第12話 子供好きのお姉さん!
シルヴェールへの報告を終えた次の日。
クレイは久しぶりに実家で夕食をとり、久しぶりに実家のベッドで眠りにつき。
「……うん、もう起きたから……ちょっと静かにしてセイ姉ちゃん……」
久しぶりにセイレーンたちの騒がしいさえずり――十年ほど前に庭に住みついたのだ――で目を覚ました後、フォルセール教会へやってきていた。
「結界の視察? そっちは着いていっていいの?」
「魔族が封印されている王都の視察ですからね。当然天使の仕事の一つとなります。それに天使の叙階にはもう少し時間がかかりそうですからね……まったく肝心な時に夜逃げするとは、アルヴィースたちにも困ったものです」
「ドワーフたちが叙階に関係あるの?」
質問に答えず、溜息をつくラファエラをクレイは不思議そうに見つめ、しかしすぐに痺れを切らしたのか疑問を口にする。
「でもアランさんが責任者なのに、なんでラファエラ司祭から指示が……あそっか、もともとアランさん神殿騎士団だったっけ」
「そうですね。フォルセール領は教会から土地を譲渡される形で新設された領地。よって騎士団は、王国騎士団と神殿騎士団を合併する形で作られたのです。王都が占領される以前は、神殿騎士団からよく補充してもらいました。まぁ……」
そこでラファエラは言葉を区切り、少々苦笑いを顔に浮かべて口を開く。
「それだけに騎士団長であるベルナール様が赴任される前は、争いごとがよく起こっていましたけどね……」
「ふーん……あれ?」
フォルセール騎士団の成り立ちについて、ラファエラから説明を聞いたクレイはその内容に違和感を覚えて首を捻る。
「ラファエラ司祭ってまだ二十歳くらいだったよね? ベルナール団長がこっちに来てから三十年以上は経ってるのに、なんで団長が来る前のことを知ってるの?」
「先代から聞いたのですよ」
「ふーん」
平然と答えるラファエラ。
その解答をあまり信用していなさそうな顔で聞いたクレイは、先ほどの結界の視察について会話の内容を戻す。
「えっと、俺はアラン殿が指揮する調査隊に着いていけばいいんだね。でもラファエラ司祭も着いていっていいの? 仕事とかいっぱいあるんじゃ」
「何のためにガ……いえ、ダリウスやマティオが居ると思っているのですか」
「納得。それじゃ先代のエルザ司祭がしょっちゅう仕事をサボれたのも、ラファエラ司祭がいたからなんだね」
「忌々しいことですけどね……あ、いえサボりに行くわけではありませんよ? 王都の結界の様子を見るのは今の私たちにとって最も重要なことだからです」
「ふーん」
「とにかく!」
先ほどの解答をあまり信用してなさそうなクレイの顔を見たラファエラは、強引に先ほどの結界の視察について話を戻す。
「フォルセールが王領テイレシアにほど近い場所にあるとは言え、途中で開拓村に寄ると聞いていますし、それに野営の準備に必要な時間、休憩なども考えると道程は一週間ほどかかるでしょう。今のうちに予定を整えておくように」
「はい」
もう話は終わりかと思い、クレイが頭を下げる。
しかしその予想を裏切るように、ラファエラは一つの条件を彼に告げた。
「あ、それとティナを同伴するように」
「あ、はい……いいの? ティナを連れて行っても」
どう考えてもトラブルメーカー。
そのティナの同伴を告げるラファエラの指示に、クレイは首をかしげる。
「働かざる者食うべからず。貴方も何度かヘルメースやアルテミスが真面目に……真面目に……生きている姿を見たことがあるでしょう」
「二人ともあまり真面目なところを見たことが無いと言うか、ヘルメースに至っては真面目に生きる人の邪魔しかしてないような気がするんだけど」
その答えに視線を逸らし、机にひじをついて陰にこもってしまったラファエラを見てクレイはうろたえる。
「じゃ、じゃあティナに伝えておくね。他にお話は?」
「ジョゼが貴方に礼儀作法を」「それじゃ失礼します」
こうしてクレイは王都を囲む結界の調査隊に加わる。
まだ天使としての叙階を受けていない身の上で。
「おはようございますアランさん!」
「早いなクレイ。今日も元気で何よりだ」
「はい! 憧れのフェリクスさんに会える日ですから! 若くして王都騎士団の団長になった凄い人なのに、それを少しも鼻にかけずに今も体の鍛錬や勉学などの自己研鑽を欠かさず、それでいて俺たちみたいな子供にも優しくて礼儀正しくて……あれ? なんで目を逸らすのアランさん」
「ん? あ、いや。まだ集合場所に来ていない者がいるので辺りを見ただけだ」
次の日の朝、クレイの姿はフォルセール城の最終防衛ラインである第一城壁と第二城壁の間に作られた広場にあった。
普段は閲兵、または訓練などに使われているこの広場は、有事の際には住民が避難できるようにかなり広いものとなっている。
しかし前回の天魔大戦より十年少々が経ち、身近だった危険も遠ざかった今の広場はそれなりの平和な雰囲気に包まれており、城壁に沿って作られている水堀では何人かの釣り人がその釣果に一喜一憂する、そんなのんびりとしたものだった。
「ここを集合場所にしていた者は全員揃ったようだな。では詰所に向けて出発!」
アランは周囲をぐるりと見回すと、そこにいる者たちの顔を確認して号令を出し、第二城壁に設けられた大門より騎士団の詰所がある市街地へ部隊を進めた。
