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第11話 偉い人たちへご報告!

 部屋の中に聞こえてきた、軽いノック。


 聖テイレシア王国の国政がすべてここで決定されると言っても過言ではない、フォルセール城の中心である領主の館の執務室。


 その中にいる三人は、いつもより扉のやや下から響いてきたその音を聞いて書類に落としていた視線を上げる。


「やんちゃ坊主が帰ってきたようでございますね、シルヴェール陛下」


「そうは言っても、そのやんちゃ坊主も今は天使様だからな。丁重にお迎えせねばならんぞクレメンス」


「陛下も辛辣になられましたな」


「そうなる理由になった本人に言われると一際身に染みるな……おっと」


 再び部屋に鳴り響く、だが今度は鳴らす間隔がやや縮まったノックの音。


 若さに起因する性急なノックの音を聞いた三人のうち、鋼鉄色の髪を持つ大柄な男性が苦笑すると、ノックをした者を気づかうような表情を見せてから、もう何年か経てば四十歳になる年齢からはとても想像できぬ張りのある顔と声で、訪問者に対して入室の許可を出す。


「それは私の役目でございますぞ陛下」


「すまんなベルナール。だがそれを許してくれるほど我らが天使様は我慢強くないようだ」



「クレイ=トール=フォルセール! ただいま戻りました!」



 先ほど鳴り響いたノックの記憶を掻き消すほどの元気な挨拶。


 だが入室の許可とほぼ同時に告げられたその挨拶を受けた三人と、部屋の外でドアノブに手を差し伸べたままのベルナールの顔は、どこか困ったような表情をしており。



「フッ! ウチは妖精のティンカービール! ティナって呼んでちょうだいこれからよろしく頼むわね主にワインを!」



 そして続いて現れたティナの顔を見た途端。


「……お前もかクレイ」


 彼らは先ほどのベルトラムとアリアとそっくりの反応をしたのだった。




「なるほど、迷宮の管理者か。名前を聞くにどうやらヘプルクロシアがあるアルフォリアン島の出身のようだが、それがなぜわざわざアルメトラ大陸に?」


 クレイが概要を説明した後、三人にじろじろと見つめられたティナは、居心地が悪そうにクレイの肩から彼の後頭部へと移動して身を隠す。


「陛下、アルフォリアンの妖精を取り仕切る一人、マナナン・マクリルに詳細を聞くように、最近謹慎が解けたルーに要請してみては如何でしょう」


「ふむ、ベルナールの意見に従ってみるか。頼めるかクレメンス」


 シルヴェールは隣を向くと、美しく豊かな金髪を結い上げたドレス姿の女性へそう告げる。


「親愛なる陛下の言いつけとあれば、是と答えるしかありませんわ」


 今年で三十を少し超えるはずの、だが十年ほど前に聖テイレシアに来た時から外見が変わる様子の無い妻、クレメンスが優雅に答えるのを見ると、シルヴェールはほっとしたように息をついた。


「助かる。それではお前が直接会って交渉をしてくるか? ルーも謹慎で精神界にずっと居たから、孫にあたるジョゼの顔を一度も見ていないだろう」


 シルヴェールは王妃であるクレメンスにそう言った後、少しの間お前の顔を見れなくなるのは寂しいが、と付け加えておくことも忘れない。


「必要無いでしょう。むしろ物質界に戻ったのなら、まずやるべきことが山積みのはず。わざわざ孫に会うためだけに時間を割くような無能な父ではありませんわ」


「う、うむ」


 だが澄ました顔でクレメンスが返答すると、シルヴェールは少々気まずそうな顔でベルナールの方を向く。


 助けを求めるシルヴェールの顔を見たベルナールは少し下を向き、その為に視界に入ってきた真っ白な長めの髪を少しの間だけ見つめ、ここ数年でめっきりシワが増えた顔からおもむろに言葉を紡ぎ出した。


「ですが王妃殿下。山積みであればこそ息抜きの一つでもせねば、体がもたぬのではありませんかな? いくらルー殿がトゥアハ・デ・ダナーンの主神とは言え、少々手厳しいのでは」


 そのベルナールの取り成しに、すかさずシルヴェールが同意する様子を見せると、クレメンスは今までの冷めた表情を華やかな笑顔へと一変させる。


「もう父上が何度もテイレシアに来てジョゼに会っていることは知っていますわ。子に黙って孫に会うとは、なんと女々しいことでしょう」


 ……華やかと言うには、少々毒が混じったものではあったが。


「サプライズとか何とか言っておりましたな」


 しかしベルナールはクレメンスの毒を含んだ笑顔にもひるまずにしれっと答えると、すぐさま説得に取り掛かる。


「それはそれとして、やはり正式に挨拶に行くことは必要でしょう。自慢の孫を周囲にお披露目することは見栄……あ、いや、ルー殿の孫が無事成長していると周囲に示して安心させるのは、同盟国である両国にとって非常に重要なことですぞ」


「判りましたわ。フォルセールの……いえ、聖テイレシア王国の騎士団長であり、政務の相談役でもあるベルナール殿にそう言われては断るわけにもいきません。これ以上時間を無駄にしたくもありませんし、次の話題に移るとしましょう」


