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第1話 入隊試験!

 この物語は天使が織り成す世界という作品の続きとなっています。

 なるべくこの作品内だけで設定や人物などが分かるように心がけていますが、分かりにくい場合は前作を見て頂けると分かるかもしれません。

 地平線が見えるほどの広い草原に、ポツポツと点在する白い巨大なテント。


 遊牧民の住まいに良く似た形をしているそれらの間を、小さい子供たちが笑い声を上げながら走り抜け、暑くなり始めたこの季節を象徴するかのような薄着の女性たちが、洗濯物を紐にぶらさげていく。


 平和そのものの光景の中、テントの設営場所から少々離れた場所にこの物語の主人公であり、後に至高の天使と呼ばれるようになるクレイ=トール=フォルセール少年の姿はあり。


「おおおお!? おい返事しろクレイ! くそっ! 誰か急いでロザリーの所に行って念話でラファエラ司祭を呼ぶように伝えてきてくれ!」



 しかし彼は現在のところ、なぜか巨大なスライムの中で溺れていたのだった。



「あ~びっくりした」


「そりゃこっちの台詞だ! あんなスライムくらいお前ならあっと言う間に倒せると思ってたのに、なんで何もせずに棒立ちになってたんだよクレイ!」


「いや、見た途端になぜか体が固まっちゃってさ……なんでだろ? あんなの俺初めてだよリュファス兄」


 リュファスと呼ばれた黒髪、黒肌の青年が、心配そうに赤茶色の髪を持つ少年クレイの顔をかなり上から見つめる。


「連絡を貰った時は本当に心配したのですよクレイ! 貴方の身に何かあったら先代の司祭様に何と申し開きすれば良いか……!」


「すいませんラファエラ司祭様」


 そのクレイにしがみつき、わんわんと泣いているのは白い法衣を着た女性。


 クレイにラファエラと呼ばれた彼女は、その謝罪を聞いて涙ぐんだ顔を上げるも、すぐにまた泣き始めていた。


 クレイは未だスライムの粘液まみれだった為、彼にしがみついているラファエラも当然のように粘液まみれになっていたのだが。


「わぷっ!?」


 そこに突如として大量の水が上から掛けられて綺麗に洗い上げられ、その後に一人の長い黒髪を持つ黒肌の女性が呆れた声をかけた。


「クレイはもうちょっと魔術を勉強するべきなのです。それとリュファスは監督不行き届きなのです。反省するですよ」


「う、うん頑張る」


「ぐ……気を抜いてたのは確かだけどよ、入隊試験用の巨大スライムとは言っても、あんなにあっさりクレイがやられるとはロザリーも思ってなかったはずだぞ」


「思ってなくても万が一の事故に対する備えはしておくべきなのです。手遅れになってからでは遅いのです」


 普通の男性よりかなり大柄であるリュファスを恐れる様子もなく、彼と同じような黒髪、黒肌を持つロザリーとよばれた女性が、エルフよりは小さいが、人にしてはやや大きめの耳をピクピクと動かしながら小言を言う。


 雰囲気も良く似ている二人は兄妹のようであるが、どうやら立場的にはロザリーの方がよほど上のようであった。


「まぁ生きてたからいいじゃんロザリー姉。そんじゃ早速試験の続きを……あれ? スライムは?」


 周囲をきょろきょろと見回すクレイを見て、すいっと目を逸らしたラファエラが少々感情に乏しい口調で答える。


「アー、ソレナラサッキ、ワタシガー……えっと、ごめんなさい。粉みじんに吹き飛ばしてしまいました……後で新しい物を見繕ってきますねリュファス」


「そりゃ助かります。何しろ丁度いい強さの固体を見つけるとなると一手間ですから。それはそうとラファエラ司祭、濡れたままだと色々とその、支障が……」


 困ったような顔でリュファスが指摘をすると、ラファエラが目をパチパチとさせた後、慌てて自分の身体を見下ろす。


 すると彼女の服はスライムの粘液に加え、大量の水を被ったことによって身体にぴったりと張り付いてしまっており、更にはなぜか所々が溶け始めていた。


「ななななな……っ!?」


 ラファエラが慌てて両手で体を掻き抱き、清浄な風を招き寄せて服を乾燥させ始めると、その姿を見て何かを勘付いたのか、ロザリーがリュファスへ冷たい視線を向け、手に持っていた樫の杖でやや高い位置にある頭をコツンとこづく。


