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第106話 随員を決めよう!

「おはようセイ姉ちゃん。もう起きたから歌わなくてもいいよ」


 結局一睡もできなかったクレイは、まだ夜が明けないうちから窓を開けて枝に止まっているセイレーンたちにそう言うと、館からこっそり抜け出して同じ敷地内にある厩舎へと向かい、一番奥の馬房へと向かう。


「バヤールさん、バヤールさん起きてる?」


≪クレイか。もちろん起きているぞ≫


「ちょっと気分転換に遠出をしたいんだ。付き合ってもらっていいかな? ついでにヘルメースにも用事があるから、行き先は例の場所でお願い」


≪ククク、我が主の大切な一人息子のたっての頼みとあっては仕方あるまいな。どれ≫


 そしてその中にいる巨大な馬へクレイが話しかけると、驚いたことに法術による念話で馬から返答が成され、たちまち馬の姿から筋骨たくましい女性の姿へと変わったのだ。


「あれなんで人間の姿に」


「私に乗りたいのではなかったのか」


「イヤもう小さい子供じゃないし。肩車は……ちょっ」


「飛ばすぞクレイ。しっかり捕まっておれ」


 カロチャ刺繍と呼ばれる、細やかな刺繍によって色とりどりの花模様が入れられた民族衣装を着こんだバヤールは、軽々とクレイを持ち上げて肩に乗せると、巨木を思わせる四肢を素早く動かして外へ躍り出ようとする。



 ベキッ



「オオオ!? 額がああああアアァァ!?」


「案ずるな! 壊した鴨居は私がやったと後でベルトラムに説明しておく!」


「俺の体を案じてよ!」


 そして猛スピードで第一城壁を駆け上ると、バヤールはそのままフォルセールの街中を走り抜けて城の外へと姿を消した。



「ふむ、ヴィネットゥーリアにな。しかしお前は飛行術を身に着けたのではなかったのか?」


「魔力を感知されるから飛行術を使っちゃいけないんだってさ。でも以前に天使は聖霊の偏在を治すから、隠れようが隠れまいがどっちみち見つかっちゃうって話を聞いた気がするんだけどな」


「それを魔族で敏感に感じとれるのは、法術を使える堕天使と旧神だけ。要は魔族の過半数を占める魔神たちに見つけられたく無いのだろう。際立った力を持つものは少ないが、数だけはやたら多いからな魔神たちは」


「ふーん……少ない……ね」


 ここはフォルセール城の郊外に広がる草原にぽつんと立っている、ヘルマと呼ばれる一本の棒に似た石像の前。


 なぜかその真ん中あたりには破損が見られ、クレイがいくどとなく修復しないのか周りの者に聞いてもその理由を教えてくれない、いわくつきの石像である。


 しかしその石像はヘルメースに由来するもので、クレイがどうしても会いたくないヘルメースに用事がある時は、ここに来ることが多かった。


「さて、ヘプルクロシア土産のドルイド謹製惚れ薬を……と」


 クレイは懐から一つの革袋を出すと、栓を封印してある護符をはぎ取って栓を抜き、中に入っている白い粘液をヘルマの上からトポトポとかける。


 するとヘルマの頂点からビュルビュルと煙が湧き立ち、程なく人型の形をとるとヘルメースへと変化した。


「どうしたクレイ、僕は城の中にいたのになぜこちらに呼び出した?」


「頼まれてた惚れ薬を届けに来たんだよ。エステルさんやエレーヌ姉に見つかったらヤバいだろ」


 クレイの説明を聞いたヘルメースは、真っ白に染まったヘルマを見てゆっくりと首を振る。


「……なぜ袋に入ったまま寄越さなかった」


「袋のまま渡したらロクなことに使わないだろ」


「なるほどな。だが土産と言うものは渡された側が開封するものであって、渡す本人が開封するものではない。一般常識として覚えておきたまえ」


「常識がないヘルメースから常識を聞いてもなぁ……」


 クレイは呆れた声でそう言うと、ヘルメースが手を一振りするだけでヘルマにかかった惚れ薬が革袋に戻っていくのを見て苦笑する。


「神様なら人間に無理やり言うことを聞かせるなんてお手の物だろうに、なんでわざわざ惚れ薬なんて使うんだ?」


「ティタノマキアーやギガントマキアーといった強敵との戦いが終わった今、我々の目的は人間を抱くことから人間を口説く面白みの方に変わっている。この惚れ薬は目当ての人間に意中の相手がいた場合、我々になびくかどうかを試すため、女性が想っている男性にかけるためのものだ」


「面倒なことしてるなぁ……結婚相手を探してるって設定はどこにいったのさ? まぁいいや。ヘルメース、俺テイレシアの使者としてヴィネットゥーリア共和国行くんだけど、お前何か聞いてる?」


「当然聞いている。僕が君と一緒に着いていくことも、その見返りが女王メイヴということもな」


「やっぱりか。それで聞きたいんだけど、オリュンポス十二神の中でお前以外についてくる神っているのかな」


 ヘルメースはほんの少しだけ眉根を寄せてから首を振った。


「聞いていないな。それはそれとして、君たちは少々我々オリュンポス十二神を軽々しく扱い過ぎなのではないか? 既にカリストア教がこのアルメトラ大陸に存在する殆どの国の国教になったとはいえ、仮にも我々は神。決して天使の小間使いではないのだ」


