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第100話 戦いの後遺症!

 ここはヘプルクロシア王国の中心、王都ベイキングダム。


 湖を後背に建ち、一羽の白鳥にも似た優美なたたずまいを持つ宮殿の中心で、一人の少年と二人の大人が対峙している。


 その大人の一人、眉間にしわを寄せ、明らかに迷惑そうな顔をしている男性に向かって、一人の少年が怒声をあげていた。


「そんなに大きな声を出さなくても聞こえているぞクレイ」


「大きな声にもなるよルーさん! ええと……魔族が帰ったということは……アルバ候や陛下たちが戦いに勝ったということで……嬉しい……から?」


 口にする言葉を必死に選んでいることが丸わかりの少年を見て、ぼんやりと光る壮年の男、ルーは溜息をついた。


「そうだ。アルバトールたちは勝った。よってお前が急いで帰国することは無い」


「それは……そうなんだけど……」


 赤茶色の髪を持つ少年クレイは、厳格な雰囲気を持つ太陽神ルーともう一人の大人、つまりルーの隣に立っている男をチラリと見る。


 白く長い髪を持つ男は、同じく白い長めのケープを羽織ってその腰には剣をぶら下げており、更には宮中にも関わらず剣の鯉口はひっきりなしに切られていた。


「話は終わりましたかルー」


「終わった。詳しい説明は後でする」


「それでは」


「ひっ」


 白い男の口調は、聞く限りでは非常に丁寧かつ柔らかなものである。


 しかしその中心には他者の反論を跳ね返すしなやかな強さ、あるいは他者の反論を切り捨てる鋭い切れ味が存在しており、それを感じ取ったクレイは短い悲鳴をあげ、捨てられた子犬のような眼でルーを見た。


「達者でなクレイ」


「ちょっとおおおおおお!? 助けてよルーさキャアアアア!?」


 聞きたくもない意味の言葉をわざわざクレイの耳に残し、ルーはそそくさと次元の裂け目の向こうへ消える。


「行きますよクレイ。一刻も早く貴方の身体を切り刻んであげなければ、貴方の身体が異常にむしばまれているかどうかが分かりませんからね」


「分かったから! 分かったから首にメスを当てるのはやめてディアン=ケヒト様ああアアエエエエェェェェ!?」


 賑わいは去り、静寂がその場を満たす。


「では若様、我々は先に部屋へ戻っておりますぞ」


 そして誰かが発した小声により、ほんの一瞬だけその静寂が破られると、王宮の客間は再び厳粛な空間へと戻ったのだった。




「もう真人間に戻れない……」


 二時間と少々後、クレイは顔を両手で覆い、さめざめと泣きながら割り当てられた部屋への廊下を歩いていた。


(君はもう天使なのだから当然だと思うが)


「そういう問題じゃないだろ! 額をグリグリされて魔眼を取り出されたあげく、その痕の穴に手を突っ込まれてガシガシ洗われたんだぞ!」


 しかし急にじたばたと暴れ出したクレイは、誰もいない虚空に向かって怒り始め、腋を通り過ぎた侍女から奇異の眼差しを向けられてしまい、それを見たクレイはさっと物陰に隠れ、内に眠る意志と疎通を始める。


(仕方あるまい。もともとあの魔眼はバロールのために作られた、言わばオーダーメイドだ。君の身体に無理にはめ込んだ影響を見ておかなければ、後でどんな副作用が出るか分からん)


(それに記録しておいた洗浄中の様子を、俺が暴れるからってわざわざ生首にして、天井から吊り下げた状態で見せつけられたんだ! あんなところをジョゼが見たらアイツの夜中のトイレに俺が付き合う羽目に……)


 クレイが急に怒り始めた原因、クレイの精神世界の中に間借りしている偉大なる天使の王であるメタトロンに愚痴をこぼしていると、肝心の王は付き合いきれないとばかりに一人の少女の名を口にした。


(そのジョゼが先ほどから君を呼んでいるが?)


(先ほどからって、それは先に言えよ!)