「リュファス。ひょっとしてあのスライム、ヘルメースがさっき探してた奴じゃないです? ポセイドーンが新しく作ったって言ってた」


「いや、あれは……あれはあれで別にいるからあれとは違うんじゃないか? だってアレだし」


「ほーん。ちょっと後で詳しく話を聞かせてもらうですよリュファス」


「ぐ……手心は加えてくれよロザリー……」


「リュファス兄ってホント親父さんにそっくりになってきたよね色んな意味で」


 早くも何か企んでいたことを臭わせる発言をするリュファスに、クレイはロザリーと同じような冷たい視線を送ると両手を頭の後ろで組む。


「しかしスライムと戦うのは初めてだけど、まさか動けなくなるとは思わなかったなぁ。まぁ死ななくて良かったよねうん」


「いや、死んでたぞお前」


「えっ」


 衝撃的な事実を告げられたクレイは、慌てて平然としたままのリュファスの顔を見上げる。


「死んでたのをラファエラ司祭が蘇生してくれたんだよ。えーっと何て言ったっけな、蘇生した術の名前は」


「それじゃ私は子供の所に戻るです。二人はクレイに説明をお願いするですよー」


 ほぼ同世代に見えるリュファスとラファエラの二人は、話す表情を見る限りどうやら気心の知れた仲間のようで、それは少し離れた場所にいる子供たちの面倒を見に行ったロザリーも一緒のようであった。


 ラファエラは離れていくロザリーの胸のあたりを複雑そうな目で見つめると、溜息交じりにクレイへ一つの術の名前を告げる。


「天使の角笛です」


「そうそれ。お前アルバ兄……領主様と同じで天使になったんだよ良かったな」


「えっ。良かったなって、俺死んでたのになんか軽くない? リュファス兄」


「いやもう慣れちゃったし。お前もこのフォルセール領で生きていくなら、このくらいすぐに慣れないとな」


「何それ怖い」


「怖くはありませんよクレイ。それでは天使と成ったあなたに、今からどんなことが起きていくか、どんなことが起こる可能性があるかを教えましょう」


 ラファエラの言葉を、まるで彼女が説法をする時のような嫌な顔をして聞いたクレイは、耳をつまみあげられて悲鳴を上げた後に神妙な顔つきとなって正座をし、話を聞き始めるのだった。



「まぁ大体の事情は飲み込めたけどさ……じゃあ司祭様、俺も義父……領主様みたいに強くなれるってこと?」


「努力次第では上回ることも可能でしょうね」


「んじゃいいや。天使のまま頑張るよ俺」


「お前軽いな……いや俺も人のことは言えないけどよ」


 明るい笑顔を浮かべるクレイを見て、地面に胡坐をかいて座っているリュファスが短く切った黒髪を掻く。


「だって俺、世界一強くならないといけないからさ。むしろ願ったりだよ!」


「お、おう、そうか。んじゃスライムくらい簡単に倒せるようにならないとな。このフォルセールだけでも無茶な強さの存在がうようよしてるし、それに今のままじゃ討伐隊の入隊すらできないぞ。魔物の討伐や罠が満載の迷宮を探索するのが俺たちの仕事なんだからな」


「そうなんだよなー。先は長いや」


 溜息をつき、丸まってしまったクレイの背中を、励ますようにリュファスが強めにドンと叩く。


「長いってことはゴールがあるってことだろ。ゴールが無いよかよっぽどいいぜ。そういやさっきお前、スライムの中であっさり溺れてたよな? あれ何でだ?」


「スライム? が恐れずに液を肺の中まで入れれば楽になりますよって言ったんだよ。スライムが喋るなんて聞いたこともないし、試験用の特別な奴って聞いてたから、ああそんなもんなんだなって思って吸い込んだんだ。でもそっから記憶が無くなってさ」



「ガビ……あ、いえ。なるほど、大体判りました。それではクレイも元気を取り戻したようですし私はこれで教会に戻りますね」


「あ、はい……」



 唐突の豹変。


 ラファエラの表情と声のあまりの変わりように、クレイとリュファスは緊張で固まった顔のまま返答をする。


「俺たちも帰るか」


「うん」


「おーい、ロザリー! 一旦設営地に戻るぞー!」


 遠くで返事をするロザリーの方へ歩いていくリュファス。


 クレイはその広い背中を見ながら、先ほどスライムが喋ったような気がする、あまり聞いたことが無い言葉をポツリと呟いた。


「結果オーライって……何なんだ?」


 まるで水のように高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処しそうな声で自分に呟いてきたスライムの言葉を。

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