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第109話 麗しきかな姉妹愛!

「私を子ども扱いするなッ!」



 結論から言えば、確かにエレーヌは旅慣れていた。


 だがその内容と言えば、盗賊が襲ってきた時や、魔物に襲われた時の対処などの力づくで解決できるものばかりであり、町の中でぼったくりの宿に泊まってしまった時や、人を騙して荷物を持ち去ってしまう盗人の類に対応するものではなかったのだ。


 旅慣れてはいるものの、世慣れてはいないエレーヌの話にクレイはあからさまに残念な顔をし、それが先ほどの怒声に繋がった訳である。


「まぁいっか、ヘルメースにそっち方面は任せよう。エレーヌ姉は旅の間、ジョゼに迷惑がかからないように自重してね」


「だから私を子ども扱いするなと……」


≪クク、ヘプルクロシアでたかが一枚のハンケチーフの行方に血相を変えていた小娘の言うこととは思えんな≫


「んなッ!?」


 一つの念話がサリムを除く全員の頭に響き渡った途端、エレーヌが顔を白黒させてバヤールに詰め寄る。


 しかし呆れ顔のクレイが間に割って入ったため、自然その顔を見ることになったエレーヌは、小さい頃から見ていた少年が少しだけ見ない間に、少しだけ自分より背が高くなったことを確認し、そのまま何も言わずに引き下がった。


「旅の間バヤールさんと仲良くしないと置いていっちゃうからねエレーヌ姉。サリムは悪いけどエレーヌ姉の代わりにディルドレッドさんと一緒に御者台に乗ってくれる? それとフォルセールの外に出るからジョゼも馬車の中。それじゃ出発」



 こうしてヴィネットゥーリア共和国への旅は始まった。


「楽しみねー、なんたってあの国は古代帝国の流れを汲んだ美食が連綿と続く国だし!」


「そうね~。でも黙って私たちに着いてきちゃって大丈夫? ガビー」


「気にしない気にしない。フォルセールを離れちゃえばこっちのものよ」


「後でクレイに怒られても私は知らんからなまったく。それはそれとして飴はいるかガビー?」


「クレイ兄様はともかく、ラファエラ司祭様から後で何を言われるか……私は庇いませんからね」


 メタトロンの監視と、クレイのお守り役を自称する一人の天使がひそかに着いてきているとも知らずに。




 まずクレイたちはヘルメースとアルテミスを迎えに、王領テイレシアとの領境に位置する森へ向かう。


 フォルセールの北にある領境の森へ向かう道は、東に隣接するベイルギュンティ領とは当然違う方角であり、馬車の中から景色を見ていたエレーヌは不思議そうな顔をして窓から顔を出した。


