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第138話 また俺の邪魔をするのか!

[んだと……? クレイ! テメエ教えてもいないくせに、どうしてあの嬢ちゃんの名前を知ってやがる!]


 初めはゆっくりと。


「ノエル……ノエル! ノエル!!」


 そして息をつく暇もなく、運命の歯車は猛烈な勢いで回りだす。


「アカン! おいクレイしっかりせい!」


 クレイの身体から無作為な力が噴出されたのを見たユーピテルが、即座に周囲に被害が出ないように障壁を張り、クレイを押さえつけようと踊りかかる。


「うる……さい!」


「ぐおッ!?」


 だがクレイの身体にユーピテルが触れたと見えた瞬間、その屈強な肉体は吹き飛ばされ、なすすべなく近くの建物の壁へと叩きつけられていた。


 あのオリュンポス十二神の主神、旧神の最上位に位置する力の持ち主の中でも、更に一つ抜けた存在と目されるユーピテル――ゼウス――が。


[おい大丈夫かユーピテル!]


「こりゃアカンな。水の都ヴィネットゥーリアなら再封印も容易や思っとったけどしゃーない。おうポセイドーン! どうせ近くで見とるんやろ出てこんかい!」


 心配するバアル=ゼブルに構わずユーピテルは声をあげ、慌てていたのかネプトゥーヌスと呼ぶべきところをポセイドーンと呼んでしまう。


 それにも関わらず近くの水路からは巨大な水柱が立ち昇り、弾けて霧と化した中からは一人のむさくるしいオッサンがワイン瓶を片手に姿を現していた。


「まぁおることはおるがの……ってなんじゃこりゃ!? 一体クレイに何があったんじゃユーピテル!」


「説明しとる暇は無い! この場に集っとる風、土、水の三神素で二重封印を展開! 六つの頂点を起点としたヘキサ・スフラギダを発動し、クレイの火の力の源となっとる記憶を再封印する! 急いで準備せえ!」


 そして続けてユーピテルが言い放った言葉を聞いた途端、戸惑いながら成り行きを見ていたエレーヌが驚愕の表情を見せた。


「ヘキサ・スフラギダだと!? 最大最悪の災厄、テューポーンを封じるために作られたあの術式をクレイに使うとは、正気かユーピテル!」


「正気も正気や! はよせんとクレイの力がどんどん膨れ上がって、ヘキサ・スフラギダでも抑えきれんようになる! クレイの存在を保ったまま記憶のみを封印するには今しかない!」


