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第113話 華麗なる龍王の戦歴!

 ぼんやりと黄金色に輝く世界、龍王バハムートの作り出した仮想空間。


 その中に囚われたクレイは、一人の赤ん坊として姿を現したバハムートに襲われることも無く、なぜか天竜大戦の成り行きを聞かされていた。


「頭部以外の部分は組成を変えて大気に紛れこませ、この星をぐるりと幾層にも囲い込んだ。くまなく監視をするためにそうしたのだが、それが地上の楽園化を促進したらしく、同胞は次第に生物より物質としての完成度を高め……それが天竜大戦の凄惨な開始を招いてしまった」


「何があったの」


「今は魔王サタンとなった天使長ルシフェルが、余を倒すために他の星……巨大な大地をぶつけたのだ」


「大地を……ぶつけた?」


 どうやら星と言う単語はこの大地を表すらしい。


 以前ティアマトに、母なる大海ですら大地の上に乗った水たまりに過ぎないと聞いていたクレイは、バハムートを襲った災害の途方もない恐ろしさに身を震わせた。


「殆どを余の存在と対消滅せしめたものの、その余波は地上を襲い、ドラゴンのみならず他の生物まで巻き込んだ大災害をもたらした。余は残った力を振り絞って転生し、同胞に加勢したものの再び力尽き、そして精霊の力が弱まった地上で同胞は次々と倒れ……」


「……そして新しく転生したバハムートさんが、天使に加勢した……?」


 赤ん坊姿のバハムートが、ちょこんと頭を下げて頷く。


「最初の転生ではまだ龍の形を取り得る程度の力が残っていた。だが汝の中に眠るメタトロンにより二回目の転生を余儀なくされた余には、ガブリエルの慈悲を無効化できるほどの力は残っていなかったのだ。余はその慈悲に抱かれるままに同胞と戦い、倒れていく同胞を見守った」


 寂し気に呟くバハムートにかける言葉をクレイは探すが、まだ人生経験の浅い彼にとってそれは簡単なものではない。


「まぁ同胞たちは倒れたと言うより、精霊力が弱まったことによって強壮な肉体を維持するだけの魔術を自動的に維持できず、つい寝てしまっただけだ。都合がいいので余がそのまま魂の眠りにつかせたがな」


「一気に緊張感無くなったよ!?」


 しかし探し始めた直後、あっけらかんと言ってのけたバハムートの言葉にクレイは唖然とし、思わず動揺のままに苦情を叩きつけてしまう。


 言った直後にしまったと思うも、どうやらバハムートはクレイの言葉に不興を感じることは無かったようで、そのまま話は続けられた。


「それでも一部の力在る者たちはまだ反抗の機運を残していた。それも余が姿を現して戦いを挑むとある者は意気消沈して投降し、ある者は激高して襲い掛かって返り討ちに遭い、次々と封印されていった」


「魂の眠りで?」


「いや、それら最後まで抵抗できた力を持つ者たちは天罰を喰らい、龍脈を固定するための礎となっている。お前の住むフォルセールの近くにも一頭のドラゴンが礎としてのんびり……いや龍脈を固定するべく日々働かされておるはずだ」


「ふーん……なんだか……大変そうだね?」


「うむ」


 バハムートの説明を聞いたクレイの胸に、ちょっとしたしこり――違和感――が産まれる。


「ところでメタトロンに恨みがあるなら呼び出そうか? さっきから丹田のあたりがもぞもぞするから、そろそろ起きてきそうだし」


「やめておこう。今のメタトロンがどうかは知らぬが、昔のままであったとしたらここで間違いなく戦いになる。それは戦いを好まぬ余のマスターの意にそぐわないものだ」


「戦いを好まぬ割にはしょっちゅう余計な争いのタネを産んでるけどね。話はこれでおしまい?」


「これで終わりだ。お前の方で何か聞きたいことがあれば答えるが?」


 バハムートの好意を聞いたクレイは慎重に言葉を選ぶ。


 仲間からの隔離、その割には皆に聞かせても差し障りのない話の内容、メタトロンに恨みがあると言うのに襲ってこず呼び出しも断る。



 バハムートは何かを隠している。



 そう感じたクレイは、目の前にいる偉大な存在、龍王バハムートを侮辱と取られない程度の挑発をすることを心に決め、彼が今までに得た少ない人生経験をもとに、クレイは口にする言葉を決定した。


