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第112話 偉大なる龍王の登場!

「何だっけ……こんな風景に見覚えがあるような……」


 クレイは呟き、ざわめく草ときらめく花をぼんやりと見つめる。


 重々しい念話の直後にこの場所に転送されたようだが、特に目立った攻撃も無く、メタトロンやバロールたちも目を覚ます様子は無い。


(ドラゴンの作り出した別世界かも知れませんね)


 そこに内面世界から助言がなされ、クレイはその意志の持ち主であるモリガンに礼を言うと、かすみがかかったような意識で周囲を見渡した。


(ああ、そうか……どこかで見たような記憶があると思ったら、ギュイベルと戦った時の場所にそっくりなんだ……だけど)


 その時に在ったものが、いや居たものがここには足りない。


 クレイはそう考えると、心地よく肌を撫でる風に身を任せた後、黄金色に色づく周囲に向けて軽く息を吐いた。



≪俺だけをここに導いたのはどのような思惑か。龍王バハムートよ≫


≪ほう? 余はまだ名乗っていなかったはずだが、余のことに勘付いていたかメタトロンを身に宿しこわっぱよ。あるいは母とも仰ぐ余のマスター、水のガブリエルに教えてもらっていたか≫



 その間に精神を集中し、この世界を見下ろす存在を探り当てたクレイは、見えぬ相手の真意を探るべく一つのキーワードを乗せた念話を発動させ、そして見事に反応を得ることに成功する。


 姿は未だ見えないが、この心地よくも無為な世界に放置されることを免れたクレイは、手繰り寄せたバハムートの意思に素早く語り掛けた。


≪いや、最初に教えてもらったのはメタトロンだよ。ガブリエル……ガビーもさっきまで一緒に居たから、教えてもらおうと思えば教えてもらえそうだけどね≫


≪……クク、おかしなことを言う。あのような無力な者たちのどこに余のマスターが居るというのだ≫



(……あれ? 無力?)


 バハムートの答えにクレイは首を捻る。



(者たちっていうことは、フィーナやディルドレッドさんは勿論、ガビーやアルテミス、ヘルメースも含まれるってことだよな……?)


 巨大なるバハムートが気付いていないのか、過少に縮こまったガビーが気付かせていないのか。


 規格外の存在であるバハムートの思惑が読めないクレイは、目の前にぶら下がった二つの選択肢を無視し、元の質問へ戻すことで探りを入れる。


≪それよりさっきの俺の質問に答えてもらえないか。今の俺は聖テイレシア王国の君命によって動く身。外界では日が暮れているし、正直な話あなたと話している場合では無いんだ……話したいのは山々なんだけど≫


≪失望したぞこわっぱ≫


≪じゃあ元の世界に戻してくれるんだね!≫


≪……まだこちらの用が済んでおらぬ≫


≪えー、今失望したって言ったじゃん! もう俺は用済みってことじゃないのそれ?≫



 偉大なる存在の前では愚者であれ。



 龍王と呼ばれるだけあって、バハムートは多少の無礼や無知は許容してくれるようである。


 それに勘付いたクレイは、無知な子供といった態度をとることで相手の譲歩と情報を引き出そうとする。


 ゼウスという、良くも悪くも偉大な存在の典型的な見本が幼少の頃より身近にいたせいか、目上の矜持に付け込む……もとい甘えることは、クレイにとって当たり前のことであった。


≪ふむ。汝、自らを知る者か≫


≪え≫


 だがゼウスと違い、バハムートはややノリが悪かった。


 おだてと分かっていながらもクレイの話に付き合ってくれるゼウスに対し、バハムートは自分のペースを崩さなかったのだ。


≪だがそろそろ少年から大人へ外見が変わる年齢であろう。その歳月に見合った交渉術を身に着けることを今から視野に入れておくことだ。背丈は十分、知性も十分、後は経験に応じた顔つきか≫