 言うと同時にユーピテルが牽制のケラウノスをクレイに放つ。


 しかしクレイの腕の一振りで霧散したのを見たユーピテルは、あせりを隠そうともせずにその場にいる強大な神々、そして天使を睨み付けた。


「術式の形成と統合、制御はワシがする! はよせい! クレイを殺すつもりかお前ら!」


 その間にもクレイからは木の葉のような炎が無限に放たれ、ユーピテルはアイギスを発動させる。


 アイギスによって炎が防がれている間に、他の五人はクレイを中心にした六芒星をそれぞれを頂点として大地に描き出し、そして力は放たれた。



「いくで! ヘキサ・スフラギダ!」


「う……ああぁぁぁぁああああ!?」



 六芒星の中心、クレイの顔が苦痛に歪む。


「ミネルヴァ! アナト! クレイのことを想うなら今は全力でヘキサ・スフラギダに専念せい!」


 直後にヘキサ・スフラギダの力場に歪みを見たユーピテルは、その原因である大地の女神の二人を叱咤し、そしてクレイをつらそうに見守る。


「ま……た……」


 その視線に気付いたクレイはユーピテルを視線で射抜き、怒りの咆哮を天にあげた。



「また……! また俺の邪魔をするのか! ゼウス!」


「おう! なんぼでも邪魔したる! それが……人間の覚悟に面白半分に顔を突っ込んだ、ワシにできるせめてもの償いや!」



 程なくクレイの顔は穏やかになり、辺りに撒き散らしていた力も収まっていく。


 そして脱力したクレイがふらりと体を傾けた瞬間、ヘキサ・スフラギダの発動は止まった。


「しっかりせいクレイ!」


 そのまま地面に倒れ込むかと見えたクレイの身体は、真っ先に駆け付けたユーピテルが、新雪を扱うかの如き優しさで受け止めたのだった。




「おう、周囲の様子はどうやったメルクリウス。誰かヘキサ・スフラギダの発動を見たモンはおったかいな」


「……そんな存在が居ないことは父上が一番よくご存知だと思うが。僕の目で見たところ、力ある存在はここに居る全員と、ジョゼフィーヌ姫に同席している者たちくらいか」


 周囲を見てくると言い、姿を消したはずのメルクリウスは、あの後すぐに戻ってきていた。


 しかし予想はついていたのか、ユーピテルは疑わしい視線を向けてくるメルクリウスを見ても、平然とした表情と口調で出迎える。


 それを見たメルクリウスは報告の後に何かを言おうとするも、すぐに諦めたように軽く両手を上げた。


「これも因果応報と言うものか」


「ワシはちゃんと悪いと思っとるで」


「十人委員会との会議に戻るとしよう。だが伝令は常に状況を把握しておく必要がある。後ほど詳しい説明を」


「そんなとこやろな」


 話がついたのか、ユーピテルとメルクリウスは互いに頷くと、エレーヌの膝の上で安らかな寝息を立てるクレイを見る。


「宿に戻るわよ。ユーピテル、クレイを運んでもらっていいかしら? サリムと……サリムはネプトゥーヌスお願い。エレーヌはアタシが運ぶわ」


 そこにガビーの発案を聞いた彼らは帰り支度を始め、そしてエレーヌが放つ殺気を基準とした配置が決められ、その場にいる全員が飛行術によってふわりと宙にその身を浮かべて宿へと飛んでいった。



[……なあ、ユーピテル]


「言いたいことは分かっとる。だがワシの口から詳しいことは話せん」


[あーそうかよ]


 気を失ったままのクレイを背負ったユーピテルは、クレイが目を覚ましてしまわぬように宿屋へゆっくりと飛んでいた。


「ああ、旧神であるワシの口からはな」


 ユーピテルの厳粛な答えを聞いたバアル=ゼブルは不貞腐れ、しかしすぐに続いた補足を聞いた青い髪と白い肌を持つ旧神は、ただちに近くを飛ぶ修道服姿の少女を見る。


「残念だけど、私のほうは詳しいことを知らないのよ。あの頃は不安定なアルバが暴走しないように付きっ切りだったから、その間にクレイに何かが起こっていても何も分からない」


[チッ、随分と都合よく情報が漏れないようにしてるじゃねえか。事前に何か示し合わせてたんじゃねえのか?]


「面倒なことをやりたがらない割には、面倒に首を突っ込みたがるのよねアンタは」


 ガビーの指摘を聞いたバアル=ゼブルは、黙りこんで顔を背ける。


「でも詳しいことを知らないだけで、まったく知らない訳じゃ無いの。だけど今は教えるわけにはいかないわ。万が一クレイに聞かれて、さっきみたいに暴走されたら困るしね」


「ホンマに魔族のこいつらに教えてええんかガビー? またラファエラに怒られてもワシは庇ってやらんで」


「現場で起きた問題を一番よく分かってるのは現場の人間よ。そしてその一番いい解決方法を知ってるのも現場で動いてきた人間。そしてアタシはその解決手段を決定できる立場にあるわ。何か質問は?」


 ガビーの挑戦的な目を見たユーピテルは、無言で肩をすくめる。


「ラファエラに怒られた時の解決方法を教えてもらっとらんな」


「偏屈ジジイの意地悪に付き合ってあげるほどアタシ出来が良くないのよね。宿も見えてきたことだし、クレイとサリムを降ろしてもらっていいかしら? ユーピテル、ネプトゥーヌス」