「メタトロンに恨みがあると俺を呼び寄せた割には何もしない。つまりバハムートさんは、今の話を聞かせるためだけに俺を止め置いたのか?」


「不満か?」


「先を急いでいるという俺の今の立場は教えておいたはずだけど」


「なるほど、ではここでお前は余を侮った罪を償うために死ぬことになる。ここは余の作り出した別世界、真なる領域であるためにな」


 あっさりと挑発に乗るあたり、どうやら利害は一致しているようだ。


 そうクレイが考えた時、世界が牙をむいた。


 先ほどまで心地よかった風はクレイの肌を焼くような灼熱へと転じ、草花はすべてを貫く針の如き鋭さを持ち、大地は動きを封じるべく纏わりつくぬめりと化す。


「……なるほど、これが領域か」


「その手段は数あるが本質はすべて同じ。自らの属性に合った精霊を近くに呼び寄せ留め置くことにより、通常ではありえぬほどの精霊が集まる。必然的に魔術の威力は跳ね上がり、高度な術も行使できるようになる」


 バハムートはそう言うと、赤ん坊姿のままふわりと宙に浮いた。


「自分の意にそぐわぬことがあればすぐに感情を揺らがせ、力量の差も見極めずに誰であろうと構わず噛みつく。最初の内こそ未だ成人もしておらぬ故に見逃してやろうとも思ったが、やはりこわっぱはこわっぱよ。何も成し得ぬまま、何も後世に残さぬままここで消え去るがいい」


 バハムートの目の前の空間が歪み、すべてがクレイへと凝縮していく。


(大丈夫だ。俺の予想が当たっているなら、バハムートが俺をこの場で消し去ることは無い!)


 クレイがそう考えた時、バハムートの魔術が発動する。


「メガ・バタリオン」


 クレイを取り巻いていた世界がその牙を突き立てんとした時。



「アイギス!」


 クレイの周囲の空間から無数の光の粒子が湧き出で、包み、バハムートの術を相殺した。



「ほう、そこそこの使い手ではあったか。かのゼウスとやらのアイギスには及ばぬまでも、お前の仲間となっているらしき未熟なドラゴンの幼生程度の魔術であれば、防げる水準には届いているらしい」


「ドラゴンの幼生……コンラーズのことか? この世界に呼び寄せたのは俺だけじゃなかったのか」


 クレイはバハムートに問いただすも、その答えは返ってこなかった。


(ゼウスとやら……か。アイギスの術は知っているけど、ゼウスのおっちゃんとは直接に会っていないってことか? 俺の知らないことが多すぎて、会話が噛み合いそうで噛み合わないな)


 その間にも逆立つ無数の草の穂先がクレイを襲い、地に咲き乱れる花の花弁が優雅に宙を舞って切り刻もうと彼を襲う。


 その中にあってもクレイはアイギスの発動を緻密に行い、そして一つの考えに辿り着いた。


(コンラーズ……だけど俺を襲っているのは灼熱の大気、鋭利な草花……共通点……物事の本質……幻術による同士討ちか!)


 その刹那、クレイは体を駆け巡る氣力を加速、加圧、加熱させ、一人の天使を呼び起こした。


(その眼は世界の奈辺を見通し、余人の思惑を見抜く! 幻術を撃ち破ってくれメタトロン!)


 同時に彼の内に眠る天使の王、メタトロンが圧倒的な意志を発する。



(……幻術であって幻術ではない)


(え、違うの?)



 しかしクレイがせっかく思いついたナイスなアイデアは、メタトロンにあっさり否定されてしまっていた。


(どうやらバハムートは、どこまで手加減をしたらいいか今の今まで悩みながら昔話をしていたらしい。結局のところ、君の今回の同行者を力の集中点に代用し、そこから更に弱めた力を君に使っているようだ)


(よく分からない)


(バハムートよりはよほど君の実力に近いであろう同行者の力を見極め、ならし、偽装した存在を作り出して焦点とし、それでも力を持て余した結果、偽装した者が手加減した魔術を君に使っている所だ。バハムートがいかに手加減しようとも、あまりに巨大な力ゆえに限界があるのだろう)


(ふーん)


 メタトロンの説明によると、クレイは二重に手加減されているようである。


(なんかムカつくんだけど)


(仕方あるまい。君の実力は曼荼羅のせいでかなり見極めにくいからな。偽装する対象が君ではなく、君の同行者であるのもそれが原因だ)


(都合が悪くなるとメタトロンやバロールさんの力を借りるからか?)


