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夢幻郷リンカネーション  作者: 霞弥佳
第一章 充溢大樹
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15年目の高揚 5

「アル、帰らないのか?」


 その日の午後、高等部棟の教室。荷物を纏めて帰り支度を済ませつつある優男風のエリオット・アイスラーが言った。彼も、アザレアと同じ僕の幼馴染だ。


「メリッサ従姉さんに呼び出しくらってる」


「ははあ、昨日だか一昨日だかのサボりが原因かい?」


「一昨日サボったのは君だろ、それもまた女の子を追いかけて朝帰りっていうのが原因でさ」


「追いかけた先で列車の終電が終わっちまったんだ。名誉のサボりとして語り継いでくれい」


 エリオットはいつもこうだ。悪びれもせず、馬の毛並みみたいなふさふさのロン毛をたなびかせながら、道行く女性をナンパして回らなければ死ぬ呪いでもきっとかけられているのだ。左目元の泣き黒子をアピールしながらウインクするが、残念ながら僕はゲイじゃない。


「来月の納魂祭も楽しみだ」


 納魂祭とは、ヴァラキアに伝わる世界樹を祀るためのお祭りだ。この学園でも、ちょうど中学や高校における文化祭のようなイベントとして広く知られている。僕や、僕と同じ時期に編入したアザレアなんかは初体験だから、イマイチそうした行事に関する人々の高揚についていけず、気疲れする面もあった。


「世界樹が目当てであって、エリオット目当てじゃあないだろ」


「そう言うなよ。お前だって男よりかはカワイイ女の子とお祭りデートしたいだろ?」


「興味ないよ、たぶん寮で本でも読んでる」


「学校じゅう、いやツェレファイスじゅうの人間が一斉に同じ目的を持って騒ぐ行事なんだ。食い気に走ったって損はないはずだぜ、出店の食べ歩きにしたって楽しみのひとつさ」


「そういうジャンクフードに限って、コスパを考えたら自分で作って何とかした方がよっぽど有意義な食事ができるじゃないか。僕はアザレアみたいな能天気と違って、お祭りの雰囲気の中で食べるからよりおいしいだなんて甘言に踊らされたりはしない」


「そうだった、お前はそういうヤツだったな」


 そんじょそこらの創作料理なんかより、僕のグレープコーラの方がよほど安定した爽快感を提供できるっていうのに、どうしてわざわざ割高で衛生面でも難がありそうなものを好んで食べ歩きに行かなければならないのだろう。それを指摘すると、アザレアどころかメリッサ従姉さんまで口を尖らせてくるのだから、女性の感性というのは理解しがたい所がある。


「納魂祭っていやあ、奉納演舞も見ものだよな。今年はちゃんと観戦してみよっかな、俺もな」


「奉納演舞? ああいうのには興味ないんだと思ってた」


「いやあ、俺自身は腕っぷしが強いわけじゃないからな。野次馬と肩を並べてブックメーカーに夢を馳せてみるのも悪かねえんじゃねえかと」


 奉納演舞とは、世界樹とツェレファイスに宿る祭神に供物として演舞を献上し、納魂祭の開催と成功、そして一年の多産豊作を祈願するための神事である。キリスト教圏を連想させる雰囲気のツェレファイスにしてはやけに土着信仰に寛容だと思ったが、少なくとも学園や付近の街に住まう人々は小難しい宗教的な軋轢を感じさせることなく、演舞を祭の華として待ち望んでいるのだという。


 その内容はいたってシンプル、コロシアムで血で血を洗う剣闘士とまでは行かないが、非殺傷タグを有する形式プログラムを施した魔術で武装して、魔術師同士が切り合い殴り合うという、興行だか神前芸能だかわからないイベントなのである。無論学校側や各種企業も出資する行事でもあるため、好成績やベストマッチを披露した参加者にはなにがしかの口利きやコネが得られることは火を見るよりも明らかだ。この日のために日々戦闘用魔術の鍛錬を重ねている猛者たちも少なくないらしい。