 そうしてクレイとサリムの二人を降ろすと、ガビーは中で待っていたイユニとイユリに簡単な説明をし、旧神たちの先頭に立ってはるか遠い空へと姿を消した。



 約一時間後。



「おうガビー、どこまで行くねん」


「んー、サラヴィーラ半島まで足を延ばそうかと思ったけど、ここら辺でもいいかしら」


 ユーピテルに呼び止められたガビーは、地中海の上で足を止める。


「ああ、ここならワシが赤ん坊の頃に住んどったディクテオーン洞窟が近いからそこに行くとええ。密談には最適やろ」


 そしてユーピテルの提案を受けたガビーは、その案内の下に一つの島へと向かい、人々の信仰を集めるディクテオーン洞窟へと入っていった。



「静かでいいわね」


「ワシがおった頃はそれなりに賑やかやったけどな」


 数人の大人が並んでも余裕で通れるほど広い洞窟の中は、どこからか入ってくる日差しを増幅でもしているのか、緑とも青ともつかぬぼんやりとした光に照らされていた。


 目の前に広がるのは眠るようにたゆたう静かな水面と、長い年月をかけて作られたことを疑う余地もないほどに滑らかな壁面。


 未だ成長途中である鍾乳石を作り上げている、天井から滑り落ちる水滴をガビーはねぎらうように静かに撫でると、適当な広場を見つけた彼女は柔らかな光を放つ一枚の巨大な布を作り出して地面へと敷いた。


「じゃあアタシが知ってることだけを話すわね。前回の天魔大戦が始まった頃、アタシがまだサラヴィーラ半島に居たことは全員知ってるわね」


[いや?]「知らんがな」「ワシも知らんのう」[どれだけ自意識過剰なのだ]


 ガビーの問いに、彼女以外の全員が首を振る。


「……もう知らない」


 途端に顔を背け、膝を抱えて座り込んだガビーを全員がなだめすかし、何とか説明は再開される。


「アタシが呼び戻された理由は、それまでアルバの様子を見ていたエルザ司祭様が忙しくなったから。メタトロンの顕現、それに伴うアルバの急激な成長。付きっ切りで面倒を見たかったけど、それが出来なかったから……水魔術を得意とするアタシに白羽の矢が立ったってわけ」


 ガビーは気付かれないようにアナトの様子を伺うと、再び口を開く。


「その状況が変わったのがユーピテルがテイレシアに来てから。エルフの里にエルザ司祭様が自ら足を運んだこと、エレーヌやバアル=ゼブルも知ってるわよね」


 肯定する二人を見たガビーは満足げに頷き、そしてユーピテルを見る。


「つまりその間に何かがあって、エルザ司祭様は再び自由に……それなりに動けるようになった。そしてユーピテルはさっきクレイの記憶を再封印すると言ってたわ。それはクレイがまた邪魔をするのかって叫んだこととまるで矛盾するところは無い。こんなところかしら」


「おおー」[ほほー]


「……なぜかしら。褒められてるはずなのに全然嬉しくないわ」


 意外そうな顔で拍手する全員にガビーは複雑な表情を向け、そして答え合わせをするために再びユーピテルを見つめた。


「まぁワシの口から話せんことに変わりは無い。答えが合っていようと無かろうと、それについて口にしていいのかも分からん。何しろ盟約を交わしたエルザは、今この世界におらんのやさかいな」


 布の上にあぐらをかき、膝に肘をついたままユーピテルは答えるも、その目はガビーの答えが事実に基づいた正答であることを物語っていた。


[つまり封じた記憶の内容まで教えることはできないってか?]


「そういうこっちゃ」


[だがクレイは……あの嬢ちゃんの名前を……ノエルを呼んでいた……]


 バアル=ゼブルは声のトーンを落とす。


 それはかつて悲劇の車輪の中心となり、今も自身と周囲を不幸に巻き込みながら生きている一人の少女の名前であった。


 場の雰囲気が重くなった時、アナトがやや遠慮がちに口を開く。


[ですが兄上、不思議ではありませんか?]


[あん? 何がだ?]


[今の話を聞く限りでは、クレイの記憶を封じたのがあのエルザとそこにいるユーピテルと言うことになります。ですがその頃メタトロンはまだアルバトールの中におり、クレイはただの人間だったはず]


[そいつがどうした?]


 アナトはやや顔を下に向け、数秒ほど口に手を当てた後に再び顔を上げてバアル=ゼブルを見る。


[ただの人間であったクレイの記憶を封じるのに、なぜユーピテルの助力を必要としたのでしょう? あのエルザはもちろんのこと、そこにいるミネルヴァ、ラファエラ、そしてベルトラムという力持つ者もいたはずです。なのにそこにユーピテルまで必要とするとは、いささか不可解かと]


[そいつぁ……]


 アナトの発言にバアル=ゼブルは動きを止め、そして程なく全員の視線はユーピテルに集まっていったのだった。

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