「クレイ、この馬車はどこに向かっているのだ? ヴィネットゥーリア共和国に行くのなら、まずベイルギュンティ領を超える必要があるはずだが」


「ああ、その前にちょっと迎えに行かなきゃならない仲間がいるんだよ。なにせ今回の旅の目的地は……」


「同盟国では無い、だろう。陛下からざっくりと話は聞いている」


「うん、だから陛下に交渉と道案内をヘルメースに頼れって言われてるんだよ。俺は反対したんだけどね」


「そうか。ところでお前は馬車には乗らないのか?」


「俺が乗るくらいならバヤールさんに乗ってもらうよ。レディーファーストって奴?」


「……そうか」


 エレーヌはあからさまに残念そうな顔をすると、馬の姿に戻ってクレイを乗せているバヤールを睨み付ける。


「ブルル……」


 その視線に気づいたバヤールは歯を剥き出しにすると、ことさらに歩みを軽快なものとしてエレーヌを挑発した。


「やめなよバヤールさん。それにしても……馬って乗ってるだけで結構キツイね。あぶみも鞍も無い頃はどうやって馬に乗ってたんだろう」


≪今のお前のように我々の背中を足で挟んでいたな。しかし今回の旅はやけに大所帯だな……なるべく少数を好んだ我が主とは対照的だ≫


 馬の姿では喋れないバヤールは念話でクレイに返答し、そして昔のことを思い出したのか感慨深げにそう呟く。


≪まだ俺は未熟だからね。サポートしてくれる大人は不可欠だよ≫


≪よくも言うものだ、今までの働きはすでに耳にしているぞクレイ。まったく我が主と違って図々しいなお前は≫


 バヤールは愉快そうな意思を発すると、馬車の上を飛んでいるコンラーズに視線を向けた。


≪ドラゴンの幼生を再び目に出来る時が来るとは思わなかった。我ら神馬と同じく、彼らが世界から姿を消して久しいからな≫


≪ラビカンさんがいるじゃん≫


≪そう、そのわずかに残された神馬の二頭を手中にしているのがここ聖テイレシア王国だ。お前は当たり前のことに言うが、一頭も所持していない国の方が殆どなのだぞ≫


≪……そうかもしんない≫


 クレイはバツが悪そうにそう言うと、傾いてきた太陽を見て馬車の速度を少し上げるようにディルドレッドに告げた。


「日が落ちる前に村につきたいからね。それとジョゼ、西日が眩しいようだったらカーテンを閉めてもいいぞ。そろそろ貴婦人には日の光が強い時期だしな」


「はいクレイ兄様」


「私は外の景色が見たいのだが……」


 そしてエレーヌに外の景色を見せないよう、出発前にあらかじめジョゼに言い含めておいたクレイは、カーテンの向こうに消えるジョゼと互いに目配せをし、馬車と並走していたバヤールの歩を進めて先頭に立つ。


「ん? 香水を変えたのかジョゼ?」


「はい、ヘプルクロシアでフィーナお姉様に東方の良い香水をお世話していただきました」


「なるほど。少々きついが、良い香りだ」


 対策はばっちりである。


 興奮したアルテミスが村に着く前に襲撃してくる可能性を考え、また領境の森に着く前にエレーヌが勘付いて逃亡する可能性を考えたクレイの策はうまく機能し、日がくれる前に一行は領境の森にある村へ到着したのだった。



「お姉様アアアアァァァァァァアア!」


「どう言うことだクレイ! 私は領境の村に来るとは聞いて……イイヤアァァッ!?」


 楽しそうに、と言うよりは欲望のままにエレーヌへ抱き着くアルテミスの姿を見たクレイは、久しぶりの再会を果たした二人の美しい姉妹愛に涙するふりをしてエレーヌの視線を遮る。


「それじゃ俺はヘルメースの所に行ってくるね」


「ま、待てクレイ……」


「ブフォオオホォォ! お姉様と濃厚な肌接触ゥゥゥゥウウウ!」


「ちょっとクレイ、本当にエレーヌさんを放っておいていいの?」


「振り返るなフィーナ。俺たちまで巻き込まれるぞ」


 村中の視線が集まるのを感じたクレイたちは、ヘルメースがいるであろうアポローンに割り当てられた家へそそくさと向かった。



「今日は……外が騒がしいな……」


「クレイたちが到着したのだろう。ついでに君も一緒に行くか? ディオニューソス」


「やめて……おこう……すまないが……会話も……き……つ……」


「こんにちはー! 迎えに来たぞヘルメース!」


「グワアアアアアッ!?」


「アレ、ディオニューソスさん……? って酒くさっ!?」


 そして家の中に入ったクレイは、床の上でのたうちまわるディオニューソスと、家の中に充満した酒の匂いに顔をしかめた」


「ヘルメース、何があったんだ?」


「単なる二日酔いだ。君が気にする類のものではない」


「あっそ……」


 床にうずくまって頭を抱えているディオニューソスを見たクレイは、ついこの前の宴であった出来事、つまりテリーヌを見た自分もこのような姿をしていたのかと考え、なんだか情けない気分になる。


「それよりもうすぐ日が暮れるがどうするのだ? 僕は別に今から出発してもいいのだが、君の大事な妹君も来ているのだろう?」


「そうだね。アルテミスも野獣に還ってることだし、今日はこの村に泊まっていくことにするよ」


「そのようだ。それではアポローンから君に伝言がある。村のはずれにある集いの木の下に来るように、とのことだ」


「分かった。ありがとうヘルメース」



 領境の村の外れにある、集会に使う一本の大木。


 その木の下にはぼんやりと輝く一人の太陽神がおり、周りには幾人かの女性がいてアポローンの竪琴を聞いていたが、迫る夕闇のせいか、それとも近づいてくるクレイを見たからか、女性たちは次第に腰を下ろしていた木の根から立ち上がり、アポローンに一礼をしながら去っていった。