この第二城壁の外には市街地が広がっており、フォルセール城と城外を区分けする第三城壁までそれは続いている。
だが王都が陥落してからと言うもの、このフォルセールに聖テイレシアの各地から移住してくる者は年々増えており、彼らが居住する市街地を第三城壁の更に外側に作る計画が立案され、五年ほど前から第四城壁の建設が始まっていた。
「だから陛下を始めとするお偉いさんたちは頭を抱えてるらしいよ。お金が無い、お金が無いってね」
「フーン、重要な情報を卑しい人間風情に提供してあげた偉大なウチに、ワインをあまり出さなかったのはそんな理由からなのね」
市街地を進む騎士団の最後尾についたクレイは、ティナにフォルセールのおおまかな現状を説明しながら進む。
あちこちに設けられた露店、仮設の柱に支えられた布の下に広がる品物の数々と民衆の笑顔。
彼に手を振り、気さくに話しかけてくる人々に、クレイは無邪気な笑顔と言葉を返しながら歩いていた。
「こらクレイ! お前だけ遅れているぞ! 口の端に食べ物を着けてないで、きちんと隊列に着いてこい!」
だがその態度は、日頃より厳格な態度と厳正な処罰を信条とするアランの目に余るものだったようで、飛んできた怒声にクレイはすぐに謝罪をして走り出す。
もうすぐ四十歳になるアランは、天魔大戦で目まぐるしく入れ替わった騎士隊長の中でも一番の古株であり、更には元神殿騎士団の一員だったこともあって、自他ともに厳しく接するその立ち居振る舞いは、周囲から騎士の鏡とも呼ばれていた。
(まぁ、嫌味な方の意味なんだけどね……アランさんもそれを知ってて尚あの態度をとれるんだから凄いよなぁ)
クレイは隊列においつき、先頭でまっすぐな姿勢で馬に乗っているアランの後姿を見た彼は心中で呟く。
規準、規範、模範。
それらを体現し、周囲に見せる者がいなければ集団はすぐに堕落し、瓦解する。
だから私は陰で頑固者と笑われようと、融通が利かぬと嘲笑われようと、自らにそれを課して行動するのだ。
クレイは昔アランにそう聞かされたことを思い出し、慰めてくる周囲の騎士たちに笑顔で首を振った。
(こう言うのを信念って言うんだっけ。それを持つ者は強くなるって昔義父……アルバ候が言ってた……)
クレイは首を振る。
今度は先ほどの輝かしいものではなく、弱々しい笑顔で。
(公私混同しちゃいけない。今の俺は討伐隊の見習い。フォルセール領の縁の下の力持ちで、アルバ候の配下なんだ。今はつらいかも知れないけど、城の中でいつまでも甘えてちゃ、父上にまた笑顔を取り戻してもらう力を得るなんて……)
「ちょっとクレイ! あんたまた隊列から遅れてるわよ!」
そしてティアの慌てた声を聞き、また隊列から少し遅れていたことに気付いたクレイは慌てて足を速めるのだった。
そして。
「えー! なんでフェリクスさん居ないの!? だって結界の調査は王都の周辺地理に明るいフェリクスさんがいつも随員に入ってたよね!?」
フォルセール騎士団の詰所についたクレイは、今回の調査隊にはフェリクスの代わりにエレーヌが着いてくると聞いて叫び声を上げ、助けを求めるように周囲を見回していた。
「……私では不満か?」
「いや、エレーヌ姉に不満がある訳じゃ無いけどさ」
(だって本人を目の前にして、不安だとか言える訳ないじゃん!)
内心で悲鳴を上げるクレイ。
「それでは一週間、よろしく頼むぞ新しき天使クレイ」
しかし目の前のエレーヌはそれに気づく様子もなく、鼻歌すら口ずさみながらご機嫌な様子でクレイの肩に手を置くのだった。
リュファスとロザリーの叔母にあたるエレーヌは、人とエルフの間の子供であるハーフエルフであり、またエルフたちが住む森を出て、降り注ぐ日差しを全身に浴びてたくましく育ち上がった半ダークエルフでもある。
その森を出るきっかけとなった事件、ある儀式によって彼女は、オリュンポス十二神の一人アテーナーの半身をその身に宿すこととなっていた。
また子供好きで知られる彼女は、小さい頃より面倒を見たクレイに対しても周囲がちょっと引き気味になるほど愛情を注いでおり。
(いやいやいや! もう赤ん坊じゃないんだから頬ずりはやめてよ! まぁ五百歳のエレーヌ姉から見れば子供どころか赤ん坊に見えるかも知れないけどさ!)
やられる本人がドン引きするほどのスキンシップをエレーヌから受けている真っ最中のクレイは、少し離れた所で尚且つ隊員の影に隠れているアランへ手を伸ばして助けを求める。
「仕方あるまいクレイ。私はしょせん人間だからな。いくら退魔装備があるとは言っても、大量の上級魔物が出てくれば太刀打ちできん」
そしてアランが目を逸らしながらそう言う姿を見たクレイはうなだれ、諦め半分の表情で得意気に胸を張るエレーヌを見た。
「……裏取引したね? フェリクスさんエレーヌ姉に惚れてるって噂だし」
「な、何のことだ? 私は裏表の無い人間として評判だぞ?」
「裏に隠そうとしてもすぐバレちゃうからだから皆に言われてるだけだよね。顔に出てるよエレーヌ姉」
エレーヌはぎくりとして体を引くも、すぐに開き直ってクレイへ喚き散らす。
「う、うるさい! とにかく今回の調査隊はお目付け役として私がついていく! 問題は無いなアラン隊長!」
「はっ! もちろんでありますエレーヌ副団長!」
直立不動となり、やや芝居めいた顔で答礼するアランと騎士たち。
クレイは自分に味方する大人が一人もいない現状に、ただ溜息をつくのだった。