 メタトロンのその言葉に、自分の内に意識を向けていたクレイは、慌てて現実世界へ意識を戻す。


「クレイ兄様?」


 そこには心配そうに見上げてくる少女の顔があり、クレイは慌ててジョゼに質問をして、無視していたことを誤魔化そうとした。


「どうしたんだジョゼ? 皆と一緒だったんじゃないのか?」


「はい……でも、一刻も早くクレイ兄様に謝りたくて」


 しかしジョゼの真摯な眼差しを見たクレイは、誤魔化そうとしたことを恥じ入るように目を逸らし、直後に溜息をついて気分を入れ替え、笑顔となってジョゼを見つめた。


「まだ気にしてたのか。熱が出たのはジョゼのせいじゃないって」


「でも、私の看病のせいでクレイ兄様は帰国できなくなったのでしょう?」


 クレイは首を振り、ジョゼの頭の上に軽く右手を乗せる。


「俺がジョゼの看病をするって決めたんだ。これ以上自分を責めるのはやめろ」


「……はい」


「それより宴に出る準備をしないとな。俺お腹が空いちゃったよ」


「はい、クレイ兄様」


 ジョゼはまだ納得はしていない様子だったが、それでも兄弟同然に育ったクレイにこれ以上の気苦労はかけたくないのか、素直にうなづいてクレイの笑顔に釣られるように控えめな笑顔を浮かべる。


 そして二人は割り当てられた部屋へと向かったのだった。



 白龍ギュイベルを倒してジョゼを救いだした後のこと。


 フォルセールを襲っている魔族を討つため、クレイはすぐに帰国する予定だったのだが、その出ばなをくじくかのように、いきなりジョゼが発熱して倒れてしまったのだ。


 初めての渡航、いきなりの誘拐、それに伴う長旅、体をむしばむ心労。


 まだ十歳になったばかりのジョゼの体が耐えきれず、発熱したのも無理は無かっただろう。


 もちろん一人で戻ることも考えなくはなかったが、知人が多くいるわけではない異国の地にジョゼを残すことは、クレイにはできなかったのだ。


(それにエンツォさんのお目付け役がいなくなるのもね……後で夫婦げんかに巻き込まれたくないし。まぁ他の理由の方が深刻だったんだけど)


 窓の外はやや薄暗くなっており、クレイの左に位置する窓枠の間を縫って一定の間隔で設置されたランプの揺れ動く炎が、クレイを挟んで反対側にずらりと並んでいる扉をじわりと照らし出す。


 その扉の一つの前に立っている少年の姿を認めたクレイは軽く手を上げ、それに呼応するようにその少年、サリムは軽く頭を下げた。


「お帰りなさいませクレイ様。ご無事で何よりでございます」


「無事じゃないよ! なんで助けてくれなかったのさサリム!」


「申し訳ありません。それより伝言が」


「伝言?」


「宴でのクレイ様の暴飲暴食を防ぐため、ディアン=ケヒト様がお隣に座られるとのことでございます」


「なんでッ!?」


 それら扉の一つの前に立ち、クレイを出迎えてくれた忠実な執事から伝言を受け取ったクレイが叫び声をあげると。


「もう……クレイ兄様ったら本当にディアン=ケヒト様がお苦手ですのね」


 誘拐されてからずっと心から笑えなかったジョゼが、本当の笑い声をあげたのだった。



 そして部屋に戻ったクレイを、中に居た華やかな女性たちが出迎える。



「あ、お帰りクレイ。ルー様とディアン=ケヒト様のいいアングルをアーカイブにあげてくれるって約束、きちんと守ってくれた?」


「そんな約束をした覚えはないぞ」


「おや? 額の魔眼が無いようですがどうされたのです? それはそれとして我々がローレ・ライを旅立った時に、サリムに代金を借りたせいで体を好き放題されそうになった原因の服はどうなったのでしょう?」


「言い方ァ!」


 クレイが先ほど考えていた、ジョゼをヘプルクロシアに一人で置いていけない他の深刻な理由。


 それはこの華やかなれど奔放な女性たち、フィーナとディルドレッドの中に、ジョゼを置き去りにすることによる悪影響だった。


 それともう一人。


「あらジョゼちゃん。どこに行ったのかと思えばクレイ様とご一緒になっていらしたのね? いいわよその調子で迫ればいつかは押し倒せますわ」


「そっ……押し倒すだなんて私はちっとも考えて……!?」


 カウチから優雅に立ち上がり、ジョゼに助言を送ったのはオレンジにも見える赤毛の頭を黄色のバンダナで覆った長身の女性メイヴ。


 クレイはすぐにジョゼを庇うようにメイヴとの間に割って入り、ギラリとした視線を向けた。


「なんでお前がいるメイヴ」


「クレイ様は本当におバカですわね。エンツォ様がいるからに決まってますわ」


 図々しさにおいて稀代の傑物であるメイヴはそう言って胸を得意気に逸らし、踏ん反り返る。


 チェレスタでクレイたちと敵対し、その後は行方をくらましていたはずの彼女の、およそ遠慮とは無縁なその態度を見たクレイは頭を抱え、助けを求めるように周囲を見渡し尚且つ口にも出したのだが。


