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第139話 騒ぎに紛れて!

「ふむ」


 全員の視線が自分に集まっているのを感じたユーピテルは腕を組み、困ったように首と唇を曲げる。


「っちゅーてものう……まあガビーがクレイのことに関して知っとることが、さっき話した部分だけだったとする。それにアナトの推察を加える。そうなると暴走したクレイを抑え込む水の属性を持つモンは、その時フォルセールにおらんやったっちゅうことになるで」


 ユーピテルの指摘に皆が賛成しかけた時、ガビーが上を向く。


「いえ……いたわ。いたはずよ、とびっきりの水属性の持ち主が」


 龍神ティアマト。


 ユーピテルに比肩する実力の持ち主の名が出た途端、その場にいる全員がお互いの顔を見合い、そしてガビーに疑惑の視線を向けた。


[お前……ひょっとして頭がいいのか?]


「どういう意味かしら!?」


「お、落ち着けガビー! そうだ飴をあげよう!」


 バアル=ゼブルに掴みかかろうとするも、エレーヌに羽交い絞めにされて阻止されたガビーは、激しく手足を振り回して抵抗するも叶わず、再び広間の隅っこでスネてしまう。


[まーアレだその、クレイの力を抑え込む水属性がティアマトのバーさんだったとしてだ、何でガビーがいるのにバーさんに助力を頼んだかって疑問も残るよな]


 そのガビーのむごたらしい姿を見たバアル=ゼブルは、何とかして雰囲気を切り替えようとしてか新しい話題を提供するが。


「……」


 ガビーの背中はピクリ……いやギクリと震え、凍り付いてしまう。


[兄上……]


[なんだアナト、珍しく誰かに遠慮したような声出しやがって]


[その話題はあまり……掘り下げない方がよろしいかと]


 アナトはちらりとガビーの背中に視線をやり、口に手を当てて小声でバアル=ゼブルに忠告すると、直後に一人のオッサンが鼻をほじる。


「まぁガビーが信用されちょらんっちゅう証拠じゃろうの」


「えへ……えへへへ……そうね……だって転生から必死に戻ってくるたびに、ポム・ダムール(トマト)を気が付いたら口に詰め込まれててまた瀕死になったりするし……それにあの時も……」


 ネプトゥーヌスがアナトの忠告に即応してしまい、あまりに雰囲気がいたたまれなくなったことと、ある程度の推測は固まったと言うことで、一応の話し合いは終了したのだった。


[そんじゃ俺たちはここでおさらばだ]


[次に会う時は敵であることを願っているぞユーピテル]


 洞窟を出た後、すぐに別れの言葉を発して宙に浮かぶ魔族。


 その顔には、一番重要な問題点を聞き出せなかったことをやや悔やむような趣があったが、それほど残念がっている様子も無かった。


 何故ならいくら議論を重ねても無駄であろうと分かっている、クレイの本性については保留するしかなかったのだから。




「ようやく戻られたか」


「おう待たせたのメルクリウス。十人委員会の方はもうええんかい」


 クレイたちが泊っている宿をガビーたちが出発してから時は過ぎ、すでに周囲は夕方となっていた。


 部屋の扉を開ければそこにはメルクリウスがおり、珍しく真面目な顔で出迎えるその姿を見たユーピテルは、ニッと笑って右手を軽く上げる。


「議題が紛糾したのでとりあえず数日おき、頭を冷やさせることとした。少しジョヴァンニに根回しをさせてから再開催する予定だ。ところでクレイのことだが……」


「メルクリウス、アカンで」


 ユーピテルはチラリと斜め後ろを見た後、首を振る。


 そこにはサッと顔を青ざめさせ、ガタガタと全身を震わせるガビーの姿があり、その哀れな様子を見たメルクリウスはすぐに何かを察し、目頭を押さえた。


「仕方ない。十人委員会との商談には関わり無いことだし、ヴィネットゥーリアの案件が終わってからということで」


「すまんの」


「気にしていただかなくて結構。僕もあまり仕事を抱えすぎるのは好きではないし、情報は集めるだけではなく自然に耳に入ってくる物もある」


 自然に耳に入ってくる情報。


 つまり蓋をしても塞ぎきれない、次々と押し寄せてくる情報の波があると聞いたユーピテルは、片方の眉をピクリと上げる。


「なんぞあったんか」


「ジョゼ姫がおかんむりだ。クレイの記憶に歯抜けが生じている件で話があると、先ほどから父上が戻ってくるのを待っている」


 それを聞いたユーピテルは右手をバチンと顔に当て、天を仰いだ。


「あー、メルクリウス、ちょいと話があるんやけどな」


「仕事を抱えすぎるのは好きではない。それにまだ幼いとはいえ、立派にレディの勤めを果たしている姫の相手を他人に任せる不実な行為など、ユーピテルの名折れというものだろう」