(それもあるが、曼荼羅という術は無限に圧縮され続ける別世界を作り出す術だ。それを外から覗こうとしても、なかなか深奥に辿り着くことはできない。つまり力の焦点を合わせづらいのだ)


(別世界ね……なるほど)


 どうやらメタトロンとバハムートはグルのようである。


 当然ガビーもその片棒を担いでいる可能性が高かったが、彼女が一枚噛んでいたとしても、どうせ大したことは考えていないと判断したクレイは、メタトロンの説明に耳目を傾けた。


(そしてその焦点を合わせるということが、聖天術アポカリプスにとって最も重要な想念だ。無条件で貫くクラウ・ソラス。全てを押し流すレペテ・エルスとは違い、アポカリプスは敵の弱点を見通し、その中心を最小限の力で貫くのが術の発動に関しての一番重要なポイントだからな)


(なるほどね。でも何で今さらそんなことを俺に教えるんだ?)


(君たち親子はまるで我の言うことを聞かないからだ)


(う……)


 メタトロンの突き放した説明にクレイはたじろぐ。


 いや、今までも彼の精神に間借りしている身でありながら一線を引いた口ぶりではあったが、今度のものはそれを明らかに上回っていた。


(いや、それとアポカリプスの発動と何の関係があるんだよ!)


(アルバトールに関しては問題ないだろう。彼はすでに我の制御を必要としない水準でアポカリプスを発動しているようだからな。だが君は別だ)


(別って?)


(君は時に恐ろしいほどの頑固さで我の意思を押さえつけ、アポカリプスを発動させることがある。だがそんな歪んだ発動プロセスが何度も成功するはずがない。そうなれば君は体に降ろした神気によって消滅……散華することになるだろう。そうなれば君に間借りしている我が困る)


(普通に協力してくれればいいじゃん)


 口を尖らせてそう言ったクレイに、メタトロンは長い吐息を返す。


(正直に言おう。君が散華せずとも、我が消滅することになるかもしれない。かつてヘプルクロシアで我が転生の儀に臨んだ時のように)


(……ごめん、俺が悪かった)


 そしてメタトロンが口にした理由を聞いたクレイは、自分の非礼とメタトロンの配慮の二つの理由で頭を下げた。


 かつてヘプルクロシアでの戦いで、義父アルバトールの無理な頼みを聞き入れ成し遂げたがために、メタトロンは転生することになった。


 他者のために自分を犠牲にするのではなく、他者のために他者へ犠牲を無理強いしたアルバトールは、自らの軽率な判断を後々まで悔やみ、クレイもその独白めいた後悔の言葉を何度か聞いたことがあったのだ。


(気にすることではない。何かを成し遂げるに何かが犠牲になることは当たり前のこと。何も犠牲にせず成し遂げたなどと言っている者は、犠牲になったものに気付いていないだけだ)


(そうなのかも……いや、そうなんだろうな)


 クレイの意識が一つ拡がりを見せたのを見たメタトロンは、意識ではなく圧倒的な気迫をもってクレイの拡がった内を満たす。



(それでは始めよう。我が一度だけアポカリプスの手本を見せるから、心してその発動プロセスを見るのだ)


(分かった)



 クレイはアイギスの術を解除し、了承の意を返す。


 と同時に、その背には数え切れないほどの目が広がったと思わせる、三十六対のクジャクのような羽根が広がっていた。


(アーカイブ領域に接続。収納されている情報から出来得る限りの対象の因果を読み取り、この世界セテルニウスと対象との過去の事象から現在における刹那、そして未来の不確定を集束させる)


 羽根と羽根の間、無数の目同士に赤い閃光が奔流となって流れ始める。


(法術における基礎にして基本。気を細く練り上げることによって、何者にも妨害させることなく神気を最奥へと至らしめるのだ。安らかなれ、迷うことなかれ。たゆたう魂を同調させ、明確な殺意を以って自らと敵を苦しませることなく滅せよ)


 黄金の霧が晴れる。


 その向こうには岩壁のような一枚の巨大な鱗がそびえ立っており、おびただしい数の魔術を放っていた。


 クレイは自分を囲む状況を見極めるべく周囲を検索し、先ほど解除したはずのアイギスの光がまだ自分の周囲に残っているのを見て軽く驚く。


(驚くことは無い。アーカイブ領域との接続は、時の流れを追い越すことすらあるのだからな)


 メタトロンの説明にクレイは心を落ち着かせ、そして目の前の鱗に意識を集中させた。


(最奥、深奥、根幹をなす微振動……たゆたう魂の刹那、中に眠る無限の空間の求心点を見極め、際限なき世界すら満たすことを可能とする全にして唯一の御方の微細を送り込む。では発動するぞ)



「アポカリプス」



 静かなるままに、一つの目が紅き灯りをともす。


 まばたきをする時間すら必要としないその刹那の間に、紅き光は巨大な鱗を一瞬にして滅ぼす因子となって送り込まれ、バハムートの作り出した偽装の力を持つ者たちはクレイが見守る中、塵となって消えていった。

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