 そして何故か始まる説教。


≪えーと……それはいいんだけど、俺に何の用なの?≫


 どこかの太陽神を彷彿させる、流れるように話し相手の精神を軟禁状態へと持ち込むやり口にクレイは辟易し、何とか会話の流れを変えようと試みる。


≪うむ、お前の中に居るメタトロンに余は少なからず恨みがある。それでお前だけを隔離したというわけだ≫


≪なるほど≫


 存外あっさりとお説教から解放してくれたものの、下手に親密な仲になった場合にも同様にいくとは限らないだろう。


 ノリが悪く、自分の都合によって周りに世話を焼かせ、相手より上手な点に限ってはお節介。


(うーん、ちょっと下には着きたくないタイプかな……アランさんよりは良さげだけど)


 職場で煙たがられる古株、女性であればお局と言ったところだろうか。


 クレイはいつものように初対面の相手に対する失礼な評価を自らの内で下し、いつもそんなことを考えていたのかと疑惑の目を向けてくるモリガンに対しては、警戒すべき相手と敬愛している味方に対しては別、とふんわりした言い訳をしてからバハムートへ意思を発した。


≪じゃあとりあえず姿を見せてもらってもいいかな? 別に……ええと、龍王陛下? は構わないかも知れないけど、俺は姿が見えない相手と話し続けるのに慣れていないから、さっきからすごく居心地が悪いんだ≫


≪バハムートで構わぬ。余は力を持つものと言うだけ。同胞と戦うことを自ら選び、そして同胞が消えた後のこの世界に未練がましく残っているだけの存在だ……どれ、しばらく現身うつしみは作っていなかったが……≫


 クレイがバハムートに頼みごとをすると、案外あっさりとそれは聞き届けられる。


(恨みがあるって割にはいきなり襲ってくるわけじゃなし、俺の頼みもあっさり聞いてくれる……何がしたいんだろ)


 クレイはそう考えると、バハムートに少しカマをかけてその真意を明らかにしようとする。


 する予定だった。


「うむ……まぁこんなところか」


「……他の姿は無いの?」


「無い。というか余が転生をしたと誰かに聞いておらぬのか」


「聞いてますけど……なんか納得いかないっていうか……天竜大戦ってそんなに最近の話なんですか?」



 龍王バハムートの現身として現れたのは、ハイハイをしている赤ん坊だった。



「どうであったか……余が意志を持ってより数十億年。それほど昔には感じぬが、天竜大戦が終わってここ数千万年ほどは眠っている時の方が多かったからよくは分からん……どうしたメタトロンを宿す少年よ」


「いや、予想していたより途方もない数字が出てきたもので。それと俺のことはクレイと呼んでください」


 クレイはがっくりと肩を落とし、あどけない表情で自分を見上げてくるバハムートを見つめる。


 バハムートの正体が赤ん坊だったとは思いもよらなかったからであるが、まさかその原因がバハムートが転生してからの年齢にあったとは。


「数十億年って……なんかもう想像もつかないや。その頃から天使とドラゴンは仲が悪かったの?」


「いいや。その頃は天使という存在を知覚すらしていなかったし、そもそも余もドラゴンでは無かった」


「へ?」


「余はこの物質界における生物の管理担当者として萌芽した。よってこの星に生まれた最初の原生生物が余だ」


「……ハイ」


「生物として進化しては絶滅することを重ね、その度にその時代にもっともこの星を統括するに相応しい生物として生まれ変わり、それを果てしなく繰り返してきたのだ……今となってはすべてが懐かしい」


「ソウダッタンデスネ」


 そこで会話は途切れ、バハムートは無言のままクレイを見上げる。


「大したものじゃ。初顔合わせで余の説明を理解したのは汝が初めてであるぞ」


「すいません全然理解できてないです」


「そうであろうな。汝の顔にそう書いてある」


 クレイは背筋に冷や汗を一つ流す。


 まさかカマをかけようとしていた自分が、逆にバハムートにかけられてしまうとは。


 そして自分を見上げたままのバハムートを見たクレイは、バハムートに腰を下ろしても良いかと聞いてその許しを得ると地面に座り、バハムートの視線と出来るだけ高さを合わせる。