「僕はあんまり興味ないな」


「出場する側でもか?」


「無能の落第生がボコボコにされるところはみんな見てみたいだろうけどね。そもそも殴ったり殴られたりするのは嫌いなんだ」


「呼び出された先で、あんたもシード枠で出場が決まりました、だなんて言い渡されたら面白えのにな。そもそもあれって他薦でもエントリー扱いにならなかったっけ?」


「従姉さんはそういうヘンなサプライズはしない……とは思う」


「でもよォ、ここで自分から参加しまーすって言っておいたほうが、世界樹の神様もこの先の学生生活に何らかの御利益をよこしてくれるとは思わねえ? 何かと最近ウワサになってんじゃねえか。多目的実習棟の……」


 エリオットは何やら半目になって、両の手を力なく手前にひらひらさせた。


「オバケ……?」


「出るらしいんだよ、いや俺自身は見たことないけど。女連中の方が詳しいんじゃねえかな、アザレアにでも聞いてみるといいぜ」


「魔術師の学校でオバケが出るって言ったってなあ」


「マユツバもいいとこなんだけどな。ただ、キナ臭い事件があったってのは事実だぜ。実習棟の……どこだったっけかな。どっかの部屋で、人が死んだらしい。自殺だ。しかも、ずいぶん気味の悪い逸話もついてな」


「何だよ、それ」


「最初そいつは首を吊って死のうと思ったらしい。梁に縄とかワイヤーを括りつけて、グエッっと。ところがそれじゃあ死にきれず、今度はガスが通った部屋でガス自殺をしようとした。首の骨をブラブラさせながら、今度は気分良く死のうと思った……けど、それでも死にきれない。講義の準備室に忍び込んで、薬品棚の瓶をラベルも見ずにラッパ飲み。それでも、ダメ。今度は鉈だナイフだで体を斬りつけてみる。死にきれない。明らかに重い障害が残るであろうほど、肉と骨と内臓ぜんぶ痛めつけたのにもかかわらず、だ。そんなボロボロの身体にようやくトドメを刺せたのが……」


 僕は、何とはなしにエリオットから顔をそむけた。その先には、初夏の風を運んでくる窓があった。薄手のレースのカーテンが静かに揺れていた。


「飛び降り……?」


「手足はバラバラ、胴体はひしゃげたカエルみたいに潰れてようやくそいつは息絶えたらしい」


「ぞっとしないな。そもそもどうしてその人は自殺なんてしようと思ったんだ?」


「俺が設定とかを付け加えたわけじゃないから、詳しいことはわかんねえよ。成績が伸びないとか、イジメを苦に……だとか。俺が今言った曰くだって、単に口頭で伝わってきただけの噂だ。ただ、人死にがあったってことは確かだぜ。地域紙に小さく記事が載ったって話だ」


 裏を取りたきゃ図書館にでも行って調べりゃいい、エリオットはそう付け加えた。


「で、その人が勝手にオバケとして持て囃されておもちゃになってるわけ? 神様が宿る世界樹のこの膝元で?」


「実に不謹慎で冒涜的だよなあ。神様も見てないで何とかしてやりゃよかったのに。それとも案外、ここじゃない別の世界にでも連れて行ってもらえたのかね?」


 自分のことを言われているようで、僕は胸がズキンとした。


「別の世界……」


「樹の神様が天国の場所を知ってるかは微妙なところだな」


 僕は別に自殺したわけじゃない。


 きっと、そうさ。死ぬ理由なんか思いつかないし……


 いや、前の世界にしがみついていたいなんてことはなかったけど。


 たかが噂ひとつ、それもごまんといるだろう自殺者一人ごときに考えすぎだ。根本的に僕とその名前も知らないそいつは違うんだ。僕は別に、世界が嫌になって逃げたんじゃない。そいつの頭が急におかしくなって、その勢いで死んじまったって可能性だってある。僕は狂人じゃないし、追い詰められて死んだわけでもない。絶対。


 僕は、落伍者なんかとは違うんだ。


「他にどうにもできなかったって考えると、ちょっと胸糞わりいよな。ツェレファイスの名門学園っつったって、現実はこんなもんかって」


「そ、そんなの人の勝手じゃないか。死にたい奴は死にゃあいいし、僕らがどうこう考えてやる筋合いはないだろ。それこそ神様が何とかしてやるべき領分だ」


 やけに棘のあることばっか言いやがって。エリオットは僕の肩を軽く小突くと、右手をひらひらさせながら彼は教室から出て行った。こんな陰鬱な話題をしたばかりというのに、教室を出た矢先に隣のクラスの少女に声をかけているのだから、なんとも彼らしかった。

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