「おい助けろよフィーナ。ディルドレッドさんも服を見てるフリをして目をそらさないで。ちょっと、二人とも俺の話聞いてる?」


 助けは無かった。


 仕方が無いのでクレイは一人でメイヴに立ち向かう。


「いいか耳かっぽじって良く聞けメイヴ」


「汚いから嫌ですわ」


「死ぬよ」


「はー?」


「お前がエンツォさんと一緒にテイレシアに来ると死ぬ」


「理解できませんけど?」


「エンツォさんは結婚してて、奥さんが怒ると凄く怖い人なんだ」


「恋とは奪うもの。まだ子供の貴方には理解できないかもしれませんわねホーッホッホッホ!」


「うーん殺したいこの笑顔」


 ついにメイヴの説得を諦めたのか、クレイはもう一方の当事者であるエンツォの姿を目で追ったが、肝心のエンツォの姿はどこにも無い。


「あれ? そういえばさっきまで一緒にいたはずのサリムもいないな。おーいティナ、エンツォさんとサリムがどこに行ったか知らない?」


「……あ、はい。えぇと、お二人は……分かりません」


 クレイは部屋の中にいる面々の顔を見た後、頼りにならないと感じたのか、客室に置かれた蔵書の一つを食い入るように見ていた翅妖精のティナにエンツォとサリムの行方を尋ねる。


 しかし本の内容がよほど気になるのか、ティナがクレイの質問に答えたのはやや時間が経ってからだった。


「そっか。邪魔して悪かったな」


「いえ……」


 しかもその返事も上の空であり、その上に何やらボウっと上気しているティナを見たクレイは心配そうに近づいてその様子をうかがう。


「大丈夫かティナ?」


「い、いえ何でもないですクレイ様!」


 だが近づいたクレイが声をかけた途端、ティナは慌てて読んでいた本を閉じてその背中に隠していた。


「……」「……」


 微妙な沈黙が辺りを包み、それに耐えきれなくなったクレイは本棚の方を見てしまい、そこにぽっかりと空いた一冊分の穴を見つける。


「……イ・モーディ?」


「……はい」


「俺もヘルメースにこっそり貰った奴を一冊持ってるから、見るならテイレシアに帰ってからにしよう?」


「……はい」


 無理もない。


 そういった口調でこっそりティナにタイトルを聞くクレイ。


 思春期の少年少女なら誰でも興味を持つであろう、抗いがたい魅力を持つ一冊の本の内容を頭の中に思い浮かべたクレイは、その流れで何となく思いついたことをティナに聞いた。


「ひょっとしてエンツォさんも見てた?」


「はい、クレイ様がディアン=ケヒト様に診てもらっている間にお二人で」


「……ひょっとして二人から何か聞いてるんじゃないか?」


「うう……口留めされてたんですが……実はお二人は接待を伴う飲食店に行くと言われて、先ほどこっそり出ていかれました……」


 泣きそうな顔でティナが告げてきた内容に、クレイは先ほどメイヴと話していた時以上の絶望をもって頭を抱えた。


「だああああああっ!? これからジョゼを無事に連れ戻した宴があるって二人とも聞いてなかったのか!?」


「あ、それまでには戻るって言ってたわよ」


「お前も聞いてたんかいフィーナ!」


「仕方がありませんわね。孤児院で育ったサリムには世間を知ってもらう必要がある。とエンツォ様も言ってましたし」


「止めろよメイヴ! うわあああああエステルさんに何て報告すればいいんだよおおおお!?」


「しかし禁欲の旅の果て、野獣のような目つきとなられたエンツォ様と同じ部屋に押し込められては、か弱き女性としては如何ともしがたく……」


「えっ」「えっ」


 不服そうなディルドレッドをクレイは無視すると、慌てて二人を探しに行くと言い残して外に出ていった。



 しばらく後。



「クレイはどうしたジョゼ」


「それがエンツォ様とサリムを探しに行くと言って、それきり戻ってこないのですリチャード陛下。私が誘拐された時のように、何かの事件に巻き込まれていなければ良いのですが……」


「エンツォか。それでは仕方ないな」


「なんで目を逸らすのです?」


「人には人それぞれの事情があると言うことだ」



 こうしてクレイはまたもや宴に参加できなかったのだった。

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