「天使に惚れ薬を買わせてきておいてよく言うよ。しかもまだ人間の年齢的に言えば成人していない子供にさ」


「よき隣人たれとはカリストア教の教えだろう。もう少し僕を大事にするよう君に教えたまでのことさ」


「悪いことばかり教える隣人ばかりでまいっちゃうよ。そんなことよりヘルメース以外に俺に着いてきてくれそうなオリュンポス十二神はいる?」


「ふむ」


 ヘルメースはアゴに手を当て、興味深そうにクレイを見つめる。


「アルテミスなら禁猟期間に入った今なら時間があるだろう」


「他には?」


「いない。そもそも協力を頼むのなら、それなりの見返りを用意しておくことだ。我々はテイレシアと友人関係ではあっても、同盟関係ではないのだからな」


「つまりアルテミスはその見返りを用意しやすい相手ってことだね」


 ヘルメースはくすりと笑い、即座に自分の意を汲んだ解答を返した察しのいい愛弟子の成長を喜ぶ。


「アルテミスには僕から話をしておこう。だが領境の森の警備がその分手薄になることは覚悟しておいた方がいい」


「それも大丈夫だと思う。オリュンポス十二神に魔族の方から手を出すことはまずあり得ないって昨日の宴でベルナール団長が言ってたから」


「絶対に手を出さないという保証は無いぞ」


「フォルセールから撤退する最中に、うっかり手を出して食いちぎられちゃったんだろ? 攻城戦でもかなりの損害を出してたし、魔族も一枚岩じゃない。再編成にはそれなりの時間がかかるはずだ」


「ふむ」


 ヘルメースは生返事をすると、すぐにクレイに新たな質問をした。


「復活したルシフェルが今の魔族にいる件については?」


「しっかり手綱を取ってるなら、今回の行き当たりばったりな侵攻は止めてるよ。もちろん言うことを聞かない奴らに、一度痛い目を見させておくって意味もあるかもしれないけど、子供の俺に上級魔神を倒された時点で、それは周知されていないといけないはずだ」


「つまりルシフェルは、まだ魔族全体を掌握していないと言うことか」


「バアル=ゼブルみたいな奴がいるし苦労するだろうね。どこかの誰かさんにそっくりだったよ?」


「フッ、アルバトールにもよく言われたものだ。いいだろう、出発の日程が決まれば教えてくれ。僕は今から森に飛んでアルテミスに伝えてくる」


 ヘルメースはふわりと宙に浮き、そのまま領境の森に飛んでいく。


 それを見送ったクレイは、今のやりとりをまったく表情を変えずに見ていたバヤールの方を向いた。


「と言うわけで、バヤールさんもお願い」


「あのヘルメース様に一歩も退かぬ弁舌。この私が求める強さとは違うものだが、我が主と同じく天使の王メタトロンに選ばれたこと、またヘプルクロシアでドラゴンを倒したという事実に免じ、私の背に乗ることを許してやろう」


「ありがと。それじゃ帰ろうか」


 踏ん反り返るバヤールにクレイは礼を言うと、巨大な馬の姿となったバヤールの背中に飛び乗り、フォルセールへと戻っていった。



 そしてフォルセールへと戻ったクレイは、何食わぬ顔で朝食が準備された広間へと入っていき、食事をしながらシルヴェールに頼みごとをする。


「フィーナを随員に? そちらは構わぬが、アルテミスを領境の森から連れ出すのは困るぞクレイ」


「防御が薄くなりますからね」


 しれっと言ってのけるクレイに、昨日までは備わっていなかった溢れる自信――強いて言えばベルナールのような――を感じとったシルヴェールは、クレイに説明を求める。


「フィーナを連れていきたいのは手間を省くためです。四海に名を轟かすブルックリン家の令嬢という身分上、当然ヴィネットゥーリア共和国の十人評議会も顔を知っています。よって陛下の書状と身分証だけでは足りないもの、商売敵の娘が相手についたという圧力をかけてもらいます」


「後ろ盾になってもらうか」


 先ほどまで食事に視線を落としながら話を聞いていたシルヴェールの顔が上がり、クレイをじっと見つめる。


 そこにはシルヴェールの視線を迷わず受け止めるクレイの顔があり、今までのように視線をどこかに反らすような、話す内容の裏にあるものを誤魔化す印象はまったく無いものだった。


「はい。それと今回の特使にはまたジョゼフィーヌ姫を連れていくこととなります。アルテミスを連れていくのは姫の身の安全の確保をより完全なものにするため。期間が長引けば長引くほど危険は増え、また領境の森に魔族が攻め込んでくる確率も増えます」


「フィーナを連れて行ってスムーズな交渉のカギとなってもらうか。だが今回の交渉にはヘルメースを付ける。以前の交渉でも上手くやってくれたし、今回も彼に任せてよいのではないか?」


「オリュンポス十二神はあくまで友人であり、同盟関係ではありません。アルテミスもそうですが、彼らの都合でどんな結果が出ようが、彼らは責任を取る必要はありませんし、我らにも責める権利はありません」


「いつまでも同じではいられない……か。何とかして同盟を組んでもらいたいものだが、ここで今それを言っても始まるまい」


 シルヴェールは椅子の背もたれに体を預け、しばし天井に視線と思考を預け、行儀が悪いとジョゼに叱られると鋼鉄色の頭をガシガシとかき、決断を下した。


「よかろう。クレイ、お前の意見を是とする。しかしフィーナの従者であるディルドレッドはどうするのだ」


「連れていきます。彼女にとって危険極まりない場所がフォルセールにはありますので」


「セファール殿の店か」


「今回の旅でディルドレッドの配置を決めようかと思います。そのままフォルセールか、それとも領境の森か」


「妙齢の女性ではあるのだがな。アランあたりにどうかと思っているが」


「双方にとって不幸な結婚になりそうです……あ、メイヴは後になってあの時は魅了されていただの何だのと言いがかりをつけられると面倒なので、今回は絶対に連れていきません」


「分かった」



 こうして今回のクレイの随員は、クレイ自身の申し出によって決まったのだった。

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