは……仕方ない、仕方ないが、どうにも腹の虫がおさまらん……おうユーピテル、ちくとクレイの体を押さえい」


「何やねん急に」


 口ではそう文句を言いつつも、何やら面白そうなことになりそうだとネプトゥーヌスに従うユーピテル。


「ちょッ!? 小さい子供に大人が二人がかりで何するのさ!」


「何言うてんねん、そこら辺の大人よりデカい図体になりおってからに」


「ユーピテル! ここは私に任せてお前は先にオリュンポス山に行け!」


「エレーヌ姉は黙って……ゲェ! それは!」


 ユーピテルに羽交い絞めにされたクレイの目の前で、ネプトゥーヌスが懐に手を突っ込み、臭そうな服の内ポケットから見覚えのある一組の腕輪を取り出す。


「大海の戒めVer.5。ワシにここまでさせるとは、おんしの成長には頭が下がる思いじゃ……」


「Ver.3だと思うんだけど」


「ワシの戒めは百八まである」


「煩悩の間違いじゃないの、って手がああああ! 手がああああああ!」


 ズドンと下がった両手の重みにクレイは悲鳴をあげる。


「ついでに両足にもつけておこう。これで敵が地平線の彼方まで吹っ飛ぶスーパーフィニッシュブローも体得できるはずじゃ」


「うぎええええ!? オッサン絶対俺の体で遊んでるだろ!?」


「ほなワシはオリュンポス山に帰るで」


「おう、バッカスから適当なワインをもらったらワシも顔を出すきに」


「ちょっと助けてよユーピテルさん!」



 こうしてクレイは、記憶のみならず自由な体もしばらく封じられることになった。



「ただいま戻りました……どうしたのですかクレイ様、私がトール家に仕えるようになった時に、必死にドアを開けようとしていた顔みたいになっていますが」


「……知ってて言ってないよね?」


「クレイ様、イユリに話ってなぁに?」


 程なくサリムとガビー、イユリが宿に戻り、クレイはあどけない表情で尻尾を振るイユリに事情を話した。


「どうしたイユリ?」


「……かか様、怒ってた?」


 しかしクレイが事情を話した途端にイユリの表情は陰り、尻尾の動きはピタリと止まって何かから隠れるように服の中にしまい込まれてしまう。


「いや、それは……どうなのバヤールさん、カリストーさん」


「分からんな」


「ディアーナ様と一緒な上に、精霊力が乱れておりましたので臭いや足音を辿り、気配を探ることがまったくできなかったのです」


 イユリの様子を見た二人が困ったように言うと、イユリはいよいよ怯えて耳を伏せ、頭を抱え込んでしまう。


「かか様、あに様が姿を見せないからすごく落ち込んでて」


「うん」


「それでクレイ様たちも忙しそうにしてて、あに様のことに手が回らないことにすごく悩んでて」


「すまない。でも忘れてたんじゃないぞ」


 クレイは否定するが、イユリの頭の中は別の何かで占められているのか、口を止めようとはしない。


「それでかか様、さっきアルテミス様と一緒にあに様をお尻ぺんぺんするって、怒って出て行っちゃったの」


「あーなるほど全部理解した」


 どうやらイユニとイユリの間で話はついている、というかあまり関わりたくないようである。


 群れの上位には大人しく従うが、下位の反抗には力を以って抑え込むという大自然の営みを垣間見たクレイは、ある程度把握した現状を解決するべく手を打ち始める。


「んー……とりあえず報告だな……メルクリウス、悪いけどジョヴァンニさんに事の次第を伝えてもらっていいか? フィーナはアンドレア、俺はマリーノさんの所に行ってくる」


「それは構わないが、君一人でマリーノの所へ行かせるのは小々心もとない。カリストー、ジョヴァンニの所へは君が行ってくれ」


 しかしクレイの交渉能力を頼りなく思ったのか、メルクリウスが指示に対する修正を提案するが、それにクレイはゆっくりと首を振った。


「マリーノさんの警戒心をあまり招きたくないんだ。マルトゥの時にお前も言ってただろ? 相手が思い通りに動くようお膳立てするって」


「つまり?」


「子供の俺が相手なら、マリーノさんも誤魔化すためにあること無いことを喋ってくれるはず。後はその内容をお前に聞いてもらって、矛盾点を暴き出すだけさ。それに……一対一で直接聞きたいこともあるんだ」