 クレメンスがそう言うと、話題が切り替わるタイミングを待っていたかのようにクレイが即座に質問をする。


「あの、その前に一つお聞きしたいことがあるんだけどあるのですが」


「何かね」


 自分の失言が原因とは言え、即座に返ってきた冷たいベルナールの声を聞いたクレイは、首をすくめながらも口を開く。


「あの、アルバ候は……」


「父上と呼べばいいだろうに、なぜ毎度毎度わざわざ敬称で呼ぶのかね。アルバ候はつい先ほどアランに会いに行った。アランは王都を囲む結界を確認に行く今月の責任者になっているからな。何か急を要する用事でもあるのかね?」


「あ、いえ。お姿が見えないので気になっただけです」


 どこかホッとしたように見えるクレイの顔。


 そんな表情を見れば、いつもその裏に隠された感情を言い当てようとするベルナールには珍しく、彼は何も言わずに迷宮に関する最初の報告書へと視線を落とす。


「それで、迷宮の中はどうなっていたのかなクレイ」


「それはティナから説明してもらったほうがいいと思います。ティナ、頼むよ」


 ベルナールの質問を聞いたクレイが慌てて肩のティナに呼びかけ、その声にティナが待ってましたとばかりに飛びあがった瞬間。



「その褒美としてワインを出させようという腹かね?」



 ベルナールの告げた言葉に、クレイとティナは固まってしまう。


「ふむ、君はアルバ候とはいい意味で違っているようだ。他の者が自ら進んで君へ利益を供与しようとする、君へ協力しようとする状況をごく自然に作り上げようとするその姿勢、その図々しい性格。君は戦略家としての天性の才能を持っているかも知れん」


「あー……その、ありがとうございます……」


「それじゃウチから迷宮の説明を……」


 誉め言葉にはとても聞こえない評価を聞いた二人は、照れ隠しにはとても見えないぎこちない笑顔を浮かべ、迷宮についての報告を始めたのだった。



「なるほど、大体のところは分かった。今のところ魔物などの危険はないが、宝物の類も置かれていなかったと言うわけだな?」


 素直に頷くクレイ。


 しかしそれを見たベルナールは、なぜか目を少々細める。


「……と言うわけでございます陛下」


「分かった。それではクレイ下がって良いぞ」


「はい!」


 頭を下げ、部屋の外へ出ようとするクレイ。


 しかしその後ろ姿へ、再びシルヴェールが声をかけた。


「クレイ、ジョゼとの婚約の話は考えてくれたか?」


「え」


 再び固まるクレイ。


 それを見たクレメンスは苦笑し、シルヴェールを咎める。


「陛下、いきなりそんなことを言ってもクレイが困っていますわ」


「確かに困惑するのも無理はないだろうが……しかし二人の年齢的にそろそろ決めておかねばなるまい。こう言うことは早めに決めておくに越したことはないのだ」


 シルヴェールはそう言うと、胸に下げているロケットペンダントを握りしめる。


 クレイはその仕草に、その中に納められているひと房の髪の毛の持ち主、つまりは彼のもう一人の義母である女性の名前を思い出して胸を締め付けられた。


「前向きに考えさせていただきます。陛下」


「頼む」


 振り返り、胸を張って返事をするクレイに短く答えるシルヴェール。


 その返事と同時に二人は。


 いや部屋の中にいる全員が、その一人の女性の名前を胸の中に浮き上がらせていた。


 王女アデライード。


 母であるリディアーヌと共に、前回の天魔大戦の終わりに復活した魔王ルシフェルと、その側近たちを封じ込める結界と化したその女性の名を。


「さて、それでは仕事の続きと参りますかな陛下」


「うむ、もう少し一息つきたかったがそうするとしよう」


「あまり仕事を怠けていると、先代の司祭だったエルザ司祭とお呼びしますよ? 陛下」


「いや、それは勘弁してもらいたいな」


 やんわりとした口調でクレメンスが小言を言うと、シルヴェールは苦笑を浮かべてそれに答え、途端に部屋の雰囲気が明るいものとなる。


「じゃあ失礼します!」


 そして元気よくクレイが退出の挨拶をすると部屋の中にいた三人が頷き、それを確認したベルトラムが開けた扉から、クレイは明るい笑顔で出ていった。



「う~? ジョゼと結婚か……無理ってほどじゃないけど、性格キツイんだよなぁ……まぁ可愛い所もあるし大きくなったら性格も変わるかもしれないし結婚しても……」


 廊下に出たクレイは、先ほどのシルヴェールの発言による悩みを隠そうともせず、首を捻りながら廊下を歩いていく。


「別に悩むことじゃないでしょ。そのジョゼって子と結婚すればいいじゃない」


 その時、肩からの助言を聞いたクレイは遠くを見つめ、ポツリと呟いた。


「……でも何でだろう。何か胸に引っかかるものがあるんだよ」


「んー、あんたまだ子供だし、大人になりきれてないだけじゃない?」


「そうなのかなぁ」


 納得できない顔をしながら、クレイは自分の部屋へ戻って行った。

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