「お邪魔しちゃったかな」


「私が帰したのさ」


「帰ったじゃないんだね。でもいつも師匠が口説いてる女性が違うのは何でなの?」


「一期一会。私はその日その時の出会いを大事にする性格だからね」


 敵わないと言うようにクレイは両手を上げ、地に這っている根すら巨大な木の根元に座ってこちらを見下ろしている拳闘の師を見上げた。


「ヘルメースにここに来るように言われたんだけど、何かあったの?」


「この前の魔族の侵攻で、少しばかり堕天使の一人と手合わせをする機会があってね。その時の話と、君に聞きたいことが一つ出来たのさ。時間はあるかなクレイ?」


「今日はこの村に泊まっていくよ」


「ありがたい。ヘルメースに足留めをするように頼んでおいた甲斐があったと言うものだ」


「礼を言うならアルテミスかも知れないけどね」



――アオオオオォォォーーン――



 その時、狼の遠吠えのような叫びが村中を包む。


「どうやらアルテミスの飢えは満たされたようだね。しかし我々オリュンポス十二神の中でも曲者ぞろいの三人をヴィネットゥーリアへの随員にするとは、大丈夫なのかいクレイ?」


「アルテミスにエレーヌ姉の暴力を押さえてもらって、エレーヌ姉にはヘルメースの悪戯を押さえてもらうよ。ヘルメースにはアルテミスとエレーヌ姉の調整役をやってもらうつもり」


「なるほど、上手く考えたものだ。一人一人では手に負えずとも、三人であれば互いに互いをけん制し合う材料となるか。それを狙って随員を決めたのかい?」


「いや、エレーヌ姉は陛下から連れていくように言われたんだ。最初はどうしようか頭が痛くなったけど、陛下やベルナール団長も今回の任務の重要性については重々承知のはず。って気づいたら急に自分のやることが分かってさ」


「やること?」


 温和な笑顔を浮かべたままアポローンが首を軽くひねるのを見たクレイは、無邪気な笑顔で答えを返す。


「兵に常勢無く、水に常形無し。よく敵によりて変化し、しかして勝ちを取る者、之を神という……だったかな? 確かにちょっと見た限りでは状況は悪かったけど、少し視点を変えればそれは最善の一手だったんだよ」


「そうか」


 アポローンは嬉しそうに話す愛弟子を見ると、やや悔しそうな顔をし、そしてすぐに一つの溜息と共にそれを消し去る。


「では巣立とうとする愛弟子に、私からも一つ贈り物をしよう。以前君に障壁を吹き飛ばす技術を教えたね?」


「はい、ヘプルクロシアで使わせて頂きました」


 シタデルバースト。


 アポローンから伝授された技術を聖天術と組み合わせることで、ドラゴンが張った障壁すら一撃の元に吹き飛ばしたことをクレイは思い出す。


「では今度は相手が張った結界を吹き飛ばす術を教えよう。この術の目的は一つ。彼我の能力差を埋めるものだ」


「ヒガ?」


「相手との能力差、だね。つまり君が到底かなわない相手と戦うことになった時、君はどうする?」


「逃げます」


 迷わず即答した愛弟子にアポローンは苦笑する。


「かなわないと言うことは逃げることもできないと考えたまえ。旧神バアル=ゼブルから逃げることは、おそらく私ですら難しいだろう」


「あれ、知ってるんですか師匠」


「魔族が退却する時に森で会ったんだよ。なかなかに面白い男さ」


「確かに」


 クレイとアポローンはひとしきり笑うと、どちらからともなくその笑みを消した。


「障壁が個なら結界は全。このセテルニウスという世界の法則に組み込まれた聖霊の力を強めることによって結界は成立する」


「固定、固着を強める……結界は精霊の自由を制限する、でしたっけ」


「そう、だから法術は目立った制限を受けないし、この世界の法則をまったく受け付けない特異点へと術者を昇華させる聖天術は、結界の影響を受けないってことになるね」


 アポローンの言葉にクレイは首を捻る。


「でもどうやって結界を吹き飛ばすんですか? 結界内で精霊魔術を使ってもその能力は大幅に減衰するし、聖天術は俺たち天使しか使えないから、師匠が結界を吹き飛ばすには使えないですよね」


 そして発した質問に、アポローンは沈黙の笑みを浮かべたのだった。

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