 その仕草を見たバハムートはまばたきを一つすると、今までの謹厳な口調をやや柔らかみを帯びたものとした。


「そしてドラゴンとなったところであの忌まわしき天竜大戦が起き、仲間のドラゴンたちに担ぎあげられた余は、天使の軍勢と果てしなく戦う羽目となり……後はそなたたちの知っての通りだ」


「その時ティアちゃんはどうしてたの?」


「ティアちゃん?」


龍神リヴァイアサンティアマト。バハムートさんたち……あ、えーと、ドラゴンの神様なんでしょ?」


 クレイが尋ねると、バハムートは口を曲げてしばらく考え込む。


「ふむ……そのような娘もいたかも知れぬ。なにせ天竜大戦が起こった時代には、数限りないドラゴンが多岐にわたって存在していた故に、そのすべての名を網羅することは放棄していたからな。加えてあの時代は、エルフやドワーフたちもこぞって知らぬ顔で紛れ込んでおった故に」


「え? ティアちゃんってドラゴンの神様……じゃなかったの? それにエルフやドワーフがドラゴンの中に紛れ込んでたってどういうこと?」


 あまりに奇想天外なバハムートの話。


 先を急いでいたはずのクレイはいつの間にか地面に座り込み、バハムートの話に聞き入ってしまっていた。


「物質界と精神界の狭間にある妖精界。そこに住まう妖精たちの中でも精神体に近い不安定な存在の彼らは、ある程度成長すると安定している物質界へと転移し、その時代その時代に一番繁栄している種族に姿を似せて潜り込み、交わって数を増やしていくのだ」


「へー……そうなんだ」


「それにドラゴンの神など聞いたことが無い。管理者としてドラゴンに生まれついてより、余はずっと同胞の成長を見守ってきたが、神と呼ばれるに足る存在などどこにも存在しなかったし、そもそも管理者たる余の力を超えることなどできるはずもない」


「まぁ確かに。管理できなくなっちゃうか」


「その通りだ。詳細はそのティアちゃんとやらに直接会ってみねば分からぬがな。真に神と言うなら……ふむ、王である余という存在の一端を教えれば比較となるか」


 赤ん坊姿のバハムートはちょこんと腰を下ろしてそう呟くと、両手で膝をぱちんぱちんと叩きながらクレイを見上げた。


「余が天使との戦いに敗れて転生し、そしてガブリエルの慈悲によって生きながらえたことは聞いておるなクレイ?」


「うん」


「それまでの余は、異常なまでに長命……と言うよりは、無限に存在する物質に近い生命として完成された、ドラゴンという種族に生を受けたがために、管理し続けている間に大きくなりすぎてしまっていた」


「ティアちゃんもそうみたい。メタトロンの話だと、この大地よりも大きくなる前に他の次元に行っちゃったって……」


「余もそうだ。ただし余はドラゴンとしての肉体を変換し、天空に昇ってそこから見守ることで管理者としての働きをまっとうしようとした。そこから長い年月が過ぎて更に成長し、未だ天空に残る月はその名残だ」


 クレイは思わず上を見上げるが、柔らかく光る霧がそこにはあるだけで月を見ることは出来ない。


「名残ってことは、元はもっと大きかったってこと?」


「元々は月に住んでいたのだが、次第に手狭になってきたので頭部だけを月に潜り込ませ、他の部分は組成を変えてこの星を取り囲ませたのだ。しかし転生した今となっては、おそらくこの大地の四分の一程度の大きさしか残っておらぬだろう」


「ふーん……四分の一……よん?」


 クレイは自分の頭を両手で挟み、そのまま固まってしまう。


「頭だけで大地の四分の一って……じゃあ体全体だとどれだけの大きさになっちゃうんだ……」


「大地の二倍程度にはなる。尾を含めればもっといくであろうか……それはさておき」


 目を白黒させるクレイを見たバハムートはニヤリと笑い、話を続けるのだった。

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