「ふむ、そういうことであれば仕方がない……と言うより、従わざるを得ないな」


 メルクリウスはそう言うと頭にかぶっている幅広の帽子に手をやり、位置を微調整する。


「手に負えんな」


「ガビーとディアーナが?」


「そう言ってとぼける所もさ。それでは早速ジョヴァンニの所へ行ってくるとしよう」


「うん、お願い」


 クレイが無邪気な笑顔をメルクリウスに向ける。


 自分の武器を知り、有効活用するクレイを見たメルクリウスは、いよいよ大詰めかとばかりに深呼吸をし、夜のとばりの中へと姿を消した。


「ちょっとクレイ、アンドレアの所で何を話せばいいのよ」


 だがいきなり重要な役を割り当てられたフィーナは、メルクリウスとは対照的に気色ばんでクレイに食ってかかり、その勢いにクレイは両手を振って顔を背け、説明を始める。


「そこにオッサンがいるじゃん?」


「確かに小汚くてむさくるしいオッサンはいるけど、誰よ」


「なかなか口が回る娘じゃの。人間風情に名乗る名は持っておらん……と言いたいが、大抵の奴は名乗った後にいい酒の肴になるから名乗ってやろう。ワシの名はネプトゥーヌスと言うが、後はわかるな?」


「七つの大海をすべる覇者、海神ネプトゥーヌス様に置かれましてはご機嫌麗しゅう存じ上げます……」


 額を床にこすりつけ、見事な口上を述べるフィーナ。


「あぁ~ん? 聞こえんなぁ~?」


 そのすぐ横で耳に手を当て、フィーナを愚弄するネプトゥーヌスは、こちらの世界でも性格が悪いともっぱらの評判である。


 つまりこの意地の悪いネプトゥーヌスの機嫌を損ねることは、フィーナの故郷である海洋国家ヘプルクロシア王国(の一部である自治領)にとって一大事であるゆえに、フィーナは何としてもここでネプトゥーヌスの機嫌をとっておかねばならないのだ。



「知らぬこととは言え数々の御無礼、どうかそこにいるクレイにだけは正義の天罰を下されますよう」


「んん? まぁ部下の不始末は上司の責任……ではあるかのう?」



 よってフィーナは、直属の上司と言うわけではないがリーダーであるクレイに即座に責任を押し付けるが、クレイは勝手に逸れた話題を修正すべく怒鳴り声を上げた。


「おい俺を売るな! というかこんなことしてる場合じゃない、フィーナはネプトゥーヌスのオッサンと一緒にアンドレアの所に行ってくれ!」


「それでどうするの?」


「オッサンが起こした高潮でアンドレアの両親が行方不明になったらしい。だからオッサンを連れて行って、謝罪とかそんなのはどうでもいいから高潮のことを話した後にマルトゥのことを話してくれ」


「意味わかんないんだけど」


「オッサンは大海を統べる海神。いかに両親がいなくなった原因でも、面と向かって反抗することはできないはず。つまり先に高潮の件を話せば、おそらくアンドレアはマルトゥの件に関しては上の空で聞くだろう」


「それで?」


「アンドレアにマルトゥの話を通したっていう事実が欲しい。形だけとはいえ十人委員会のトップだから、ジョヴァンニさんとマリーノさんだけに問題を報告したら、それが新しい火種になるかもしれないだろ」


「なるほどねぇ、アンドレアに引っ掻き回されたくないと」


 ようやく納得したのか、フィーナはネプトゥーヌスを連れて出ていこうとするが、隣の部屋から心配そうに成り行きを見守っているジョゼに気付いたフィーナは、くるりとクレイへ振り返る。


「ジョゼちゃんどうするのよ」


「そこにガビーがいるだろ。ガビーが不安だって言うならバヤールさんやカリストーさんだっているさ」


 ジョゼの身の安全は確保されていると答えるクレイを見たフィーナは、やや陰りを見せたジョゼの顔を見て溜息をついた。


「そういう問題じゃ無いんだけどね。まぁいいわ、ジョゼちゃん、とりあえず今はイユリを頼むわね」


「分かりました。行ってらっしゃいませフィーナお姉様」


 フィーナは扉を丁寧に開け、ネプトゥーヌスを通してからディルドレッドと共に部屋を出ていく。


「じゃあ俺も行ってくる。悪い夜遊びはお互いもう少し大人になってからにしよう」


「世の中を回す大きな輪の一部分なのですから、そのように悪く言ってはいけませんよ。いってらっしゃいませクレイ兄様」


 頭を下げ、微笑むジョゼ。


 クレイが部屋を出る直前にもう一度ジョゼを見ると、彼女のほほえみはすでにイユリへと向けられていた。


(もう母親って言ってもおかしくないな)


 慈愛の微笑み。


 まだまだ子供だと思っていたジョゼのその表情を見届けたクレイは、もう一人の母親の手助けをするべく夜の街を走り抜けていった。

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