「ホンマ口ばっかり達者になりおって、手に負えんで」


寡黙かもくな伝令をお望みか。寡聞かぶんにして存じ上げず申し訳ない」


 ユーピテルは仏頂面の後、肩を落として隣の部屋へと入っていく。


 そこには寝台の脇に置かれた丸椅子に座っているジョゼ、その両隣を固めるようにフィーナとディルドレッド、そして扉のすぐ横には器を更新したばかりのサリムが立っていた。


「ワシになんぞ話があるとメルクリウスに聞いてきたで」


 ややいつもの圧を欠いた声がユーピテルから発せられ、それを聞いたジョゼは、欠いたユーピテルの圧を受け継いだかの如き静かな威圧を発しながら椅子から立ち上がる。


「ご無沙汰しております。偉大なるオリュンポス十二神の長ゼウスよ」


「あー、ちょいと面倒やけどな、ここじゃユーピテルと呼んでもらってええかジョゼ?」


 すぐに了承の意を返したジョゼは、寝台の上で深い寝息の音をたてるクレイをじっと見つめた。


「クレイ兄様の記憶が欠落しています。しかも重要なものが」


「ん? んー、そうかいな。あー、ちと聞きたいことがあるんやけどな」


「何でしょう」


「クレイがそうなった経緯はどこからどこまで聞いとるんや?」


「サリムが分かる範囲のみ、つまりヘキサ・スフラギダの発動から後はまったく分かりません」


 まったく時間稼ぎにならない質問をしたことに気付いたユーピテルは、大仰な溜息をついて黙り込むという、まったく何の解決にもならない手段に出る。


「何の記憶が抜けたんや? クレイの力を抑え込むために発動させたヘキサ・スフラギダは、効果が強力過ぎる故によっぽどうまく制御したとしても、副作用がでる可能性はあるさかいな」


 そして誤魔化しきれないと観念したユーピテルがそう言うと、ジョゼは沈痛な面持ちでユーピテルを見上げた。


「ユーピテル様たちが姿を消してすぐにそれは判明しました。そして色々な質問をした結果、それは一人の偉大なる神の記憶に関するものに限定されていると分かったのです」


「ワシの記憶か?」


「……そうです」


 ユーピテルの言葉にジョゼは一瞬おどろいた後、黙り込んで視線を落とし、一方ユーピテルは龍神ティアマト、そして彼の妻である神々の女王ヘーラーの言葉を思い出していた。



――まぁ仕方あるまい。これも神々の母たるわらわの務めであろう――


――貴方はこれからクレイの成長を見届けなければならぬ身。ならば今回は私が術式の制御をするのが一番でしょう――



「すまんのティアマト、ヘーラー……」


「ユーピテル様?」


「何でもない。そうか、ワシの記憶が飛んどったか……そうか。メルクリウスの奴が脅すから、何があったんかとヒヤヒヤしたで」


「ちょっとユーピテル? アンタ今ティアマトに謝ってたみたいだけどやっぱり何か知ってるんじゃないの?」


「はいはい、大事な話の邪魔しちゃダメよガビー」


 寂し気なユーピテルの物言いに、ジョゼはどう声をかけていいか分からないというようにおずおずと口を開き、ユーピテルの失言を聞いたガビーは即座に詰め寄るも、今度は空気を読めと言わんばかりのフィーナとディルドレッドに羽交い絞めにされて退場する。


「あの、日頃より私たちに何かと良くしていただいているユーピテル様に関する記憶でしたので、私もどうしたらいいか分からずメルクリウス様に相談してしまったものですから、何か行き違いがあったのかもしれません。申し訳ございません」


「ジョゼ、そんなくだらんもんはまったく気にせんでエエ。さてヘキサ・スフラギダでクレイも暴走せんようになったはずやし、そろそろオリュンポス山に戻るとするかの」


 そしてユーピテルがそう言って、何かから逃げるように部屋の窓を開けて飛び立とうとした瞬間、寝台に寝かされていたクレイの目がスッと開く。


「あれ、何で俺こんな早い時間から寝て……ん? アンタ誰だい爺さん」


「ワシか? ワシの名は今のところユーピテル。オリュンポス山を根拠地とする、オリュンポス十二神の長を務めとるモンや」


「へ? そんなお偉いさんが何でこんなところに?」


「ワシのところのメルクリウスがボンのところで世話になっとるやろ。その件で色々と話を聞いとった」


「あー……あ、ええと寝たままで申し訳ありません。よっ……」


 そしてユーピテルと幾つかの会話をしたクレイは、自分が寝たままだったということに気付いたらしく、起きて寝台を降りようとする。


「ああ、そのままでエエ。今からオリュンポス山に帰るところやからな」


「そうですか。ではまたお会いできる日を楽しみにしています」


「おう」


 ヘキサ・スフラギダを発動する前とは比べ物にならぬ礼儀の良さ。


 今までの付き合いを一刀両断した、一線を引いたクレイの態度にユーピテルが少なからずの喪失感を抱きながら、一般的に建物の出入り口として使用することは無いはずの窓から飛び立とうとした時。



「クレイ、少々予定外のことが起きたようだ」



 いつの間にか部屋の中にスルリと姿を現していたメルクリウスの態度に、その場にいる全員が呆気にとられる。


「何かあったのかメルクリウス?」


「詳しくはカリストーとバヤールに話を聞いてくれ」


 メルクリウスがそう言って扉に顔を向けると同時に、隣の部屋から一人の美しい女性と、一人のたくましい肉体美を誇る女性が姿を現す。


「失礼し……ヒッ! ゼウス様!?」


 だがすぐに美しい女性の方は再び姿を消し、肉体美の女性の方が矢面に立って口を開く。


「マルトゥを見つけた。だが追いかけている途中で見失った」


「え、バヤールさんが見失ったの?」


 神馬であるバヤールがルー・ガルーを見失うなど、まずあり得ないことを本人の口から聞いたクレイがもう一度聞き直した瞬間、隣の部屋に通じる扉から美しい顔がひょっこりと現れ、バヤールの単純明快な報告を補足する。


「あ、あのですね、先ほどこの国の精霊力が信じられないほどに乱れたのですが、その隙をつくかのように、何人かのルー・ガルーがどこからともなく姿を現しまして、私とバヤールで追いかけたものの、急に変な臭いが辺りに立ち込めて、それに紛れて姿をくらましてしまったのです」


「……参ったなぁ」


 ユーピテルに怯えるカリストーの説明を聞いたクレイは、報告をする人たちが今抱えている仕事の量を考え、深い溜息をついたのだった。

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